40羽:血の決闘 ~レオンハルト~
【少年騎士レオンハルト・グラニス 視点】
グラニス伯都は騒然としていた。
その理由は街の外れにある正規軍の訓練所にあった。その中にある小規模な円形の闘技場で行われる決闘が原因でもある。
「では、この“血の決闘”を戦神の名の元に、公平で公式な戦いであると我は誓う!」
法衣に身をまとった戦神神官長の宣言が響き渡ると、小さな闘技場から地を揺らす歓声が上がる。
闘技場の観覧席に入れるのはグラニスの騎士や兵士たちの正規軍に属する者たちだけである。
だがそんな彼らも今や興奮の熱気の坩堝に包まれていた。騎士たちは栄光あるグラニスの名を叫び軍歌を奏で、顔を真っ赤に染めながら興奮していた。
興奮するのも無理はない。
なぜならこのグラニス伯爵家の領主の座をかけた真剣同士の決闘が、これから実際に行われるのだから。
◇
(まるで貧民街の見世物小屋だな……)
レオンハルト・グラニスこと僕は、自分を取り囲むその異様な熱気に苦笑いする。自分たちの主である領主を決める聖なる決闘を前に、不遜もはなはだしい。
(でも父上の代までは、決闘で大事を決めることも多かったという。荒々しい騎士たちのもめ事をこうした決闘で取り決め、敗者の不満の溜飲を下げていたと言っていたな……)
幼い頃に座学で習った、傭兵団から成り上がったグラニスの史学を思い出す。
「私ことレオンハルト・グラニスも戦神の名の元に、この決闘を公平で公式な戦いと認め、勝敗の結果に全て従うことを我は誓います」
神官長に続き、儀礼にのっとり自分も声高々に宣言をして信仰されている戦の神マリナーに誓う。
「ワルター・グラニスは戦神の名の元に、この決闘を公平で公式な戦いと認め、勝敗の結果に全て従うことを誓う。この我が身に勝利を!」
「ワルター・グラニスに勝利を!」
対戦相手である伯父ワルターも宣言する。
それに合わせて観覧席から同調の声が上がる。恐らくはワルターの策で配置された扇動員か、もしくは実際に彼に縁の有る者だろう。
(従うか……この“血の決闘”の勝敗は、どちらかの死をもって決する。傭兵団時代からの習わしとはいえ、伯爵位の領地でこんな野蛮な解決方法を行うのは、当家だけだろうな……)
グラニスの家の歴史を思い出し、また苦笑いする。
・・・・・・・・
伯爵家の嫡男として生まれ育った自分は、幼ないころから様々な帝王学を叩き込まれてきた。
基本的に身体を動かす稽古の時間が好きであったが、軍学や戦記など剣と戦いが出てくればとにかく何でも好んで学んだ。
その中で特に好んで学んだのは《グラニス興国戦記》である。百年以上前は一介の傭兵団に過ぎなかったグラニスが、大貴族である伯爵家まで成り上がる英雄譚だ。
その中で今も伝わる重要な一文がある。
“力なき者はグラニスを治める事はできない”
時のベール王に認められ大貴族となったグラニス家であるが、その境界は常時敵国と隣接していた。
動向が読めない都市国家群や未開の蛮族たち、それに三大国家であるヴェルネア帝国と皇国とも。
“伯爵としての地位と力を与える。故にベールの盾と剣になれ”
傭兵団からの成り上がり貴族であるグラニス家、当時の当主にベール王が命じた言葉として言い伝わっている。
それ故にグラニスの当主となる者は、知性よりも勇猛果敢を求められ、荒くれが揃う兵士騎士を統率できる剛腕が必要とされていた。
(僕の父上とお爺様、それに更にその父上もみな優れた武人だと聞いている)
優れた武人が当主となり子を残す資格がある。それが武国グラニスのこれまで習わしである。
・・・・・・
「グラニスに栄光を!」
「武をもって自らの義を貫け!」
その声でふと我に返る。訓練用の石造りの闘技場の観覧席から、興奮したそんな雄たけびが上がったのだ。
小さな闘技場ではあるが、その観覧席は立ち見が出るほどの超満員である。
数日前にこの“血の決闘”の告示がされた。それを聞いた領内の主なるグラニスの騎士、そして早馬で駆け付けた近隣諸国の貴族の姿も見える。
自領だけではなく近隣諸公も注目する一戦であった。
この結果しだいで隣接する武の伯爵領の方針が決まるというもの。興味を持つなというのが無理な証拠である。
「“血の戦斧”ワルター卿!」
その時、観覧席からひときわ大きな歓声が上がり、その方向へ視線を向ける。決闘の最初に行わる儀礼も佳境となっていた。
自分の決闘相手である伯父ワルターが自慢の大戦斧と騎士盾を手にし、その勇姿に歓声が上がったのであろう。
“血の戦斧ワルター・グラニス“
ベール国内はもちろん、敵対する近隣諸国でもその蛮名は知られていた。その生まれ持った巨躯と鍛えられた膂力で、ワルターは多くの戦を戦い抜き、また敵を葬ってきた。
(大きいな……そして間違いなく強者だな……)
その巨躯の放つ圧力に思わずツバを飲み込む。
貴族服であったときは、伯父ワルターは中年となりやや歳をとっている様に思えた。
だがこうして重厚な金属鎧を軽々と着込み、巨大な戦斧を持ちあげた姿に衰えの色は全く見えない。むしろあぶらが乗り切った旬である。
(歴代のグラニスの騎士最強、という噂ものまんざら作り話ではないな……伯父上は)
相対する相手の放つ覇気と殺気に思わず気圧される。
