141羽:待ちくたびれた聖騎士
「さてと・・・ここはすんなり会えそうなんだけどな・・・」
隣国のイスラマ神聖皇国の首都から昼夜を問わず駆け抜けて、ようやく辿り着いた次の目的地を目の前にし『魔獣喰い』マジウスことオレはそう呟く
前方に見えるのは白を基調とした高いな城壁と、その中心の小高い丘に荘厳な雰囲気である巨大な城だ
そこは最大国である皇国に引けを取らない規模であり、また歴史と文化が華やかに広がる街“ベール王国王都”であった
この街に入る書状もフランケンの街にいるレイア商会に用意してもらっていたので、すんなり街中には入れそうだ
(問題は城内か・・・)
警備が厳重な王城の中に入るのには少し苦労するかもしれない
オレの住んでいた大森林の民とこのベール王国は元々友好条約を結んでいた
だが“魔”に侵されている大森林を全て焼却する、と四大国家会議で決めてからその間の溝は深くなっているという
大森林から放り出されてしまった森の民も基本的には大人しくしているが、中には森を燃やす各国の兵団にゲリラ的な抵抗をする集団もあった
そういった背景もあり森の民たちはこの下界で肩身の狭い生活を最近していたのである
(もし正攻法で城内に入れなかったのなら、前の皇都の時みたいに“壁”を乗り越えて行くしかないな・・・)
覚醒により身体能力が強化されたこの身体なら、僅かに凹凸がある城壁程度なら難無く登りきることが出来る
だがそれあくまでも最終手段でありあまり気分のいいものではない
出来れば正式に“彼”に会いに行きたいものである
「では・・・とりあえず行ってみるか・・・」
オレは正門に向かい歩き始める
・・・・・・・
(意外とすんなり入城出来たな・・・)
ベール王城の正門で衛兵に恐る恐る入場の割符を見せオレだったが、特に何の問題もなく城の中に入る事が出来た
むしろ「待っていました」とばかりに専用の従者が付いてこの応接室まで丁寧に通された
「お待たせ致しました。騎士大長はお会いになるそうです。こちら付いて来て下さい」
応接室で待つ事数刻、見覚えのある騎士見習いがオレを迎えに来てくれた
(よかった・・・前回の皇都の時みたいにコソ泥みたいに侵入しないで無事に会えそうだな・・・)
城内でも一応警戒していたオレだったが、顔見知りの従者と再び会う事ができひと安心する
彼の主である騎士大長は以前ならこのベール王国の近衛騎士隊長であったはずだ
(この王国の全騎士団の頂点である騎士大長か・・・昇格したんだろうな)
その男は清廉潔白で騎士道を重んじ、何より自らの主である王や王女に絶対の忠誠を誓っていた
一見すると優男なその風貌だが、戦いの場となればそれは一変する
騎士盾と剣を巧みに使いこなし稲妻の様な一撃を容赦なく急所に繰り出し、その技は戦闘部族である腕利きの森の戦士でも歯が立たない程だ
馬上槍や弓術や指揮能力にも優れ、この大陸屈指の騎士であると言っても過言ではないだろう
(彼ならきっとオレにすぐ力を貸してくれるだろう・・・)
だが何より記憶に残るのは彼が自分と実力が拮抗する戦士と対峙した時だ
それまでのお手本の様な剣術から一変し、荒々しい狂気に満ちた剛剣士になってしまうという裏の顔も持っていた
ベール王国騎士大長『聖騎士』ヘルマン
またの名を『狂戦士』ヘルマンがオレの通されたその部屋の中央で武装し仁王立ちしていたのであった
・・・・・・・
(すんなり入城出来たと思ったら・・・“こっち”の方が段取りしていたのか・・・)
ヘルマンの従者に通されたこの部屋は以前にも来た事もある場所だった
(数年前にオレたち森の民が始めてこの王都に来て・・・獅子姫ちゃんがあの『剣匠』のジイさんに一方的に負けた訓練所か・・・)
円形で戦うこと以外になんの使い道のないこの訓練所での事を思い出す
