↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
7/31

第7話 ギルドが静かになった日

 翌朝、アンバの町の冒険者ギルドに、四人の冒険者が帰ってきた。

 先頭を歩くのは、パーティ「暁の三つ葉」の三人。その少し後ろを、巨大な荷物を背負った直人が、とぼとぼとついてくる。

 荷物の中身は、オークの牙が二本と、ゴブリンの耳が十二個、それから、ハイイロオオカミの毛皮が八枚。

「重い……」

「ナオトさん、持ちましょうか?」

「いや、いい。これは俺の仕事だから」

 かっこつけたけれど、実際は膝がぷるぷる震えていた。

 ギルドの扉を開けると、朝の賑わいが、いつも通りそこにあった。

 掲示板の前に冒険者たち。酒場で朝から飲んでいる連中。カウンターで書類を整理しているティルフィ。

「あ、お帰りなさい、トビーさん、ミュゼさん、ロッソさん! 心配してたんですよ、昨日戻らなかったから……え?」

 ティルフィの視線が、三人の後ろの人物に止まった。

「直人さん?」

「ど、どうも。ただいま戻りました」

「…………」

 ティルフィは、直人の背負っている荷物を、じっと見た。

 それから、直人の顔を見た。

「あの、直人さん。それ、何ですか?」

「えーと、その。ちょっと、森で、色々と」

「色々と?」

「はい、色々と」

 直人は荷物を、どさっとカウンターに置いた。

 中身を一つずつ、取り出していく。

 ゴブリンの耳が、袋から、ぱらぱらとこぼれ落ちた。

 ティルフィの目が、丸くなった。

 オークの牙が、二本、ごとんと音を立てて置かれた。

 ティルフィの口が、ぽかんと開いた。

 狼の毛皮が、八枚、ばさっと広げられた。

 ギルドの中が、しんと静まり返った。

 さっきまで酒を飲んでいた連中が、ジョッキを持ったまま固まっている。掲示板の前の冒険者たちも、全員こちらを向いている。

 静寂を破ったのは、背後から聞こえた、ごくりという音だった。

 ダグロだった。

 ジョッキを持った手が、小刻みに震えている。口の端から、ビールがつうっとこぼれた。

「…………おい」

「はい?」

「それ、全部、お前が?」

「えーと。そうなりますね。たぶん」

「オークの牙だぞ! オークは、ランクの高い冒険者が束になって倒す魔物だぞ!」

「あ、はい。大きかったです」

「そういう問題じゃねえ!」

 ダグロが叫んだ。それから、はっとして、口を押さえた。周りの視線が、自分に向いているのに気づいたのだろう。

 気まずそうに、ジョッキを置いて、そのまま静かに席に座り直した。

「…………運が、良かったんだろ」

 小さな声で、そう付け加えた。しかし、誰も同意しなかった。

 その時、トビーが、一歩前に出た。

「間違いありません。ナオトさんは、俺たちを、ハイイロオオカミの群れから助けてくれた恩人です!」

「本当に、すごかったんです! 光る魔道具で、あっという間に!」

「八匹を、あっという間に!」

 ミュゼとロッソも続く。

「光る魔道具?」

 ティルフィが、首をかしげた。

「あ、いや、その」

 直人は、顔が熱くなるのを感じた。

「ちょっと、実家に伝わるやつで」

「実家に、そんな魔道具が……?」

「古いものでして。あんまり、見せびらかすものでもないので」

 ティルフィは、しばらく直人を見つめていた。それから、にっこり笑って、うなずいた。

「わかりました。詳しくは、聞かないことにします。冒険者の方には、それぞれ事情がありますから」

(助かった……)

 直人は、心の底から、ティルフィに感謝した。


 素材の査定には、少し時間がかかった。

 その間、直人はギルドの隅の椅子で、ミュゼから差し入れのクッキーをもらって食べていた。

「おいしい?」

「うん、おいしい」

「これ、ロッソが焼いたんです」

「ロッソ、万能だな」

 ロッソが照れている。

 やがて、ティルフィが戻ってきて、カウンターの上に袋を置いた。

「お待たせしました。査定の結果が出ました」

 ジャラ、と重そうな音がした。

「ゴブリンの討伐報酬が、耳十二個で銅貨百二十枚。オークの牙二本が、銀貨三枚。狼の毛皮八枚が、銀貨二枚と銅貨四十枚。それから、新人パーティの救助に対する、ギルドからの謝礼が銀貨一枚。合計で、銀貨六枚と、銅貨百六十枚になります」

