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マタギの孫をなめんなよ!【書籍化】  作者: ハーーナ殿下
【下界 グラニス伯爵領】の章

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37・1羽:闇討ち返し

 闇夜に包まれた城壁外の貧民街に、赤々とした松明の火が並ぶ。


 それを手にするのは数十人のグラニス兵である。

 武装は統一されているがパッと見の雰囲気が荒々しい。恐らくはどこの傭兵団を形だけ取り込んだ兵たちなのであろう。


「隊長、完了しましたぜ」


 一兵卒のその報告からも分かる様に、兵たちは貧民街の小さな宿を取り囲んでいた。


 武具の騒音が深夜の静寂に鳴り響いていたが、彼らが気にしている様子はない。貧民街の住民たちは、巻き込まれないように家の中に閉じこもっている。またこの宿に隣接する住人たちは、異変を感じ既に着の身着のままで既に逃げ去っていた。


「骨も残らず燃やせ」

 

 この兵たちの隊長らしき大男は部下に着火を命じる。全身に刻まれた傷跡が、この男の傭兵としての戦歴を表していた。


「へい!」


 四方から部下たちの粗暴な返事が聞こえる。油の浸み込ませたわらを、建物の周囲に既に設置してあった。後はその手に持たれた松明の火を移したならば、このボロイ木造の建物などにあっという間に燃え尽きてしまうであろう。


「へっへっ……楽な仕事だぜ……」


 下品な笑みをこぼしながら、ワラに兵士の一人が火をかけようと近づく。これだけでかなりの報酬がもらえるのだから笑い声もでるのであろう。


「んっ?」


 だが、不思議なことが目の前で起きた。


 静かな破裂音……いや風音と共に松明の火は四散して消えてしまったのである。おとぎ話に出てくるような“風の妖精”いたずらか?


 いや、“何か”が空か舞い降り、松明ごと火を四散させたのであった。


「あん?矢だと……」そう口走ろうとした次の瞬間、その兵は絶命した。


 松明を消された時と同じように――――漆黒の天空から飛来した強矢に、男の急所が一撃で貫かれたのである。


 それが合図となり、火を点けようしていた兵たちは次々と絶命する。矢音だけが不気味に鳴り響き声も上げる事もできずにその場に倒れ込む。


「な、何だ!」


「何が起きたのだ!報告しろ!」


 他の兵たちはその光景に騒然とする。想定していなかったまさかの事態であった。暗い貧民街の裏路地を松明で照らし警戒する。


「う、上だ!」


 兵の中で夜目が効く者が、屋根の上の“その影”に気がつく。三階建ての宿の屋根に人影を発見したのである。恐らくその者が自分たちの仲間を狙撃していたのだ。


「屋根の上に!」……そう叫んだ男も次の瞬間に絶命する。とっさに身を隠し、屋根の上からの射角に入っていなかったはずなのにだ。


「た、隊長!」


「くそっ!火だ!このボロ宿に火を点けて、屋根の上の奴等ごと焼き殺せ!」


 指揮官は絶叫をあげながら命令を下す。本当に想定していなかった事態が起きたのである。


 命令によると、猛毒を盛った瀕死の相手を、この宿ごと焼き殺すだけの簡単な任務のはずであった。それで臨時の高額報酬を貰える美味い任務。

 

 だがそれなのに……まさかの反撃に合い驚きを隠せない。他に仲間がいたとでもいうのか。


「早くしろ!最初に点けた者には金貨を与えるぞ!」


「よ、よし、行くぞ!」

 

