129羽:〝黒狼”と〝白狼”
「中隊長、周りの雑魚はワシ達に任せて『白狼の尾』殿を頼みます!」
乱戦気味になっていたこの戦場において、『魔獣喰い』ことオレは明確な目的意識を持って行動する
部下のそんな頼もしい言葉を聞き、オレは目的の人物の近くまで軍馬を進める
敵方である“北馬族”の騎兵隊が、そんなオレを阻止しようと槍で応戦してくるが、先ほどの言葉通りに森の戦士たちがその騎兵たちの相手をして足止めをしてくれる
先ほどは“雑魚”と呼んでいたが、この北の草原の部族は一人ひとりが屈強な戦士であり優秀な弓騎兵だ
オレの方が予定通りに早く済ませないと、こちらの被害は一方的に大きくなだろう
「師匠!!」
オレは声の届く範囲に駆け進むなり、声を上げて呼び名を呼ぶ
そう呼ばれなくてもこちらの気配は既に察していたのだろう
遠目からでも確認出来るその姿は、こちらに寸分の隙さえ見せない屈強な弓騎兵そのものだ
「『魔獣喰い』・・・来たか・・・」
まだ距離があり遠目でよく分からないが、師匠である『白狼の尾』の雰囲気がいつもと違う
(何だろうこの変な感じは・・・そうか、違和感があるのは師匠の革鎧がいつもの白色ではなく“黒色”だからか・・・)
そう思った瞬間、嫌な気配を感じオレは咄嗟に馬に伏せ身を躱す
さっきまでオレがいた空間を一本の矢が突き抜ける
(いつの間に構えて、いつ射ったんだ・・・)
その矢を射ったのは間違いなくオレの視線の先にいた師匠『白狼の尾』だ
対峙してから片時もその動きから一瞬でも目を離していない
だがオレはいつの間に射られていたのだ
「隊長、気を付けろ!そいつはお前の知っている『白狼の尾』じゃない。狂弓“黒狼”だ!」
オレの部隊のベテランの弓使いがオレに声を掛け注意を促す
(狂弓“黒狼”・・・聞いたことがある・・・オレが大村の戦士団に入るずっと前にいた復讐に狂った凄腕の弓使い・・・それがまさか師匠だったとは・・・)
いつもは飄々(ひょうひょう)として捉え所のない師匠にそんな過去があったとは
そして先ほどの弓術はオレに教えてくれた型通りの技ではなく、明らかに相手を殺す為の必殺の一撃であった
(師匠は・・・オレを本気で殺そうとした・・・)
今さらだがその事に気付き、全身の毛穴が開いてオレに警戒警報を出してくる
「どうした『魔獣喰い』・・・まさかオレが本気でお前を射らないとでも思っていたのか?」
そう言い終わると同時に、また矢がオレに襲いかかってくる
「クソッ」
咄嗟に腰に差していた愛用の手斧でその矢を斬り払い、オレは馬を進め混戦状態となっていた戦場の中を進み身を隠す
(一体どうして・・・訳が分からないが師匠は本気だ・・・衣装だけじゃなく、口調までいつもと違うし・・・クソッ)
オレは弓矢を構え乱戦状態の兵士たちの隙間の死角から矢を射る
(急所はまずい・・・手足や馬を狙えれば・・・)
だがそんなオレの渾身の矢も『白狼の尾』の帯剣により斬り払われ防がれる
“黒狼”は弓術だけではなく剣槍全般に優れていると聞いていた
再び馬を進めオレは師匠に連射で矢を射り牽制する
オレの渾身の連射も難なく帯剣で斬り払い、返す弓でこちらに剛矢を撃ち返してくる
お互いに一定の距離を取りつつ乱戦になっていた戦場で馬を並走させ、戦う兵士たちの隙間から矢を射り合う
オレは矢を射りながら師匠から打ち出される剛矢を手斧で撃ち落とし、身を躱し避ける
初めて受ける“黒狼”の矢だが、それはまるで巨大な丸太を手で受け流す様な感覚だ
一矢いち矢それを受ける度に、流す腕が痺れてくる
その剛力もそうだが、一射ごとに込められた淀んだ殺気がオレの心を蝕んでいく
(くそっ、師匠はやっぱり本気でオレの事を殺そうとしているんだ・・・何でだよ!)
