109羽:戦士として男として
「どりゃあ!」
木製の剣が『魔獣喰い』の頬の横をギリギリに突き抜ける
摩擦で皮膚が焼け、焦げ臭い匂いがする
そしてその剣は返す形でその喉元に横払いで襲いかかる
「くそっ」
『魔獣喰い』はその攻撃を後方に下がる事により回避するがそれは悪手だった
すぐさま目の前のレオンハルトから連撃が飛んで来る
その剣速と鋭さは凄まじく、例え木剣であっても当たり所が悪ければ命に係わるだろう
レオンハルトの足さばきと視線・気配を感じて今は何とか回避しているが、このままでは間違いなく追い詰められてしまう程、レオンハルトの剣は鋭さを増していく
「レオンハルト、何でオレ達はこんな事をし合わなきゃいけんだ?お願いだから止めてくれ!」
『魔獣喰い』ことオレは相手の隙をついて一度距離を置き、目の前で剣を構える青年騎士レオンハルトに呼びかける
「・・・『魔獣喰い』、お前も男なら剣を構えて正々堂々と勝負しろ!」
レオンハルトはその呼び掛けにも耳を貸さず、再び切り込んで来る
(くそっ、誰かに操られているのか!?)
しかし、その表情は真剣そのもので、“魔”に操られた狂気もなく全身は生気を漲らせている
むしろ迷いを振り切った戦士の精悍さもあり、レオンハルトの男としての成長ぶりが垣間見えた
(ちょっと前まで頼りない少年だったのに・・・いつの間に・・・・)
『魔獣喰い』ことオレと、騎士レオンハルトの出会いは数年前に遡る
当時まだ少年騎士だったレオンハルトは、年上の女騎士スザンナと共に大森林に迷い込んでいた
自分の母親の病を治すために無理を通し、オレたち森の部族に会いに来たのだ
その時は自分の事しか考えない精神的にも幼い少年だった
だが大村に辿り着き、精霊大神官のばあちゃんに生まれ持った“森の混じり”を解きほぐしてもらってからは大きく成長していった
伯爵家乗っ取りを企てた悪徳叔父を追い払い、領内を乱して野盗や反対勢力を自ら先頭に立ち鎮圧していく
更に敵対していた近隣の都市国家を併合し、グラニス伯爵領の統治と発展に尽くしていたという
更に時間を見つけてはベール王都に通い帝王学と武術を学び直し、近年衰弱した父親であるグラニス伯爵に変わり立派に領内統治も行っていた
その時に王都で修業をしていた獅子姫と一緒に剣を学んでいたという話だ
そんな騎士レオンハルトがその獅子姫に求婚しただなんて一体何があったのだろうか
オレは疑問に思う
(そういえば、最初に会った時からレオンハルトは獅子姫ちゃんに懐いていたな・・・)
オレはレオンハルトの鋭い剣を避けながら、そんな事を思い出す
言っておくがレオンハルトの剣が“温い”訳ではない
オレの訓練された高速妄想回路がこれを可能にしているのだ
とにかくレオンハルトは何かにつけて大森林にいた獅子姫に贈り物を送ったり、下界や王都にいる時に彼女に会いに行っていた
もしかしたらオレが気付かなかっただけで、レオンハルトはずっと前から獅子姫ちゃんの事を好いていたのかもしれない
(でも好いていたのなら勝手に求婚すればいいのに・・・今や飛ぶ鳥を落とす勢いのグラニス侯爵当主と大森林の姫様・・・お似合いかもしれない・・・何故オレと真剣勝負をして勝たないと求婚出来ないんだ?)
いまいち理解できないオレは、レオンハルトの剣を躱しながら再び意識を集中する
(ん?)
するといつの間にか、この訓練所の端の木陰に近衛騎士ヘルマンが立ちこちらをじっと見ている
(これは助かった!)
