121羽:護衛戦士と精霊神官
《小賢しい子猫ちゃんたち、いつまで隠れているの。ほうら、出て来なさい》
暗く深い森の中に女の声が場違いに響く
その声の主は森の中の一番高い木の枝の上にいた
遠目で見える月夜に照らされたその身体は細身で身の丈は高い
赤く長い髪をひとつに束ね、赤黒い衣類の隙間から見える細腕や豊かな胸元の肌は月の光を受け青白く、そして恐ろしい程に美しく輝く
見た者を男女関わらず虜にする妖艶な笑みを浮かべ、その顔立ちは幻想的なまでに美しい
その甘く官能的な声で呼びかけられたなら、思わず隠れているこの場を飛び出しその姿を見ようとしてしまう魔力がある
だが、その美しい見た目に反し、身体中から発せられる負のオーラは歴戦の戦士ですら震え上がらせていた
《あら、そこね》
その声と共に見えない殺気が飛ぶ
ドガン
地震の様な凄まじい地響きが森の中に響き渡る
少し離れた所に仲間が隠れていた場所は、まるで下界の投石機の大石を受けた様に大きく抉れていた
即死だろう・・・
仲間の死を無駄にしない
半分意識を失って背中に括り付けている精霊神官を落とさない様に、護衛戦士は再び森の中を駆け抜ける
《ハッ、今度はそこね。ちょこまかと目障りなネズミめ!》
更に連続でその凄まじい衝撃がこちらを狙ってくる
(これがあの細腕から繰り出される“弓矢”の威力だなんて、この目で見ても信じられない・・・)
周囲はその弓矢の攻撃を受け、地面は抉れて、木々は折れ曲がり地形すら変わりつつあった
フランケン村に滞在する森の民を加護する精霊神官たちとその護衛戦士たちが、謎の“敵”の襲撃を受けて半壊状態にあったのだ
☆
危機に陥っていた護衛戦士は走馬灯の様に思い出す・・・
ここにこの“敵”が襲撃して来たのは突然だった
フランケン村に“敵”が来る事は数刻前から精霊神官たちにより予知されてはいた
“とある人物を消す為に現れる”
この事を事前に知らされていた自分たちは作戦通りに罠を張る
“標的をエサとし森の戦士団と自警団による待ち伏せ”
作戦は上手くいっていた
精霊神官様の話ではここから少し離れた所で、仲間が“槍使いの敵”と魔獣を交戦中だという
オデのいるこの場所では、数人の精霊神官様が戦っている戦士たちに精霊の祈りとより強い加護の力を送っていた
オデを含めて護衛戦士たちはその周囲を静かに警戒していた
・・・その時である
周囲に嫌な気配を感じる
何とも言えない負の圧力が上からオデたちに重く圧し掛かる
(この感覚は・・・・まさか!)
「皆さん、逃げて下さい!“敵”にここが見つかりました!」
精霊神官様の叫び声と共に激しい爆音と衝撃が押し寄せて来た
・・・・気付くとオデは半分意識を失いかけていた神官様を背負い、森の木陰に隠れていた
最初のあの攻撃により、オレと同じ様に他の神官様や護衛戦士たちも散り散りに逃げ隠れていた
あの“敵”の笑い声と攻撃には覚えがある
下界のヴェルネア帝都という街でオレたちを襲ってきた“女弓使いの敵”だ
あの時の情報によるとこの弓使いの敵は、爆発を伴う恐ろしい威力の弓矢を使い遠方から攻撃し、またその妖艶な笑みと肢体でこちらを“魅了”の術で虜にし操るという
『遠距離で弓矢を撃ち合うな。その姿を間近で直視するな』
大森林にいる戦士団は全員その事を頭に叩き込み訓練してきている
だが身の軽い戦士たちが先ほど死角から攻撃したが、全員返り討ちにあったのを見ると接近戦闘でもその戦闘力は侮れないだろう
「ピーピーピィーイ」
護衛戦士長から合図の笛が響き渡る
“命に代えて精霊神官を守り、安全な場所に逃がせ”
そんな内容だった
(神官様を逃がさなくては・・・)
だが不用意に動けば、先ほどの者の様に上にいる女弓使いから狙撃されてしまう
「うぅぅ・・・私の事は捨てて、あなただけでも逃げてください」
意識が朦朧としていた神官様が、背中からオデに小さな声で呟いてくる
神官様は敵の初撃を受けた時に、オデたち全員を守るために精霊の秘術を発動させてくれたのだ
本来なら最初の攻撃で全滅していただろうオデたちは、その守り秘術により一命を取りとめこうして生きている
だがその代償も大きい
秘術により精神力の殆どを使い果たしてしまった神官様たちは、意識を失い加護の力も落ちていた
「うーうーうううー」
オデは首を横に振り神官様にそう答える
「そんな・・・命に代えて私を守るなんて・・・では、二人で何とか切り抜けましょう・・・・もう少しで『魔獣喰い』様がここに来てくれるはずです・・・それまで何とか耐え抜きましょう・・・」
オデはその言葉を聞き、首を縦に振る
(この背中の精霊神官『清き水』様は、必ずオデが命に代えて守る)
生まれつき言葉が話せない出来損ないオデに対して、この方は本当に優しくしてくれた
