36・2羽:蛮族 街道を進む
その異様な一団は駆けるように石畳の街道を進んでいた。
数は二十数名ほどで全員が武装をしている。一騎だけ先行し伯爵旗を掲げた騎士が遠目にも確認できる。
“騎士がいる”
それだけですれ違う商人や巡礼者たちはひと安心する。
何故なら最近ではこのグラニス伯爵領の統治は乱れ、治安が悪化していたからだ。巷で噂される大盗賊団“黒の死神団”にでも遭遇したなら、積み荷や財産を全て奪われてしまう。
・・・・
「騎士さまご苦労様です」
一団に接近したその商人は、先駆けの大柄の騎士に頭を下げて挨拶をする。伝統あるベール王国の中でも、このグラニス伯爵家はしきたりには寛容である。
だが正規騎士には無礼を働く事は許されないのは常識である。
「うむ。この先に我が騎士に先行された異様な集団とすれ違うであろう……だが決して歯向かってはならぬ……彼らは我らの客人である」
「は、はい……」
すれ違うその商人は説明の意味が理解できないまま頷く
そして商人がしばらく進むと、先ほどの騎士の言っていた集団が迫ってくる。騎馬の速度に合わせてかなりの急ぎ足である。
(騎士に雇われた傭兵団か……)
それぞれが思い思いの武具で武装をしているところを見ると、金で雇われた傭兵団か何かであろうか。先頭の軍馬に乗った気品ある小柄な騎士に比べら、周りの者たちはかなり相貌に見える。
進行方向からグラニスの中心都市である“伯都”に向かうのであろう。
商人は知っていた。“傭兵”とは聞こえがいいが、奴らは野盗まがいの野蛮な……蛮な……
「ひっ、ひぃい……命だけは、お助けを!」
向かって来る集団を目視できる距離まで迫り、商人は操っていた荷馬車を急停止させる。そして邪魔にならないように街道の横に避け、馬車から下り地面に頭を付けて命乞いを始める。
“殺される……食われ……”
頭で考え判断する前に、身体がそんな本能に従い勝手に動いたのだ。
「母ちゃん、人食い蛮族がいるよ!」
「だめ……目を合わせちゃ……神よ、この子だけはどうかお助けよ……」
荷馬車の急な停止に誰もが不可思議に思い、顔を出し先頭の状況を確認する。そして同じように命乞いをするか、荷馬車の中に隠れ身体を震わせる。
「大丈夫だ……彼らは、人は食わぬ……我がグラニス伯爵家の大事な客人であるのだが……」
この領地の当主嫡男であるレオンハルト・グラニスがそう説明しても、誰もが耳を貸さず怯え恐怖する。仕方がないので馬脚を落とさず、そのまま一気に過ぎ去る。
「申し訳ありません“獅子姫”さま、“魔獣喰い”殿。この地域では幼少期から“魔の森の蛮族”という戒め話を聞かれている者も多く……」
「うむ、気にしておらぬスザンナよ」
「もう、慣れたから大丈夫です……」
隣りを駆ける馬上の女騎士スザンナが、自分たちに申し訳なさそうに謝ってくる。もうその言葉も何回目であろうか。慣れてきた。
(こうして一般の人たちのあからさまな反応を受けると、自分の立場を再認識させられるよな……)
慣れてきたものの心の中では大きく落ち込む。
(でも、これならあんな怯えた反応も仕方がないなよね……)
自分と同じ様に、自らの足で駆けている周りの森の戦士たちの姿を再確認する。
“森の戦士の正式武装”
見る者を生理的に威嚇する恐ろしい戦化粧を全身に描き、野生の獣の毛皮や爪牙で装飾し蛮勇を示す。鋭く巨大な戦斧や大剣を軽々と持ち、腰からは携帯食である野鳥の死骸を下げている。
(やっぱり……蛮族の集団だよな……どう見ても……)
《魔獣喰い》ことオレは十四歳の普通の男の子……文明ある人々から“人食い蛮族”と勘違いされる森の戦士の普通の男の子である。
◇
そんなオレたち一行は大森林を抜け出し、グラニス領の中心都市である“伯都”を目指して街道を駆けていた。四名のグラニス騎士たちが先導し、二十名ほどの自分たち“獅子姫隊”にそれに付き添う。