オレはレオンハルトの剣を避け再び距離を取る
「ヘルマン、レオンハルトがオレの話も聞かずに真剣勝負を挑んでくるんだ。お願いだから止めてくれ!」
オレはこちらを見ているヘルマンに大声で助けを求める
「・・・・」
聞こえているはずのヘルマンだが、オレとレオンハルトの双方を見てしばらく目をつむり無言でいる
「『魔獣喰い』マジウス殿。レオンハルト様は真剣でございます。ここは戦士として、男として是非全力をもって応じてあげて下さい・・・・それが仲間として、友としてのあなたの役目でございます」
近衛騎士ヘルマンは顔を上げ、静かだがよく通る声でオレにそう語りかける
「『魔獣喰い』マジウス・・・・どうか、よろしくお願いします。私は邪魔が入らない様に少し行ってまいります」
そう言うとヘルマンは城に続く一本道をまた戻って行く
「・・・・」
オレとレオンハルトはお互い無言で向き合う
(そういえば・・・・前もこんな事があったような・・・・あれは、確か・・・まだ幼い『岩の矛』の奴と真剣勝負をするように『流れる風』のオジサンに言われたあの時か・・・・)
オレはまだ子供の頃に、当時村のガキ大将だった『岩の矛』に挑まれて、今回と同じように木剣で勝負した時の事を思い出す
結果は双方一発も当たらずに引き分け判定だったが、その後からオレは『岩の矛』のヤツと結構仲が良くなったのだ
(そうか・・・理由や事情はよく分からないが、真剣なレオンハルトにこちらも全力で返さないと失礼にあたるんだな)
オレはもやもやする自分の気持ちを落ち着かせ意識を集中する
「・・・・レオンハルト、待たせたな。それならこちらも遠慮なく行かせてもらうぞ!」
オレは右手に持つ木剣を握り直し目の前にいるレオンハルトを見つめる
「ああ、ありがとうな・・・・だからといってオレも手加減はしない!さあ、いくぞ!」
そう言いレオンハルトはこれまで以上の鋭さでオレに切り込んで来る
☆
「ヘルマン、『岩の矛』、そこを退くのじゃ」
獅子姫は目の前に仁王立ちする騎士ヘルマンと、森の戦士『岩の矛』を威圧するようにそう告げる
見ると二人の足元には若手の森の戦士が数人倒れている
ヘルマンと『岩の矛』の手には訓練用の木剣が握られており、恐らくは全員気絶して倒された事が分かる
「獅子姫様、今のこの先の訓練所は使用禁止でございます。どうぞお引き取りください」
騎士ヘルマンは丁寧な口調で、だが一方的に獅子姫に告げる
「私は訓練所には用はないのじゃ。この先にいる『魔獣喰い』に用が有るだけじゃ」
獅子姫も静かな口調だが、腰にある剣に手を当て更に強い剣気で相手を威圧する
その剣圧に普段は冷静なヘルマンの額に汗が一筋流れる
「姫様、オレからもお願いだ。今はこの先で二人の戦士が“男”を賭けて勝負しているんだ。オレ達にはそれを静かに見守る義務があるんだ」
『岩の矛』もいつにもなく真剣な表情で獅子姫に頭を下げ頼む
「昨夜といい・・・・今日といい・・・・いつになったら私の“たーん”は来るのじゃ・・・・」
獅子姫は目を閉じて自分自身に問い掛けるように呟く
騎士ヘルマンと戦士『岩の矛』は獅子姫と本気でやり合うつもりはない
ただこの先の訓練所で行われている『魔獣喰い』マジウスと青年騎士レオンハルトとの真剣勝負に、誰も水を差して欲しくないだけなのだ
丁度昼休憩も終わり、訓練所に行こうとした数人の若い森の戦士達が、腕試しにこの二人強者に挑んで来たのは正に不幸とも幸運とも言えない事だった
ただ獅子姫までもがここに現れたのは、二人にとっては想定外といってもいいだろう
