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マタギの孫をなめんなよ!【書籍化】  作者: ハーーナ殿下
エピローグ

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197/204

165羽:赤髪 最後の日

「どうしても行くというのか?」


 この館のあるじであるアベル様は重い口を開きそう問う。長年のこの家に仕えていた執事長である私ですら、ここまで動揺した当主の姿は初めて目にする。アベル現公爵と言えばこの帝国でも有数の大貴族であり、弓剣に優れた武人で権謀術数に精通した策士家でもあった。


 幼い頃から冷静沈着で自分の表情や感情を決して表に出す事は無い。人間同士の憎愛の感情や関係性であっても、ひとつの駒として考え巧みに操る。父上である先代からこの公爵家の当主の座を引き継げたのも、兄弟の中でもそんな性格が買われていたからだろう。


 そんなアベル様が声を震わせ顔を真っ赤にし、握る拳を隠そうともせずに目の前の戦士に問いている。


「ああ、先ほど帝城に行って皇帝陛下とオレの親父にも別れを告げてきた」


 そう答えるのは見事な体躯の異国の戦士である。いや、正式にはヴェルネア帝国の銘家生まれの騎士であった『赤髪』ガエル・ド・リオンヌであった。


 幼い頃から自分の感情を表に出さないアベル様にとって唯一無二の友であり、この帝国の勇猛果敢な騎士の顔を有能な執事は忘れるはずはない。


 ただ本日のガエル様の装いと風貌は帝国騎士とは思えないものであった。全身を薄汚れた獣の毛着を身にまとい素肌を至る所で露出している。今は夏という事もあってか、上半身にいたっては半裸状態に怪しげな呪い化粧や色鮮やか羽や獣の牙で装飾している。その恰好は噂に聞く森の蛮族のいでだちであった。


 元々ガエル様は破天荒な騎士であったが、ここまで風変わりな恰好は初めて見る。


「陛下とお前の父であるリオンヌ卿も、よくお前の出奔しゅっぽんを許したものだな・・・いや、この国でお前を止められる者などそうはいないか」


 先ほど帝城からの諜報員からの報告によると、ガエル様が帝城に乗り込みこの帝国の騎士と国民である事を辞め出て行く、と一方的宣言する騒動があった。この帝国で最強とも名高いガエル卿の出奔しゅっぽんを、そう簡単に陛下や重鎮貴族たちが許すはずはない。それは帝国にとって甚大な損失であり致命的な軍事力の低下を意味するからだ。


 だが、“出て行く”というガエル様を実力行使で止められる者はこの帝国にはいなかった。唯一実力が拮抗しているとすれば天槍無二のネロ殿下くらいであろう。だが、あの方はこういった事には関与しない方であり、実際ガエル様は何事もなく帝城から出て、この帝都にあるアベル様の屋敷に訪れて来たのだ。


 現在もこの屋敷の周りには帝国の近衛師団が彼を逃すまいと遠巻きに取り囲んでおり、まさに一触即発状態と言っても過言ではないだろう。


「ああ、陛下も親父からも特に文句は無かった。あの二人には恩はあっても恨みはねぇ・・・最後はお前に挨拶に来た訳だ」


 そう言いながらガエルは執事長である私が入れた紅茶をひと口飲む。事前に薬物を入れてガエル様を無力化して監禁するという意見を私は提案したが、アベル様から彼を厳重に持て成す様にと注意を受けた。「ガエルは薬物毒物の混入位は事前に察知する」とも言われた。


「そうか・・・やはり出ていく“原因”は後ろの二人か?」


 アベル様は出された紅茶に口も付けず、ガエル様の後ろで仁王立ちしている人物に視線を移す。そこにはガエル様と同じように蛮族の武具装飾に身を包んだ二人の戦士がいた。


 一人は女性であり日焼けした大柄な女戦士『黒豹の爪』様だ。彼女はガエル様とこの帝都で共に滞在していた事もあり、私もお会いした事もあった。ガエル様も特に彼女の存在を隠していた訳ではなく一人の剣客として扱い、共に帝都を歩く姿も多く目撃されていた。


