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マタギの孫をなめんなよ!【書籍化】  作者: ハーーナ殿下
【最期の森】の章

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194/204

162羽:マタギの孫


《意外だったね》


『魔獣喰い』が声の届く距離まで近づいて来ると、その“男”は声をかけてくる。その声を聞くと録音したテープ音で自分の声を聞くように違和感があり、まるで自分自身の存在が異物ではないかと嫌悪感がある。


「意外だったって、一体何がだ?」


 その嫌悪感を振り払い『魔獣喰い』は冷徹に声を低く相手に問い返す。


《何がってつれないない。まさか君が愛する“獅子姫”に対して本気で斬りかかるとは思わなかったよ・・・やはり君もこの大森林で暮らす内に、忌まわしき森の民の毒素に侵されていたんだね》


まるで欧米人の様に大げさなジェスチャーでこちらを軽蔑した目で見てくる。


「一か八かの賭けでもあったけど、“獅子姫”ちゃんを峰打ち出来る確信はあった・・・どこかの誰かさんがオレに対して“剣の呪い”を掛けていたみたいだけど」


その言葉が核心を突いていたのか、“男”はポーカーフェースを崩し少し顔をしかめてこちらを睨んでくる。


《いつから気付いていたんだい?・・・って言っても君の事だからつい最近なんだろうね・・・確かに君には幼い頃に“剣の呪い”を掛けて剣を上手く扱えない様にしていたさ。いくら鍛錬しようが努力しようが上手く扱えず剣の性能を引き出せない呪いさ。“流れる風”が所持していた精霊剣あたりでも君に持たれて、全性能を引き出されたら少々厄介だったからね・・・》


 どうりで自分は幼い頃から剣の鍛錬をしても上達しない訳だ。才能が無いと諦めかけていた時期もあったけど、それでも毎日鍛錬を欠かさずにいた事はなかった。瞬間的ではあったけど先ほどその呪いを解いた自分の剣は、僅かに“獅子姫”の剣速を上回った。


《さあ、それに気付いて僕をどうするんだい?まさか無防備な僕を一方的に惨殺でもするのかい!?この世界に混乱と混沌を蔓延させた“悪の親玉”として排除すののかい!?》


“男”はそう言いながらも、最初のおどけた顔に戻り冗談で体を震わせる恐怖を感じている演技をする。


「どうやら“お前”は殺す事は出来ないことわりらしい・・・例え“獅子姫”ちゃんやこの世界最強の力を持っている者ですら、お前を完全に滅ぼす事は出来ないだろう・・・“この世界の者”は・・・」


例外として“同じ異世界”から来たオレならば完全に消す事は可能かもしれない・・・でも、そうしたら“魔穴”を閉じる前にオレ自身も消えてしまう。


根源を目の前にしなが対処する事が出来ない・・・その結論に至り『魔獣喰い』は悔しさで自分のこぶしを強く握りしめる。


《ふうん、今度は随分と物分りがいいね。つまり君は行き詰った訳だ・・・クソゲーなRPGゲームの様にね・・・だったら僕と取引をしよう》


そう言うと“男”はニヤりと嫌な笑みを口元に浮かべる。


「取引か・・・話だけなら聞いてやる」


本来ならこんな奴は問答無用で倒したいところだが、そう出来ない事情だ。何か打開策がないか相手の出方を探る。


《おや、これまた素直だね。まあ、何か策でも練っているのかもしれないけど、“君”は難しい話は苦手なんだから無理はしないでね。あっ、と言ってもこれは“呪い”なんかじゃなくて君の元々の性格だからね・・・さて本題に戻ろう、取引というのは簡単だ。このまま僕を見逃してくれたら君を元の“現代日本”に帰してあげよう!》


“男”は両手を広げて、まるでとっておきの商品を紹介する通販番組の様に提案をこちらにしてくる。


《ああ、もちろん“この身体”は君に返そう、元々は君の体なんだからね。その異世界の森の民の器ではこの“魔穴”を通り抜けて“現代日本”には帰られないからね》


その言葉に『魔獣喰い』はもう一度目の前にいる“男”の体を確認する。年齢は三十代くらいで中肉中背の引き締まった身体つきをしている。この異世界には稀な黒目黒髪の典型的な日本人の顔立ちをしている。


