39羽:男の誇りをかけて
ワルター・グラニスは武人である。
兄弟の中でも特に巨躯の身体に恵まれ、その膂力は武闘派揃いのグラニス領の中でも特に秀でていた。
騎士として成人してからは数々の戦場で武功を上げ、その名は隣国まで鳴り響いて恐れられていた。
「“血の戦斧”が来るぞ!逃げろぉ!」
グラニス三兄弟が一人“血の戦斧ワルター”の名を聞けば、敵国の兵士たちは戦う前から逃げ去る者も多かったという。
猪突猛進なところもあったが、その短所を差し引いても武は秀でており、グラニス三兄弟の長兄として次期当主の最有力候補とも言われていた。
だが結果的には、ワルターは当主の座に就くことは出来なかった。
今から十数年前に起こった“ベールの乱”において騎士として致命的なミスを犯してしまったのだ。
「義の道を誤ったか、ワルター卿よ!」
ベール王の怒りを買い、逆にそこで戦功をあげた弟に当主の座を譲る形となってしまった。
その後のワルターは辺境の小さな領地と与えられ実質上の左遷となった。耕す事もできない未開の荒れ地しかない不毛の地……そこで彼は静かに一生を終えるはずであった。
「覚えておれ……ワシは必ずもう一度、返り咲くのだ」
だが、ワルターの野望の火は消えて無かった。持ち前の行動力で着々と領地内を整備し、その財を蓄える
そこから十数年の歳月が流れ、事件は起きた。
グラニス領内を不可思議な災いが立て続けに襲ったのであった。
まずは領主の正室がある日、謎の病で意識不明となってしまう。そしてそれに続く様に。現領主が雲隠れして表舞台から姿を消してしまったのである。
隠遁した先はグラニス城の堅牢な地下室である。そこへたった一人で引き籠ってしまったのだ。
「私のことは……放っておくれ……」
原因は不明であり、誰が説得してもそう返事をして出てくる事はなかった。
“領主の突然の雲隠れ”
これによりベール王国の屈指の伯爵家であるグラニス領内は混乱に陥った。
現領主の唯一の嫡男であるレオンハルト・グラニスはまだ若すぎた。
それにより家臣団は混乱を起こし、本家のあるベール王家へと伺いを立てる。
「ワシが助けに来たから、安心しろ」
この事を予知し、まるで事前に準備していたかの素早い対応であった。
ベール王家の正式な命令印を持って派遣されたのは、十数年前にグラニスから左遷されたはずのワルター・グラニス……その人であったのだ。
「今は緊急であり戦時である。改革を行う!」
ワルターは副領主の役職に就き、代理としてグラニスの統治をはじめる。
再度になるがワルターという男は無能ではない。
だが、追放された憎しみが募り過ぎ、先代のやり方を全て否定する愚かな命令ばかりを執行してしまったのだ。
そのやり方はあまりにも強引過ぎた。反感を買った家臣団は派閥に割れてしまい、グラニス領内は混乱を引き起こしていた。
だが少年騎士レオンハルト・グラニスは立ち上がった。
不治の病である実母を助けるために、家臣と共に魔の巣窟である大森林へと挑んだのであった。
そして、森狼の群れに襲われたところを森の民に助けられ、無事に霊薬を手に入れグラニスの城へ帰還したのである。
◇
「決闘だと……」
突如として挙げられた提案に、ワルター・グラニスはピクリと反応する。先ほどまでの冷徹な表情から少し変化があった。
“決闘”……その単語が意味する重大さは、武の最前線に常に立っていたグラニスの騎士として、もちろん深く理解していた。
例えそれが“魔巣“大森林”の蛮族を名乗る少女の姫の口から出たとしてもだ。
「このワシが小坊主と決闘だと……ふん」
いきなりの愚かな提案に、驚きを通り越して苦笑する。だがその眼光は鋭い。
「ああそうじゃ、次期領主の座を賭けて、レオンハルトとお主が一騎打ちをするのだ」
蛮族を名乗る赤髪の美しい少女の口元には、自信に満ちた笑みが浮かんでいた。
“自分の組するレオンハルトの勝利を確信している”……そんな強い自信がその両眼に見える。
「ワシは一向に構わん。小僧はそれでいいのか?」
公式の場と言うのに、嫡男であるレオンハルトをもはや“小僧”呼ばわりである。こうやって挑発する事により、事態を自分に有利にもっていこうとしているのであろう。
「んっ?さっきまでの威勢はどうした?」
見下した態度でワルターは、下座で青い顔をする憎き甥っ子を再度挑発する。
「えっ……」
レオンハルトは自分を擁護する家臣に目を向け、口を閉じてしまう。
例えここで本人が断ろうとも、この場に集まる多くの騎士たちの信を失ってしまう。また決闘を受けたところで勝負の結果は眼に見えていた。
