122羽:白銀の雄叫び
《はっ!なに、この子猫ちゃんは?》
“紅鳳王”は目の前に突然現れて自分の邪魔をした“白銀の獣”に毒つく
先ほど自分が放ったのはこの“天雨級の弓”からの渾身の“爆”の一撃であった
一切の手加減はない
鋼鉄製にも匹敵する甲殻類の魔獣ならまだしも、それほど大きくはない獅子型の獣に完璧に防がれるのは初めての事だった
粉塵が晴れると共にその獣は全貌を表す
白銀の美しい毛並みで所々に黒銀色の毛が混じっている
大型化が珍しくない魔獣に比べてもそれ程大きい体躯ではないが、その鋭い眼光はこちらの動きをじっと見つめている
一見しただけで理解出来る
“この獣はただの獣ではない”と
《あら、いやだわ・・・そんなに真剣な目で見つめられたら、その気になっちゃうじゃない》
そう軽口を叩きながらも “紅鳳王”は鋭い跳躍で木の上に駆け上がりその場を退避する
その瞬間にそれまで自分がいた空間に、凄まじい風斬り音と共に白銀の弾丸が牙と共に通過していた
そしてその加速が終わる前に地面を蹴り、こちらに向かい方向転換して来る
予測はしていたが凄まじい瞬発力と運動能力の獣だ
《くっ、獣の分際で小賢しい真似を!》
それでも“紅鳳王”も負けてはいない
まるで森の中の自由に飛ぶ小鳥の様に、木々の間をお互いに飛び移り牽制し合う
猫科の獣の外観を思わせる“白銀の獣”が、その全身バネのような肢体で木々の間を飛び回るのは分かる
だが正体不明の“魔”の一味とはいえ、宮廷婦人の雰囲気さえも思わせる弓使い“紅鳳王”の動きはその獣すら上回っていた
強力な威力を持つこの弓矢や、対峙した相手に暗示を掛け操る“魅了”ばかりに目がいくが、この“紅鳳王”の最大の武器はそのムチの様に柔らかくバネの様に強靭な全身の瞬発力である
彼女は“空の部族”である
殆ど下界に出て来ない“空の部族”の天空騎士であった彼女は、その名の通りにまるで空を飛ぶようにどんな所でも駆け上がる
その脚力は尋常ではなく、先ほど鎧を着込んだ屈強な護衛戦士を一撃で倒したのは、この足から繰り出された見えない蹴り技であった
そして常人なら引く事すら出来ないその超剛弓を軽々と引き絞り、千里先まで見渡すというその眼力で敵を射る
単純に風を読み弓矢を射る能力なら、この“空の部族”は“森の部族”にすら勝ると言われていた
《子猫ちゃんこっちらよ!》
その俊敏な立体式移動術で“紅鳳王”は相手の頭上を位置取る
《“爆”が効かないのなら、この“螺”はどうかしら?》
意識を矢に集中し螺旋のイメージで風のねじれを矢に創造する
先ほどまで射っていた“爆”が広範囲渡る爆砕型の術だとしたら、こちらは一点貫通式の術だ
風の高位の精霊術を使う“紅鳳王”はこの二つの風弓術を最も得意としている
ヒュッ
静かに・・・だが恐ろしい程の速さで、螺旋の矢が“白銀の獣”の魔獣の無防備な背中に迫る
岩石すら貫く必殺の矢だ
幾ら尋常ではない剛皮を持つ魔獣であってもこの一撃を受けて無事ではないだろう
ガギン
だが、その獣は背中に目でも付いていたかの様に、突然振り向きその必殺の矢を鋭い右爪で受け払う
《ちっ、低俗な獣の分際で人間様の防御武術でも使うというのか!?》
“紅鳳王”は舌打ちをし、再び場所を変え有利な場所に移動しようとする
《!?》
だがいつの間にか左足が木の蔦に絡まり動かなくなっていた
不自然な程の絡まり方
《これは森の精霊術!?》
それに気づいた瞬間には、目の前に白銀の鋭い爪が迫っていた
《くっ、“風の盾よ”》
目の前に意識を集中し何層もの風の壁を形成する
それと同時の足元の蔦を腰の短剣で切り裂きその場を脱出しようとする
・・・間一髪
だが幾層もの風の盾は一瞬で切り裂かれ、避け遅れた“紅鳳王”の美しい左肩の肌が露出し赤い血が流れ落ちていた
《ああ・・・お気に入りの服だったのに・・・・》
自分の怪我よりも白銀の獣に服を切り裂かれた事にショックを受ける
《この恨み、いつか必ず晴らしてくれるわ!“門”よ》
そう叫ぶと“紅鳳王”の側に怪しげな空間が現れる
《妾の名は真の弓王“紅鳳王”。この名を努努忘れるではないぞ!》
そう言い残し空間の中に消えて行く
・・・・
辺りは急に静寂を取り戻し、闇夜に包まれた森の中に虫の鳴き声だけが響き渡る
『ガオォーン!』
その森の中に猛き勇ましい白銀の獣の咆哮が響き渡る
その雄叫びを聞いているだけで身体の疲れは取れ、精霊術を使い切った心も癒されていくように感じる
(戦いは終わったのだ・・・)
木々の木陰に隠れていた護衛戦士たちは直感的にそう理解する
(息のある仲間を探して助けなければ・・・)
倒れている木々を退かし救護にあたる
精霊神官『清き水』は立ち上がり側に倒れていた無口な護衛戦士を癒す
(『魔獣喰い』・・・ありがとうございます・・・・)
その“白銀の獣”の気高き雄叫びは、しばらくお間ずっと続いていたという




