163羽:最強の兄
『魔獣喰い』マジウスと五人の聖女たちがその場を離れ“魔穴”を封印する為に中心部へと向けった後、その場に一人残された“男”がいた。
顔面の中心に強烈な一撃を喰らいその顔は痛々しくも陥没している。運良くて意識不明の重体、もしかしたらもう息をしていないのかもしれない。だが、その“男”は『魔獣喰い』たちが去ったのを見送ると、少し間を置きムクりと何事も無かったかの様に起き上がる。
《全く普通の人間だったら死んでいたところだったよ。演技とはいえ痛いものは痛いんのだから。とは言ってもこの世界で僕に傷を付けられるのは彼くらいなものだから、初めてのいい経験だったけどね》
そう言い終わる前に陥没した“男”の顔はボコボコと音を立てて形を変えていく。そして、ゆっくりではあるが元の顔に修復していく。
《やはり“異世界”の力で傷を負うと修復に時間が掛かるのか・・・さて、計画通りにアイツ等は“穴”を封印に向かった・・・これで今までの“魔穴”からの力と、新しい“森徒”の力という“二つの強大な力”を僕は得る事が出来るという訳だ》
そう一人呟くと“男”はこれまでにない位に顔の表情を崩し下品な笑みを浮かべる。
《要は順番とタイミングが重要だったんだ・・・“穴”が封じ込められるのと、『魔獣喰い』が死ぬのと、僕がその身体を乗っ取る事と・・・この三つのタイミングがね・・・》
そう呟き『魔獣喰い』たちが向かった“魔穴”の中心部から少し方向がずれた場所へ“男”は足を進める。隠してあった呪印装置の準備も万端だ。ここまで来るのに数年の月日を注ぎ込んだが、それも今日で終わりだ。明日からこの大陸中を巻き込んでの素晴らしく刺激的な毎日が“男”を待っていた。
「残念ながら、その先にあった“装置”とやらは破壊したぞ」
ふと聞き覚えのある声が森の茂みから聞こえる。そして、音もなく一人の男の影が出てくる。
《“流れる風”・・・どうやって傀儡を解いたんですか・・・!? 貴様ァ、それは!》
「へえ、あんたもそんなイイ声を出すんだな」
その姿というよりは“流れる風”が左手に持っていた装置の破片を目にし、“男”からはこれまで出た事のない荒い声がこみ上げている。その反応に“流れる風”はニヤリと口元に笑みを浮かべる。
彼が知ってか知らないのか、その破片は装置の“核”であり、それさえ有れば呪印の再起動は可能であった。それを思い出すと“男”は再び冷静さを取り戻す。
《コホン、失礼・・・“流れる風”君は確か『魔獣喰い』たちの仲間と戦って足止めされていたはずだったよね・・・予想ではもう少し時間が掛かるはずだったんだけど、これ程早いとは流石はこの世界でも有数の戦士で英雄だね。でも、そんな君であってもこの僕に勝つ事はもちろん、傷すら与えられない事は経験上知っていたはずだけど》
そう言いながら“男”は意識を集中し目の前にいる“流れる風”に力を集中する。無限の“魔”の力の源である“魔穴”はすぐ後ろにあり、“流れる風”は自分に傷すら付ける事は出来ない。こちらが負ける要因は一切無かった。
「ああ、確かにオレの攻撃はお前には一切通じないし当たらない・・・“理”というヤツだったよな。この世界の攻撃は一切通じないとか。だが、お前の身体と同じ“異世界”モノの攻撃ならさっきの『魔獣喰い』みたいに通じるって事だろ!」
そう言いながら“流れる風”は強力な蹴り足で飛び込み、一気に間合いを詰める。そしてその腰から見たことも無い長剣をするりと抜き“男”に襲いかかって来る。
《剣だと、何を今更・・・》
そう言い放ち“男”はその剣を避けようともせずに、“魔”の力で“流れる風”を吹き飛ばそうとする。だが、先ほどの『魔獣喰い』の拳と同じように本能が危険を知らせる・・・鋭い痛みを残し“男”の咄嗟に防御した腕は切り傷を受ける。
《くっ、これは・・・まさかその剣は“異世界”のモノか・・・だが、気を付けていれば当たる前にお前を一方的に虐殺出来る事を忘れていたのか!》
“男”はそう言い放ち、危険な剣を構えた“流れる風”を遠距離から“魔”の力で一方的に仕留めようとする。
「ああ、それもこちらの計算通りだ・・・マリオ、この金属は奴に効果があった。後は頼んだぞ」
その声と同時に森の中に落雷の様な激音が走る。そして、目で追えない速度の光が“男”の中心部を貫く。
《ああ・・・こ、これは何だ・・・》
“男”は自分の身体の中心部にぽっかりと空いた空間を手で触ろうとし、声にならない声を上げる。傷跡は焦げ落ち血すら流れて来ない。
「君に説明しても分からないかもしれないけど、それは超精霊電磁砲弾で空いた穴だ。秒速数千メートルで、君の言う“異世界”の“金属と精霊石の合成した砲弾”を山穴族が加工した特別な重金属の砲身から精霊石と術の加速で打ち出しただけだよ。まあ、たった一回で砲身もオシャカになるし、何より砲弾が蒸発して射程が短いから実用的では無いから・・・喜びたまえ君専用の兵器だ」
