128羽:我が姫の為のこの弓
「『白狼の尾』よ・・・騒がしかったが何かあったのか?」
気配を消し陣幕のテント内の我が主の安否を確認しようとすると、そんな問いが幕一枚隔てた向こう側の寝室から聞こえてきた
「・・・ネズミが何匹か忍び込んでいました。どこかに逃げましたのでご安心を」
気配を完全に消してテント内に入ってきたつもりであったが、寝ていながらそれに気づくとは我が姫の底力は恐ろしい
元々は才能が有りそれに油断する事無く精進してきた方だが、一年前にこの下界に降り立ち旅の末に辿り着いた北限の地での修行により、その力は更に高まり昇華されつつある
自分も日々の鍛錬を怠っていた訳ではないが、いつの間にか主に置いて行かれたこの距離を、自分の中で感じる事は寂しくもあり嬉しくもある
「そうか、それはご苦労だったな・・・なあ『白狼の尾』よ・・・この戦が終わったなら、そろそろ戻ろうではないか」
『白猫姫』様はそんな事を呟きまた眠りに戻る
返事はしないがその事に逆らえない事はよく知っていた
森の部族の多くの者は、今やこの姫の妹君である『獅子姫』様が次期大族長に相応しいという流れがあるが、自分にとってはこの『白猫姫』様こそが唯一無二の主である
基本的に面倒くさがりで無気力感が溢れる風貌だが、実は芯が強く頼れる方だという事は部下なら全員が知っていた事だ
(だが、むしろ次期大族長にならない方が、この方の側に長くお仕え出来るのかもしれないがな・・・)
『白狼の尾』はそんな不謹慎な事を思いながら、テント周辺の最終確認をして寝床に戻る
(それにしても『魔獣喰い』の奴は、しばらく見ない内に逞しく成長していたな・・・技術や身体能力に関していえば、もしかしたら私を超えているだろう・・・だが、あのままでは一生私には勝てない・・・)
この自分にすら勝てないという事は奴らには到底及ばない
『魔獣喰い』たちが自分たちを探し出して、いつか迎えに来るのは予想されていた
(この部族の居心地も良かったが、そろそろ潮時であろう・・・)
だが最後にひとつ若い世代に置き土産が出来るのなら、明日の戦場は格好の場だ
それは恐らくお互いの命を懸けた場になるだろう
戦場での一合の打ち合いは少年を戦士に変えるという
(明日だけは・・・自分の禁を破らなければいけないかもしれない・・・)
☆
遥か前方に広がる草原では、金属と人間同士が激しくぶつかる音が轟音の様に鳴り響く
長槍と盾によって武装した歩兵軍と、それと一定の距離を取りながらも弓矢と槍による突撃で一撃離脱を繰り返す軽弓騎兵がぶつかる戦場だ
戦場はイスラマ神聖皇国の北部の草原
侵略者“北馬族”を殲滅すべく皇国軍が本格的に制圧部隊を展開したのである
皇国軍の進軍の速度は“北馬族”にとっては予想以上の速さであった
見張りの連絡を受けた北の騎馬民族は打って出て、これを得意の草原戦にて迎え撃つ
そしてこれは侵略側である“北馬族”が、皇国北部での戦利品を自領に持ち帰るための時間稼ぎの戦いでもあった
機動力のある北の戦士たちがこの場を退却し皇国本軍から逃れることは簡単だったが、少なくない被害を出してまで今回この皇国北部に侵攻して来たからには、それに見合った戦利品を北の草原に持ち帰る必要がある
食糧に金品・奴隷などの金になり腹が膨れる物ばかりだ
放牧と侵略を生業とする北の部族にとって、この“結果”を出せる事が一番重要な事なのである
戦利品を持ち帰れない武将は、つまり能無しで処分の対象となるのだ
・・・・
「密集隊形を崩さず前だけを見て進め!多少の被害は恐れるな!占領された街の前にさえ辿り着いたなら我々の勝利だ!進め!」
皇国軍を指揮する新教皇マリオは、農民と都市民を中心に編成された長槍歩兵の陣頭に自ら立ち声を上げて指揮をする
その姿と声に素人に毛が生えた程度の歩兵たちは士気を高め荒々しく前に進む
本来なら皇国各地からあと少し兵を集めてから街の奪還作戦を開始した方がいいのだろうが、“北馬族”の戦利品の運搬情報を仕入れたマリオは神速をもって今日は兵を進めていたのである
『敵を無理に殲滅する必要はない。敵の弓矢を盾で防ぎつつ街の前に着くだけで敵は退却していく』
騎馬民族は泥沼の消耗戦いを嫌がる傾向がある
これが策士でもあるマリオが実行した“北馬族”に対する今回の作戦であった
もちろんこの主力の長槍歩兵以外にも、マリオ直属兵や騎兵・傭兵隊も見事な陣形で展開し隙を見せない様にしている
欲を出し無理にこの北の部族を追おうとするから、これまでは手痛い反撃を受けていたのである
