35・1羽:村強襲
“黒の死神団”はここ最近で、急激に勢力を伸ばしてきた野盗団だ。
いや、彼らの自身には“野盗”という意識はあまりない。
「オレたちゃあ、“黒の死神 傭兵団”だ」
戦があるたびに金で雇われ各地を転々としてきたこともあり、傭兵団と自らは勝手に名乗っていた。
そんな彼らではあるが、幹部クラスともなれば都市国家の兵士団にも所属していた。
厳しい訓練を乗り越え、自分たちの祖国を守るためにその力を振るっていた。
だがその都市国家も数年前にベール王国に攻め滅ぼされ統合された。
「ベールの気取った奴らの下につくつもりはねえ」
服従を嫌った彼らは生き残った兵士仲間を集め流浪の道を選んだ。
辺境の廃砦に住みつき、野盗団として活動すること数年。
最初は十人程度の集団であったが、近隣の廃村から食い扶持を探して集まってきた農民たちを吸収し、いつの間にかその規模は次第に拡大していった。
「団長、食料が足りなくなってしましたぜい」
団として戦力が増えるのは大いに助かるが、規模が多くなると今度はその食いぶちに困る。
最初の頃の稼ぎといえば、辺境の山村や行商隊を襲って金品や食料を拝借する程度であった。
だが団員が二百名を越えたあたりから、それだけでは団の財政が支えきれなくなっていた。
頼もしい荒くれ共の集まりではあるが、日々の食い扶持が無いとなればその牙は幹部に向かってくる。
「よし、平地の村を襲うぞ」
こうして定期的に山奥の砦を下り、平地の豊かな農村や街を襲い回ることになった。
そして更に好機が訪れた。
大陸の東部地方のベール王国グラニス伯爵家がお家騒動で混乱し、治安力が低下したのであった。
その情報は伯都に潜ませていた情報屋からもたらされた。
「よし、グラニス領を狙うぞ」
“黒の死神団”の頭である男は即座に決断した。
何しろグラニス領といえば、この東部でも有数の肥沃な穀倉地帯である。
それだけにその領土内の農村は潤い、街道沿いの街ともなれば税で発展していた。
以前なら大陸屈指の精鋭であるグラニス兵士団の巡回があったために、平地には近寄ることすら避けていた。
「騎士や兵士団の奴らは動けていないみたいですぜぇ」
だが最新の情報で、貴族たちも伯都で派閥に分かれに牽制し合っていたという。そうなると辺境の集落の巡回警備どころではないという話なのだ。
「くそったれグラニスどもから、奪えるだけ奪いとるぞ、てめえら!」
こうして“黒の死神団”は徐々にその暴力の輪の範囲を広げていく。
そして、今まさに辺境の宿場村ザクソンが、その毒牙にかかっていたのだった。
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「けっ、見張りなんて本当に必要なのかぁ?他の奴らみたいに暴れたいぜぃ!」
宿場村ザクソンの村外れ。
武装し見るからに賊の一員であるその男は、グチをこぼしながら命じられた見張りの任についていた。
「まあ、そう言うな。ワシらはまだ下っ端だからのぅ。前の村みたいに、この後に順番が回ってくるから、それまでの我慢だ」
「ちっ、アイツ等の後かよ……汚ねえが、タダだし仕方がねぇな」
その場を担当する見張りの二人は、前の村での蛮行を思い出し薄ら笑いを浮かべる。
「それにしても団長も用心深いな。見張りなんていなくても、泣く子も黙るこの“黒の死神団”に刃向かう奴らなんて、どこにもいないぜぃ」
総数二百名を超える“黒の死神団”、今回はその約半数でここを襲い、圧倒的な暴力でこの村のほとんどを占領下に置いていた。
家の中を一軒一軒ずつしらみつぶしに家探し金目の物を奪い取る。あとは頑丈なレンガ造りの納屋の扉をブチ破って抵抗している村人を制圧した完了だった。
