38羽:貴族会談
周囲を分厚い石に囲まれた部屋の中にひんやりと空気と流れる。
“うわー、やっぱり中世風な街や城の街並みは素晴らしいね!”
という空気が読めない感想の言葉は、《魔獣喰い》ことオレをもってしても今回は難しい
それ程までにただ事ではない雰囲気が、この部屋の中を支配していたのであった。
この尋常ではない空気を作っていや根源は、部屋の中央にいる二人の貴族騎士のにらみ合いにあった。
グラニス伯爵家の嫡男であるレオンハルト・グラニス少年と、その実伯父にあたるワルター・グラニス副伯爵。
(ああ……空気が重いよ……)
お家騒動真っ最中の当事者同士のにらみ合いが、再発していたのだ。
・・・・・
今は、貧民街の宿屋の寝込みを襲われた次の日の朝である。
この場所は城塞都市グラニス伯都の中の城……小高い丘の上にあるグラニス城の一室だ。
グラニス二大貴族の“緊急面会”という名の呼び出しによって、街中観光を目論んでいたオレの夢の計画はもろくも消えてしまった。
城壁の外の貧民街からグラニスの騎士たちに先行され、真っ直ぐにこの城の一室まで案内された。もちろん街で観光や買い食いなんかも許されない重々しい雰囲気であった。
何しろつい数刻前まで、自分たちを焼き殺せと命令を下した張本人と会談しなければいけなかったからだ。
(何のために襲撃をもみ消して、呼び出したんだろうか……)
敵ともいえるワルターの思惑が読めずにいた。
そんな感じでグラニス城の一室にオレたちは案内されていた。
「《獅子姫》ちゃん、ちなみにオレは何のためにここに……」
「お主は“獅子姫隊”の副官であろうが。だが、まずはレオンハルトに任せて、相手の出方と観察するのじゃ」
グラニスの騎士が勢ぞろいし、難しい話をする会談の場に同席する事になり非常に気まずい。
だがオレは隣にいる《獅子姫》に言われた通りに口を塞ぎ、余計な事の言わないように心がる。
「私は……?」
「他の奴らは暑苦しすぎて警戒されるからの。その点、巫女であるお主には華があるう」
森の民を代表してこの本城の中へ入る事が出来たのはオレと《獅子姫》ちゃん、それに神官ちゃんの三人だけであった。他の二十名ほどの仲間たちは、城の兵士たちに見張られながら下の城の中庭で待機をしていた。
何しろ他の皆は筋肉隆々で目つきも鋭い怪しい武装集団である。
“辺境で臨時徴兵した傭兵団”という名目で案内されていたが、この城の中へ入る事が出来たのは比較的ではあるが無害そうに見える女性陣二人と影の薄いオレだけであった。
もちろんオレたち三人は全ての武装を解除され、無手でこの部屋に案内されていた。
「見ろ、《魔獣喰い》、少年が動くぞ」
「えっ……」
《獅子姫》の声に視線を部屋の中に向ける。
・・・・・
面会を兼ねた形式的な会談は佳境を迎え、少年ことレオンハルトが動く。
「ところで……伯父上どの、なぜその“伯爵の座”に座っているのか?」
面会の大広間の下座に座るレオンハルトが口を開き低い声を発する。まだ成人前の少年の年ごとだというのにそこには既に威厳すらあった。
「何故なら私がベール王家より命じられたグラニス領主代理だからだ、我が可愛い甥っ子よ」
それに答えたのは上座に座る大柄の騎士ワルター・グラニスであった。
趣味の悪い貴族服を着込み頭は少し禿げ上がっているが、見事な巨躯で鍛えられた肉体が服の上からでもよくわかる。
左頬の戦傷と、隙の無い目つきがこの者が武人である事を表していた。そのワルターの口調にはまだ余裕がある。
「くっ……金で買った“王家の命”であろうが……」
レオンハルトの側近である大柄の騎士は、オレの前にいながら悔しそうにそう小さく呟く。この人は口が悪いが、大森林でレオンハルトを守りここまで帰還した忠義の騎士である。
「では、その領主代理に問う。正式な領主である我が父上と母上に、なぜ面会させないのだ?僕は一刻も早く母上の病を治療せねばならぬのだ!」
冷静を装っていたレオンハルトの口調が強いものとなる。
恐らくは病で苦しむ母の顔を想っての事であろう。
「お主の母は王都より私が招いた上級医師に診せている。それに我が弟は、その自ら意思で地下室に籠っている。まだ幼い汝は安心して、これまで通り騎士の修行に励むがよい」
対して感情の籠っていない冷徹な声でワルターは答える。恐らくは容易してあった返答の言葉なのであろう、理にかない説得力があった。
「それを幽閉と言うのだよ、伯父上!」
思わず感情的な叫びがレオンハルトの口から出てしまう。
ここまで数々の苦難を乗り越えて急激に成長をしていても、こういった駆け引きは老練であるワルターの方が数段上なのであろう。思わず若さが出てしまう。
「言うことはそれだけか、レオンハルト」
「くっ…………」
グラニス領の中でも最高位の貴族にあたる二人のにらみ合いに、大広間の空気は更に凍り付く。そしていつ一触即発するかもしれない雰囲気に、呼び出されていた騎士の誰もが固唾を飲んで見守っていた。