騎士たちは宿場村に預けていた自分たちの軍馬にまたがり、森の戦士たちは徒歩での移動である。
「“魔獣喰い”殿、もう少し馬速を抑えますか?」
「いや、大丈夫かな。このくらいの速さなら休みなく半日は付いていけるよ」
徒歩である自分たちを心配してくれる女騎士スザンナにそう答える。だがその
言葉は強がりでも嘘でもない。けっこう大丈夫なのである。
訓練された軍馬が進む速度は早い。だが森の民は遅れることなく付いて行っている。
幼い頃から起伏の激しい大森林の中で鍛えられ彼らにとって、整備された平坦な街道を駆ける事は容易なのであろう。戦士として訓練を受けていない神官の少女たちですら、まだ余裕の表情である。基本的な脚力が違うのであろう。
「それは失礼しました。それにしても皆さんの基礎体力の高さには驚かされてばかりです」
「そう言われてみればそうだよね……普通は軍馬と同じ速度では長時間は移動できないよね、普通は……ははは……」
女騎士ちゃんの指摘を苦笑でごまかす。
(確かに下界に出てから森の民の凄さには、改めて驚かされるな……)
大森林を出てからまだ数日しか経っていないが、自分たちは二つの戦いに巻き込まれた。宿場村での賊の返り討ち戦と、根城である砦への強襲戦である。
こちらの“獅子姫隊”の戦力は二十名ほどであり、二回とも百名近い武装した賊が相手であった。どちらの戦いも約五倍の戦力差があった。
だが終わってみると森の戦士たちの圧勝、という一方的な展開で幕を閉じた。
盗賊は素人に近い農民崩れが多くいた。だが中には正式な訓練を受けた兵士や傭兵崩れの賊も少なくなかった。奴らは軍馬を乗りこなし槍や弓を巧み使っていた。
だがそれでも森の戦士は賊を一方的に打ち倒し制圧したのだ。こちら側も怪我を負った者もいたがかすり傷程度であり、正に驚愕の戦果である。
街道を進みながら、一方的な展開になった今回の要因についてふと考える。
(身体能力が高いものそうだけど、集団戦、対人訓練を受けていたのが大きいよな……)
思いつく大きな要因の一つは、大村の訓練所で様々な局面での訓練を受けていた事である。陣形の編成や砦や城攻め、軍学では基本的な戦術なども体と頭に徹底的に叩き込まれていた。
(前から不思議に思っていたんだよな……獣を相手にする森の戦士が、なぜあんな本格的な対人訓練を教え込まれていたのか、を……)
実に不可思議な事である。
だがそのおかげで賊を相手にしても身体が勝手に動いたのだから、有り難いことなのだが。森に帰ったら教官だった《黒豹の爪》にでも聞いてみよう。
(でもそんな強靭な森の民でも刃を受けたら傷を受けるし、当たり所が悪ければ死に至る……)
今回の賊との戦いで軽傷を負った森の戦士もいた。多勢に無勢で避けきれなかったのであろう。当たり前のことだが、森の民がどんなに強くても致命傷を食らえば死ぬのだ。
自分の師匠である《流れる風》のオッサンは前に言っていた。
『下界には面白い奴らが沢山いる。このオレと同等の戦士に、大陸中の知識を頭に詰め込んだ才人……あと金色の髪を持つ絶世の美女もな……』
最初に聞いた時には信じられない話だった。
あの鬼神のように強い英雄《流れる風》に“同等”とまで言わしめる剛の者が、この下界のどこかにはいるのだ。
その者以外にも腕利きの騎士や剣士はきっといるであろう。これまで圧倒的な連勝を重ねてきたが、油断は絶対に出来ない。
(でも“金色の髪を持つ絶世の美女”もいるのか……えへへへ……楽しみだな……)
鼻の下を伸ばしながら下界の美女を妄想する。その直後に《獅子姫》ちゃんから「この助べえが」と強烈な突っ込みを入れられたのは、言うまでもない。
「へんたい……」