 特に彼女が城内で注目されたのは“魔穴”が閉じる前の話である。“魔穴”の影響でその当時はこの帝都にすら魔獣が現れ人々を恐怖のどん底に陥れていた。そんな時、魔獣と応戦するガエル様の隣で同等に剣を振い、彼以上の戦果を出す姿を多くの帝国兵が見ていた。彼女曰く何でも“魔獣”を相手するには専用の訓練と経験がものを言うという。


 自分の身の丈を超える大剣を烈火の如く振り回すその姿は、実力主義の帝国兵の間で“戦女神”の生まれ変わりと噂されその心を掴んでいた。そんな “黒豹の爪”様を崇拝する騎士兵士たちは現在でも多い。


 もう一人は男の子供であった。歳の頃はまだ5歳には満たないだろう。だがその身体つきは既に帝国の子供の標準を大きく超え、大きな手足からこれから更に大きく見事な巨躯の戦士になる事を予感させる。子供であるが腰には既に帯剣し、元々騎士であった私の目から見ても中々の剣の使いてある事を感じさせる。そして、注目すべきはガエル様と同じ輝く銀髪で鋭い目つき、肌は隣にいる“黒豹の爪”様と同じく日に焼けた褐色であった。


「“黒豹の爪”の方はよく知っていたかと思うが、ガキの方は初めてだったか・・・“魔穴”が閉じた後に森で産まれたからこの帝都に来るのも初めてだったな」


 そう言いながらガエル様は後ろに立つ小さな戦士を見つめる。戦場で悪鬼と敵味方から恐れられていたこれまでのガエル様からは、考えられない落ち着いた優しい瞳であった。


「・・・斬り殺した敵の返り血でその毛を真っ赤に染めていた『赤髪』ガエルともあろう者が、我が子が産まれひ弱ったか!昔のお前はもっとギラギラして輝いていたじゃないか!」


 その光景に激怒したのか、我が主アベル様はテーブル両手で叩き立ち上がる。テーブルに載っていた紅茶が倒れ中身が零れるが、興奮のあまりそれさえも気付いていない。


「ああ、確かにオレは妻を娶りガキが産まれて弱くなっちまったかもしれねぇな・・・だがよ、人は守る者ができ弱くなってからこそ学ぶ事も多いだぜ・・・なあ、お前こそ、いつもは冷静沈着で優秀な騎士指揮官様なのに今日はやけに荒ぶるな・・・」


 ガエル様は激情に駆られたアベル様に怒る事もなく冷静にそう諭す。


「ふう・・・声を荒げてしまって済まないな・・・お前の事になるとどうも調子が狂う・・・少し私の話をしてもいいか」


「ああ、勿論だ」


 アベル様は冷静に応じるガエル様に毒を抜かれたのか、いつもの落ち着きを取り戻す。


「私は冷静沈着で優秀な指揮官でも騎士でもない。それこそ幼い頃は私も神童だの弓公子だの当家の領地では騒がれたものだった。あの頃、中央軍兵士訓練所に入隊した時も実技や模擬戦で自分に敵う者は誰もいなかった。自分で有頂天になりそこそこの自負はあった。だが、訓練所でガエル・・・お前に会ってその自信は勘違いであり、自分が井の中の蛙だという事に気付いた・・・」


 そして、私が交換し入れ直した紅茶に口を付け語り始める。


「ガエル、あの頃のお前は傍若無人で自由気ままな訓練生活を送っていたな・・・だが、模擬戦や実技ともなれば圧倒的な成績や奇抜な発想で他を圧倒し、尚且つ面倒見がよく同級生や下級生まで多くの者に慕われていた。教官や上級生にはとことん歯向かう性格から卒業後は辺境の東部方面に送られたが、それでもお前の牙は決して曇る事は無かった・・・」


 アベル様は十数年前の事を思い出し、まるで昨日の事の様に懐かしく語る。


「確かに机上の成績では私の方が優れていたかもしれない・・・だが、最終的にお前の方が全てにおいて私を勝っていたのだ。だから、私はその時に決めた・・・私はガエル・ド・リオンヌを補佐し、彼と共にこの実力主義の帝国でのし上がっていこうとな」