 直人は、頭の中で計算した。

 銀貨一枚は、確か銅貨百枚分。

 つまり、全部で、銅貨七百六十枚。

「…………」

 これまでの三ヶ月分の稼ぎを、全部足しても届かない金額だった。

「ええええええ!?」

 直人は、思わず叫んだ。

「そ、そんなに!?」

「はい。オークの牙は、薬の材料として高く売れますし、狼の毛皮は、状態がとてもいいので」

 ティルフィが、嬉しそうに笑った。

「それと、直人さん。ギルド長が、お話ししたいそうです」

「えっ」

 直人の背筋が、すうっと冷たくなった。


 ギルド長の部屋は、二階にあった。

 大きな机の向こうに、白髪の、がっしりした老人が座っている。ヴァスコという名前だと、ティルフィが教えてくれた。三ヶ月前、直人の魔力測定で腰を抜かした本人でもある。

「久しぶりだな、直人」

「お、お久しぶりです」

「話は聞いた。ずいぶん、活躍したそうだな」

「いや、その、たまたまです」

「たまたまで、オークは倒せん」

 ヴァスコは、直人をじっと見つめた。

「単刀直入に聞こう。お前、いつから、そんなに強くなった?」

「えーと……」

 どう答えたものか、直人は考えた。

 スマホのことは言えない。かといって、嘘をつくのも苦手だ。

「その、ちょっと、運が良くて。色んな偶然が、重なって」

「ふむ」

 ヴァスコは、顎をなでた。

「事情は、聞かないでおこう。ただ、一つだけ確認させてくれ。もう一度、魔力測定をしてもらえるか?」

「測定、ですか?」

「ああ。三ヶ月前は、魔法が使えない、という理由で、お前は低く評価されていた。だが、状況が変わったなら、改めて測り直すべきだ」

 直人は、ちょっとだけ迷った。

 でも、断る理由もない。

「わかりました」

 ヴァスコの机の上に、あの水晶が運ばれてきた。

 三ヶ月前、直人が盛大に光らせた、あの水晶だ。

 直人は、おそるおそる、手をかざした。

 ぴかあああああっ!

 部屋中が、まばゆい光に包まれた。

「うわっ、眩しっ!」

「ぐおっ!」

 ヴァスコが、顔を覆った。後ろに控えていたティルフィが、短い悲鳴を上げた。

 光が収まったとき、水晶には、ぴしっと細いひびが入っていた。

「…………」

「…………あ、すみません」

「いや、構わん」

 ヴァスコは、額の汗をぬぐった。

「三ヶ月前より、さらに強くなっておるな。いや、あの時でも、十分に規格外だったが」

「ありがとうございます……?」

「では、次は魔法を使ってみてくれ。火でも、水でも、何でもいい」

「あ、はい」

 直人は、右手を前に出した。

 三ヶ月間、何百回も繰り返した、あの動作だ。

「ファイアボール!」

 何も出なかった。

 部屋に、沈黙が落ちた。

 窓の外で、鳥がちゅんちゅんと鳴いている。

「…………やはり、魔法は使えぬままか」

「はい。使えないままです」

「魔力は、ますます増えておるのに」

「はい」

「何故、魔法だけが、使えん」

「いや、だから、何で魔法だけ使えないんだよ!」

 思わず、本音が飛び出た。

 ヴァスコとティルフィが、同時にぷっと吹き出した。

 直人も、つられて笑った。

 笑いが落ち着いたあと、ヴァスコは、真面目な顔に戻って言った。

「直人。お前のギルドランクを、Fから、Eに引き上げる。実績としては、もっと上でもいいのだが、規則でな。まずは、一つ上からだ」

「ありがとうございます」

「それと」

 ヴァスコは、にやりと笑った。

「これからは、側溝掃除の仕事は、他の連中に回すといい」

 直人は、思わず背筋を伸ばして、深く頭を下げた。

「はい! ありがとうございます!」

 部屋を出る直人の足取りは、軽かった。

 階段を降りながら、ポケットの中のスマホを、そっと握りしめる。

(ありがとな。お前のおかげだ)

 返事はない。

 でも、スマホの画面が、ほんの少しだけ、光った気がした。

「さて」

 直人は、ぐう、と鳴ったお腹をさすった。

「銅貨七百六十枚。使い道は、決まってるな」

 今日は、人生で一番のごちそうを食べよう。

 町で一番の料理店に、堂々と入ってやる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。