146羽:四人の猛き戦士たち
気配を察してソレは目を覚ます。
大森林の中心部に程近い場所で今は“魔穴”と呼ばれるこの大陸で一番魔素が濃い空間で。
何者かが自分の張った結界を破り侵入して来た。いや、破るというよりは結界の仕組みを理解して通り抜け来たのだろう。
《完全に覚醒したのか・・・》
それならば“彼”は全てを理解した上でここに向かって来るのであろう。
出来ればこのままほうっておいて欲しかったものだ。確かに今はこの大森林の中に充満した魔素が下界に少しづつ洩れて悪影響を与えているが、それももうすぐ終わる。世界は混沌に包まれ全てが平等になるのだ。
《いや、“彼”にとってこの事は許せない事だろうな。何しろ彼は・・・》
そう思いながらソレは自分の周りに目をやる。そこには五人の“柱”聖女たちが意識を失いながら精霊石の一部と化し佇んでいる。
《やはり彼の目的は彼女たちか・・・いや、オレ自身の命かもしれないがな》
絶対ではないがその選択肢も考慮にいれ対抗策を考える。歴戦の勇者である彼と仲間たちなら必ずここに到達する。そして“その力”を持って必ず自分を消し去ろうとするだろう。例え自分がどんな目にあったとしても。
《さあ、四人の戦士たちよ、そろそろ来てください。最期の戦いが始まります》
ソレが声を掛けると周りの四方から音も無く人影が現れ、自分に対して礼の姿勢をとる。
一人は細部まで装飾された古き槍を持った“蒼き騎士”
『“最期”とは我が主も随分と湿っぽい言葉を仰る。我々に任せておけばあの様な若造共など蹴散らしてくれようぞ』
そう言いながら愛用の槍を一振り構え紳士的な笑みを浮かべる
『あら“蒼竜王”、あなたは何度か彼らに痛い目に合っているじゃないの。“大矛の坊や”とか“大戦斧使いの森の姫君”とか。今回も何かあったら妾が助けに行ってあげるわ』
そう声をかける一人は女の弓使い。その手に持たれた長弓は見た事もない様な古代文字を細部に巡らせた真紅の逸品。その妖艶で華奢な身体つきからは想像が出来ないが、この剛弓を軽々と引き絞る力と天まで駆け巡る健脚の持った天空の民である。
『それは聞き捨てならない言葉だな“紅鳳王”。それを言うならお主も“聖騎士”や“白狼”とやらに三年前は翻弄されておったではないか。相変わらず色男には弱いものよ』
その言葉にムッとしたのか“紅鳳王”は弓矢を構え“蒼竜王”を威嚇する
その殺気に辺りの空気がピリピリと反応し、周囲の木々に止まっていた鳥たちが一斉に離れ飛び立つ。
『二人ともその変にしておけ。“我が息子”も“白猫姫”も天武の才能を持った類まれな戦士。侮るなかれ』
もう一人は金属の様にも甲殻にも見える重厚な全身鎧に身を包んだ黒い戦士。その右手には身丈を超える鋭い大戟を構え、左手には分厚い大盾を携えている。
『ハッ、“黒騎士”、あんたは相変わらずお固くてつまんない男ね。冗談よ冗談、戦い前のスキンシップよ』
“紅鳳王”はそう言いながら弓の構えを解き、妖艶な笑みを黒騎士に向ける
『・・・おい、お前ら遊びの時間も終わりだ。そろそろ行くぞ』
このやり取りに慣れたものなのか、最後の一人は三人に対して気にもせずそう声を掛けて森の中へ進んで行く。緑色に輝く皮鎧の軽装で腰に一本の剣を差しているだけの場違いな姿格好だが、その物腰に一切の隙は無くこの者が剣士として人外の腕利きである事を想像させる。
《“風”よ、皆さんそれでは頼みました。貴方たち四人の“真の力”は先ほど完全に開放しておきました。存分にその力を発揮してきてください。ですがそれはオレが貴方たちに施した“縛り”を解いた事にもなりますが・・・》
そう言いながらソレは四人の戦士たちの反応を見る。以前までの“縛り”を入れた状態ならこの者たちは自分に逆らう事や敵対する事は出来ない。だが、前のままならこちらに向かって来る成長した彼らには勝てないだろう。自分に刃向うかもしれない、という危険性を残しつつもこの四人の戦士の持つ力を全て解放したのだ。
この真の力を解放した状態なら、例え相手がどんな者であろうとも敗れる事は絶対にない。
『確かにお前はいけ好かない奴だ。だがお前のやろうとしている事も正しいのも分かる。取り敢えずはここに向かって来るアイツ等をぶちのめした後に、お前の処遇は考えておく』
