115羽:われ先に目指せ、フランケンの村へ
三国街道が交差する“大広場バザー”は今日も賑わっていた
王国・帝国・皇国の三カ国からこの広場を訪れた交易商人たちは自慢の商品とテントを広げ、互いの特産品を見定め売り買いしている
これまで情勢不安定の為に不通状態であったこの交易ルートが復旧し、最短距離で三カ国間の交易が出来るという事で大商人たちの期待と関心も高い
それぞれの国の特産品を手に入れ自国で売り買いを繰り返したら、それだけで莫大な財を成すチャンスもある
新進気鋭の若手商人たちも、腕自慢の護衛と共にこの地を訪れ一攫千金を夢見ていた
そんな中で一番忙しく働いていたのは、この大広場を領内に有するフランケン村の村人たちであった
「保存食と飲み水・塩はこちらで販売しています!」
「馬の飼い葉に世話はオレたちにお任せあれ!」
「“野生豚の香草焼き”は今が出来立てだよ!」
村人たちは商人や巡礼者相手に声を出しバザーの活気に華を添えている
特産品がまだないフランケンの村だが、交易商人たちが長旅で使用する必要物資なら幾分なら供給できる様になっていた
旅人や商人たちが落とす銀貨や金貨は、自給自足を生業とするこの村では貴重な収入源となる
『売った分だけ村と自分の稼ぎが増える』
その初めての体験に、売り子を担当する村人たちは懸命に知恵を出し合い、声を出してイキイキと働いていた
そんな村民の中で一番忙しく働いていたのは最高責任者の“領主”ではなく、領主補佐官である“妹騎士”クリステルであった
「何度も言っていますが、通行税は非課税です。この金額の商売税を払っていただいたら、あとは自己責任で自由に露店を開いてください!」
「商館を建てたい?区画分譲をしていましたので、こちらの契約書類に目を通して、了承出来るのなら署名をしてください」
彼女は大陸各国から集まる交易商人たちを相手に、テキパキと事務処理をして次々と対応している
新たに彼女の下に配属された内政員たちも、上司の処理速度の速さに驚きながらも必死で追いつこうと努力していた
「ふう・・・それでは後は皆さんお願いします」
領主補佐官クリステルは本日の対応を一通り終えてひと息つく
水桶にある温い水を飲みながら、まだまだ賑やかなバザーの様子を眺める
その様子は希望と野望、新規開拓を目指す様々な想いと共に熱気を帯びている
(本当に凄い事になっちゃったわ・・・まさかこんな事になるなんて・・・数か月前は想像も出来なかったけど・・・・)
クリステルは赴任した当初は治安の悪さで旅人すら利用していなかったこの三国街道広場が、ここまで賑わう様になった経緯を思い出していた
☆
私の名前はクリステル・デリス
ベール王国グラニス侯爵家に所属する騎士であり、今はこの辺境の地フランケンの村に領主補佐官として出向していた
数か月前に新領主マジウス様と共に私がこの村に赴任した時は、本当に手の付けられない酷い領地であった
臨戦状態である三カ国に囲まれたこの盆地の土地は、常に戦火と略奪行為に晒され畑は荒れ人口は激減していた
別名“大陸東部の火薬庫フランケン”って凄い呼び名だ
脱走兵や飢えに苦しむ農民が、山賊や野盗に成り下がり治安は最悪
交易商人も避けて通るような土地で、必要物資がまったく入って来ない陸地の孤島と化していた
村に残っていたのは逃げる事も諦め、長年住み慣れたこの土地で最期を覚悟した村民だけだ
そんな絶望的な中で新領主になったのは森の民マジウス男爵
彼は部下たちと共に様々が方法でこの村の生活を改善していった
治安を乱していた山賊や野盗を短期間で全て鎮圧し、尚且つその賊たちを捕虜にして農奴として村に置いた
