135羽:天槍将軍
「ネロさん・・・なのか?」
オレは目の前にいる槍使いに聞こえる様にそう問う
相手は眉をピクンと動かすものの動揺した素振りは一切の見せず隙は無い
むしろその言葉を放ったオレの事を観察する様に眺めてくる
「まさかな・・・」
オレにも聞こえない様な小さな声で呟く
「身分は隠していたつもりだったがオレも随分と有名人になったもんだな」
オレの予想は当たっていたのだろう、その問いに答えるかのように槍を構え直す
その瞳には強い意志が宿り寸分の隙も無い
「ネロさん、オレです!大森林の弓使いマジウスです!」
オレは二年前にネロの母国ヴェルネア帝国の帝都訪れた時の名乗りを叫ぶ
その時は共に帝都の下町でゴロツキ共をブチのめし、一緒に飯を食い酒を飲み、更には彼の兄皇子の陰謀により帝都を襲った魔獣の群れと“敵”である女弓使い紅鳳王を返り討ちにした
現帝国皇帝の実子でありながらも、身分の低い母親を持った為に不遇の扱いを受けていた凄腕の槍の使い手
短い期間ではあったが、オレはネロと過ごしたあの時を思い出しながらそう叫ぶ
その叫びにより再度ネロの眉はピクリと動く
反応はあった・・・どうやらオレの事を思い出してもらえたのだろうか
「大森林のマジウス・・・今回は随分とまあ、稚拙な戯言で我々を騙そうとするのだな・・・」
そう殺気を放ち槍を構えこちらにゆっくりと間合いを詰めて来る
その動きは明らかにオレを・・・オレの命を奪い去ろうとするものだ
「騙すだなんてそんな・・・」
予想外の反応にオレは自分の肩に気を失った負傷戦士を担いだまま、ジリジリと後ろに下がる
「こっちにいたぞ!急げ!」
後方からはこの陣地の帝国兵が、ここの騒ぎを聞きつけて向かって来る気配を感じる
(このままでは挟み撃ちだ・・・くそっ)
誤解を解くことも逃げ出す事も出来ずに焦りを感じる
その隙を見過ごさない
目の前の男から何の予備動作も無く、電光石火の勢いで槍先がこちに飛んで来る
(な、南無!)
オレはとっさの判断で、左側に落ちるようにそびえる崖の下に飛び込む
落ちたら命は無い崖であり怪我人を担いだままの一か八かの選択だった
それまでオレのいた空間をまたネロの槍先に突き抜け空を切る
そしてオレと負傷戦士はその槍を見事に避けるものの、深い谷底に落ちて行くのであった
・・・・・・
「ネロ将軍、お怪我はありませんか!?」
その直後、ネロの元に駆け付けた帝国近衛騎士は、侵入者と相対していた自分の主に声を掛ける
帝国でも有数の・・・いや、この大陸でも有数の槍の達人である”天槍”と呼ばれるこの将軍が、一介の侵入者に後れをとらない事は声を掛けた本人も重々承知していた
だが、普段は冷静な自分の主が傍目でも分かるほどに、表情を変えて動揺しているのに驚き思わずその言葉が出てしまった
「ああ、大丈夫だ・・・」
そう近衛騎士に返事をしてネロは侵入者が落ちて行った崖下を眺めている
この深さなら例え強靭な戦士であろうとも命はないだろう
そのネロの瞳は崖下を見ながらもどこか遠くを眺めているようだった
「マジウス・・・『魔獣喰い』・・・いやまさか・・・そんな・・・生きているはずはない・・・あの時に命を落としたのをオレこの目で直接見たはずだ・・・」
ヴェルネア帝国最強の将軍ネロは、誰にも聞かれない様にそう呟きその谷底をずっと見つめていた
☆
そんな『魔獣喰い』マジウスことオレは、その谷底の下を朝闇に紛れて駆け抜けていた
その肩には負傷し意識を失っていた戦士を抱えたままだ
しばらく進み人気のない小川の辺に到着しそこで足を止める
周囲を確認するが人の気配は無い
ずっと肩に担いで戦士をその場に降ろし、水で濡らした布でその傷の手当てをする
思っていた以上に酷い傷だった
先ほどの落下の際に風の精霊の力を借りてその衝撃を殺して着地したものの、この負傷した戦士には過酷な行動であったのだろう
だがそれ以上にこの傷を負わせたあの槍使いの技は、的確にこの者の急所を貫いていたのであった
オレは自分の装備品の中にあった精霊神官特製の薬草を取り出しその傷に塗り込む
焼け石に水かもしれないが強い生命力を持つ“森の戦士”なら、もしかしたら一命を取り留めるかもしれない
森の戦士・・・
・・・そう、先ほど帝国槍使いと死闘を演じ致命傷を負ったこの男は“森の部族の戦士”であったのだ
・・・・・・
先ほど遠目で見ても分かる程、森の戦士の恰好は独特だ
武器以外は金属製品を極端に嫌う為に革鎧を着こみ、顔に戦化粧を好んで装飾する独特のファッション
そして何より、この戦士の顔にオレは見覚えがあったのだ
この男は大森林“大村の城”の隠密部隊に所属していた腕利きの戦士であった
(名前は・・・忘れたけど・・・銀髪でこの頬に傷がある顔は間違いない・・・)
自分より年上の戦士で獅子王の直属部隊に所属し常に最前線で活躍していた
会話した事はほとんど無かったが覚えはある
名前を覚えるは苦手だが一度見た顔は忘れない・・・はずだ
その男に薬草を塗り込み応急処置を施すが、内臓からの出血は止まらず顔色もどんどん悪くなっていく
(くそっ、まともな治療器具の無いここじゃ手を施しようがない・・・せめて精霊神官の誰かがいてくれたら助けようがあるんだけど・・・)
・・・ん?