オレはその後にすぐ森に帰ったが、ボロ雑巾の様に一方的に負けた獅子姫はこの城に残りこの訓練所で一年間近く剣の稽古に励んでいたという
とにかく“ここ”に通されたのならやる事は一つしかなかった
「マジウス男爵・・・いや、『魔獣喰い』か。随分と“遅かった”な・・・」
円形の訓練所の真ん中で仁王立ちしていた騎士ヘルマンは、オレが来た気配を察しそれまで瞑っていた目をこちらに向け問いてくる
その瞳はいつもの物腰柔らかで温かみのある『聖騎士』ヘルマンのモノではなく、鋭い血に飢えた獣それに似ていた
「ああ、色々とあって・・・遅くなって悪いな」
オレはそのヘルマンの視線を真っ正面から受け止め正直に答える
「色々とか・・・まあいい。ところで何の用があってお前はここに来たのだ」
ヘルマンはそう小さく呟きオレの全身を観察しに睨んでくる
「何の用って・・・その様子だと分かっているんでしょう・・・」
この状態が相手なら説得は諦める
オレはその強烈な殺気に押し潰されない様に、ゆっくりと騎士ヘルマンの方に近づいて行く
一方で腰に帯剣しているヘルマンもゆっくりとこちらに歩いて来る
その剣はオレの記憶がある四年前見た物と若干違っており、恐らくは大森林の奥に住んでいた“山穴族”の刀鍛冶師が打った物だろう
使い手によっては金属鎧すら易々と斬り裂くその鋭剣は、自分の着込んでいるこの硬革鎧さえも貫くだろう
あと一歩という所でお互いの剣の間合いに近付く
いや、こちらの“得物”の射程は短い
この距離は完全にヘルマンの間合いだ
・・・だが不思議とオレに恐怖心はない
心を落ち着かせ、意識を集中して相手の出方を待つ
ふー、とオレが息を吐き切ったその瞬間、オレの首元にそれまで鞘に納まっていたはずのヘルマンの剣が迫っていた
いつ抜いたのかすら感じさせない凄まじい速度の抜刀術だ
明らかに数年前にオレが見たヘルマンの技を遥かに上回る剣術だ
恐らくは“魔獣”や“敵”との死闘を潜り抜け、また日々血の滲むような鍛錬を化しここまで精進したのだろう
そんな事がその剣速を見ただけで想像出来た
(だけども・・・)
息を吐き切ったはずのオレは、まだ残っていた息と気を練り一歩前に出る
「おりゃああ!!」
寸前まで迫っていたヘルマンの剣を自分の左手の手斧で弾き飛ばし、残った右拳を全力で振りぬく
そのオレの渾身の右拳は必殺の一撃を防がれ無防備となっていたヘルマンの顔面に炸裂する
“剣と拳のカウンター”
それをまともに喰らったヘルマンはその場に沈むように倒れ込む
(脳を揺らす様に打ち込んだから、しばらくは脳震盪で動けないはず・・・なんだけどもな)
だがヘルマンは倒れ込む寸前で意識を取り戻し、自分の握りしめた拳を目の前に構えまだ戦える事をオレにアピールする
恐らくは顎を拳で打ち抜かれる瞬間に危険を察し、首を回す事によってダメージを軽減していたのだろう
初見の技なはずなのに恐ろしい対応力だ
「双方とも・・・そこまでじゃ!」
軽い脳震盪を起こし、足を引きずりながらオレの方にヘルマンが向かって来た時そんな声が部屋の中に響き渡る
いつの間にかこの訓練所の中にいた男からその声が発っせられたのである
「ヘルマンよ・・・お主は騎士じゃろう。騎士とは一騎打ちで剣を失った時点でお前の負けじゃ」
そう声を掛けながらその初老の男はこちらに近づいて来る
「『剣匠』・・・私ともあろうものが、それはそうですね」
騎士ヘルマンはそう呟きながら、まだ少し自由が利かない身体でオレの方に近づいて来る
「マジウス・・・強くなりましたね。いや、あなたは元々強かったのかもしれませんね」
いつもの丁寧な口調に戻っていた『聖騎士』ヘルマンはオレの全身をもう一度眺めそう語りかけてくる
その視線には先ほどの様な狂気な殺気はなく、いつもの柔らかで温かい眼差しだった