農奴と言っても実際には新規開墾などの仕事を行えば、その畑の一部の所有権を与えられた為に彼らは必死で働いていた
何しろここはほぼ非課税の村
働いて実った作物の多くは自分達の懐に入って来るのだから、その生産意欲も異様なほど高い
作物が実り収穫するまでは数か月も掛かる
それまでの村の食糧や生活物資などは、ベール王国にある森の民の直轄領“ザクソンの街”から次々と運び込んでいた
これは何でもマジウス様の個人財産で全て購入した物であり、村の為に私財惜しみなく投資していたのである
「ああ・・・・オレの秘蔵の“魔獣素材”を勝手に売って、食料に換金しちゃったんだ・・・ううぅ・・・折角コツコツ集めていたのに・・・」
どうやら誰かが勝手に彼の個人所有物を売り払ってしまっていたようだ
マジウス様がその手紙を涙目で読んでいたのは見なかった事にしよう
更にその物資の中には多種多様に渡る穀物や農産物の種も含まれ新しく開拓された農地に試験的に栽培されている
これは何でも森の部族の“研究軍師”という方が「大森林の中には下界には無い面白い作物が多くあるのだ。これが栽培に成功したら独占販売でウハウハなのだ」と手紙で逐一指示を出してくれる
私だけが気付いている事だが、正直マジウス様は内政が何も出来ない
最初はこの村の為にテキパキと指示を出していたのはマジウス様の知識と才能だと私は思っていた
しかし数か月経ち、それは私の勘違いである事に気付いた
領主様はその“研究軍師”様の書いた指示書通りに、この村の内政と改革をしていたに過ぎなかった
この軍師の方の手紙と指示書がなければ、この村は終わっていただろう
そんな内政は何も出来ない領主様だが、不思議とその周りには優秀な人材が集まって来る
そのひとり“イワノフ様”
バザー会場の周りや村を定期的に警備しているのは、信じられない事に元賊たちだ
この村や近隣を荒らして者たちが、今や逆の立場にいるのである
彼らは領主様の部下であるイワノフ様という屈強な戦士に、この数か月間の地獄の鍛錬で鍛えられ今やこの村を守る立派な自警団だ
先日もこのバザーを狙った盗賊団を自警団だけで撃退していた
イワノフ様は彼らから「兄貴ぃ!」と呼ばれ、満更でもない様な表情だ
『坊ちゃん』様もかなり変わっている方だ
森の部族の方なのに彼は王宮財政官並に計算能力に優れている
その人懐っこい人柄も手伝い今やこの村の会計係りを一手に引き受け、補佐官である私は大変助かっていた
定期的に村の子供達に計算も教えているようで、才能がある者を見つけては自分の仕事の手伝いをさせ育成している
子供にも人気の彼だが、お金を数えている時だけは少し悪い顔になっているのは秘密だ
建築を指示しながら現場に作業しているのは『牛さん』様だ
イワノフ様と同じ位に剛腕なこの方は寡黙で殆ど喋らない
うまい。分かった。ありがとう。
数か月一緒にいて私が聞いたのはこの三語くらいだろう
彼は背中で語るタイプで大柄にも関わらず手先も器用で細工も上手い
自作の木製玩具で子供と遊んでいる彼の姿は、見ているこちらをほのぼのさせてくれる
『イケメン』様をはじめてとする三人の副官の方は全員が万能型だ
いつもブラブラ散歩をして村にあまりいない領主様に変わり、テキパキと仕事をする彼らは実に有能で頼もしい
私が下界の内政方法を彼らに教えたら、数手先を読んで理解してくれる
「小隊長がブラブラするのはいつもの事ですから・・・」
ボソッ呟く彼らは、出来ない上司を助ける為に色々と能力を身に着けたのだろう
あっ、白髪を見つけてしまった・・・
更に最近では移民たちもこの村に入植して来る