とにかく向こうの勝負が終わるまでは、トラブルメーカーである獅子姫に引き返して欲しかった
「ダメじゃ・・・・」
獅子姫は小さな声で呟く
「私がいないのはダメなのじゃ!」
獅子姫は冷静な普段からは想像できない大きな声で叫ぶ
そしてその手にはいつの間にか抜かれた真剣が握られていた
目はギラギラと輝き口元の笑みは消えている
「『岩の矛』イワノフ殿・・・・こうなった身体を張ってでも獅子姫様を止めましょう」
騎士ヘルマンも腰に刺した真剣を抜き、騎士の盾と共に正眼に構える
「ああ、分かった・・・だが、ヘルマンの旦那。間違っても姫様を気絶させて止めようなんて甘い考えで挑まない方がいいぞ。殺す気で止めるんだ」
『岩の矛』も置いてあった大矛と大盾を構え獅子姫に向き合う
「もちろん分かっています。何しろベール王都でもその名を知らぬ“剣鬼”様が相手ですから」
騎士ヘルマンは注意深く構え獅子姫の行く手を塞ぐのであった
☆
「ハッ!」
青年騎士レオンハルトと『魔獣喰い』の木剣がお互いにぶつかり合う
先程までは『魔獣喰い』が無手で躱すだけの防戦一方だったが、今はお互いに剣をぶつけ斬り合う
しかし、それでもレオンハルトの剣技が『魔獣喰い』を圧倒していた
「どうした『魔獣喰い』。お前の実力はそんなモノではないだろう!」
そう言いながらレオンハルトは『魔獣喰い』に凄まじい速さで斬りかかる
それを『魔獣喰い』ことオレは必死で受け流しながら反撃の糸口を探す
(くそっ、レオンハルトのヤツ、想像以上に強くなっていやがる・・・)
スザンナの話では幼い頃から剣の才能があったレオンハルト少年だが、身体のバランスを内側から崩して“森の混じり”を解決し、数々の実戦を潜り抜ける事によりその腕前は爆発的に伸びていた
いつの間にか年上のオレより身長も大きくなり腕力も強くなり逞しく成長している
一方、同じように数々実戦を潜り抜けて来たオレだが、剣の才能はまだまだ開花していない
弓術ではこちらには分があるが、この場で使う雰囲気では無さそうだ
こう見えてもオレは空気を読む男だ
(だが、このままでは埒があかない・・・・どうすればいいんだ・・・・)
レオンハルトに負けても、オレが失うモノは殆どないだろう
だが一度受けた真剣勝負なら、全力を尽くさないのは男として失格だ
(男としてって・・・・)
オレはレオンハルトの剣を必死で受け流しながら昔をまた思い出す
☆
『おい、『魔獣喰い』。オレや『岩の盾』ヤツが何でいつもゲンコツでお前の頭を殴るか分かるか?』
オレがまだ幼いある時・・・教育係りである戦士『流れる風』のオジサンはオレに問い掛けてきた
『それは・・・僕がボーっとして悪い事をしているからでしょう?』
当時のオレはそう答えた
『それもそうだが、ゲンコツで叩くと、殴った方も痛いんだ。特に石頭のお前はな・・・・だが、それはお前の痛みでもありオレたちの痛みでもある。古臭い考えかもしれんが、拳とコブシ、体と身体をぶつけ合うと人ってもんはお互いの何かを感じあえるんだ』
そう言いながら『流れる風』のオジサンの自分の胸をゆび指さす
『そうなんだ・・・・僕はまだ、よく分からないけど・・・』
オレは分かったような分からないような曖昧な返事をする
『そうか、まだ分からないかもな・・・・でも、もしお前がもう少しデカくなって、“男として”本気でぶつかり合う相手に会ったらここで想いを伝えるんだな』
オジサンは自分の握り拳を見つめそう呟く
☆
(そういえば、そんな事を昔言われたな・・・・)
オレはレオンハルトの剣を何とか受け流し一度距離を置く
(よし、やるか!)