 金に釣られて腰が引けていた兵たちは動きだす。屋根の上から狙われないように身を隠しながら宿屋に火を点けようと近づく。


 これさえ付けてしまえば後は猛火で一発逆転……それだけを心の支えにして松明の火をわらに近づける。




 だが、またもや次の瞬間である。


「ふんっぬぅう!!」


 その気合いの叫び声と共に突然、目の前の宿屋の壁が爆砕する。それに巻き込まれ近づいていた兵たちの身体は吹き飛ぶ。


「馬鹿な……人が……建物の壁ごと吹き飛ばしただと……」


 舞い上がる粉塵が晴れようやく事態を把握し、残る兵士たちは再び驚愕する。煙の中からひとつの人影が、のっそりと姿を現したのだ。


 宿の建物の壁が内部から爆発し、仲間が巻き込まれて吹き飛んだのであった。


 貧民街の建物とはいえ、三階建ての宿を支える強固な外壁である。戦場で使う破壊力のある攻城兵器や投石機でもない限り無理な荒事であった。





 だがそれをやってのけた者が、残る兵たちの目の前に姿を現す。


「きょ、巨人……」


 武装した猛牛のような大男であった。見るだけで恐怖心にかられる戦化粧を全身に施していた戦士である。


「…………」


 寡黙なその男の両手には、巨木のような大棍棒メイスが握られていた。それから推測するに、大男はその大棍棒メイスを振り回して壁を吹き飛ばしたのであろう。


「うぎゃ……」


「うぐっ……」


 巨躯の戦士の登場に動けないでいる間に、松明を持った兵たちが倒れる。どこからともなく現れた他の戦士たちが、音もなく兵たちを消していたのである。


「くっ、手薄な側面から火を点けろ!陣形を整えろ!」


 混乱の境地に達した指揮官は、もはや半狂乱となり命令を下す。

 何が起きたか理解不能に事態である。だが混乱の中でも焼き尽くしてしまえば形勢を逆転できる、と信じていた。


「おい、急げ!くそ、松明を貸せ!」


 鬼神のような殺戮者の登場に兵たちは足がすくんでいた。そんな部下から松明を奪い取り、指揮官は宿の側面の駆け寄り、油藁あぶらわらに点火を試みる。このまま貧民街ごとコイツ等を焼き尽くしてやる。


「んっ?」


 だが、火を点ける事が出来ないでいた。

 不可思議なことが起きたのである。松明を持っていたはずの……“自分の右腕”がどこにも無いのだ。


「人の睡眠を邪魔しおって……」


 凛とした少女の声が聞こえる。


 いつの間にか自分の背後に立っていたのである。すらりとした体型に赤髪の美しい少女であった。王侯貴族の貴婦人ですら、これほどの美貌を持った女性はいないであろう。


 修羅場と化したこの場には似合わない少女である。自分の消えた右腕といい幻覚にでも掛かっているようであった。


「んっ?」


 だが、その少女の手に持たれた“剣”を見て男は気がつく。自分の右腕は消えたのではなく、この女剣士に切り落とされた事に。


「あぁあああ……」


 男は言葉にならないうめき声をあげる。本能が身体に命令して、足が勝手に後ずさりしてしまう。


圧倒的な恐怖が襲う――――なぜなら自分に痛みさえ全く感じさせず、この赤髪の剣士は切り落としたのだ。それはどんな腕利きの傭兵や剣士でも出来ない神業である。


「知っておるか?下界には“寝不足は美容の大敵”という格言があるのらしいのじゃ」


 赤髪の少女は悪魔のような笑みを浮かべる……そして男は自分の死を理解した。



   ◇



「終わったかな……これで……」


 建物の周囲で行われていた一方的な戦いを見つめ、《魔獣喰い》ことオレは屋根の上で呟く。


 指揮官らしい兵士は《獅子姫》が倒し、反抗する他の兵たちも森の戦士たちに倒されていた。


 本当に一方的な戦いであった。


 圧倒的な蛮勇の戦士たちの前に、傭兵あがりの兵たちは情けない声をあげ、既に逃走状態となっていた。


「それにしても、護衛のオジサンの情報の通りだったな……」

 

“レオンハルト・グラニスの怪しい連れ共を皆殺しにせよ”


 この兵たちはその命を受けて夜襲をかけてきた。だがその情報は事前に自分たちの耳に入っていた。昨夜の内に、グラニス城に潜入した《獅子姫》の護衛の戦士が調べていたのであった。