この村の近郊をブラブラと狩りに出たマジウス様が、廃村と化した近隣の村から餓死寸前の移民たちを連れて来るのである
戦により人口が激減していた領地であったので人口増加は有難い
ほぼ非課税に等しく耕す土地は多くあったので、入植者たちは自給自足を目指して頑張っていた
中には邪な思いで忍び込んで来る入植者もいたが、いつの間にか森の部族の“教育”を受けて彼らも真面目に更生していった
また森の中から“山穴族”と呼ばれる部族もこの村に入植して来た
元々は大森林の奥地の山間部に住んでいる部族で、この平地に降りてくる事は今までなかったという
だが親交のあったマジウス様から誘いを受け数人が視察に来た
どうやらその時にこの村の近くの山質を気に入った様で、そこを仕事場に住み着き始めた
我等より二回りは背が小さい彼らだが、力は強く山と金属を誰よりも知り尽くしていた
この村に出来た彼らの鍛冶工場で作られた農機具は、荒野を耕すのに革命的な威力を発揮し、生活用品はゆとりをもたらした
その初めて見る農機具の数々も“研究軍師”様が設計した物だというのだから、その方の頭脳は人智を超えている
一度お会いしてお話をしてみたいものだ
☆
領主補佐官クリステルはバザー広場から移動し、急激に発展している村の中を視察するように歩く
最初は痩せ細り顔色の悪かった村人は、皆生き生き仕事をしている
農作業などの仕事自体は辛いものばかりだが、働いたら見返りがあるという今の現状が彼らの生産意欲を高めていた
しばらく村の中を歩いていると、何とも言えない甘い香りが鼻をつく
その匂いの元は最近新しく建てた“砂糖工房”からだった
小窓から中を覗くと『精霊神官』様の指示の元、村人たちが“甘芋”と呼ばれる野菜を大鍋で煮詰め砂糖を生成しているのが見えた
少し茶色の粉状の調味料・・・ 何とこんな辺境の村で“砂糖”が作られているのであった
“砂糖”といえば王侯貴族や大商人しか食べられない高級品だ
その生成方法は原始的で、主に森に住む虫の巣穴から蜜を集めて作られるらしい
しかし、その量は絶対的に少なく庶民の口に入る事はまずない
一応グラニス領の貴族の娘であった私も砂糖入りの菓子を食した事があるが、高級品の為にほんの少しの量であった
スザンナ姉様は何も考えずにバクバク食べていたけど
その砂糖が数か月前から畑で栽培していた野菜から出来るという事で、正に革命である
この“甘芋”は何でも大森林に自生していた野菜で、数年前に腹が減らしたマジウス様が道端で食べて発見した物だという
“悪い精霊が溜まる死の野菜”という事で今まで誰も食べなったものだが、彼は勇気をもってそれを払しょくしたのだろうか
いや、野草や毒キノコなど何でも口に入れる領主様はただの食いしん坊なのかもしれない
そういえば、なぜマジウス様は毒キノコを食べても平気なのだろうか・・・不思議だ
その甘芋を“偉大なる研究軍師”様が密かに研究を重ね栽培に成功していたという
何でも一代限りの子芋らしく、次回の植え付けの時にはまた大森林から親芋を送ってもらい栽培をする
「つまりこれは“甘芋”だけを盗んでも増やせない、金の成る独占特産品なのだ」
と手紙には書いていたらしい
この“砂糖”が本格的に作る事が出来たら、村の最大の特産品になるだろう
そうなれば、この砂糖を買い求めに更に交易商人たちがこの村を訪れ外貨を稼げるだろう
外貨が財政に入れば王都や帝都から色々な物を仕入れる事ができる
おっと、精霊神官様が静かに村人たちに作業の間違いを指摘していた
精霊神官という仕事は森の中での栽培や薬草の調合にも秀でた職業らしく、砂糖の生成も直ぐに理解をして指示を出していた