更には憧れの神官ちゃんにも白い目で見られてしまう。
下界での旅は危険や誘惑が多い日々になりそうである。
◇
そんな感じでグラニス騎士と森の民は街道を駆け足で進む。
このペースなら目的地までは数日で到着するという話であった。陽の昇る時間は全て移動に費やし、夜になると騎士たちは街道沿いある宿場町に寝泊まりし、水や食料を補給して朝にはまた出発する。
「じゃあ、オレたちも宿屋のふかふかベッドで今宵は……」
「お主は馬鹿か、《魔獣喰い》よ。この不利な室内で寝込みを敵に襲われたらどうするのじゃ」
文明の寝具を求めるオレの提案は《獅子姫》ちゃんに即座に却下された。
ただでさえ目立つ蛮族軍団である。自分たちは宿場町の近隣の林や草原に野営する事となる。交代で見張りを立て自然の中で夜を過ごす。
つまり、いつもの森の旅と同じ“野宿”だ。
(ふかふかベッドで寝る夢が……)
せっかくの文明ある下界に来たというのに、自分の夢ははかなくも消えていく。相変わらずの野宿……この毛皮を敷いただけの硬い地面で寝る生活から、果たしていつ卒業できるのであろうか。もしかしたら一生野宿なのだろうか……だんだん不安になってきた。
そんな感じで安眠?しつつ道中は進み、順調に目的地へ近づく。
「ひ、ひぃい……命だけはお助けを……」
すれ違う商人や巡礼者たちの相変わらずな過敏な反応は精神的に辛いが、悲しい事に慣れてきた。グラニス正騎士たちが先導している事もあり、無用なトラブルにも巻き込まれずに助かる。
「思っていたより、あんまり人が出歩いていないよね……こんな大きな街道なのに……」
「平時であれば、この街道も商品や農産物を積んだ行商人たちの荷馬車で賑わうのですが……今このグラニス領内の治安が乱れておりますので……」
思わず口から出たオレの感想に、隣を進む女騎士スザンナが答えてくれる。誇るべき自領の乱れに申し訳なさそうである。
「スザンナよ、落ち込むではない。秘薬であるこの“霊薬”が手に入り、後は伯都に戻り母上を治療したら全てが元に戻る……そう、前の活気ある栄光あるグラニスに!」
落ち込む部下に少年騎士レオンハルトが声をかけ励ます。
最初の頃とは違いその顔も精悍になり、声には確固たる自信がみなぎっていた。恐らくは長年悩ませていた“制約の極印”が解かれ、自分の実力に自信を持てるようになってきたのであろう。
(お家騒動か……)
前にスザンナちゃんから聞いた説明ではこのグラニスは今、お家騒動で乱れているという。
レオンハルト少年の父親であるグラニス伯爵が、妻の不治の病と共に謎の隠居状態となった。そして代理として領主として着任した伯爵の実兄に問題があるのだという。
それにより政治と軍事の中心である伯都の城内は、派閥で割れてしまった。領内統治が正式に機能せず辺境領地の治安は乱れ、流通が止まり人々の生活は不安定になっていた。
“秘薬を手に入れ伯爵夫人を治療したら全てが上手く戻る”
そんな雲を掴むような微かな希望を胸に、レオンハルトやスザンナたちは未開の森に果敢に挑み、ここまで戻って来たのである。
(オレみたいな奴に何が出来るか分からない……でも全力で彼らを助けてあげよう……)
誇りたる騎士鎧を捨てボロボロになりながら挑むグラニスの騎士たちに、オレは心の中で敬意を払い自らの足を進めるのであった
◇
「街道のこの標識があるということは、もうすぐです……」
そして、ついに到着したのである。
「おお……あれが……」
街道が伸びる先に広がるその荘厳な光景が視界に入る。
感動のあまり思わず喜びの声が漏れてしまう。
「あれが……伯都……城塞都市グラニス伯都か……」
先日の古砦とは比べものにならない。
それほど圧倒的な規模の城壁に囲まれた城塞都市を目の前にし、オレはもう一度そう呟くのであった。