 一方的に語り出したアベル様の言葉を、ガエル様は遮ることなく一語一句真剣な表情を聞く。


「最初は本当に苦労したな・・・何しろお前の上官からの印象は、どんな戦線でも最悪だった。雑務を押し付けられたり、殿しんがりという名目で敵軍のど真ん中におとりとりして放り込まれた事もあったな・・・だが、お前はその全てを機転を利かせ自分の剣の力だけで乗り切ってきた 

今はベール王国、イスラマ皇国、我が帝国の三国同盟が結ばれ、一時の平和な時期かもしれん。だが先ほど伝令から連絡があった通り、南海連合が帝国領土に又もや侵攻して来たという・・・ガエル、お前の力はまだまだこの帝国に必要なんだ!」


 アベル様の言葉には深い感情が籠っている。それは先の様に声を荒げて声を上げているものとは少し変わってきた。どちらかと言えばこれまでは自分の感情、特に自分の弱い部分は決して他人には見せず語らないで来た方だ。魑魅魍魎ちみもうりょう跋扈ばっこする貴族界において弱みは自家の弱点に成り得るからだ。


「アベル、さっきも言った通りお前は優れた指揮官であり騎士だ。どんな戦況に於いても冷静沈着で、事前にあらゆる手段で戦況を万全態勢に持ち込む。退く時には退き、一度攻めると決めたなら烈火の如く殲滅せんめつする。お前自身は気付いていないかもしれないが、この帝国で・・・いや、今やこの大陸全土にお前の武勇と名は知れ渡っているぞ・・・そう、オレを超え、お前がライバル視するネロ殿下に並んでいるのだ」


「まさか・・・この私があのネロ(ばけもの)に双璧するなど・・・」


 実力主義のヴェルネア帝国であるが、皇帝の位だけは直系血族の者しか後は継げない。前皇帝が退位しネロの実兄が皇帝になった今では、実力のある貴族たちの次の注目は皇帝に次ぐ権力を有する宰相の位である。今のところ有力な候補者は二人・・・皇帝の実子で天槍無二とされる戦の天才ネロ殿下か、帝国有力公爵であり権謀術数を一手に引き受けるこのアベル様だと言われている。


 だが、ガエル様に対する度を越したこの想いが、これまでアベル様の才能を今一歩押し止めていたと言っても過言ではなかった。


「・・・」


 アベルはその意味を理解し言葉を止める。


「アベル・・・もう一度言おう。お前はオレの知る限り最高の男だ。オレが戦場で相手にしたくない一番の戦士だ」


 普段は口の悪く大雑把なガエルであったがこんな時に嘘を言う男ではない。それはこの男と付き合いが一番長いアベルが一番よく知っていた。


「最後にもう一度聞く・・・ガエル、この帝国から出ていくのか?」


 最初と違いアベルは真っ直ぐな、そして想いの込めた言葉でガエルに尋ねる。


「ああ、アベル今までありがとうな・・・そんな湿気た顔をするな。少しの間、大森林に籠って魔獣共にこの大剣を喰らわせに行くだけだ」


 そう言うガエルの笑顔は昔と・・・十数年前に出会った訓練生の時と全く変わっていなかった。


「そうか・・・達者でいるんだぞ・・・たまにふみを出す」


「返事は出さねぇぞ」


「知っている・・・」


 アベル様とガエル様はそんなやり取りをし、名残惜しい時間は過ぎ去って行く。



「・・・じゃあな、アベル。そろそろ行く」


 ガエル様は長きに渡り時間を共にした友人との時間を惜しむ様に席を立つ。


「ああ、気を付けてな・・・そう言えば、この屋敷の外にはお前を帝都から出さない様に近衛騎士団が取り囲んでいる・・・私も彼らに一声掛けるのを手伝おう」


 そんな話をしながらアベル様は大森林に旅立つ為に屋敷を出てガエル様を、門の外まで見送りに行く。アベル様はこうは言っているが、取り囲んでいる近衛騎士団は皇帝陛下直属の騎士団だ。例え有力公爵であるアベル様の言葉でもあっても今回は難しいかもしれない。とは言え、この屋敷内にいる間は彼らもガエル様には手出しは出来ない。執事長である私は長期戦を覚悟していた。