もしかしたら赤髪の少女の提案はハッタリで、事前に打ち合わせをしてあり、どこかに落としどころがあるかも小演技かもしれない。ワルターは注意深く観察を続ける。
「“獅子姫”様、お待ち下さい……」
案の定、レオンハルトの一番の側近である、近衛騎士スザンナ・デリスが口を挟んできた。ここで理由を付けて決闘を止めて、嫡男の名誉を少しでも守る子芝居なのであろう。
「レオン様はまだ若く……」
「スザンナ黙れ」
先ほどと同じく赤髪の少女がスザンナを一括する。まさかの味方同士でその擁護の言葉を遮ったのだった。
これはまさか演技ではなく、“本気”で決闘を提案していたのか。
「どうじゃ、少年よ……我のこの提案を受けるか?」
「…………」
味方であるはずの少女に尋ねられ、レオンハルトは歯を苦縛り悔しさをその顔に浮かばせる。
客観的に見ても、レオンハルト派が劣勢に陥っているこのお家騒動である。
ここで“決闘”に勝ったなら形勢は一気に逆転し、自らの母親も救い憎き伯父も追い出せる夢の提案である。
だが歴戦の騎士であるワルターに比べて、成人前のレオンハルトはまだ幼い。
才能ある少年騎士の急成長を考えて、あと数年後ならばまだ可能性も微かにあったのであろう。
だが、武人として脂の乗っている伯父に比べて、彼はまだ幼すぎるであったのだ。
「…………」
そんな可能性のない悔しさでレオンハルトの口は堅く閉ざされたままだった。
・・・・
「そういえば、《魔獣喰い》よ。お主が初めて獲物を仕留めたのは幾つのときじゃ?」
「えっ?オレ?」
《獅子姫》ちゃんからいきなり話を振られて、《魔獣喰い》ことオレは思わず変な声で返事をしてしまう。
何しろこの難しい駆け引きの場では、一介の狩人戦士である自分の出番は一切ないと思っていた。その為にボーっとして口を閉ざしていたのだった。
(えーっと……)
急いで自分の記憶を掘り起こす。
「獣は七つの時から、その後は定期的にずっとかな。あと赤熊の“魔獣”その後だったね、そう言えば。まあ《流れる風》オッサンたちと共同だったけどさ……」
忘れかけていた懐かしい記憶をさかのぼり、《獅子姫》に報告をする。
「その七歳の時の獣や魔獣とこのワルター、どちらが上じゃと思うか?」
「それは獣の方かな……だって、“この人”そんなに強そうじゃないしさ」
どぎまぎしなら《獅子姫》ちゃんの質問に正直に答える。嘘はいけない。何しろうっかり虚言でもしたなら、後で痛いお仕置きあるかもしれないのである。
「き、貴様ぁ!」
「獣以下とは、ワルター様を愚弄するのかぁ!」
オレの答えに、この大広間の中が一部の騎士たちが、怒声を上げて急に興奮しだす。
(あれ、なんかオレまずいことを言っちゃったかな……?)
ワルターの周りにいた派閥の騎士たちは、怒りで顔を真っ赤に染めいた。主であるワルターがその手で制していなければ、今にも腰の剣で斬りかかってくる勢いであった。
やっぱり何か言っちゃったらしい。後で謝っておこう。
「改めて問う、少年よ。いや、レオンハルト!お主は漢してこの決闘を受けるか?」
気高き声で《獅子姫》は尋ねた。その意思を確認するために。
「ぼ、僕は……負けない……」
誰にも聞こえないように小さな声でそう呟き、レオンハルトがオレを睨んでくる。
先ほどまで真っ青だった顔に血の気が戻り、その両眼には強い光と意志が宿る。好敵手に負けたくない想いが、少年を精悍な戦士の顔へと変貌させた。
「僕は……いや、オレは受ける!この決闘を受ける!」
咆哮にも似た宣誓と共にレオンハルトはスッと立ち上がる。
「ワルター・グラニス卿!グラニスの誇りを賭けて“血の決闘”を申し込む!」
自分の左腕に付けてあった家章を剥ぎ取り、それを目の前の伯父へ向ける。
「ち、“血の決闘”だと……」
「死人が出るぞ……」
「いや、だが“血の決闘”には正式な決定効力がある」
部屋にいた全ての騎士たちがざわつく。信じられない決意をまだ幼い少年騎士が選んだでのある
なぜなら“血の決闘”……それは普通の決闘ではないからだ。
このグラニス家に伝わる独自の決闘方法であった。勝敗は“どちらかの死”をもって決まる。
荒くれ共だらけだったグラニス傭兵団を総べる時代から伝わる解決方法であった。
「ふん、小童が……手間が省けて感謝したいくらいだ。このワルター・グラニスもその“血の決闘”を受けよう!」
自らの勝利を確信し、ワルターも左腕に付けた家章を剥ぎ取り宣誓する。
(あれ……もしかして、オレの発言のせいかな……)
こうして、必ずどちらかが死する、“血の決闘”が行われる事になってしまったのだ。




