第7話 ギルドが静かになった日
翌朝、アンバの町の冒険者ギルドに、四人の冒険者が帰ってきた。
先頭を歩くのは、パーティ「暁の三つ葉」の三人。その少し後ろを、巨大な荷物を背負った直人が、とぼとぼとついてくる。
荷物の中身は、オークの牙が二本と、ゴブリンの耳が十二個、それから、ハイイロオオカミの毛皮が八枚。
「重い……」
「ナオトさん、持ちましょうか?」
「いや、いい。これは俺の仕事だから」
かっこつけたけれど、実際は膝がぷるぷる震えていた。
ギルドの扉を開けると、朝の賑わいが、いつも通りそこにあった。
掲示板の前に冒険者たち。酒場で朝から飲んでいる連中。カウンターで書類を整理しているティルフィ。
「あ、お帰りなさい、トビーさん、ミュゼさん、ロッソさん! 心配してたんですよ、昨日戻らなかったから……え?」
ティルフィの視線が、三人の後ろの人物に止まった。
「直人さん?」
「ど、どうも。ただいま戻りました」
「…………」
ティルフィは、直人の背負っている荷物を、じっと見た。
それから、直人の顔を見た。
「あの、直人さん。それ、何ですか?」
「えーと、その。ちょっと、森で、色々と」
「色々と?」
「はい、色々と」
直人は荷物を、どさっとカウンターに置いた。
中身を一つずつ、取り出していく。
ゴブリンの耳が、袋から、ぱらぱらとこぼれ落ちた。
ティルフィの目が、丸くなった。
オークの牙が、二本、ごとんと音を立てて置かれた。
ティルフィの口が、ぽかんと開いた。
狼の毛皮が、八枚、ばさっと広げられた。
ギルドの中が、しんと静まり返った。
さっきまで酒を飲んでいた連中が、ジョッキを持ったまま固まっている。掲示板の前の冒険者たちも、全員こちらを向いている。
静寂を破ったのは、背後から聞こえた、ごくりという音だった。
ダグロだった。
ジョッキを持った手が、小刻みに震えている。口の端から、ビールがつうっとこぼれた。
「…………おい」
「はい?」
「それ、全部、お前が?」
「えーと。そうなりますね。たぶん」
「オークの牙だぞ! オークは、ランクの高い冒険者が束になって倒す魔物だぞ!」
「あ、はい。大きかったです」
「そういう問題じゃねえ!」
ダグロが叫んだ。それから、はっとして、口を押さえた。周りの視線が、自分に向いているのに気づいたのだろう。
気まずそうに、ジョッキを置いて、そのまま静かに席に座り直した。
「…………運が、良かったんだろ」
小さな声で、そう付け加えた。しかし、誰も同意しなかった。
その時、トビーが、一歩前に出た。
「間違いありません。ナオトさんは、俺たちを、ハイイロオオカミの群れから助けてくれた恩人です!」
「本当に、すごかったんです! 光る魔道具で、あっという間に!」
「八匹を、あっという間に!」
ミュゼとロッソも続く。
「光る魔道具?」
ティルフィが、首をかしげた。
「あ、いや、その」
直人は、顔が熱くなるのを感じた。
「ちょっと、実家に伝わるやつで」
「実家に、そんな魔道具が……?」
「古いものでして。あんまり、見せびらかすものでもないので」
ティルフィは、しばらく直人を見つめていた。それから、にっこり笑って、うなずいた。
「わかりました。詳しくは、聞かないことにします。冒険者の方には、それぞれ事情がありますから」
(助かった……)
直人は、心の底から、ティルフィに感謝した。
素材の査定には、少し時間がかかった。
その間、直人はギルドの隅の椅子で、ミュゼから差し入れのクッキーをもらって食べていた。
「おいしい?」
「うん、おいしい」
「これ、ロッソが焼いたんです」
「ロッソ、万能だな」
ロッソが照れている。
やがて、ティルフィが戻ってきて、カウンターの上に袋を置いた。
「お待たせしました。査定の結果が出ました」
ジャラ、と重そうな音がした。
「ゴブリンの討伐報酬が、耳十二個で銅貨百二十枚。オークの牙二本が、銀貨三枚。狼の毛皮八枚が、銀貨二枚と銅貨四十枚。それから、新人パーティの救助に対する、ギルドからの謝礼が銀貨一枚。合計で、銀貨六枚と、銅貨百六十枚になります」