オレは無言でそれを始める
「ん?『魔獣喰い』、どういう事だ?武器も上着も全部外してどういう魂胆だ
木剣を始め腰にある武器や装備、上着も全部脱ぎ去り、オレはズボンだけ履いた状態で上半身裸になる
素手であり無防備で危険な状態だ
「レオンハルト、お前の気持ちはさっき伝えてもらった・・・・今度はオレの想いをここで伝える番だ!」
オレは自分の握り拳をレオンハルトに突き出す
「・・・・そうか・・・そういう事ならオレも付き合うぞ・・・・」
そう言うとレオンハルトも装備を捨て上半身裸の恰好になる
上半身裸の男が二人誕生する
「『魔獣喰い』・・・素手の勝負ならオレに勝てると思ったか?こう見えてもオレはグラニス伯都の“鬼ガキ”って昔は恐れられていたんだぞ」
レオンハルトは拳を握りしめオレに向けてくる
端整な顔立ちとは裏腹に、その身体は筋肉が付き逞しい
「はっはっは、それは奇遇だな。オレも育った村ではいつもゲンコツを受けて大きくなったんだぜ」
オレも負けじと幼少の武勇伝を突き返す
「・・・・」
お互いに拳が届くキリギリまで歩み寄る
「・・・・」
何とも言えない緊張感が走る
「「どりゃぁぁああ!!」」
気合の声と共にレオンハルトの硬い拳がオレの目の前に迫り来る
だがオレはそれを避けない
顔の真っ正面から受け止め、こちらもお返しに拳を叩きつける
お互いのパンチを喰らい合いながらその場で踏ん張る
「レオンハルト、軟弱な貴族の坊ちゃんかと思いきや、いいパンチ持っているな!」
オレは鼻血を手で拭きながらレオンハルトに叫び再び殴りかかる
「はっ、お前こそ弓と逃げる事しか能がないと思っていたけど、いい度胸じゃねえか!」
レオンハルトも折れた歯を地面に掃き出し、叫びながら強烈なパンチを繰り出す
お互いに防御や回避はしない
足を止めてひたすら殴り合う
顔の右側が腫れて殴る所が無くなったら、今度は左側を殴る
最後には瞼が腫れあがり、お互いの顔が見えなくなるまで棒立ちで殴り合う
そして、お互いに渾身の力と気力で最後のパンチを繰り出す
ガギン
・・・・
気付くオレは地面に仰向けに倒れ青い空を見ていた
腫れてよく見えないが、すぐ隣にはオレと同じようにレオンハルトも倒れ込んでいた
「レオン、起ているが?」
口の中が腫れて上手く喋れないオレは、隣に倒れているレオンハルトに問い掛ける
「あ¨あ・・・」
同じように気きづらい声でレオンハルトの返事が聞こえる
「引き分げの時はどうずるんだ?」
オレは最初の勝負の条件を確認する
「・・・考え¨でいながった・・・・まあ、どうでもいいが・・・」
レオンハルトが笑いながらそう答えてくる
お互いに目は腫れ、殆ど見えない状態だが確かに“笑って”いたのが分かる
「ああ¨・・・そうだな・・・・」
オレも空を見て笑いながらそう返事をする
頭はガンガンに割れそうで、口の中は裂け血だらけ、顔の形もぼこぼこでもはや判別不能だ
それでもオレの心の中は何故かすっきりして穏やかだ
そしてそれは隣に倒れているレオンハルトも同じであろう
(これが“想いを伝える”って事なんだろうな・・・・)
オレは『流れる風』のオジサンの話を思い出しながら空を見上げる
「・・・マジウス、そ¨ういえば、オレ¨昼飯まだだった」
レオンハルトはそう言い空腹を押さえる
「じゃあレオン、回復した¨ら一緒に喰いにいぐが・・・オレもまた、腹が減ってぎた・・・・」
オレの腹の虫が鳴る
「お前はさっぎ食べたばかりだろうが」
レオンハルトは横になりながらオレの腹にチョップを喰らわす
「そういえば、そうだな・・・」
オレも自分の食いしん坊の腹の虫に呆れて言う
「・・・「ぷっ、ハッハッハ・・・」」
どちらともなくお互いに笑い出す
顔中腫れて最悪な状況だが・・・・(悪くはない・・・)
「まったく、男という者は単純な生き物じゃ・・・」
その二人の様子を少し離れた所から獅子姫は眺めていた
「行かれなくて宜しいのですか?」
獅子姫の後ろから、ようやく追い付いて来た騎士ヘルマンが問いかけてくる
見た目にはどちらも外傷はなく、恐らくは獅子姫の“神速”が騎士ヘルマンと戦士『岩の矛』を振り切ったのだろう
「ああ・・・あの顔ではしばらくは安静じゃろう。バカにはいい薬じゃ」
そう言いながら獅子姫の顔は何故か嬉しそうだ
「・・・・やれやれ、私の“たーん”はいつになったら来るというのじゃ・・・・」
獅子姫はそう一人呟き、遠くで倒れ笑い声を上げる二人を眺めていた