そういえば、精霊神官様は“毒”の調合にも詳しいという
村の皆は今や誰も彼女には逆らわない
そんな急激に活気が出て来たフランケンの村
肝心の領主マジウス様の所に私は向かう
領主様はあまり村の中で仕事をせずに、いつも森の中や近隣をブラブラとしている方だが、今日は珍しく村の館で仕事をしている
その場所に近付くにつれて私は少し緊張をする
これまでにない来客がその館を訪れていたのだから
登場人物の主要キャラを簡単に説明します
【フランケンの村】
別名“大陸東部の火薬庫フランケン”
『魔獣喰い』マジウス・ダンシャク
森の弓戦士。男爵位を習得しフランケンの村の領主となる。極秘任務『フランケンの村を発展させ目立たせる』を遂行中。現代日本の14歳の記憶を持つが、そんな知識ははっきり言って何の役にも立たない例。現代知識“非”内政無双。研究軍師セリーナのマニュアルで領主の座を一応保っている
クリステル・デリス “妹騎士ちゃん”
ベール王国の女騎士。 “女騎士ちゃん”スザンナの実妹。武の道を諦め文官の道を選ぶ。生真面目な性格で近寄りがたい雰囲気を持つ。着やせタイプの姉は逆でややスレンダーな体型。左遷されたと思い込んでいた。内政に優れた能力を持つ。内政無能なマジウスに気付きながらも一応尊敬もしている。偉大なる研究軍師様にいつかは会いたいと夢見る。
精霊神官ちゃん
マジウス・ダンシャクと共に下界の村に赴く。村人の間では“恐ろしい呪い師”と噂される。捕虜にした賊たちに怪しげな薬草を飲ませている。医者兼“砂糖工房”現場監督。つまみ食い可
イスラマ神聖皇国『聖女』エレナ
マジウス・ダンシャクと共に下界の村に赴く。彼女だけは有名な聖女である為に村人に受け入れられている。現在はフランケンの村の教会を司祭をしている。
重戦士『岩の矛』イワノフ
いつも通り『魔獣喰い』に付いて来た。怪力器用で村の修繕工事に大活躍。村人の間では“人間に化けた大鬼”と噂された。村の防衛大臣として腕自慢たちを鍛えている。兄貴肌
副小隊長イケメン剣士
ほぼ領主代行
無口な重戦士『荒き牛』
建設大臣
腹黒『坊ちゃん』
財務大臣
“山穴族”
数年前から金属鎧談義を通して魔獣喰いマジウスと親交を深めていた。珍しい素材、金属、酒に目がない。力は強いが争いは苦手
【その他の地域】
獅子姫
森の大族長の娘で凄腕の剣士。現在は森の中に渋々残り、大族長の仮任に就いている
女戦士『黒豹の爪』
赤髪ガエルと共にヴェルネア帝国内に滞在中
『赤髪』ガエル
女戦士『黒豹の爪』と共の帝都に向かい皇帝に謁見し、対魔作戦を進言する
『弓公子』アベル
ガエルに捕まり一緒に帝都に向かう。ガエルの代わりに宮廷工作を行う
研究軍師セリーナ
マデレーン王女と共にまずはベール王都に向かい“魔”に対する研究を行う。今は大森林と下界を行ったり来たり中
マデレーン王女
ベール王都に戻り父であるベール国王に進言する
『聖騎士』ヘルマン
マデレーン王女と共にベール国王に進言する
女騎士スザンナ
天然系姉騎士ちゃん。レオンハルトと共にグラニス領へ戻る。小さい頃から妹を可愛がる
グラニス侯爵レオンハルト
ようやく自領に戻る。片思いに現を抜かして仕事が溜まっていた。
白猫姫
獅子姫の姉で魔の森“大砦”の最高司令官。一年前に槍の“敵”に敗れ、未だに修業に出て行方不明。噂では下界にいる
白狼の尾
森の体で弓の達人。魔の森“大砦”の大隊長で主人公『魔獣喰い』の最近までの弓の師匠。今は白猫姫様と行方不明でどうやら一緒に修業(お守り)をしているらしい。