「団長はもともと知恵のある軍人様だからな……それに上の噂では、このグラニス領を略奪して溜め込んだ財で、どこかの国のお抱えの傭兵団になるらしいぜ、ワシらは……」
「マジかよ!?俺らみたいな強盗集団が国仕えだなんて、最高な世の中だなぁ?」
「…………」
「おい?どうした、急に黙り込んで……あん?」
隣に突っ立っていたはずの仲間が急に静かになり、男はそちらを向く。
だがそこには誰もいなくなっていた。
「ん?なんだこりゃ?」
先ほどまで、周囲に全く異変はなかったはずだ。
時間も夕暮れ前とはいえ、まだ陽の光で周囲の見通しは良い。
村を囲う木製の柵以外には遮蔽物もなく見晴らしもよい。この村に近付く怪しい者や異変は、自分のこの視界内には見当たらなかった……はずだ。
「お、おい、お前……どうした……」
自分の足元をみてソレに気が付く。
先ほどバカ話をしていた同僚がそこに倒れていたのだった。
「ん……穴……なんで頭に“穴”が開いているんだ!?」
見張りの男は返事がない隣の仲間の顔を見て驚愕する。
返事がない訳だ。
そいつの顔にはぽっかり穴が開き絶命していたのであった。
「何じゃこりゃ……あん、これは“矢傷”……」
貫通した頭の先の板の間に刺さっていたのは一本の矢であった。
見たこともないような鳥の三枚の矢羽が印象的だ。
男が驚愕したのには訳があった。
こう見えて手先が器用で弓矢も多少なら使える。だからこそ信じられなかったの。
人体の中でも頭の骨は一番頑丈だ。
普通の矢がその頭を貫通し、このように風穴を開けるなど聞いたこともなかった。
「あがっ……」
だが次の推測を立てることはできなかった。
なぜなら〝風の音”が聞こえと思った、次の瞬間だ。
その男も脳天を剛矢で貫かれ絶命したからである。
・・・・・・・
「《獅子姫》様、見張りは全て消しました」
ザクソンの村の外側にいた賊の見張りを無力化し、森の戦士の射手は指揮官である《獅子姫》に報告をする。
「凄まじい剛弓だ……」
それを後ろから見ていたグラニス騎士の一人は言葉を失う。
人が豆粒くらいにしか見えないこの遠距離だ。なのに賊の見張りの脳天を弓矢で一撃で仕留めるなどいう離れ業は、正規の長弓兵でも無理な話だ。
「うむ、では作戦通り五つの組に分かれてこれより強襲をかける。神速をもって賊どもを狩り尽すのじゃ!」
「「はっ」」
報告を当たり前のように受けた《獅子姫》は部下に号令をかける。
先ほど立てられた策に従い、“獅子姫隊”の森の戦士たちは班に分かれ突撃の合図を待つ。
「さっきも言ったが少年よ、終わるまで、ここで待機していてもいいのだぞ。この先は食うか食われるかの、命の取り合いじゃ」
準備を終え、《獅子姫》は後ろに控えていた少年騎士レオンハルトに言葉をかける。
「“獅子姫”様、僕も……僕たちグラニスの騎士は、自領を荒らされているのを、ここで黙って見ている訳にはいかない」
レオンハルトはその双眼に強い意志を浮かべ、即座に答える。
最初に森の中で出会った頃の、幼く頼りない少年騎士の面影はそこにはもう無かった。
自領の民を悪漢から守るべく決意をした、“男”の顔である。
「ふむ、よい顔じゃ」
レオンハルトのこの答えを予め予想していたのだろう。
実弟の成長具合を喜ぶ姉ように、《獅子姫》はその口元を軽く緩める。
「《魔獣喰い》、お主はこの騎士たちのお供を頼むぞ」
「うん、分かった《獅子姫》ちゃん」
《獅子姫》の隣にいた《魔獣喰い》ことオレは小さくうなずき返事をする。
「それでは行くぞ、皆の者!我に続け!」
「「はっ!」」
《獅子姫》は号令と共に、ザクソンの村へと駆け出す。
その姿は平地をしなやかに駆ける獣の様であり、また風に乗って舞う可憐な草原の精霊の樣でもあった。
「《獅子姫》様に遅れるなよ!」
自分以外の“獅子姫隊”の皆もその後に続き、音も無く村の木製の塀を飛び越え四方から侵入していく。