『撤退さえさせればこちらの勝ち』
そんな目標が見えれば農民兵たちの士気は下がりにくいのだ
こうして“北馬族”の雨の様な弓矢を受けながらも皇国歩兵は着々と前進していたのであった
・・・・・・
その様子を『魔獣喰い』マジウスことオレは、皇国軍の後方部隊の騎上から眺めていた
ここは万が一の事態に備えている後詰の部隊の中の傭兵隊の一隊だ
皆思い思いの鎧や武器を持ち、自分たちの出番を今か今かと待ち構えている
周りを見るとオレ以外にも器用に軍馬に跨る重戦士『岩の矛』イワノフや他の森の戦士たちの姿も確認できる
本来なら一応他国からの来賓客でオレ達であるが、今回は自分たちから志願してこの傭兵隊に在籍している
基本的には森の民は全員歩兵で弓兵であるが、数年前に下界に出て来てからから軍馬戦闘の訓練も積んでいた
本来なら取得に長い年月がかかる騎乗戦闘だが、身体能力に優れる森の戦士たちは全員器用に乗りこなしている
みな久しぶりの乗馬の感覚を取り戻す為に最終確認に余念がない
今回は目的の為に、どうしてもこの騎馬の足の速さが必要になる
その目的とはただひとつ・・・“『白猫姫』様と『白狼の尾』を力ずくで連れ戻す”ことだった
潜入工作による昨夜の説得は残念ながら失敗に終わってしまった
理由はよく分からないが何か訳はありそうだ
『明日の戦で語り合おう』というオレの師匠でもある『白狼の尾』の言葉通りに、一晩悩んだ末にオレは戦場に立つ事を選んだ
「『魔獣喰い』よ、そう難しく考えるな。分からず屋にはお前得意のコレで分からせてやりな」
『岩の矛』のヤツはゲンコツ拳を見せてそう言ってくれたけど、果たしてそう簡単に行くのだろう・・・
でも、うじうじ考えるのもオレの性分にも合わない
(戦士らしく戦場で何とかしよう・・・)
そう心に再度誓う
そんな事を考えていると前方の戦場が騒がしくなる
「『白狼』だ!『白狼』の部隊が来るぞ!」
友軍である皇国軍からそんな悲痛な叫びがここまで聞こえてくる
敵軍に大きな動きはあったのだろう
(いよいよだ・・・)
全身の血の気が熱くたぎり、だが頭の中は冷静になってくる
“戦闘精神高揚と安定作用”
これは戦いの部族である森の民に与えられた森の精霊の加護の力のひとつだ
「さあ、行くぞ!」
オレは森の戦士たちに声をかけ自分の馬を勢いよく走らせる
☆
前線に着くと主戦場における形勢は逆転していた
敵の遊撃隊の突撃を受けて、こちらの長槍歩兵の左翼が崩壊し一部兵士たちが敗走していたのであった
恐ろしい事に“北馬族”は軽弓騎兵の伏兵を巧みに隠しており、こちらの陣形の弱点を突いて来たのであった
友軍の総大将である教皇マリオも巧みな軍さばきで陣形を変え、それに備えているが練度の差の速度差により敵が優勢だ
敵の遊撃隊は総大将マリオの首を目がけて、こちらの陣地の奥深くまで切り込んで来る
大国の教皇であるマリオの身柄を人質にとったなら、その身代金だけでも膨大な金額になる
国家予算に相当する金をふんだくる事が出来るだろう
“金は腐る事はない”
その事を知っている“北馬族”はマリオの身柄を目がけ、凄まじい勢いで突撃して来る
皇国軍もそれを迎え撃とうとするが敵の侵入速度があまりにも早すぎた
その遊撃隊の指揮官である『白狼』を先頭に、目の前の美味そうな獲物に今まさに飛び掛かろうとしていた
(・・・恐ろしいな・・・本当に、マリオさんの予測していた通りになったな)
敵と遭遇する位置もタイミングも教えられた情報と寸分違わぬ予測
敵騎兵の迫力に手も足も出なくなり立ち尽くす味方の皇国兵を押し退け、オレたちはその“白狼”率いる遊撃騎馬軍団の横っ腹に突撃する
「野郎ども行くぞ!“魔獣傭兵団”の恐ろしさを馬野郎共に見せつけてやれ!」
森の戦士の誰かがそう叫ぶ
凄まじい質量が長く伸びた敵の遊撃隊の脇を突く
勢いのある騎兵の突然の登場に“北馬族”の突撃隊は陣形を崩している
そう、稀代の策士でもある新教皇マリオは、自分の身を囮にして“白狼”をこの場所に誘い込んだのであった
一人一人が圧倒的な戦闘力を持つ森の“魔獣傭兵団”の火の出るような突撃を受けて、敵の部隊は寸断されている
そんな中、突撃部隊の指揮を『岩の矛』のヤツに任せて、オレは自分の“獲物”を探していた
意識を集中して森の中の枝を探す・・・
(・・・いた)
分断された“北馬族”の突撃部隊を立て直すべく、精悍な声を出し部隊を指揮していた“白狼”こと森の弓戦士『白狼の尾』をオレは見つけたのであった




