132羽:大地燃ゆ
“門”を抜けると暗闇に包まれた草原だった
時間にして真夜中であろう
身を潜め周りを警戒して索敵するが特に怪しい様子は無い
周りを警戒しながら自分の身体を確認すると、皇都で師匠から譲り受け弓矢に、ずっと前から獅子姫から預かりっぱなしの業物の片手剣、愛用の手斧に精霊神官の加護の短剣と、あの異空間に飛ばされる前に身に着けていた装備に戻っていた
それ以外にも携帯の保存食や常備品など揃っている
あの“黄麟”がいた異空間の小部屋ではこれらが全て無かった
肉体というか・・・自分の精神体だけがあそこ飛ばされたのだっただのろうか
(でも、このオッサンに貰った愛用の手斧だけは存在していたな・・・それだけ使い込んでいたという事だろうか・・・)
そんな事を推測しつつ今の自分の状況を確認する
身体はどこも不調な所はなく、むしろ長い間背負わされていた重荷が外れ羽根が生えたように軽い
頭の中もスッキリして冷静にそして思慮深く考えがまとまる
(これが“黄麟”が言っていた“封印”が解けて“覚醒”したという状況なのか・・・だけど何でオレの身体に封印なんてものが施されていたんだろう・・・)
あの時の“黄麟”の言葉を分析すると、異空間に到着してオレに施されていた最後の封印とやらが解かれたらしい
その瞬間にオレの頭の中には様々情報が波の様に流れ込んで来た
“敵”のこと・・・古代術と呼ばれる彼らの使う術式・・・
だけども肝心な記憶や情報はモヤがかかり思い出せない
(何かまだ封印とやらが残っているのか・・・でも、それより・・・)
それよりも気になる事があった
(大森林の皆が危ない!)
異空間で頭の中に浮かんだ“惨事”を思い出し行動に移す
『魔獣喰い』マジウスことオレは、闇夜の草原を月の灯りを頼りに駆け出した
・・・・・・・
移動しながら今自分のいる場所を確認する
星を位置から推測するに大森林から出て南西に行った下界のどこかであろう
暗闇で周りの景色は確認出来ないが、ヴェルネア帝国とベール王国の国境沿いの草原あたりか・・・
数年前にマデレーン王女や騎士ヘルマンたちと一緒に、帝都にベール王国の使者として一緒に付いて行き通った場所に間違いない
ベール王国の近衛騎士の格好に変装した自分の姿に興奮したのを覚えている
あの時はマデレーンの乗った王族馬車の速度に合わせたゆったりした旅だったが、身体が羽根の様に軽い今の自分なら、早馬の速度と同じ位の時間で大森林の入り口までには到着できるだろう
元々身体能力が高い森の部族ではあったが、覚醒した自分の身体の能力は驚くほど向上していたのであった
・・・・・・
前方に気配を感じ草原の中の街道を走る速度を緩める
かなりの大人数の気配だ
闇夜に身を隠しその集団を目視出来る近くまで進む
見張りがかがり火で照らされる距離まで来た
元々遠目と夜目が効く自分が見えるこの距離だ
下界の人間からは闇夜の一部としか自分を認識出来ないだろう
(あの鎧は帝国の兵士か・・・何故こんな所まで・・・)
その鎧の造形はこれまで見慣れていたヴェルネア帝国の正規兵のものであった
この下界に戻り数日間、昼夜を問わず全力で駆け抜けて来たので、恐らくはもうベール王国の領土内に入っていたはずだ
だが目の前に陣を敷く武装集団は、明らかに隣国であるヴェルネア帝国の兵士が駐屯する陣地であった
(ベール王国と帝国は友好条約を結んでいたはずだ・・・何かあったのか・・・)
規模は大きくはないが明らかに臨戦状態のその帝国陣地の様子から、オレはこれが緊急事態である事を推測する
一体どんな状況なのか潜入して確認したい
だが、ここで帝国兵と接触して時間をロスするのは得策ではない
少し迂回をし闇夜をまた駆け出す
・・・・・・・
まず異変を感じたのは嗅覚だった
(コゲ臭い・・・)
大量の材木を燃やしているような匂いが前方から辺りに充満して来たのである
風向きから北東の方向で何かを燃やしているのだろう
五感が鋭敏になっていた自分の鼻で感じたのは、まずはそんな匂いであった
そして次に異変を感じたのは視覚であった
その光景を何となくは予想はしていたが、実際に目の前にすると想像以上の衝撃をオレは受ける
頭を巨大なハンマーで殴られた様な・・・
全身に鉛の重りが圧し掛かって来る様な・・・そんな衝撃だ
今は夜明けの時間なので暗闇に包まれた大地は、もうすぐ明るい朝日に照らされるだろう
だがその朝日が昇る前に、東の空が明るく真っ赤に輝いていた
赤く・・・紅く・・・まるで天を焦がすように輝いていた
(あれは・・・)
見間違えるはずがない・・・
自分の生まれ育った土地・・・
“大森林”が真っ赤に燃えていたのである
☆
(クソッ、何で大森林が燃えているんだ・・・)
実際に目視をしてオレは混乱に陥る
あの“黄麟”がいた異空間でこの“森が燃えている光景”を見たが、実際にこの目で見るまで信じる事が出来なかった
いや、信じたくなかった
だが実際にこの下界と大森林の境目に使づくにつれて、その状況は現実のものとしてオレに襲いかかる
(くっ、一体どうして・・・)
オレは警戒しながら燃え盛る森の方へと進んで行く
走りながら状況を確認する
燃えているのはごく一部の森ではなく、広範囲にわたり轟々(ごうごう)と燃え盛っていた
万が一で“山火事”という可能性もあるのかもしれない
だが熱帯雨林で水分を多く含んだ大森林の樹木は乾燥させない限りは燃えにくい
小さいから枝拾いをして生活に使う最低限の焚き木集めをして自分にとって、それは常識であった
つまり残る可能性は・・・
(いた、あそこか!)
オレはその火の元の正体を目で確認する
予想通りだった・・・
大森林を取り囲む様に陣を構えていた兵下たちが森に火を掛けていたのであった