「強くなっただなんて・・・色々とあってズルみたいなものでして・・・それよりも、約束通りにオレが勝ったから力を貸して下さいね!」
オレは自分の両手を前に出しそう言葉を返す
「そんな約束した覚えはありませんが・・・まあ、いいでしょう。“今”のあなたなら王女を・・・マデレーン王女と他の四人を救う事が出来るかもしれませんね・・・」
そう呟きながらヘルマンもオレの両手を握り返してくる
見るとその表情はこれまで三年間の憑き物が無くなりサッパリとした様な笑顔そのものだ
「ええ、上手くいくか分かりませんが・・・面倒臭い事は全部オレに任せてヘルマンさんは何も考えずに存分にその剣を振って手伝ってください」
この愛国心溢れ騎士道を地で行くこの男が、主であるマデレーン王女を助け出す事が出来ずに葛藤してきたこの数年の年月の事を考えただけで、オレは胸が熱くなり目頭がジワッとくる
オレも涙もろくなったものだ
「分かりました・・・この命を・・・剣をしばらくの間マジウスあなたに捧げます。ですがマデレーン王女を救い出したあかつきには約束通りに姫を妻に娶るのですよ」
ヘルマンはそう呟きミシミシとオレの骨の音が鳴るまで手を握り絞める
「約束って、こっちこそそんな約束しましたっけ・・・痛てて・・・検討しますからそんなに強く握らないでください・・・」
先ほどとは違う意味でオレは涙目になる
だがその痛さにはいつもは冷静なヘルマンの真の想いがこもっており悪くはない
「気持ち悪い感動の最中に悪いんだが、弓の坊主・・・次はこの老いぼれの剣の稚技の相手もしちゃくんねえかな」
骨が折れたのではないかと思う位に強烈な騎士ヘルマンの悪手から、無事逃げ出したオレにそんな声が掛かってくる
(男同士の感動の再会が台無しだな・・・)
ムッとして、そちらを見ると『剣匠』と呼ばれていた先ほどの初老の剣士が、いつの間にかその剣の間合いのすぐ近くまで近寄っている
全く力が入っていない自然体であるが、こちらが一歩でも動こうものならその腰にある剣は容赦なくこちらに飛んで来るのだろう
その腰に差してあるのは前にオレが見た訓練用の木剣ではなく、細工のされた柄と鞘が印象的な少し湾曲した真剣である
恐らくはかなりの業物の刀なのであろう、あの時獅子姫を打ちのめした剣技でコレが抜かれたのならオレは一瞬で斬り裂かれるであろう
「稚技の相手・・・ヘルマンさんこの人って確か・・・」
「はい、『剣匠』ヴァルター・クロンベルク。ベール王国 剣術最高指南役であり恐らく人間で・・・いや、この大陸で“最強の剣士”でした」
オレの視線の問いにヘルマンは意地悪そうな笑みを浮かべ、そう答えてくれる
「おいおい、ヘルマン。“でした”は無いだろう・・・こう見えてもまだ現役のつもりなんでぜ」
そう言いながら『剣匠』はオレに対して殺気を飛ばしオレを挑発してくる
下っ腹がピリピリとするような恐ろしい殺気で、それでいて身体に纏わりつく粘着性もあり身体が言う事を聞かない
だがこういう類の殺気は大森林の獅子王に毎回喰らっていたのでオレは慣れていた
「ハッハッハ・・・オレはあくまでも、いち“弓使い”だから遠慮しておきます」
オレはそう答えその殺気の網からスラリと逃れ距離を置く
「ほお、この技からこうも簡単に逃れるとはな。これでも一応奥義のひとつなんじゃがな・・・まあ、ここで殺るよりも後の方が面白くなるかの・・・」
そんな事を呟きながら『剣匠』はオレへの殺気を解く
どうやら一難去ったようだ
(ふう、何でこの世界の人たちはこんなにも好戦的なんだ・・・)
もしかしたらオレの周りの人たちだけかもしれないが・・・と、そんな事を思いながら一息つく
(さあ、これで二人目!)
次こそはすんなり簡単に済む事をオレは心の中で願うのであった




