164羽:槍皇子と酒場
そして数年の時は経つ。
《ヴェルネア帝国 帝都》
いつもと同じ賑やかな喧騒で、この下町の酒場の客席はいつも以上に混んでいた。労働者に職人、仕事帰りの兵士や子連れの家族なんかもいる。今日も暑い一日だったので、汗をかいた分を取り戻すかの様に皆飲みたくなったのだろう。
酒場の1階の奥にある大きな厨房では、ひっきりなしに入る注文を料理人たちが威勢よく掛け声を上げながら見事な連携で調理をこなしている。料理人同士の以心伝心というやつだろう、是非部下にも見習わせたい技術のひとつである。
肉料理に海鮮料理、最近では遠くベール王国やイスラマ皇国の珍しい食材も使用した料理が卓を彩り食欲をそそる。常連たちは新作料理に舌鼓を打ち、酒を流し込みながら下らない冗談で笑い合い店内は盛り上がる。
(“魔穴”を閉じて以来は天候も落ち着き穀物の収穫量も元に戻りつつある・・・更には皇国の教皇マリオ殿が開発した“農業革命技術”とやらを、気前よく我が帝国にも進呈してくれたお蔭で、以前の様な飢えに苦しむ帝国民も減ってきている・・・)
ネロはそんな事を思い出しながら店内の様子を酒の肴にして、いつも以上に気持ちよく飲んでいた。
以前の帝国本土は地形的に天候が安定せず土壌も農作にあまり安定してなかった。それ故に国内消費の殆どを侵略政策による占領地からの供給によって補っていた。生きるための侵略、それが帝国の歴史であった。だが、それが今では農業革命とやらのお蔭で人々の暮らしもご覧の通りの上向き具合である。
店内のどこかで力自慢たちによる腕相撲が始まり、周りの客たちはここぞとばかりに賭けを始め、店はドッと盛り上がる。実力主義である帝国では力こそが全てなのである。
「若、そんなに飲まれては体に毒ですぞ!」
同じ丸テーブルにいた大柄の丸みを帯びた樽の様な体型の男が、オレの空いたジョッキの数を見ながら注意してくる。
「ドルトン、まあ、そう言うなよ。“魔獣”の脅威を振り払い、食糧難を徐々に克服している帝国民のこんな嬉しそうな顔を見たら、飲まずにはいられないというものだ」
世話係ドルトンのいつもの口うるさい小言に、ネロはいつもの返事で受け流す。追加の麦酒が手元に届き、ネロはそれを飲みながらテーブルにある揚げ海老を頬張る。
「確かに数年前からは考えられない位に食料は安定し嬉しいものです・・・話を逸らさないでください、毎夜飲んでばかりいるとこのようにダメな大人になってしまいますぞ!更には先日の隣国の姫とのお見合い話も勝手に断ったとか!いい加減に身を固めなさいませ!」
ドルトンはネロの左側でテーブルにうつ伏せになり、既に酒に潰れているダメな大人の代表者を指さし語る。彼女の手には酔い潰れながらも“大森林産 木の実酒”が大事そうに抱えられている。
(相変わらずヘリヤ師匠は酒に弱すぎるな・・・でも念願の大森林の美味い酒がこの帝都でも飲めて幸せそうな寝顔だ)
最近では城塞都市フランケン経由で、この帝都にも大森林の名産が多く輸入されている。その中でもこの酒はクセは強いが、奥が深く飲めば呑むほど味わいがあり徐々に帝都での愛用者が増えていた。
「まあ、そう言うな。それにオレが身を固めしまったら、この生活力が皆無な師匠の面倒は一体誰が見るんだ?」
大陸随一の兵法者である女槍使いヘリヤの世話の話まで出され、ドルトンは一段とまた騒がしく小言と言い始める。
(でも、この酒を目当てに数年前に大森林に行き、この大陸を救ったとは口が裂けても言えないな・・・)
数年前のそんな事を思い出しつつ、ネロは再び酒を飲み酒場の雰囲気を楽しむ。
(そういえば、魔獣喰い(あいつら)に初めて出会ったのもこの酒場だったな・・・)
ネロは喧騒に包まれ活気ある店内を眺め、当時彼らが座っていたテーブルを見つめる。あの時は確かたった四人でこの店の全メニューを制覇し周りの客を驚愕させていた。
(そうか、そういえば・・・そろそろアノ時期だな・・・)
久しぶりに大手を振って大森林に行く用事が近づいていた事を思い出し、ネロの口元は自然と緩む。
ネロがそんな事に想いに更けていると、酒場の正面玄関から騒がしい武装集団が店内飛び込んで来る。瞬時にネロは警戒するがその全員が知った顔である事に安堵をしつつ、同時に嫌な知らせを知る。
「ネロ将軍、やはりこちらにいらっしゃいました。南方より南洋連合国どもが急に手を組み我が領土に侵攻して来ました!皇帝陛下がお呼びでございます。アベル公爵をはじめ精鋭部隊にて鎮圧の軍団を編成いたしますので至急、帝城までいらして下さいませ」
その武装集団は皇帝直属の帝国近衛騎士団の伝令たちであった。その急ぎぶりから今回の相手は大勢力なのだろう。
先ほどまで騒がしい喧騒で賑わっていた酒場の店内は、この急な知らせに水を打ったように静まり返る。それ程までに南海の連合国の恐ろしさは帝国民が身に染みて知っていた。
「という訳だ、ドルトン。お前は師匠と共に帝都に残り例の場所へ出発する準備をしておけ」
ネロは伝令の登場で、先ほどまでの口うるさい世話係の顔から騎士団長の顔つきに戻っていたドルトンに声を掛ける。
「ですが若、南洋連合国の規模を考えましたら急ぎ鎮圧したとしても、例の日時には間に合いませんぞ・・・」
指揮官騎士として有能でもあるドルトンは、不安そうな声でそう進言する。
「ドルトン、オレを誰だと思っている。南の守銭奴国共など鎧袖一触で直ぐに追い返して、ついでにたっぷりと賠償金でも巻き上げてやろうぞ!」
そのネロの頼もしい言葉に、それまで静まり返っていた酒場内はどっと歓声が沸き盛り上がる。人々は将軍ネロの名を連呼し、その名を称えて帝国の繁栄を叫ぶ。前皇帝の実子であり将軍の一人でもあるネロがこんな下町の酒場に度々来ている事自体が異様ではあるが、そこは暗黙の了解で誰も気にしてはいない。形式より結果こそがこの帝国では重要視されるのだ。
いつの間にかネロの奢りで店内中に前祝い酒が振る舞われ、天井が抜けるかと思う程の大盛り上がりで人々は乾杯の声を上げる。見ると、酔い潰れていたはずの師匠ヘリヤがいつの間にか給仕に皆の酒を勝手に注文していたのだ。
「ネロ、土産は南海の酒でいいからな」
「師匠、何だったら酒蔵こと持って帰って来ますよ」
常勝無敗の将軍の言葉を疑う者は誰もいない。愛用の短槍を持ちネロは颯爽と酒場を後にするのであった。