“風”と呼ばれた戦士は後ろを見る事もなくそう呟き森の中へ消えて行く。
《いけ好かないか・・・随分と嫌われたものだな。お願いしますよ・・・オッサン》
ソレは“風”が消えて行った森の闇に向かいそう一人呟くのであった。
☆
「みんな見えました。あの大樹の向こうが“魔穴”のある場所です」
先行していた『魔獣喰い』マジウスことオレは、見晴らしのいい樹木の上からそう下にいる仲間に声をかけ、この旅の目的地が近い事を教える。そのままスルリと木を滑り降り着地する。
(ようやくここまで辿り着く事が出来たんだな・・・)
オレはここまでの道中を振り返り感慨に耽る。下界から結界により閉鎖されてしまったこの大森林に侵入し、森の中をひたすら進むこと一か月弱。道中いろいろとあったが何とか目的地である“魔穴”のすぐ近くまで到着する事が出来た。
ふと見るとここまで一緒に来た仲間たちは水筒から水を飲み一息入れている。『聖騎士』ヘルマンや帝国の司令官ネロ、青年騎士レオンハルトは日頃から厳しい訓練を自分に課していており高低差のある森の中の道も苦も無く自分に付いて来た。また、女騎士スザンナも同じように鍛錬を欠かしておらず、昔から体力には自信があった事もありここまで無事に付いて来ていた。
ただ一人帝国の武芸者である女槍使いヘリヤだけは息をゼイゼイ切らしながら、ネロに途中途中で背負われながら辛うじてここまで付いて来る事が出来た。何でも普段から酒を飲んでは潰れて寝るという不摂生を繰り返しで長距離行軍は苦手らしい。もはやこのヘリヤさんが大陸を代表する達人級の槍使いだという事すらオレは忘れてしまいそうだ。
とにかくオレたち六人は獣や魔獣を撃退しながら無事にここまで辿り着く事が出来たのであった。
(後は中心部にオレが辿り着く事が出来たなら、今回の救出作戦は何とかなる・・・)
オレは皆の様子を見ながらそう心の中で呟く。
「さてマジウス、ここから先は道中あなたが言っていた作戦で行くのですね」
騎士ヘルマンはそう言いながら前方に見える“魔穴”から湧き上がる瘴気に眉をひそめる。
「はい、そうです。ここから先は数班に分かれて“魔穴”の中心部を目指します」
皆のいる下に降りて来たオレは地面の土に棒で図を描き説明をする。
「同時に東西南北の四方向から攻め込んでこの精霊石の塊で最後の結界を解除、そのまま生き残った者が中心部にある“魔穴”に殴り込む、だろ」
青年騎士レオンハルトはその手に持つこぶし大の精霊石を見つめそう声を上げる
「そして、その四か所には・・・“敵”がいる可能性が大きいのなのだな」
ネロは力尽きている自分の師匠であるヘリヤを介抱しながら冷静にそう語る。
「“敵”・・・今の四人確認されている武神の強さを持った戦士騎士たち・・・」
女騎士スザンナはそう呟きゴクリと唾を飲む。ヘリヤ以外のここにいる全員はこれまで一度以上“敵”と遭遇し激戦を繰り広げていた。特に三年前にこの大森林で行われた大決戦では、各国の腕利きの騎士や戦士たちが“敵”の手にかかりその命を散らしていた。結局はその時も下界や森の戦士たちは“敵”を退けたものの勝負自体はまだついていなかったのである。
「四方向から同時に侵入する作戦は分かりました。それにしてもこの人数だと心許なくもあります・・・彼らは果たして間に合うでしょうか・・・」
騎士ヘルマンはそう呟きながら、自分たちの進んで来た道を振り返り目を凝らす。
「道中で目印も置いて来ましたし、彼らはこちらより行軍速度が速いのでもうすぐ追い付きます。とりあえず今晩はここで野営をして明日の早朝に突入しましょう」
オレは先ほど見つけた野営に適した場所のある方向を指さしそう皆に声を掛ける。
「そいつはいい。最期の晩餐だな」
若いレオンハルトが冗談交じりにそう答え、笑みを浮かべながら早速野営の準備に向かう。
(最期の晩餐か・・・確かに明日の戦いはこれまでにない位の大激戦になるだろう・・・それこそこの世界の運命を懸けた戦いに・・・だけども、ここにいる誰も死なせる訳にはいかない!)
オレは心の中でそう呟き、これまで避けていた“自分の覚悟”を改めて固めるのであった。




