140羽:義愚弟
フランケンの盆地を抜け草原に敷かれた石畳の街道をひたすら西へ進み、ようやく目的地が前方に見えてきた
前回この国に来たのは四年前・・・オレの感覚ではついこの間だったが、その様子は大分変わっていた
大森林からの瘴気の悪影響で悪天候が続き、道中の村々や穀物畑の実りは悪く人々の暮らしは困窮している
人々は自分の信じる神に祈りを捧げこの世の終末に絶望しない様に暮らしていた
(早く何とかしないとな・・・)
そんな事を再認識しつつ『魔獣喰い』マジウスことオレは、イスラマ神聖皇国の首都である皇都に到着した
前回はケルガー商会の荷馬車商隊と共に皆で来た為に、フランケンから大分時間が掛かっていたが、今回は自分一人で街道を昼夜突っ走って来た事もありかなり短い時間到着した
“覚醒”し身体能力が飛躍したこの身体は色々と規格外になっている
皇都に入る城門の警備は前よりも大分厳しいものとなっていたが、今回はレイアお嬢様が用意してくれたレイア商会の木判があった為にすんなり皇都内に入る事が出来た
まずは第一段階成功
(さて・・・それではまず“一人目”に会いに行くとしますか・・・)
オレは皇都の繁華街を目指し歩き始める
・・・
この皇都に潜伏していた森の隠密衆と接触したオレは、現在の皇都の状況を確認し皇城に行ける書状を受け取り城の方へと向かう
聞いた情報によると、オレがこれから会いに行く“目的者”は、ここ暫くは公の場に出ておらず、公務を全て腹心たちに任せ自室に引きこもっているという情報だ
何でも“自分の大事な身内”を失い気が狂ったのでないか、というのが皇都の街で噂だった
各国の使者や要人が訪れても面会を拒否し、ひたすら引き籠っている
オレのこの手に持つ面会用の書状があったところで会う事は難しいだろうという話だ
「それなら・・・さてと・・・」
オレは皇都内にある城の高い城壁の前に到着する
「正攻法で会いないのなら・・・こうするしかないよな・・・」
オレはそう呟きその城壁に向かって駆け出す
☆
その“男”は古代書と禁書そしてこの大陸の誰も見た事の内容な文字が羅列された書類や、怪しい器具で埋もれた部屋にいた
「ふむ、そうか・・・この方法なら何とかなるかもな・・・だが・・・これを実行する為には・・・まずは“森”の中に入らない事には話にならない・・・」
そう独り言を呟きながらその書類をぐしゃぐしゃに丸めゴミ箱に放り投げる
この大陸でも貴重で高価な“紙”を惜しげもなく使う事からこの男の身分の高さが伺える
独り言を呟きながらそれをひたすら繰り返す・・・一見すると気が狂っている様にも見えるがその瞳には知性の光と強い意志の力が感じられる
新しい紙を取り出しもう一度再計算をしようとしたその時、男は侵入者の気配に気付く
正確には侵入者を知らせる自作の装置が作動し、男にそれを知らせたのだ
男は机の脇に立て掛けて置いた愛刀に手を伸ばし立ち上がり意識を集中する
一見すると文人に見えるこの男だが、その刀を構える姿には一切の隙が無く恐ろしい程の腕の持ち主である事が垣間見える
・・・
“元々いた世界”では多種多様な趣味のひとつで片手間ついで始めたこの剣の道だったが、その小さな島国で一番になった事もある男だ
また剣の腕だけではない、学問という分野においても恐らくは“元々いた世界”で有数の知能と知識の持ち主であった
全てを何でも上手くこなす・・・
ぞくに言う“生まれながらの天才”というやつだろう
“こちらの世界”に来てからは生まれの事情もあり、選択の余地もなく人斬りの実戦に配備されその腕は昇華されていった
個人戦、指揮戦術戦どれをとっても彼に敵う者はこちらの世界にもいなかった
元の世界との文明度が違い過ぎる為に、本気を出して“産業革命”などは起こさない様にしていたのは自分自身への戒めだ
『そんなインチキな知識で勝ってもつまらない・・・限られた状況と弱兵である皇国軍をいかに上手く使い勝ち進むか・・・』
これまではそんな感じの冷めたスタンスで生きていた
だが今は自分の大事な人を救う為に、その力と知識を最大限に使い救出策に没頭していた
“妹を助ける”
これに比べたらこの国の最高権力者の地位など何の意味の成さない
そう思いこの一年間は研究と試作に没頭していたのだった
・・・
侵入者を知らせる装置の作動から少し間が空き、誰かがこちらに近づいて来る気配がする
むしろ気配を隠そうともせずに自然と歩いている