 命令を出したのはワルター・グラニス副伯爵。そう……少年騎士レオンハルトの実伯父である。


 そいつが私兵を動かし自分たち森の民を消し去ろうとしていたのであった。だが結果として自分たちが逆に返り討ちにしたのである。


「んっ?この笛の音は……狩りの終了か……」


 貧民街に森の民が使う合図の音が鳴り響く。“追撃セヨ”という合図が伴っていなかったので、逃走兵はどうやらこのまま見逃し終了である。


「よっと」


 屋根の上にいた他の森の弓手たちと共に、オレは軽業師のようにするすると地面へ降りていく。三階の屋根から壁をつたい一瞬で地に下りる。


「ひっ……」


 いきなり頭上から人が飛び降りてくる光景に、野次馬と化していた住人たちはギョッと声を上げる。聞こえなかった事にしよう。


「追撃はしなくて大丈夫なのかな、《獅子姫》ちゃん?」


 地面に降り立ち、隊の長たる赤髪の剣姫にそっと尋ねる。せっかく睡眠を邪魔され、もしかしたら機嫌が悪いかもしれない。こういう時の彼女は小声でそっとである。


「コイツ等は恐らくは捨て駒であろう。話によると逃げる先にあるワルターの屋敷には、これ以上の兵が待ちかまえているという」


 彼女の護衛の黒装束の戦士はそこまで調べ上げていたのである。


「あのワルターという男は、ああ見えてかなりの策士なのかもしれんのじゃ」


 優秀な軍略家でもある《獅子姫》は無知なオレにも分かる様に説明してくれる。つまりは先ほどの兵たちを追撃しても、逆に自分が罠にはまるという事である。


「女将、壁を壊して済まなかったな。これは修理費じゃ。足りなければ明日にでもスザンナに持ってこさせよう」


 オレへの説明が終わると、《獅子姫》は外で腰を抜かしていた女将に近づく。そしてベール金貨の入った袋を手渡す。

 

それはレオンハルトから謝礼金として預かっていた金貨であった。この安宿を新築できるほどの大金である。


「で、ですが……私は、皆様を騙して夕食に毒を混入して……」


 宿屋の女将は全身を震わせながら正直に弁明をする。


 人質を取られていたとはいえ、猛毒を混入し客である森の民を殺そうとしたのだ。先ほどの兵たちと同じに斬首される覚悟を決めていた。


「んっ?毒だと……そんなモノが入っていたのか?」


 覚えのない話に《獅子姫》は首を傾げる。




「姫様……娘を連れてきました」


 話の途中ではあったが、いつの間にか黒装束の護衛が現れてのそっと耳打ちをする。


「ママ!」


 男の脇に抱えられていた幼い少女が、歓喜の声と共に女将の元へと駆けり寄る。親子はお互いの無事を確認し涙を流しながら抱きしめ合う。

 

(この子が人質にされていたのか……)


 松明に火を点ける前に聞こえていた会話では、この子がワルター副伯爵に人質に取られていた女将の娘なのであろう。

 雰囲気的に子を誘拐され脅迫され女将が、悩んだ末にオレたちの食事に毒を混入したのであった。


「あれ?でも、さっきの兵と女将の会話で“猛毒”って言っていたけど……オレたち何ともないよね?」


 指揮官らしき男の言葉では“ほんの数滴垂らしただけでも、百を超える者に効果がある遅効性の猛毒だ”だと言っていたような気がする。


 だが食事を全て口にした自分たち森の民は、死ぬどころかぴんぴんしていた。


「森の毒に比べて下界のモノは効果が弱い。精霊神の加護がある我々には効果は薄い。あのぐらいの弱い毒ながら、手足が軽く痺れる程度だ」


 オレの素朴な疑問に黒装束の戦士が答えてくれる。先ほど《獅子姫》への返答も兼ねていたのであろう。


 だが夕方の会話といい、このオジサンはやけに下界の事情に詳しい。もしかしたら下界に出た経験があるのであろう。


 これまでは師匠《流れる風》のオッサン以外で、森の外に出た経験がある民の話を聞いたことはなかった。


(あっ……)


 そう言えばオッサンは“昔の仲間”と大陸各地を旅していた……と言っていたような気がする。もしかしたら、この黒装束の戦士もオッサンの……


 だがこの黒装束の男は容赦ないので過去を聞くのも恐ろしい。話題を変えて雰囲気を明るくしないと。


「加護か……普通に考えたら“毒”を食べたら森の民でも死んじゃうからね」


 身体能力の強化だけではなく、弱い毒ならその効果を薄める……やはり精霊神の加護は凄い。




「お前はそれを本気で言っているのか……?」


 黒装束の男が珍しく驚いた表情で尋ねてくる。


「は、はい……」


 粗相のないように答える。何しろこのオジサンは容赦がなくて恐ろしい。


「お前は自分の“名”を覚えているのであろう?」


「“名”ですか……もちろん《魔獣喰い》ですが……」


 呆れた顔で男はまた訪ねてくる。暗記が苦手なオレでも自分の名くらいはもちろん覚えている。師匠《流れる風》からもらった大事な“名”だ。


(あれ……でも、何で《魔獣喰い》って“名”になったんだっけ……?)


 記憶があやふやで既に思い出せない。確か小さい頃に……ん?