《特に“この身体”に細工も何もしていないよ。何しろ僕自身もお世話になったらからね。まあ、こちらの世界に“君”来た時が十四歳でそれから十八歳ほど多く歳をとっているのは仕方がないけど、それでも大事に扱ってきたつもりだよ》


確かに“男”が説明する様に、実際なら三十二歳の自分の体だがその鍛え方から二十代と言っても通じるだろう。しかも自分の顔だが結構イケメンに成長している。中学生時代は彼女無しの不遇な暗黒時代だったが、オレはまさかの大器晩成型だったのか・・・この身体なら元の現代日本に帰ったとしても特に不自由することはなさそうだ。


「もし、オレがその身体に戻ったとしたら、この『魔獣喰い』の身体と“こっちの世界”はその後どうなるんだ?」


 現代日本に帰れる事はこれまで夢にまで見た切望だ。コンビニにファストフード店、スマホにネットと現代日本の思い出が走馬灯の様に脳内麻薬の様に甘美な刺激を与えて浮かぶ。だがその記憶を振り払いオレは相手の狙いを問う。


《その『魔獣喰い』マジウスの身体は・・・もちろん“元々の持ち主”である僕が戻る事になる。本来の主である僕がその器に戻る事によって、真の“森徒”の力を取り戻す事になるだろう!》


 そう、コイツとこの『魔獣喰い』の身体がワンセットで“森徒”だったのだ。この異世界に永遠の平和と調和の未来を切り開く存在・・・


《こっちの“世界”は君が現代日本に帰って後に、この“魔穴”ごと忌まわしき大森林を封じ込めちゃうから“魔獣”も“魔”も無くなる平和な世界になると思うよ!》


その未来を想像しているのか“男”はこれまで一番饒舌に語り掛けてくる。


オレは元の現代日本に帰る事が出来き、イケメン気味で逞しい三十代の身体で現代生活を満喫する。一方、こちらの世界も“魔穴”が消滅し閉じ人々は平和な生活に戻る・・・全てが万々歳でこの長かった物語もハッピーエンドだ・・・最良の選択だ。



だが・・・


 「最後に質問なんだが、その“森徒”とやらの力を完全に取り戻したお前はどうするんだ?普通に市民として生活するのか?」


難しい話は苦手だ・・・だけども回らない頭をフル回転させ、不適な笑みを浮かべている“男”に最後に問い掛ける。


《僕かい?僕は自由に力を使えるから、世界平和の為にこの大陸を絶対強者として統一しようかと思うよ。ああ、その前に十八年前に僕と君の身体と精神を入れ替えて、僕の方を危険存在として“魔穴”に封印した奴らを見つけ出して皆殺しだね》


 そう言いながら唇をぺろりとなめる。


《何人か少々厄介な奴らもいるけど、君が『魔獣喰い』マジウスとして各国に確立してくれた人間関係や信頼関係を使えばそう難しくはないだろうね。君の世界でいう“戦国ゲーム”みたいなものだよ。十数年間もこんな平凡な身体で“魔穴”に閉じ込められていたから、大戦乱を興すのも今から楽しみだよ!その後は大航海技術革命でも興して隣の大陸の平定にでも行くよ》


まるでこれから買ってもらう新作のゲームを楽しみにしている子供の様に、“男”は満面の笑みでそんな夢物語を語り始める。確かにこの『魔獣喰い』の今の身体とこの“男”が融合し“森徒”本来の力なら、この大陸を統一する事も簡単だろう。だがそこには抵抗する王国や帝国、皇国や様々な部族との血で血を洗う地獄の様な戦乱時代も目に浮かぶ。