身体は人一倍大きいが口が利けないオデは、小さい頃からいつも下を向いて生きてきた
戦士団に入り戦う力を身に付けていっても、その暗い性格は変わらなかった
だがそんな時に、この神官様の護衛役を与えられオデの人生は大きく変わる
半人前のオデをちゃんと一人の戦士として扱ってくれ、また言葉は話せなくても楽しめる“小説”という本も教えてもらった
こうしてオデは段々と前を見て上を見て生きて行くようになる
そんな恩人であり、精霊様の生まれ変わりの様な方をオデは命に代えて守り、小隊長が来るまで耐え抜くのだ
それは危険な任務だったが希望もある
確かに“敵”は手強いが、この小隊には大矛の戦士『岩の矛』殿をはじめ多くの腕利きの戦士が揃っている
魔の森では数々の魔獣を見事な連携で仕留め、またこの下界の戦や魔との戦いも数多く経験し今では森の戦士団の中でも屈指の戦力を誇る
その中でも別格なのは、ここに今向かっているという小隊長『魔獣喰い』殿だ
彼はオデよりは年下だが小さい頃から“弓童”とも“森の救世主”とも呼ばれ、数々の魔獣や幻獣すら狩ってきたと噂される勇者だ
史上最年少で大森林の精鋭が揃う“大砦”の小隊長に就任し、その後も数々の伝説を作っていく
噂曰く
“『魔獣喰い』はたった一人で危険な魔獣を狩る”
“『魔獣喰い』は下界の貴族や王族ですら配下に引き入れている”
“『魔獣喰い』は次期大族長候補である獅子姫様をはじめ、多くの妻を娶るだろう”
“『魔獣喰い』はその名の通り、狩った魔獣を丸ごと食し力とす”
など色々な噂話に絶えない方だ
そんな偉大な勇者にも関わらず、その性格は気さくで明るい
よく食べよく話し、気軽にオデにも声を掛けてくれる
たまにブツブツ独り言を呟いたり、何を考えているか分からない時もある方だが、いざという時は本当に頼もしい
天敵である“敵”を数度に渡り退け、その弓は数多くの同胞の命を救ってきた
そしてこの神官様と専属契約もしてもいる
(とにかく小隊長が来るまで耐え抜こう・・・)
・・・・
《あら、ようやく“本命”を見つけたわ》
そんな考えで息を潜めていたオデたちのすぐ背後に、突如女の声がする
甘く官能的な声はまるでまだ見ぬ愛しい恋人の声の様にも聞こえる
だがその声の正体を知っているオデは、背筋が凍り体中の毛穴から汗が噴き出る
オデは気を強く持ち、その女弓使いを直視しない様にゆっくり振り向く
耐え難い“魅了の術”がオデの心を蝕んでくるが、目さえ見ずに心を強く持てば何とか耐えられそうだ
(よし・・・)
オデは背中の神官様を後ろにゆっくり降ろす
「うーううーう」
万が一の時はオデを置いて逃げてもらう様に伝える
大盾と大棍棒を構え目の前の“敵”に集中する
《あら、その身を持って“呪わしの神官”を逃がそうとでも言うのかしら。立派な心掛けで惚れ惚れするわ》
女弓使いはオレを“魅了”するように甘い声で語りかけてくる
(くっ・・・)
オデは丹田に力を込めてそれに耐える
《あら、つまらないわね・・・同士討ちでもさせようと思ったのに・・・これだから“忌わしい森の戦士”は面倒臭いわね》
呆れた様にため息をつく
「ゔぉおお!!」
オデは気力を振り絞り気合の声と共に敵に突撃する
小細工は要らない
体格差を利用し正面から吹き飛ばす
大棍棒をフェイント入れつつ力一杯振りぬく
「ゔふぅっ」
その瞬間、逆に吹き飛ばされていたのはオデの方だった
恐らくは相手の攻撃をわき腹に喰らったのだ
《みんな勘違いしているみたいだけど、接近戦なら妾に敵うと思っていたのかしら?お前たちの汚い返り血が付くのが嫌だから弓矢を愛用しているだけなのにね》
そう言って悶絶し動けないオデを踵で踏みつけ見下す
《さて、ではいよいよ本命を消させていただくわ》
そう呟き弓矢を構える
その射線の先にはまだ動けない精霊神官様が膝をついていた
他の護衛戦士たちも傷を負いながら散り散りに逃げ隠れしているので、とてもではないがここには間に合わない
「ゔぉーおー!」
悶絶してまだ動けないオデは声にならない叫びを上げる
(『魔獣喰い』殿・・・小隊長!)
女弓使いの指が弓の弦から離れ、その魔の矢は一直線に神官様に飛んで行く
精霊術を使い切った彼女にそれを防ぐ手立てはもうない・・・
ドガーン
激しい爆音と共に精霊神官様がいた周囲の木々と地面が吹き飛ぶ
(ああ・・・・神官様・・・)
オデは心の中でそう叫び、彼女を守れなかった事を悔やむ
視線の先はにじみ出た悔し涙で見えない
もうすぐ立ち上がる土煙が消えたら、彼女の遺体ごと吹き飛んだ抉れた穴が見えるだろう
だが・・・
だが、そこに見えた光景はオデの予想を超えていた
土煙が消えそこに見えたのは、神官様の盾となりながらも颯爽と立ち誇る一匹の“白銀の獣”であった