「まるで全員が軽業師だな……よし、我々グラニスの騎士も後に続くぞ!」
「「はっ!レオンハルト様」」
森の戦士たちの後を追いかけるように、グラニスの四人騎士、そしてオレも村の中へ斬り込んで行くのであった。
・・・・・
少年騎士レオンハルトと女騎士スザンナに二人のグラニス騎士、そしてオレを含めた五人は、息を殺し村の裏路地を進む。
何しろ相手は残虐非道で名高い“黒の死神団”である。
相手の数はこちらの四倍以上で、いくら実戦経験が多いグラニス騎士たちとはいえ多勢に無勢。
取り囲まれたら一貫の終わりだからである。
気配を消し声を出さない様に周囲を警戒しながら、木造建築が多い宿場村の裏通りを進んでいた。
「す、凄まじいな……」
「見ろ、全て急所を一撃だ」
「こちらは鎧ごと叩き潰されている……どうやれば、人の膂力でこうなるのだ」
だが、騎士たちの口から思わず言葉がもれる。
その行く先々で目にするのは武装した敵ではなく、息のない賊どもの死体ばかりだからだ。
ある者は心臓を背後からひと刺し、またある者は首を掻っ切られ絶命していた。
抜剣しながらも一撃で葬られていた状況を見ると、森の戦士たちの出現に反応しながらも、その剣速に対応出来なかったのであろう。
(これは“イケメン剣士”の剣筋か……それにこっちは“大耳”の小剣。圧殺のこれは“牛さん”の大槌か……)
死体の見覚えのある剣筋を、オレは感慨深く見つめる。
自分と同じ年ごろの仲間たちが、その卓越した技と力で“人”の命を奪っていったのだ。
“人の命をこの手で直接奪う”
それついては、まだ自分は実感がわかない。
平和な現代日本から転生してきた記憶があり、その覚悟がまだ自分には出来ていないのだ。
糧を得て生きるために、森に住む獣の命を頂戴してきた――――これまでは。
だが同じ“人”の命を奪うこと関して、まだ割り切れないのかもしれない。
例えそれが残虐非道な賊人たちであってもだ。
(これはいい訳であり、甘えなのかな……)
思わず目をつむり自分自身の心に問いかける。
「“魔獣喰い”様、後ろです!」
「へっ?」
呆然としていたオレは、女騎士スザンナの叫び声で我に返る。
殺意が――――殺気が自分に放たれたのだ。
「くっ!」
即座に反応し空いていた前方に飛び退き、殺意の込められた矢筋から間一髪で逃れる。
「ちっ、運のいい子供め!」
村の建物の上からその矢を放った者の声が耳に入る。
飛び退きすぐ体勢を整え、オレは後方を確認する。
相手はすぐに隠れたが、どうやら身を潜めていた賊に矢で自分は狙われたらしい。
(くそっ、この距離で……あの程度の相手に気付けなかったのか……オレは)
その事実は自分に大きな衝撃を与えた。
少しボーっとしていたといえ、それほど気配を消すのが上手くない弓手に、自分が背後を取られたことに。
そんな失態はこれまで――――森の中の生活では有り得ないことだった。
(人が多すぎるのか……いや、下界のこの独特の空気……雰囲気に慣れていないのか……くっ、まただ)
これまでにない位に精神を集中し周囲を警戒し、ようやく“ソレ”に気付く。
そして迂闊な自分を心の中で呪う。
「ここは行き止まりだ」
「へっへっへ……おい見ろよ、若い女の剣士までいるぜ」
「おい、子供と男どもは、とっとと殺せ。女は生け捕りにしな」
その者たちは薄ら笑いと共に姿を現す。
先行した森の戦士たちの襲撃にようやく気づき、集結した賊たちがここで待ち伏せをしていたのだろう。
「むむ、これは……」
「レオン様、後ろへ」
「後ろも、無理だ……」
騎士たちは険しい顔で剣を構え、前と後ろの相手を牽制する。
オレたち五人の後発隊は取り囲まれてしまったのだ。
こちらを遥かに上回る数の、武装した殺戮者たちによって。