元々“森徒”はこんな性格の男だったのだろうか・・・いや、そんなはずはない。


もしかしたら自分がこちらの異世界に転移した十八年前に・・・何かが起きた。そこで身体と精神が入れ替った時から、何かが壊れてしまったのかもしれない。そう考えるとその原因の一つは自分にあるのではと『魔獣喰い』は深く考えてしまう。難しいな・・・


《さあ、取引の答えを聞かせてもらおうか!もちろん応じてくれるよね。君は何もデメリットはないからね。さあ、“転換”の準備はしてあったから、力を抜いてお互いの右手を重ねて相手に全てを委ねるだけで大丈夫だ!》


本当の身体と力を取り戻せる事が確定し、興奮気味の“男”はこちらに右手差し伸べてくる。あとはオレも右手を差し出し全てを委ねたら完了だ・・・



「オレはさ・・・」


自分の右手をゆっくりと前に出しオレは小さく呟く。普段は抑えていた自分の感情が剥き出しになるのを感じる。


「オレはさ、難しい話は苦手だ・・・色んな事から逃げてこの世界で過ごしていたかもしれない。幼い頃からのんびりと異世界生活を満喫して、女の子の尻ばかりを追いかけてきた・・・獣も沢山殺して戦で人も殺した事もあった・・・」


 異世界転生でのんびり生きる・・・騎士や勇者に憧れてまるで他人事の様に満喫していた。獣を狩り、金属鎧に憧れ、温泉での覗きに命を懸け、下界での戦や騒動にも巻き込まれ解決してきた。現代日本の生活を考えたら本当に充実した異世界ライフだった。ここで帰っても悔いは無いかもしれない・・・


「だけども、自分だけ・・・自分だけ元の世界に戻って、この世界を見捨てて、“はい、皆さんサヨナラ”なんて言える程、適当に生きていた訳じゃねえ!!」


のんびり生きて暮らしていたかもしれないけど、それでも毎日本気で命を懸けて生きていた。日々努力し強くなろうと鍛錬した。そして、その鍛え上げられた右手をギュッと握り締め硬いゲンコツを作る。


《なっ、いいのか!元の世界にはお前の両親や家族、友達が待っているんだぞ!例えば・・・》


オレの反応が激変したのに気付いた“男”は、記憶の残像にある家族の名前を出しくる。十数年ぶりに聞く家族の名であり、爺ちゃんっ子だったオレの心を激しく揺さぶる・・・だがな・・・


「オレん家には死んだ爺ちゃんの格言がある・・・“魂は自分が信じる道で燃やしてこそ生きる”・・・工藤又義くどうマタギの孫をなめんなよ!!」


振りかぶって拳を思いっ切りぶん回す。技もヘッタくれもない力任せの平凡なパンチだ。何も考えず、何も思わずに自分に正直に打ち抜く。


《ぐふっ》


森の民として身体能力が強化されたオレの拳を避ける事が出来ず、“男”は遥か後方に吹き飛ぶ。鼻骨を砕いた手ごたえを感じたが、この程普の攻撃で倒せる様な相手なら苦労はしない。だが、『魔獣喰い』は何かを吹っ切れた様に清々しい気持ちになる。


「『魔獣喰い』、あやつは斬らなくていいのか?」


 その行動に反応したのか、いつの間にか“獅子姫”と聖女エレナが抜剣し自分のすぐ後方に迫っていた。


「うん、それよりも“魔穴”の方を先に閉じよう。そうすればアイツはただの“現代人”の力しか持たない人になるはずだ・・・“獅子姫”ちゃん、みんな。最後にもう一度力を貸して欲しい!」


「ああ、お前を助けるなど当たり前じゃ・・・他の者たちも同じ気持ちじゃろう・・・何しろ我々は皆家族だからな」


その“獅子姫”の言葉に他の女性たちもみな頷き返事をする。なぜ“家族”なのかよく分からない点もあるが、異様なまでにテンションが高い女性陣にあまりよけない質問はしない方がいいだろう。今はそう察する。『魔獣喰い』はそんな事を思いながら仲間たちとその場を後にし“魔穴”に近づいて行くのであった。





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