147羽:聖狂士と弓王女
深い森の中を二人の男女が進む。全身の各所を金属に勝るとも劣らない強度の魔獣の硬皮製の騎士鎧を身に纏う。その鎧の各所には煌びやかな装飾や彼らが所属するベール王国の紋章が彫られ、ここ数年での下界における魔獣皮の加工技術の進歩を物語っていた。
魔獣皮の加工は四年前までは森の民の独占技術であったが、彼らが“全員”が謎の術により下界に放り出されてからは、その民や職人を保護した各国において急速に広がっていた。その中でも大森林と国境線を接していたベール王国において、その技術は騎士団の着用する野戦用のこの鎧に採用されるまでに至っていたのである。
「ヘルマン様、前方から物凄い瘴気と殺気を感じますね」
道を行く一人である女騎士スザンナは、自分の前方を注意深く進む騎士ヘルマンにそう小声で話し掛ける。『魔獣喰い』マジウスの話ではここまで魔素の濃度が深過ぎると獣や魔獣ですら近寄る事すら出来ないという。つまりこの殺気を隠そうとせずに放っているのは“敵”である可能性が大きいのだ。
「恐らく、この先にいるのはあの四人の“敵”のうちの誰になるのでしょうか・・・どんな相手が来てもいい様に心構えだけは強く持ち、訓練の通りに動ける様にしておいてください・・・それと前にも言いましたが二人きりの時は“様”はいらないと思います」
ヘルマンは周囲を警戒しながら、後方にいるスザンナに少し優しい声で答える。そう言うヘルマン自身も部下であるスザンナに丁寧な言葉で話すのだから、スザンナだけ上司であるヘルマンを呼び捨てする事はなかなか出来ない。
「ヘ、ヘルマン・・・様。急にはなかなか難しいものですね」
スザンナはそう小声で“様”を付けながらも赤面しながら、前方を行く偉大な『聖騎士』の名を呼ぶ。まあいいでしょう・・・それを聞きながらヘルマンも穏やかな笑みを浮かべ嬉しそうに前に進む。
「!・・・スザンナ止まりなさい」
それまでの優しい声とは打って変わり、ヘルマンは足を止め後方にそう声を掛ける。腕利きの騎士であるスザンナもその声の前に、この危険に気付き剣と盾を構えて戦闘態勢を取る。
それと同時に頭上の木々の枝間から、この二人に向かって戦の投擲槍の様な激しい威力の矢の雨が飛んで来る。
「ハッ!とう!」
スザンナは冷静にそして目を凝らし、その凄まじい威力の矢を自分の盾と剣を使い受け流し躱した。この剛矢は普通の矢と同じ感覚で盾や鎧の正面で受け止めたならその貫通力で致命傷を受け兼ねない威力だ。こうして一矢一矢を達人の放つ槍先だと想定し威力を殺し受け流すのが正解なのだ。
第一射を全て受け流し自分を確認すると何本かは受け流し切れずに身体に辿り着いたが、鎧の硬箇所を上手く使い矢を受けていた。何とか無傷であったが、目の前で同じようにその剛矢を受け流していたヘルマンが全く危なげ無く防御をしていたのを見ると、自分と彼との力量の差を感じつつ頼もしくもある。
『あら、矢雨に濡れるいい男が来てくれたと思っていたのに、今回は邪魔な女連れなのね』
その矢の雨が終わるとヘルマンとスザンナの頭上からそんな女性の声が聞こえてくる。この惨劇に相応しくない艶やかなよく通る声であり、年頃の男性であればその声を聞いただけで、声の主である女性の姿を一目見ようと躍起になるに違いない。
だがその声の艶やかさとは裏腹に、圧倒的な破壊力と殺傷能力の持ち主である事をスザンナも十分承知し警戒する。
「可憐な女性に見えますが彼女スザンナは立派なベール王国の騎士です。ですがあくまで彼女は付き添いで前回に引き続き貴方の相手は私です」
騎士ヘルマンは警戒をしながらその声と気配のする方に声をかける
「確か“紅鳳王”、と言いましたね」
騎士ヘルマンは相手の姿を目視しそう呟く
瘴気が濃いこの森の中で、不釣合いな位に妖艶な女性が大樹の枝の上に立ちこちらを見下ろしている。真っ赤な髪と口元の紅は炎の様に映え、露出度の高い衣装の切れ間から見える肌は、不気味なほど白くゾッとする美しさを醸し出す。抱きしめたなら折れそうな位に細い腰やそれに反する豊満な胸や腰つきなど、この終局の地で会ったとしても魅了されてしまう絶世の美女である。
気のせいかもしれないが三年前にヘルマンがこの森で対峙した時に比べて、禍々(まがまが)しかった妖気も消え肌の色の人肌に近く、どちらかと言えば我々人間に近い雰囲気も感じる。もしかしたら、これまでは“魔”に騙されていて敵対していただけで、今は我々の味方になったのかしれない。それならこの女性と戦う必要はないのかもしれない・・・
(くっ、危ない・・・心を強く持ちこの魅了の術に取り込まれない様ようにしなければ)
騎士ヘルマンは目を閉じ心の中でそう呟き自分の意識をハッキリ持つ。ベール王国やこの大陸を守る為、我が主であるマデレーン王女を“魔穴”から救い出す為・・・そしてこの自分の側に立つ大事な女性スザンナを守る為に
「ふう・・・」
ヘルマンは心を強く持ち“紅鳳王”の魅了に抵抗する。
『あら、紳士的な騎士さん。妾の名前を憶えていてくれたのね、嬉しいものだわ。でも、覚醒した全力の魅了の術にこうも簡単に耐えられると自分の魅力に自信を無くするわ』
樹木の上に立つ“紅鳳王”は残念そうにそう語り妖艶な笑みを再びヘルマンに向ける。ヘルマンの背筋がゾクリとする。その笑みは相変わらず耐え難い魅力を発している、前回に対峙した時とは桁違いの危険性をヘルマンに直感的に感じさせる。
(これが“敵”である“紅鳳王”の本来の力だというのですか・・・だとしたら他の三か所に向かった皆さんも危ういかもしれません――――ズタズタに斬リ裂キタイ!)