・・・・・・





 だが・・・アベルとガエル親子がこの屋敷の玄関を出ると様子が一変する。


「ヴェルネア帝国近衛騎士団、全員整列!」


「同じく、中央軍騎士団、整列!」


「同じく、中央騎士団 第三軍“赤髪隊”、整列!」


 それまでガエルたちをこの屋敷から一歩も取り逃さない為に包囲配置されていた騎士たちが、一斉に道を開け瞬時に整列し帝都の外までの道を空けたのであった。その光景にアベルですら言葉を失う。


「お前らいいのか・・・このオレを帝都に外に出したら下手したら反逆罪で死刑だぞ」


 ガエルは沿道に並ぶ騎士たちの知った顔にそんな問いを掛ける。


「はっ、我々が陛下から受けた任はガエル様が出奔しゅっぽんするなら捕えよ、という命令でした。ですが、ガエル様は一時的にこの帝都を離れ、大森林にて武勇を馳せ、後日この帝都に凱旋すると認識しました!」


 そう返事をするのはこの中で一番の上官である騎士団長だ。数年前に南部の激戦において彼の窮地を救った事をガエルは今でも覚えている。


「ははっ・・・お前ら揃いも揃って、本当に頭が悪い奴らばかり集まりやがって・・・・」


 そう悪たれるガエルであったが、その瞳は微かに潤んでいる。


「鬼の目にも涙だな。良かったなガエル、同僚なかまを敵に回さなくて。」


 そんな様子に隣にいたアベルはチクリと声を掛ける。


「騎士団、全抜刀!栄光あるヴェルネア帝国の最強にて至高なる騎士『赤髪』ガエル・ド・リオンヌ様に礼剣!!」


 近衛騎士団長の掛け声と共に、沿道を埋め尽くしていた騎士たちは一斉に剣を抜き天に掲げる。近隣の帝都民は何事かと小窓を開けて覗く。これ程までに大規模な騎士団による見送りは前例の無い事であった。


「剣に生まれ、剣に送られるか・・・悪くねぇ人生だ」


 ガエルはその剣の花道の真ん中を、感慨深げに一歩一歩ゆっくりと進む。沿道に勢揃いする騎士や兵士たちは、皆ガエルの勇姿を目に焼き付けようと見つめる。


「隊長、我々中央騎士団 第三軍“赤髪隊”の隊長の座はしばらく空位にしておきますので、いつでも帰って来てくでせぇな」


 列の最後尾に整列していた自分の直属の部隊の副官が声を掛けて来る。顔は勿論だが全身戦傷だらけの無骨な騎士だ。彼だけではないここに並ぶ“赤髪隊”なら誰もが体中に古傷を帯びているのをガエルは知っている。敵に背を決して向けぬ“赤髪隊”にとって、それは表彰されぬ誇るべき勲章でもあった。


「はっ、そんなんだから、お前らは一生昇進出来ねえんだよ・・・仕方がねえ、お前らのその汚ねぇ顔でもたまに見に来てやるよ。その時はひ弱っていたら招致しねぇからな!」


「はっ!」


 そんなガエルなりの激励に部下たちは無言で敬意の構えをとる。そして、ガエルたちは遂に帝都の門の一つに辿り着く。


「じゃあ、アベル。見送りはここまで大丈夫だ。帝国の事を頼んだぞ・・・」


「ああ、任せておけ。この私が宰相の地位まで上り詰めたならお前を大将軍に任命するから覚悟しておけ」


「期待しないで待っている」




・・・・・・・



 この日、ヴェルネア帝国の騎士『赤髪』ガエル・ド・リオンヌは帝国における地位や全てを捨て妻『黒豹の爪』とその子と共に大森林へ旅立つ。戦において常に生き甲斐を感じていた男が次に選んだ大森林せんじょうである。


 だが正規歴史書によれば、『赤髪』ガエルがこの帝都の地を踏むことはこのあと二度と無かった。


 

 十数年後、ヴェルネア帝国に建国史上最大の危機が訪れる。そんな時、大森林から来た一人の銀髪の青年戦士が帝国の窮地を救う。古参の兵士たちはその青年の荒ぶる大剣にかつての生きる伝説の姿を重ね、宰相となったアベルは友の姿を重ね感慨にふける。



 そして“赤髪の大剣使い”の伝説は引き継がれていくのであった。


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