オレはそこでふと気付く
とても重要な事なのに、大森林が燃やされているという事実でオレは一杯いっぱいで、その大事な事が頭からスッポリ抜けていた
その事を確認する為に意識を集中してもう一度周囲を確認する
(・・・いない・・・どこにも気配は感じない・・・)
・・・そういなかったのだ
この負傷した戦士を“精霊の呪い”から守る精霊神官が何処にもいなかったのであった
・・・・・・
思い出す
オレたち大森林の民は生まれながらにして森の精霊の“加護”と“呪い”を受けている
“加護”により森の民は身体能力を著しく向上させ、更に精神安定や治癒能力の強化などがある
これにより森の戦士達は過酷な森の中でも生き抜くことができ、凶暴な魔獣の群れに対しても対抗する事が出来た
いい事尽くめだ
一方、〝呪い”の効果はただ一つ
それは“森の民は大森林を出て生きていけない”というモノだ
森の外の“下界”と呼ばれる世界に出た者なら、森の民は数日を待たず衰弱して死んでしまうという
この“呪い”により森の民たちは長い年月の間、大森林の閉鎖された中での生活を余儀なくされていた
そんな森の民だが、過去にはその閉鎖された森を飛び出し下界を旅する者もいた
オレの幼い頃の教育係りであった『流れる風』のオッサンやその仲間達、また先日まで大族長の地位にあった『獅子王』も過去に下界を旅していたと最近聞いた
その者たちは何故“呪い”を受けずに自由に下界と森を行き来する事ができたのか
・・・それは森の精霊に使える“精霊神官”が一緒に同行し、その“呪い”を躱していたからだ
それにより期間限定であるが森の戦士達も下界に出る事が出来ていた
それはどんな腕利きの戦士であっても絶対であり、例え今回の様にたった一人であっても必ずその力が届く範囲に精霊神官が待機しなければいけないのだ
・・・そして話は戻る
この負傷している戦士の周囲にその精霊神官がいなかったのである
「うっ・・・」
そんな事を考えているとその男は目を覚ます
だが深い傷の為に身体を起こす事も出来ない
「大丈夫か・・・安心するんだ・・・もうすぐ助けが来るから・・・」
勿論そんな助けの保障はないが希望を与え生きる気力を持ってもらう
「うっ・・・あんたは誰だ・・・どうやらオレを助けてくれた様だが」
男は血を流し過ぎたのだろう・・・もはや目の焦点すら合っておらず、近くにいるオレを探すように手を伸ばしてくる
「オレはフランケンの村・・・いや、“大砦”所属の中隊長『魔獣喰い』だ・・・しっかりしろ、生きる意志を強く持つんだ!」
焦点の合わないまま男はオレの手をか弱く握りしめ荒く呼吸をする
「うっ・・・『魔獣喰い』だと・・・?オレも最期になって・・・まさか森の英雄だった大戦士の幻聴が聞こえるとは・・・これまで希望を失わずに・・・生きてよかった・・・」
そんな事を言いながらその目には涙がにじみ出ている
「おいしっかりしろ!一体、大森林で・・・ここで何があったんだ?」
オレはもうすぐ命の火が消えそうになるその男の手を強く握り返し問い掛ける
「うっ・・・頼む・・・森を・・・皆を頼みます・・・」
そう小さな声で呟くと、その男の手の力は無くダラリと腕が落ちる
「・・・・・・」
オレは息絶えたその戦士の瞼を閉じてやり冥福を祈る
戦士の証である遺品だけを抜き取り、遺体は小川の側の林の中へと移動する
火葬土葬をする習慣は無い
亡くなった森の民のその身体は自然に大地に還り、また生まれ変わると信じられていた
最後にもう一度その亡骸に祈りを捧げオレはこの場を去る
(行こう・・・行って何が起きているのか確認するんだ・・・)
もうすぐ朝日が昇る
人目にもつく危険性もあるだろう
だが急がなくてはならない
オレは生まれ故郷である大森林に向かい駆け出したのであった