「あっ・・・」
部屋の中に積んであった本の山に躓いたのだろう
本の倒れる音と共に侵入者のそんな悲鳴が聞こえてきた
(この声は・・・いや、まさかな・・・)
その侵入者の声が聞き覚えのあった
だがそんなはずはない
何故ならその声の主は“この世”にはもう居ないのだから・・・
男は再び気を引き締める
“敵”や幻獣の中には姿を変え幻覚を見せる者もいるという
男は腕輪にはめた精霊石に意識を集中してそれに対抗する
「いや~、本を崩してすみません・・・後でちゃんと直しておきますから」
気配がする方向から・・・そんな能天気な声が聞こえてくる
まさしくアノ声だ
そして“その姿”を見て男は再び驚愕する
声から予想していた通りに・・・その侵入者はアノ男の姿そのものだったからである
この精霊石をはめた特製の腕輪をしている限り自分が幻覚や術式に掛かるはずはなかった
つまりこの目の前の男の姿は・・・正真正銘本物なのである
冷静な、そして頭脳明晰な頭をフル回転させこの状況を瞬時に理解し仮設を立てる
「『魔獣喰い』・・・マジウスか・・・随分と遅い帰還だったな・・・だが、今更何をしに“この世界”に帰ってきた・・・」
警戒を解かずに、だが内心では喜びの声を上げたくなる想いを抑え、男は冷静に『魔獣喰い』マジウスに問う
「いや~、色々とありまして・・・何をしにって決まっているじゃないですか、マリオさん!大森林に行ってセリーナちゃん聖女様や他の皆を助けに行くんです!」
侵入者改め『魔獣喰い』マジウスは胸を張り、人懐っこい笑みを浮かべながらそう答える
久しぶりに見るその笑顔はどこか温かくこちらの警戒心を解かせる不思議な力があった
「助けに行くとはな・・・だが何回も・・・何年も挑戦したが我々はあの森に再び入る事は出来ないのだぞ・・・」
この部屋の主イスラマ神聖皇国の若き教皇マリオは悔しそうにそう呟く
下界人の中では恐らく彼が閉ざされた大森林に侵入しようと一番努力していた男だった
“元々いた世界”の知識フルに活用し、生き残って皇都で保護していた精霊神官たちの力を借りて作った装置ですら叶わなかった
(大森林の中にさえ入れたらなら何とかなるのだが・・・)
そんな辛く悔しい想いでこの研究室に籠り日々過ごしていたのだった
「森に入るには・・・オレが何とかします!マリオさんには・・・皆にはその後の事を手伝って欲しいんです!」
『魔獣喰い』マジウスは自信ありげな表情でそう答えるが、その目は少し泳いいる・・・恐らくはハッタリであろう
だが不思議とその言葉には節得力があった
・・・
マリオは思い出す
『『魔獣喰い』は・・・マジウスは本当に人の話も聞かず行き当たりバッタリで適当な奴なのだ・・・食いしん坊で、可愛いくて胸が大きい女子にすぐデレデレして本当にどうしようもない奴なだの・・・』
四年前この皇都に戻り“魔”に対する研究を一緒にしていたマリオの実妹セリーナは、自分のまだ小さな胸に手を当てそんな事をぼやいていた
何でも、人の名前を中々覚える事が出来ずにすぐあだ名を勝手につけて呼び、“温泉”に皆で入ってはいつも女風呂を覗こうとするという
『でも、いいところや面白いところも沢山あるのだ・・・そして何といっても大危機があってもここ一番で力を発揮するのだ!』
・・・
そんな可愛い妹の言葉がふと脳裏に浮かんでくる
妹セリーナのその瞳が輝きはまるで恋人の事を嬉しそうに話す乙女の様だった
(『魔獣喰い』・・・マジウス殺す・・・)
当時は密かに内心そう思っていたが・・・
だが
目の前のこの笑顔と言葉には、妹が言っていたように本当に不思議で頼れる力を感じる
(色々と言いたいこと聞きたい事もあるが・・・まあ、いいか・・・)
教皇マリオは内心そう呟き思わず苦笑いを浮かべる
三年前に妹を大森林の中心部に置いて来てしまった時から、それは久しぶりの自分の笑顔だった
「ああ分かった、この皇国が全力で・・・いや、この私の力を全て『魔獣喰い』マジウスお前に託そう!」
その返事を聞き『魔獣喰い』マジウスは大喜びでマリオの両手を握ってくる
「その代りセリーナは・・・妹は助け出してもお前の嫁にはやらんからな!」
マリオはそう叫びミシミシと骨の音が鳴るまで『魔獣喰い』の手を握り返した
「痛てて・・・分かりましたから・・・そんなに強く握らないでください・・・」
涙目で懇願してくる『魔獣喰い』を見ながら・・・・マリオの心は熱くたぎるのであった