直人は、頭の中で計算した。
銀貨一枚は、確か銅貨百枚分。
つまり、全部で、銅貨七百六十枚。
「…………」
これまでの三ヶ月分の稼ぎを、全部足しても届かない金額だった。
「ええええええ!?」
直人は、思わず叫んだ。
「そ、そんなに!?」
「はい。オークの牙は、薬の材料として高く売れますし、狼の毛皮は、状態がとてもいいので」
ティルフィが、嬉しそうに笑った。
「それと、直人さん。ギルド長が、お話ししたいそうです」
「えっ」
直人の背筋が、すうっと冷たくなった。
ギルド長の部屋は、二階にあった。
大きな机の向こうに、白髪の、がっしりした老人が座っている。ヴァスコという名前だと、ティルフィが教えてくれた。三ヶ月前、直人の魔力測定で腰を抜かした本人でもある。
「久しぶりだな、直人」
「お、お久しぶりです」
「話は聞いた。ずいぶん、活躍したそうだな」
「いや、その、たまたまです」
「たまたまで、オークは倒せん」
ヴァスコは、直人をじっと見つめた。
「単刀直入に聞こう。お前、いつから、そんなに強くなった?」
「えーと……」
どう答えたものか、直人は考えた。
スマホのことは言えない。かといって、嘘をつくのも苦手だ。
「その、ちょっと、運が良くて。色んな偶然が、重なって」
「ふむ」
ヴァスコは、顎をなでた。
「事情は、聞かないでおこう。ただ、一つだけ確認させてくれ。もう一度、魔力測定をしてもらえるか?」
「測定、ですか?」
「ああ。三ヶ月前は、魔法が使えない、という理由で、お前は低く評価されていた。だが、状況が変わったなら、改めて測り直すべきだ」
直人は、ちょっとだけ迷った。
でも、断る理由もない。
「わかりました」
ヴァスコの机の上に、あの水晶が運ばれてきた。
三ヶ月前、直人が盛大に光らせた、あの水晶だ。
直人は、おそるおそる、手をかざした。
ぴかあああああっ!
部屋中が、まばゆい光に包まれた。
「うわっ、眩しっ!」
「ぐおっ!」
ヴァスコが、顔を覆った。後ろに控えていたティルフィが、短い悲鳴を上げた。
光が収まったとき、水晶には、ぴしっと細いひびが入っていた。
「…………」
「…………あ、すみません」
「いや、構わん」
ヴァスコは、額の汗をぬぐった。
「三ヶ月前より、さらに強くなっておるな。いや、あの時でも、十分に規格外だったが」
「ありがとうございます……?」
「では、次は魔法を使ってみてくれ。火でも、水でも、何でもいい」
「あ、はい」
直人は、右手を前に出した。
三ヶ月間、何百回も繰り返した、あの動作だ。
「ファイアボール!」
何も出なかった。
部屋に、沈黙が落ちた。
窓の外で、鳥がちゅんちゅんと鳴いている。
「…………やはり、魔法は使えぬままか」
「はい。使えないままです」
「魔力は、ますます増えておるのに」
「はい」
「何故、魔法だけが、使えん」
「いや、だから、何で魔法だけ使えないんだよ!」
思わず、本音が飛び出た。
ヴァスコとティルフィが、同時にぷっと吹き出した。
直人も、つられて笑った。
笑いが落ち着いたあと、ヴァスコは、真面目な顔に戻って言った。
「直人。お前のギルドランクを、Fから、Eに引き上げる。実績としては、もっと上でもいいのだが、規則でな。まずは、一つ上からだ」
「ありがとうございます」
「それと」
ヴァスコは、にやりと笑った。
「これからは、側溝掃除の仕事は、他の連中に回すといい」
直人は、思わず背筋を伸ばして、深く頭を下げた。
「はい! ありがとうございます!」
部屋を出る直人の足取りは、軽かった。
階段を降りながら、ポケットの中のスマホを、そっと握りしめる。
(ありがとな。お前のおかげだ)
返事はない。
でも、スマホの画面が、ほんの少しだけ、光った気がした。
「さて」
直人は、ぐう、と鳴ったお腹をさすった。
「銅貨七百六十枚。使い道は、決まってるな」
今日は、人生で一番のごちそうを食べよう。
町で一番の料理店に、堂々と入ってやる。