(これはマズイな……こっちの劣勢かな……)
そのやり取りを見守っていたオレも思わず心の中で呟く。
グラニスのお家騒動の事情は深く理解できないでいたが、明らかにレオンハルト側が劣勢である。
レオンハルトの本来の目的は、実母の不治の病の治療であり、このワルターの伯都から追い出す事であった。
だが老練な相手ワルターは、グラニス領の本元ともいえるベール王家に根回しを事前にしており、若輩者の策を封じていたのである。
レオンハルトは実母にも合う事も許されず、こうしてイラつきを募らせていたのであったのだ。
(少年騎士くんは、基本的に感情的だからな……)
女騎士スザンナの事前の話だと、レオンハルトとワルターに従わない第三の勢力が、この城の中には多くいるという。
分かりやすく言うと“現領主派”といったところらしい。
――――――――
・レオンハルト派:10
・ワルター派:30
・その他 及び“現領主派”:60
――――――――
くらいの比率らしい。
つまり嫡男ではあるがまだ幼いレオンハルトを擁護する勢力は少なく、逆に政敵であるワルターがこのグラニス領の領主の座の争いを制するのだという。
これについては“現領主派”がレオンハルトを擁護しないのが問題とオレは思っていたが、このグラニスに独特の事情があるのだという。
何でも、ここは百年ほど前に“グラニス傭兵団”とも呼ばれていた屈強な傭兵たちが、王家から授かった領地だという。
彼らは時のベール王の元で次々と戦で功績を上げ、つい三十年ほど前になると、上級貴族の一員である伯爵の爵位まで拝命していたという。
“力なき者はグラニスを治める事はできない”
そんな言葉があるように、この家では血筋よりも実力こそが重視されていたのである。
また、そのしきたりにより有能であったレオンハルトの実父が、実兄ワルターを押し出してまで現領主になった歴史もある。
その恨みの今回のお家騒動に原因ともされていた。
とにかくこのグラニスでは血筋や伝統よりも、武や統治の才がある者が皆から認められ領主の座に就くことが出来るのだ。
「レオンハルト様も見間違えるほどに急成長された。だが、まだ幼い……」
「この敵国と国境を接する厳しいグラニスを守ることが出来るのは、ワルター様の方かもしれんな……」
「次の伯都円卓会議で“次代の伯爵”について決めねばならんからな……」
沈黙が終わり、いつの間にか大広間がザワツキはじめる。
劣勢に陥りレオンハルトが言葉を失った事により、臨席した騎士たちが内談をはじめたのだ。今後の情勢や自分たちの身の振りについて
“次代の伯爵”を決める投票権をもつ彼らの信を集められなければ、レオンハルトの惨敗は目に見えている。
惨敗……その後はどこかの辺境の領地でも与られ、飼い殺しのままその人生を終えるのであろう。
それがこの戦乱激しい大陸の摂理であり、複雑な習わしがある貴族の世界なのであろう。
まさに危機的な状況であり、勝ち目のない静かな政治的な"戦争”である。
(でもさ……)
嫌な予感がしてオレは横目で隣に視線を送る。そこには腕を組み口元に笑みを浮かべている赤髪の少女がいた。
もちろんそれは“戦いが三度の飯より大好き”な剣姫《獅子姫》であった。
「このグラニスには“決闘の儀”という神聖なる習わしがあると聞いておる」
少女が口を開き、凛とした声が突如として大広間に響き渡る。
先ほどから沈黙を守っていた赤髪の少女が言葉を発したのだ。
最初の説明ではレオンハルトの雇った辺境の傭兵団の代表とされていた。
「なんだ!貴様は傭兵風情の分際で……」
「黙れ、我の話の最中である」
そしてワルターを擁護する騎士の言葉を、その鋭い視線だけで黙らせる。
その剣姫の放つ覇気により部屋の中の空気が一変した。
数々の戦場をくぐりぬけてグラニスの騎士が、剣も持たぬ少女の一括に気圧されてしまったのである。
“今、動けば斬られる”――――そんな殺気が目に見えない刃となる。
王国貴族の貴婦人も敵わぬほどの美しい少女のその剣気に、歴戦の騎士たちは息をのみ誰もがその言動に注目する。
そして赤髪の少女は形の整った唇をまた開き、言葉を続ける。
「我の名は“獅子姫”。 “大森林”を総べる武の王の正統なる後継者であり、このレオンハルト・グラニスを擁護する者である」
「“大森林”……」
「なっ……」
想定もしていなかったまさかの事態である。
“恐怖の魔巣“大森林”の人食い蛮族の王族“
突然の名乗り出に騎士たちは言葉を失い、続く言葉に注目してしまう。
そして《獅子姫》はまるで"戦神の巫女”のように神々しく宣言する。
「ここに提案する。グラニスの次期領主の座を賭けた、誇りある決闘を!騎士レオンハルト・グラニスと騎士ワルター・グラニスの決闘を!」