声にならない悲痛叫びを心の中でオレ叫ぶ
『“魔獣喰い”よ・・・』
必死で矢を受けているオレに、そんな師匠の声が聞こえてくる
『お前はなぜ戦いに身を置くのだ・・・誰の為に戦っているのだ・・・』
幻聴ではない
何故か遠く離れた所から矢を射ってくる師匠の声にオレの耳に届いてくるのだ
『誰の為にこうして必死に矢を射っているのだ・・・』
耳ではない・・・オレの脳に直接響いてくるのだ
「なぜって・・・オレは森の戦士だし・・・師匠と姫を見つけたら連れ戻せって前に言われていたし・・・」
『ただそれだけの為か・・・それなら命令されたなら、お前は大事な仲間の事も射るのか・・・』
そこまで大きな声に出してはいながオレの呟きは相手に聞こえいるのだろうか
「そんな・・・そんな任務や命令はないと思うけど・・・例えあったとしても・・・」
オレはそう呟き言葉が続かない
これまでただ任務に従い戦ってきたオレは事が出てこないのだ
そのやり取りをしている間にも、“黒狼”からは容赦ない雨のような剛矢がオレに襲いかかって来る
何とか手斧と馬綱さばきで致命傷を避けているが徐々に追い詰められていた
『そんな任務はないと思うか・・・お前はまだこの世界の理を・・・大森林の恐ろしさを分かっていないのだな・・・いや、一生知らない方が幸せというものか・・・』
先ほどまでは殺気に満ちたオーラとは違い、その言葉は何処か少し寂しそうに感じた
『だが・・・お前はその運命から逃れられない・・・今までは運よく生き残れたかもしれないが、本格的になるこれからはそうはいかないだろう・・・』
まるでオレを愛おしく包む優しを感じる
『運命に翻弄されて苦しむのだろう・・・』
そして、急に気配が裏返る
『・・・いっそうここで苦しまずにこの矢で眠るがよい!』
その声と共にこれまでの最大級の物凄い殺気がオレに襲いかかる
見ると師匠は三本の矢を構えこちらに渾身の一撃を繰り出そうとしている
(アレは・・・師匠の得意技のひとつ“影矢”だ)
同時に同じ軌跡で二矢を射る必殺の一撃だ
(それが三矢もか・・・)
その構えを見ただけでオレは手斧で防ぐ事も、身を躱し避ける事も出来ないことを悟る
射られた瞬間オレは絶命するだろう
それが瞬時に分かるほどオレは師匠の弓の腕を敬愛し信じていた
(オレは死ぬのか・・・)
そう思うと全身の力が抜け走馬灯の様に思い出が込み上げる
・・・・・・
大森林の辺境の村に生まれ育ち、木の実を採取して獣を狩り生きた
森の戦士団に入り訓練と魔獣狩りに明け暮れた毎日
初めて出た下界の世界に興奮し、いろんな事件に巻き込まれ色んな事があった
お家騒動、戦争、特使に“敵”と戦い・・・
多くの仲間や部下たちに支えられここまできた
お姫様剣士に女戦士、神官、本物のお姫様に少女軍師に胸をときめかせて毎日が楽しい日々だった
(・・・オレが今ここで死んだら皆どう思うんだろう
『魔獣喰い』よ・・・マジウス殿・・・班長・・・隊長・・・領主様・・・ちょっとあんた・・・お前・・・おい小僧・・・
これまでこの世界で出会った皆の顔と声が浮かんでくる
(いやだ・・・やっぱり嫌だ・・・このまま死ぬのは嫌だ・・・)
自分の心の中で底で、熱い感情が弾け込み上げてくる
(任務でも・・・誰かの為でもなく・・・自分の為に戦い生きたい!)
・・・・・・
その刹那の瞬間、オレは無意識的に弓矢を構える
だがこの矢を射るのは自分の意思
(たとえ師匠を倒してでも・・・自分は生き残る!)
意識を集中し矢じりの先にイメージを描く
今ここで成功するか分からないが、これはたった今頭の中に思い浮かんだ弓術だ
その時、師匠から一本の矢がこちらに放たれる
三本で一個の矢となる避ける事も防ぐ事も出来ない必殺の矢だ
だが、焦る事はない・・・自分が出来ることを今するのだ
自分も意識を集中してゆっくり矢を放つ
オレの手元を離れたその矢は螺旋の風を纏い突き進む
・・・その軌道上ですれ違った師匠の矢を吹き飛ばし螺旋の矢は真っ直ぐ進む
ふと見ると視線の先で師匠『白狼の尾』が口元を緩め笑顔を浮かべた
(あっ、あの顔はいつもの師匠の顔だ・・・)
何かを悟ったのか『白狼の尾』はそのまま目をつむる
その瞬間、オレの矢は風の調を軌跡に残し“白狼”に突き刺さったのであった




