36・1羽:砦落とし
盗賊“黒の死神団”の根城を落とす任務が始まる。
それは宿場村を襲っていた賊たちを返り討ちにした、その日の深夜のことであった。随分と前に感じるが、時間にしてあれから半日も経っていない急な指令である。
(あそこが盗賊団の根城である砦か……けっこう大規模だな……)
そんな中、《魔獣喰い》ことオレは目標建造物である古砦を遠目にして、そんな感想を心の中で呟く。
砦は宿場村から離れた人気の無い荒れ地にあった。話によるとグラニス騎士たちの話によるとかなり昔に廃棄された場所であるという。
(城門が閉じられ、見張りもいるな。そりゃ警戒するよな……普通は)
月光の少ない深夜であったが、遠目に砦の状況は確認できた。荒れ果てた廃墟を盗賊たちが修復し再利用していたのであろう。けっこう本格的である。
実はこの盗賊の根城の場所を調べるために、《獅子姫》はワザと馬乗りの賊を逃がしていた。それを隠密に優れた森の戦士が尾行し、逃げ込んだこの場所を確認していたのだ。
逃げた相手もまさか全力で疾走する騎馬の後ろを、人の足で尾行されていたとは思ってもいなかったであろう。自分たちの事であるが森の民の健脚は恐ろしい。
尾行成功で根城の場所も確認した。だがそれでも警戒もされていた。
何しろ半数以上の仲間が“謎の蛮族”に襲われて壊滅したのである。怯えて心理的に堅牢な砦に籠るのもうなずける。
「これが“砦”だと?……下界のモノは随分と呑気な造りじゃの」
自分の隣にいた《獅子姫》は不満そうに眉を潜め根城の様子を観察していた。過去に数々の激戦に耐え抜いてきた堅牢な古砦を目の前に、彼女らしい感想である。
「とにかく狩りの再開じゃ……いくぞ」
簡単な作戦が決め、隊の長である《獅子姫》の静かな号令と共に任務が開始される。それに従い十数人の森の戦士たちが暗闇に紛れ音も無く砦に近づく。周囲に遮蔽物がない立地であるが見張りの死角を上手くついて移動する。。
「ん?……あが……」
城壁の上にいた見張りの賊は声を出す間もなく倒れる。かがり火を焚き注意深く警戒をしていたはずだったが、背後から忍び寄った森の民に昏睡させられたのだ。彼らは体術と隠密に長けた先行した者たちであった
“侵入開始”
城壁の上からの合図を確認し、残る森の戦士たちも軽業師のように石の壁を駆け上がる。身軽な者はもちろん、重戦士の部類に入る巨漢の者ですら道具を必要とせず砦の中へすいすいと侵入していく。
(うーん……これなら“猿滑りの木”の方がまだ難しいかな…)
あまりの簡単さにオレも不謹慎ながら、そんな感想を述べずにはいられない。
幼いころから巨木や岩場に登る遊びや鍛錬をしていた自分たちにとっても、この城壁登りは思っていた以上に簡単であった。
森の厳しい大自然に比べたら、荒く積み上げられたこの石の城壁を越えることは児戯にも等しいのかもれない。
“作戦通りに無力化しろ”
そんな感じで見張りを全て無力化し、砦内への潜入は成功する。長たる《獅子姫》は手信号で次の指示を出し、オレたちは砦の中にある各小部屋へと進む。
“攻撃開始”
そしてついに本格的な夜襲が始まる。
ピィー、という夜鳥の鳴き声に似せた合図に合わせて、賊の寝室や待機場所に攻撃を開始だ。まずは森の民の特製の“煙玉”で先制攻撃である。
「目がぁ!目が焼けるように痛てぇよ……」
「ノドが……息ができねぇ……」
涙を垂れ流し呼吸困難に陥った賊たちが、室外に苦しみながら溢れ出してくる。何が起こったか理解できずにパニック状態になっている。
(オレも一度だけ吸い込んだ事があるけど……これキツイだよね)
“煙玉”は大森林に生息する“森大蛾の粉”と野生の菌類の毒を練り込んだ特性の道具である。命に別条はないが、まともに浴びると数刻の間は無力化してしまう恐ろしい兵器だ。
「抵抗する者には容赦はしない。投降するのじゃ」
剣を抜き降伏を勧告する。武装した謎の蛮族に音も無く砦に侵入されていたのである。その意味を理解し多くの賊の顔をは真っ青になる。
「ど、どうせ打ち首だ!くそったれがぁ!」
だがそんな状態でも抵抗してきた賊たちもいた。だがまともにやり合っても力の差は歴然。更には寝具のままで防具もない反撃者たちは、森の戦士たちにあっという間に制圧されていく。
・・・・
「そこっ!」
涙目で盲目に近い賊を相手にしながらオレも多くの相手を倒した。