ヘルマンは自分の荒ぶる感情を抑えながら冷静に相手を観察する。本気を出した“紅鳳王”は今までの自分なら敵わないかもしれない程の強敵だ。それだけに『聖騎士』でありながら『狂戦士』としての危うい一面も持つヘルマンの闘争を好む心の中の魔獣がその顔出そうとする。
「確かに貴女は魅力的な女性です。ですが私にとってはそれ以上に待ち望んでいた好敵手だと言えます」
ヘルマンは心の中の荒き感情を抑えながら“紅鳳王”に剣を向け挑発する。
『それは女性として見てもらえないとても寂しい事だわ・・・でも、騎士さんのその剣では大樹の上に絶えず佇むこの身体には未来永劫届かなくてよ。三年前の様に弓の戦士も引き連れずにたった一人で挑もうとは・・・一方的に妾のこの矢にて蹂躙されるがよい!』
そう叫び“紅鳳王”はその手に持った真紅の弓矢を構え騎士ヘルマンに狙いを定める。彼女が言った通り常に樹木の上に陣取り遠距離から弓矢を放つ攻撃を得意とするこの“紅鳳王”に対して、下界の騎士であるヘルマンは明らかに相性が悪かった。先ほどは騎士の盾と剣にて剛矢を受け流していたが、いずれは力尽きその矢にて朽ち果てるだろう。
「確かにこの森の中では貴方の弓と私の剣は相性が悪いでしょう。ですがどうやら“彼”が間に合ったようですね」
ヘルマンがそう呟き、今まさに“紅鳳王”が矢を放とうとしたその瞬間、彼女は頭上に鋭い殺気を感じその場を飛び去り地にクルリと飛び降りる。
その瞬間、彼女が立っていた大樹の枝はまるで圧縮された暴風雨にでも巻き込まれた様に空間が砕け散る。あのままヘルマンに対して矢を射っていたなら砕け散っていたのは彼女の方であろう。
『これは我が一族の秘術・・・まさか!?』
“紅鳳王”はその矢が放たれた方向・・・大樹の遥か頭上に目をやり確認する。
『あれは“風の鳳凰”・・・妾が封印しておいた我が一族の霊獣がなぜこんな所に!?』
この大陸の中心部にある大山脈に遥か昔から住み着く天空を守護する“空の一族”・・・その一員でもあった“紅鳳王”は封印したはずの守護霊獣の姿に驚きを隠せない。すると霊獣はヒラリと急降下し“何か”を森の中に投下しそのまま飛び去って行く。
その投下された“者”を見て“紅鳳王”は嬉しそうに舌をぺろりとし妖艶な笑みを浮かべる
『“空の一族”の王族の誰かがアレに乗って来たかと思ったけど、まさか貴方だったとは夢にも思わなかったわ。にわかに信じられない事だけど・・・部外者である貴方が大山脈の“試練の塔”を突破して霊獣に認められたという事ね』
その戦士の姿を確認し“紅鳳王”はそう呟く。霊獣から飛び降りて来た者は森の魔獣の硬皮を加工した皮鎧を身に纏い、その両手には先ほどの秘術を放った王家秘伝の弓矢を携えていた。
「残念ながら王族の皆様は“紅鳳王”、お前のせいで未だあの山脈の天宮を離れる事が出来ない。その代わりにこの秘蔵の弓矢は借りる事も出来たのだがな・・・さて、ヘルマン殿、遅くなったな。この女の制空権は私が抑えておく。あなたは地上を頼む」
その弓の戦士は“紅鳳王”をけん制しながら地上にいる騎士ヘルマンに声を掛ける。
「いえいえ、丁度いいタイミングでした・・・『白狼の尾』殿。奇しくも前回と同じ組み合わせになりますが、それでは“悪女”退治と行きましょう!」
そう叫びながらヘルマンはほんの一瞬目を閉じ意識を集中する。「ふう・・・」再び目を開けたヘルマンの双眼には輝く黄金の炎が宿り、狂気と冷静が身体中から溢れだし周囲に流れ込む。自分の中にある狂戦士の強力な力を持て余していたヘルマンがここ数年で編み出しだ自己流の奥義だ。
「では改めて、ベール王国『聖狂騎士』参ります!」
ヘルマンはそう叫び、地上に降り立った“紅鳳王”に駆け出すのであった。




