136羽:帰還
「何・・・だと・・・」
『魔獣喰い』ことオレは、森を目の前に絶句する
哨戒するヴェルネア帝国兵の目を掻い潜り、ここ下界と大森林の境目の出入り口までようやく来た
以前の森との境目から恐らく何kmかはその境界線は後退しており、それだけ森のかなりの面積が燃えてしまった計算になる
まだ炎は赤々と燃え続けている場所もあるが、オレの今立つ場所は丁度その火が消えた境目の入口の一つであった
周囲を警戒しながら森の中に入ろうとした、その時だった・・・
“森に入れない”のだ
何度も試す・・・場所を変え、向きを変えて何度も試す
だが何度挑戦してもオレは森に中に入れないのだった
(こんな事ってあるのか・・・)
試しにその辺に落ちていた木の枝や小石を投げてみるが、それらはちゃんと森の奥へと吸い込まれていく
更に自分の弓を構え射ってみるが、その矢もちゃんと森の奥の木に突き刺さる
(つまり、あれか・・・オレの身体だけがこの大森林の中に入れなくなってしまったのか?)
もしかしたら帝国兵を始めとする下界人たちも、この森の中には入れないのかもしれない
だがそんな事より自分の身が進めない事が問題である
(これは・・・結界か何かか・・・?)
意識を集中すると森と下界の平地の境目に、目に見えない何か壁がある様に感じる
(くそっ、ここまで来て・・・)
・・・・・・・
オレは森の中に入るのを諦めてその場を離れた
あの後も少し強引な方法で色々(・)と試したが結局は森に中には入れなかった
この覚醒した力を持ってしても破壊も侵入も出来ないとは・・かなり強力な結界だった
(とくかに状況を確認して情報収集をしないと・・・)
オレは成るべく人目に付かない様に明るい下界の草原を走り抜ける
道中はかなり危険だ
街道の所々で帝国兵が関所を設け検問を行い、通行人を全てチェックしていた
恐らくは侵入者を・・・もしかしたらオレを探していたのかもしれない
そのお蔭で走りやすい街道を避け、人気のない裏道や山林を駆け抜ける
少し遠回りになるがこの強化された疲れを知らない身体はどんどん進める
途中の人気のない農村で旅人を演じて一泊寝床を借り情報収集も行ったが、大した話は聞けなかった
「なぜ帝国兵が大森林を燃やしているのか?」と聞いても、
「焼畑を行い、農地を広げている」だの「凶暴な獣が人里を襲う様になりそれを撲滅する為に燃やしている」など噂程度の情報しか聞き出せなかった
(誰か情報操作をしているのか・・・)
ただ、その噂話の中で気になる事がひとつあった・・・
それは信じられない話だがその真意を確かめる為に、オレは向かう方向を変えて下界の大陸の内地へと向かう
“そこ”へ向かう道中も帝国兵が随所に検問を構え中々自由に通行する事が出来ない
(ここは確かグラニス侯爵領だったはずだが・・・)
進んで行く道沿いの農地は前に見た時に比べ荒れており、人々の暮らしは荒んでいた
あの大地と実り豊かなベール王国やグラニス領の面影はどこにいったのだろう
そんな疑念は多々あったが今は雑な情報を耳に入れる事より、たった一つの“答え”をオレは確認したかった
脇目もふらずオレはその“目的地”を目指す
・・・・・・
数日間、昼夜を問わずに駆け抜け目的地に近付く
この辺になると帝国兵による検問も無くなり少し進みやすくなる
大昔に作られた街道に進みその村を目指す
山や森に少し囲まれているが、そこを抜けると大きな盆地に辿り着くはずだ
帝国とベール王国、イスラマ神聖皇国から伸びた三つの街道の交わる交通の要所
フランケンの村のある盆地へとオレはようやく辿り着いた
・・・・・・
オレは懐かしの我がフランケンの村を目の前にして“声”が出ない
前にここを出て皇都に向かったのが数か月前だから・・・そんなに昔の事ではない
ここの領主に就任した当初は、戦争で荒れ果てた農地を皆で力を合わせ色んな作物を植え、近隣の山賊や野盗団を鎮圧し治安回復をして多くの交易商人たちが訪れる村のバザール広場も出来たばかりであった
復興途中でありまだ建物はテントや薄汚い木造の家屋が多く、ポツンと盆地にあった懐かしの村
「これは・・・フランケンの・・・“村”なのか・・・?」
絶句していたオレの前にあったのは周囲を石造りの頑丈な城壁に囲まれ、オレの思い出の中とまるで違っていたフランケンの“城塞都市”であった
☆
「クリステル領主補佐官、お忙しいところ恐縮ですが、ただ今南の城門の前に怪しい男が現れました・・・」
フランケンの警備隊長は執務室にいて作業をしていた生真面目な補佐官に、少し言葉を濁し報告をする