そうブツブツ言いながら森の木陰から姿を現したのは長身の男である。
《イスラマ皇国・・・教皇マリオ、どうやってこの森に・・・》
そう呼ばれたのはその名の通り、この大陸最大国家であるイスラマ皇国の最高権力者マリオ・アリスタその人であった。その背後の森の中には数人の腕利きの側近が立ち並び、先ほどの雷鳴を上げて光を放った砲身が煙を上げて横たわっていた。
「妹セリーナを取り戻す為に、この数年間は生まれて始めて本気で努力して研究したからね・・・ちなみに砲弾とこの剣は、“現代”から『魔獣喰い』君が召喚された時に乗っていた “自転車”を溶かして合成した金属製だ。大森林で放置されていたのを探すのに少々手間取ったけどね」
自転車自体はこの異世界ではあまり価値は無い。だが、その存在自体はこの“男”にとって脅威となった。
「さて、それでは最後は保険の為にでもある私の手で直接始末させてもらおうか」
そう言いながらマリオは“流れる風”から受け取った先ほどの剣を構え振りかざす。知的な優男に見えながらも、その構えと動きは達人のそれであった。
《この僕に止めを刺せる事が出来るのか・・・マリオ・・・貴様は一体・・・何者だ・・・》
どてっ腹に大きな風穴を初めて空けられて“男”は動けないまま、目をかっと開きの眼前のマリオの瞳をジッと睨む。
「私かい?僕はどこにでもいる、ただの妹想いのお兄ちゃんだよ」
その剣が振り下ろされた瞬間、この世界の救世主となるはずだった“男”の魂は消滅した。
・・・・・・・
「マリオ、保険とはいえ最後につまらない事をさせてしまったな」
“流れる風”は魂的には消滅していた“男”の肉体を自分の愛用の精霊の剣で術をかけ昇華する。これにより二度と今回の様な事は起きないだろう。
「いやなに、本来なら『魔獣喰い』君がこの“男”に止めを刺してもよかったのだが、魂と肉体を同じく共有する者同士が命を奪い合った時に生じる“パラドックス”で、この世界自体が消滅してしまう可能性もあったからね。まあ、私もいい経験になったよ」
そう言いながら教皇マリオは説明の為の数式を、木の枝で地面に書き始める。
「相変わらず、あんたの言う事は難し過ぎて訳が分からねえな」
“流れる風”は降参のポーズをとり、視線を“魔穴”の中心部へと向ける。
「こちらは片付いたがあっちは加勢に行かなくて大丈夫か?妹セリーナの身に何かあったら大変だ」
最愛の妹の心配をするマリオは、先程の戦いですら見せなかった険しく不安な表情を出す。
「ああ、大丈夫だろう・・・旦那の優秀な妹参謀もいるし、天才“獅子姫様”や皇国の聖女様、封印一族のベール王家の血を一番濃く引いていたお姫様に、この大森林で最高の精霊術の才能を持った精霊神官の嬢ちゃんもいたからな・・・後は若い衆に任せてオレはそろそろ失礼するぜ」
まるで散歩でも来たかの様にクルリと向きを変え、足を進める。
「“流れる風”、その名の通りに相変わらず風の様な男だ・・・皇国に密かに身を任せていた期間だったとはいえ、お前の事は嫌いではなかった。何処に行くかは知らぬが、気軽にまた私の所を訪ねて来るがいい」
マリオはその背中にそう語り掛ける。
「まずはこの“男”が消滅して傀儡が解けたはずのオレの仲間たちを拾って行くさ・・・まあ、気が向いたらマリオの入れたくれた“緑茶”とやらをまたご馳走になりに行くぜ」
手をひらひらさせ“流れる風”はその場を後に森の奥へと進む。
「ああ、上等な美味い茶を用意しておく・・・」
そう言い終わる前に森の戦士は姿を消す。
すると周囲が突然明るくなった。
『魔獣喰い』たちが向かった方向から明るい光が溢れてくるのだ。最初は小さく弱々しい光だったが、次第にその光度は強くなり“魔穴”の暗みかかっていた周囲を照らす。
その光はやがて大森林の隅々まで広がり、森を通り抜け下界の国々や島々まで包み込み始める。この大陸中に住む人々が、生を受けた生き物全てがこの日、天空にオーロラの様に広がるその光を目撃した。
殆どの者たちはその意味さえ知らず、自分の信じる神と天を仰ぎ祈りを捧げる。また、子供たちはその光の暖かさに心躍らせ、小躍りしながら遊び駆け抜けた。意味は知らない・・・だが心の底から感じる程その光は暖かった。
「・・・さあ、皆の者、そろそろ皇都に帰るぞ」
その光を暖かい目で見ていたマリオは後ろに控えていた部下に声を掛ける。
「宜しいのですかマリオ様。国境に精鋭を待機させている今なら、皇国の版図を一気に広げるいい機会ですが」
側近の一人はそうマリオの耳に進言する。
「確かに今は絶好の機会かもしれない・・・でも、それはスマートじゃないし・・・更に今日は久しぶりに気分がいいからね」
「ハッ、失礼致しました!全員撤退するぞ!」
側近のその合図で森の中に待機していた皇国兵はゾロゾロと帰郷を始める。
「さて、これからまた騒がしくなりそうだな・・・」
教皇マリオはそんな言葉を残しつつ、その場を静かに後にした。