「強力な魔の毒素がある“魔獣の肉”は森の民でも食えない……」

 

 周りにいた森の戦士の誰かがそう小さく呟く。小声でよく聞こえないが。


 そして森の民たちは呆れた顔でオレを見つめている。


 もしかしたらまた空気を読まない発言をしてしまったのかもしれない。



・・・・・・・



「はっはっは……それよりも……明日から大変な事になりそうだね……」


 オレは笑いながらわざとらしく話題を転換する。場面は転換できないが。最近になり覚えた新技である。


「ああ……そうだな、班長」


 隣に来た仲間のイケメン剣士が、その会話に答えてくれる。コイツは本当にいい奴だ。


(でも、本当にどうなるのかな……)


 正当防衛とはいえ、何しろグラニス兵を返り討ちにしてしまったのである。


(ん?)


 ふと視線を向けると倒れた兵たちの鎧や武器は、貧民街の住民たちによっていつの間にか剥がれていた。


 聞こえる会話から迷惑料という名目で、明日から闇市で売って銭に替えると言っている。更には身ぐるみを剥いだ兵の遺体は、貧民街の外れにある共同墓地に運び証拠隠滅をするという。


 先ほどまで街に火をかけられる可能性もあったにも関わらず、ここの住人たちは何ともも逞しい図太い生命力である。



「オレたちもまた寝るとしよう」


「ああ、そうだな」


 森の戦士たちも交代で見張りを立て、眠る為に宿の大部屋に戻っていく。





「貴族たちの政変に巻き込まれたというのに、みんな逞しいというか鈍感というか……凄いね……」


「お主にだけは、言われたくないのじゃ……」


「ほんとうに……そう……」


 いつの間にか横にいた《獅子姫》ちゃんと神官ちゃんが厳しい。その視線を受けながらオレも寝床へ向かい身体を休めることにした。


(それにしても……大変だったな……)


 こうしてオレの下界での……文明ある街での夜は更けていくのであった。




  ◇


「“獅子姫シシリーナ”様……“魔獣喰マジウスい”殿……昨夜は危険な目に合わせてしまい、申し訳ございませんでした」


 夜が明けた。



 朝一番に女騎士スザンナが部下と共に安宿を訪ねて来た。これから準備をして城内へ案内してくれるという。


 何でもオレたち森の民は、レオンハルト少年が雇った傭兵団という名目で、街の中に入る許可が下りたという。


「昨夜の襲撃の件ですが……」


 更に昨夜の夜襲のことだ。


 なんとそれ自体がワルター副伯爵によって“無かった”事になったのである。街の中に入る交換条件とでもいうのか。これも貴族同士の政治的な駆け引きの闇なのあろう。


「とにかく街の中へ入る事を優先しました、今回は……」


 昨日スザンナたちは自分たち森の民の為に、根回しや取引でいろいろと動いてくれたらしい。身を清め騎士の正装に着替えていたが、スザンナの目の下には疲労の色が見えていた。


「そっか……それでも、ようやく街の中に入られるんだね!」


 感謝をしつつ、その事実にオレは思わず歓喜の声を上げる。何しろ夢にまで見た“中世風の城塞都市”の町並みを満喫できるのである。


 観光に買い物に妄想が広がる。こんな素敵な体験を出来る事に喜ばない健全な男子はいないであろう。




「“魔獣喰マジウスい”殿……お喜びのところ申し訳ありませんが、条件として少し困った事になりまして……」


「へっ?」


 スザンナの神妙な顔つきと言葉に、オレは妄想の世界へ旅立つ足を止める。嫌な予感しかしない……。


「例の男……ワルターとやらに会いに行けばよいのか、スザンナよ」


「はい、その通りです“獅子姫シシリーナ”様。これから皆さんにはワルター・グラニス副伯爵と面会していただきます……申し訳ありませんが……」



 


 楽しい街の散策どころではない。



 自分たちを毒と火で殺そうとした張本人に、オレたちは面会する事になったのだった。


















女騎士スザンナ「これが皆さんの食事に混入された下界の猛毒です、”獅子姫シシリーナ”様」


《獅子姫》「ふむ、この臭いは……このままの原液であるならば、森の民に効果があるかもしれんな……」


スザンナ「ですが原液だと、この様に異臭も違和感もあります。まさか間違って飲む者はいないでありましょう」






《魔獣喰い》「あー、緊張してノドが乾いちゃったな……あっ、こんなところに美味しそうなジュースがある頂きます……うん、美味いねコレ!」



スザンナ「えっ!?(猛毒を原液で飲んだ!?)


《獅子姫》「…………(だいぶ慣れてきた)」


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