「怪しい男?そういうのは隊長が判断し対応して大丈夫です。私も忙しい身ですのでお任せします」
その女補佐官は山の様に積まれた書類に目を通しつつ、顔も上げずにその報告に答える
この街に害を成す怪しい奴なら追い返すか、それでもしつこいない武力行使をしろという事だ
「それが・・・その・・・その男はどう見ても“あの部族”の格好をしていまして、尚且つ『オレはここの領主のマジウス男爵だ』と名乗って引かないのであります・・・如何いたしましょう?」
(マジウス男爵・・・・)
その単語が警備隊長の口から出た瞬間、クリステル補佐官は顔を上げその目を丸くする
いつもは生真面目で冷徹な女補佐官がこんな驚いた顔をするのを、警備隊長は久しぶりに見る
「マジウス男爵だと!?その話は本当か・・・それは聞き捨てならない戯言ね。私が行って直接確認します・・・念の為に近衛戦士団を招集して一緒に・・・あと、副領主にも声を掛けて直ぐに駆け付ける様に連絡してください!」
そう指示するとクリステルは軽鎧を身に着け帯剣する
「まさか・・・そんな・・・マジウス様が・・・」
そう小さな声で呟きながら、連絡のあった南の城門に戦士団を引き連れ向かう
(でも希望を持つは・・・危険ね)
これまでも彼の名前を語る者は何人もいた
だがそれらは全員偽者で小金に群がる詐欺師共だった
「マジウス・ダンシャク・・・班長は消えちまいました・・・」
実際、自分の目で見てはいないが、その場にいた副領主の報告によるとマジウス男爵はその命を落とし消えたという
だがその亡き骸は未だに見つかっておらず、クリステルも一時は懸賞金を掛けてその行方を捜した時もあった
(領主マジウスは亡くなった・・・)
それをしばらく信じる事は出来なかった
(だが時が経ち最近でようやくその事実を受け入る事が出来たというのに・・・)
苛立ちと軽い怒りを感じながら、クリステルは城塞都市の南の城門へと到着した
城門の外に出て行くと、そこには一人の男が警備兵に槍先を向けられながらも余裕の表情で携帯食を口に入れて寛いでいた
自分で狩った獣の肉を加工したものだろう・・・実に美味そうに食べている
ふと見ると保護色の革鎧を身体に身に着け弓矢や片手剣で武装をしていた
一見すると薄汚い山の狩人や傭兵にも見える
だがよく観察すると、その鎧は微妙な輝きを放つ大森林のにしか生息しない“魔獣”の硬皮を加工して作った高価な革鎧だという事に気付く
それ一対で大金貨に相当する価値があり一介の傭兵風情が身に着ける事は出来ない
そしてその持つ弓も見た事も無い素材で何層にも形成され、所どころに象形文字の様な細かい装飾がされた見事な逸品だった
ただの狩人はこんな業物を持つことは一生出来ないだろう
何より目を奪われたのは、その腰に下げられた“手斧”であった
一見すると何の変哲もない狩人が使うただの手斧
だがその手斧の独特の握りの形と刃の神々し輝きにクリステルは見覚えがあった
(あ、ああ・・・)
予感が確信になり、怖くてその男の顔を見る事が出来ない
その顔を見た瞬間、自分の止まっていた時の堰が決壊し、感情の波が溢れ出しそうだから
「あっ、妹騎士ちゃんだよね?クリステルちゃん、助けてよ」
その男は私の顔を見るなり大声で呼び名を呼ぶ
生真面目で冷徹な女補佐官として恐れらていた自分を、そんな呼び名で軽々しく呼ぶのはこの世には一人しかいなかった
顔を上げてその男の顔を見ようとするが、涙で滲んで上手く見る事が出来ない
だがその声の主は間違いない
「うっ・・・」
その名を呼ぼうとするが、抑えていた数年分の感情が涙と共に溢れ出し声にならない
「領主・・・いや、班長、帰って来れたんだな」
声が出ない自分の代わりに、遅れて来た副領主がその男に声を掛ける
下を見て泣きじゃくる自分の髪を軽く撫で落ち着かせてくれる
その手は相変わらず大きく温かい
「あっ、イケメン・・・だよな?そういえば、お前もここにいたんだったな・・・ああ、帰ってきたぞ!」
事態を察した警備兵たちは槍先を下げ、その男『魔獣喰い』マジウス・ダンシャクの包囲網を解く
ようやくあらぬ誤解の警戒を解かれマジウスは笑顔を見せる
その背格好や着ている服は、“あの時”最後にここを旅立った時と何ら変わりない
まるで時間が止まった様な逆回りした様な・・・
そして陽気でどこか能天気なその笑顔は記憶の中の表情と全く変わっていなかった
「マジウス様・・・お帰りなさい・・・」
クリステルの口からその言葉がようやく紡ぎ出された
空位であったフランケン城塞都市の領主の座に座る男・・・マジウス男爵がここに帰還したのであった