厳しい鍛錬を積んできたとはいえ、まだ己は成人前の未熟な騎士である。そんな自分がこの歴戦の騎士に勝てる要素はどこにも見いだせないでいた。
(でも、僕はなんでこの決闘を受けたのか……それも自分の意思で……)
自分の幼い年齢を理由に断ることもできたはずである。だが数日前の会談でこの戦いを決断したのは他ならぬ自分だ。
全く勝ち目のない愚かに自分の決断の記憶を再び思い起こす。本当になぜであろうか。
「少年騎士くん、頑張ってね!」
そんな迷いが生じた時であった。
観覧席から自分にむかった声援が飛んできた。それはこの興奮の坩堝と化した闘技場に似つかわしくないのんびりした声だ。
その声の主は観覧席の最前列にいた。
「“魔獣喰い”……それに“獅子姫”様」
目に入ったその二人の名を無意識的につぶやく。
そこにいたのは魔の巣窟と恐れられている大森林の戦士たちであった。
(“魔獣喰い”のヤツめ、他人事だと思って気楽に言ってくれて。でも……)
森の少年狩人“魔獣喰い”は、まるでこの決闘に危機感すらもたず、気楽な顔で自分の名を何度も叫び応援している。
だが何故か、その顔を見ているだけで自分の中の負の感情がサッと消えて晴れ渡る。
(“獅子姫”様からは言葉がないのか……いや、そうではないか……)
一方で、美しき剣姫“獅子姫”は胸の前で腕を組み無言である。形良いその口元に不敵な笑みを浮かべ、麗しいその瞳で僕を見つめている。
まるで神話に伝わる戦神の化身と伝わる、戦乙女のような力強く何よりも頼もしい笑みである。
(ああ、そうか……)
僕はそこで何かを思い出し気付く。
二人の森の戦士の姿が、迷う自分の心に明るい光明を見出してくれたのだ。
「“弱肉強食”。それが自然の摂理だと彼ら森の民は言っていた……今思う本当に馬鹿げた理屈だ。ふっ……」
彼らの住まう大森林で経験した信じられない思い出の数々に、僕は思わず声を出して苦笑いする。
それは圧倒的な力を持つ武人ワルターを目の前にしてである。
(大森林は凄かったな、全てにおいて……)
凶暴な獣の群れや、天空までそびえていた大樹、それに森の民を総べて覇王《獅子王》や屈強な戦士たちの圧倒的な存在感。
彼らに比べたら、目の前にいるワルターがまるで小物である。そんな錯覚すら込みあがる。
権力や常識に囚われ、過去に受けた小さな恨みの呪いから逃れられない、可哀想な伯父上。
「そうか……そういう事か……」
森での出来ごとも思い出し、僕は何かを思い出し気付く。
「生き残るためには、“こんなモノ”は邪魔なのかもしれないな」
そう呟きながら、僕は"ソレ”を外す。
肩ひもや腰元ベルト、そして手足を守っていた“ソレ”をジャラジャラと外し投げ捨てる。簡易型を着込んでいた為に、自分一人での脱着できたのが幸いだった
「レオンハルト様……」
「若さま……気でも狂ったか……」
興奮状態となっていた闘技場が、僕のその行為で静まりどよめく。常識外れの奇行へと。
「小僧が……騎士の誇りである鎧を脱ぎ去り、命乞いでもする気か?」
全身を守るための命よりも大事な騎士鎧。
それを突然脱ぎ去った愚かな甥っ子の奇行に、対戦相手であるワルターですら驚きを隠せない。
「その“血の戦斧”の牙の威力を前に、その鎧は役には立たないであろう。だから僕は……オレは選んだ。誇りよりも大事な勝利を勝ち取るために!」
大森林で経験し学んだ事が僕にそうさせた。
“弱肉強食”
誰よりも強くなるために――――いや、あの男”魔獣喰い”に勝つために僕は誓ったのだ。
生まれた時に何者かに施されていた呪印の残り印が微かにうずく。
その誓いと想いが僕の中の“何か”をこじ開ける。
自らの血に半分混じっている“力”を――――
◇
「両者、中央へ!」
法衣に身にまとった神官から声が合図の声があがる。
「それではこれより、“血の決闘”を行う。勝負は一騎打ちによるどちからの死のみ。それ以外の規則は無い」
どよめいていた観覧者たちも、神官の宣言により再び地鳴りのような声を上げる。
これから後の互いの名乗り合いが終われば、ベール王であろうと止めることは出来ない。
何人たりとも介入できない聖なる決闘が始まってしまうのである。
「グラニス伯爵家副伯爵である“血の戦斧”ワルター・グラニスである!」
金属鎧と自慢の大戦斧と盾で完全武装した巨漢の騎士ワルターが、己の勝利を確信しながら声高々に名乗る。
それに相対するは、命綱ともいえる鎧を脱ぎ去った成人前の少年である。はたから見たら勝負は目に見えている。
「この感じは……そうか……これが僕の“血”か」
だがその少年騎士の目に迷いの色は無く、むしろ魔獣のような獣気に似た覇気すら醸し出していた。何かが、前とは明らかに違っている。
「レオンハルトだ…………この戦いを戦乙女の神へ捧げる!」
彼の者は美しき赤髪の剣姫の視線を背中に受けながら、己の名をそう名乗る。グラニスの性は敢えて名乗らない。
(“魔獣喰い”……君だけには絶対に負けない……男として)
レオンハルトは心の中で強く宣言する。
いや、これは森の戦士”魔獣喰い”への宣戦布告。
少年騎士レオンハルトにとって命をかけた決闘が――――男しての誇りをかけた闘いが幕を開けたのであった。