(今回の《獅子姫》ちゃんの命令は“殲滅”ではなく“なるべく捕縛”か……)
命令の通りに、なるべく相手の命を奪わないように手加減しながら打ち倒す。刃物を持った相手に手加減は神経のすり減る戦い方である。
(でも……気のせいかな。弱く感じるぞ……賊たちが……)
夕暮れの宿場村の激闘の時に、あれほど手こずっていた下界の賊たちの動きにオレは苦も無く対応できた。がむしゃらに襲い掛かってくる相手の力を利用し、一撃で昏倒させていく。
(あの時の鈍い感覚はいったい何だったんだろうか……)
不調だった先ほどの自分と比較できるほど今回の砦の襲撃は余裕があった。それほどまでに自分たち森の戦士と下界の賊の動きには、大きな差があったのである。
◇
「投稿する。オレの命はいらない、殺すなら殺せ。だが若い部下たちに罪はない……慈悲をくれ」
「うむ、潔い」
多少の抵抗があったものの、賊の副頭らしき男の降伏宣言により戦いは終わった。
砦の中庭には降伏した盗賊たちが縄に縛られ集められ、その数は数十名ほど。それでも副頭の命令も耳を貸さずに最後まで抵抗した賊もおり、彼らは砦の周囲で絶命していた。
(あっけなくものだな……いや、森の戦士たちだからこそ、ここまで一方的だったのか……)
残存勢力ですら百名近くいた“黒の死神団”の残党は、わずか十数人の蛮族の戦士たちの夜襲により壊滅したのであった。その事実に心の中で驚く。
何しろ宿場村を襲っていた賊たちを打ち倒した、その日の深夜のことであった。時間にして半日も経っていない早業である。下界の戦の常識からしたら異常な結果であろう。
「まさかこれほど手際よく砦を落とすとは……」
「彼らにかかれば城壁すらも要をなさないというのか……」
その証拠に陥落の報告を受けて到着した四人のグラニス騎士は、目を丸くして驚愕していた。何しろ小さなとはいえ堅牢な砦を瞬く間に占拠したのだから。やはり驚きの結果だったのであろう。
グラニス騎士たちが来た事により話が進む。
「では今後のことじゃが……」
捕縛した賊や貯めこんでいた財産の処理について、《獅子姫》と騎士たちが検討しているところであった。ザ・難しい大人の話である。
「砦攻めか……あっという間だったな…」
もちろん難しい話は苦手である。朝日が場内を照らし始めた光景を眺めながらオレは小さく呟くのであった。
◇
難しい話がようやく終わった。
「という訳だ少年よ。この賊の残党と財だが……」
「ですが……いえ、分かりました、《獅子姫》さま」
森の民の代表である《獅子姫》と少年騎士レオンハルトの間で話しがまとまる。少し難しい話もしていたので自分は半分くらいしか理解出来なかったが、要約すると戦利品の配分とかであろう。
(強盗は死罪って言っていたけど何かあるのかな……)
難しい話から逃れてきた。捕縛された盗賊の人たちに視線を向けながらそんな事をつい考えてしまう。
「ひっ、命だけはお助けを……」
「オレたちは食われてしまうのか……」
縄で縛られている賊の下っ端たちはオレと目が合うと、誰もが恐怖で顔色を変え怯えていた。昔話で聞かされていた人食い蛮族に囚われたと勘違いしているのであろう。
全身に戦化粧を不気味に塗りまくり圧倒的な武力を持って威嚇されたのだから仕方がないことである。
オレは普通の十四歳の森の民なのだが複雑な心境である
「よし連れていけ!」
それからしばらくしてこの地域を担当する兵士たちに、投稿した賊たちは連行されていった。グラニス伯爵家の警備兵たちである。
兵士たちは伯爵家の跡取りである少年騎士くんから何か指示をされていた。恐らくは賊たちの処分とオレたち森の民に関することであろう。
◇
「では“伯都”を目指すのじゃ」
それから宿場村に戻り旅の縦鼻を終えてオレたちは、再び旅の目的地あるグラニス伯都を目指し出発することにした。
メンバーは変わらず“獅子姫隊”の約二十名と、少年騎士レオンハルトと三人の護衛の騎士たちである。
《獅子姫》ちゃんの指示で宿場村には連絡役として森の戦士を置いて行く事となった。残る者は彼女から何か指示を受けていていた。
また森に帰るときはこの宿場村を経由するのだから連絡係りが残る事は有り難い。
「いよいよ大都市に向かうのか……」
大森林を出た初っ端から事件に巻き込まれ足止めを食らってしまった。とにかく今は再出発に心が躍る。
オレたち一行は伯都に向かって出発したのであった。




