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第5話 光る棒の、ちゃんとした使い方

 ゴブリンたちが逃げ去った谷間で、直人は光の刃を出したり消したりして遊んでいた。

 ブゥン。消える。ブゥン。消える。

「これ、スイッチを入れるたびに、ちょっと感動するな」

 十回ほど繰り返して、ようやく我に返る。

「いかんいかん。仕事だ、仕事」

 目を押さえてのたうち回っていたゴブリンたちには、気の毒だが、手早く終わらせた。討伐の証拠として、右耳を切り取っていく。ギルドの規定だと自分に言い聞かせながら、黙々と作業を進める。光の刃で切ると、耳がびっくりするほど綺麗に取れた。

「便利。でも、なんか申し訳なくなる便利さだな」

 リーダーの耳は、特別に大きかった。袋はずっしりと重くなり、数えたら十二個。

 逃げた三匹のことを考えながら、直人はマップを開いた。

 赤い点が三つ。街道とは反対の方向へ、すごい勢いで遠ざかっていく。

「よし、もう戻ってこなさそうだな」

 ほっとして画面を閉じかけた時、地図の端に、見慣れない赤い点を見つけた。

 他のどの点よりも、ひとまわり大きい。

 タップする。

『オーク(危険度:中〜高)』

「オーク……」

 ツノイノシシ、ゴブリンリーダーときて、今度はオークだ。町の冒険者が、複数人で挑む相手だと聞いている。

 その点は、ゴブリンの巣のすぐ近く、直人から見て南の方角にあった。ゆっくり、こちらへ近づいてくる。

「巣の残り物を、漁りに来たのか?」

 直人は、少しだけ悩んだ。

 逃げるのは簡単だ。地図で、オークの進路から外れればいい。

 でも、街道は明日、商隊が通る予定だった。ここでオークを見逃したら、その先の道で出くわすかもしれない。

「……光る棒の試し斬りには、ちょうどいいか」

 口に出してみたものの、足は少し震えていた。


 オークは、思っていた以上にでかかった。

 身長は直人の倍ほど。全身が分厚い皮膚と筋肉で覆われていて、豚のような顔に、牙が二本、突き出している。手には、丸太をそのまま引っこ抜いたような棍棒。

(これは、見つかったら終わりだな)

 直人は大きな岩の陰から、様子をうかがった。地図の赤い点は、岩の向こう、三十歩ほどの位置で、のそのそと歩いている。

 点の前方には、薄い扇形の線が伸びていた。次に進みそうな方向だ。

 オークが、ゴブリンの死体のそばで立ち止まった。鼻をひくひくさせて、ブヒ、と鳴く。

「……やっぱりそっくりだな、あのイノシシと」

 今なら、背後を取れる。

 直人は息を殺して、岩の陰から出た。一歩、二歩。落ち葉を踏まないように、つま先から。

 あと十歩。

 あと五歩。

 オークは、まだ気づいていない。

(いける。ここで光の刃を出して、背中から一気に……)

 その時だった。

 ぐるり、とオークが振り返った。

 目が合った。

「…………」

「…………ブヒ?」

「……こんにちは」

 ツノイノシシの時も、同じ挨拶だった気がする。

 オークが、咆哮した。

「ブオオオオオッ!」

「ですよねえええ!」

 丸太のような棍棒が、横薙ぎに襲いかかってくる。

 直人は反射的に地面に伏せた。頭の上を、風圧だけで髪が持っていかれそうな勢いで、棍棒が通り過ぎていく。

(速っ!? ゴブリンとは、桁が違う!)

 慌てて転がりながら、光の刃を出した。

 ブゥン。

 立ち上がりざまに、光の刃を振る。オークの腕に当たった。

 ぎん、と鈍い音。

「え?」

 刃は、皮膚に浅い傷をつけただけだった。

「……硬っ!」

 ゴブリンの棍棒は簡単に切れたのに。オークの皮膚は、分厚い革鎧のように硬かった。浅く切れた傷から、わずかに血が滲んでいる。

 オークが、にやりと笑った。

「笑うなよ! こっちは必死なんだよ!」

 棍棒が、今度は上から振り下ろされた。

 直人は地図の扇形を見て、右に跳んだ。

 どん、と地面が揺れた。さっきまで直人のいた場所が、大きくえぐれている。

「地図、ありがとう! マジで命の恩人!」

 そう叫びながら、直人は走り出した。逃げているのではない。オークの周りを回って、攻撃のタイミングを探っていた。

 地図を見る。赤い点の周りに、扇形の線が伸びている。振り下ろしの前には、その線が一瞬だけ、前方に集まる。

(横薙ぎのときは、線が横に広がる。振り下ろしのときは、前に集まる。つまり、動きの癖が見える)

 それがわかったら、少しだけ余裕が生まれた。

 二回、三回と攻撃をかわす。そのたびに、直人は光の刃で、オークの脇腹、太もも、手首を切りつけた。浅い傷が、少しずつ増えていく。

「ブゴッ……ブゴッ……」

 オークの息が荒くなってきた。

(チャンスは、あいつが大きく振りかぶる瞬間だ。その時、脇が空く)

 オークが、渾身の力で棍棒を振りかぶる。

 扇形の線が、前方にぎゅっと集まった。

「今だ!」

 直人は、棍棒の下をくぐり、懐へ飛び込んだ。

 狙うのは、棍棒を持つ手首の内側。皮膚の薄い場所だ。さっき見つけた。

 光の刃を、思い切り突き出す。

 ずぶり。

 今度は、手応えがあった。

 オークの手首から先が、ごとり、と落ちた。棍棒を握ったまま。

「ブギャアアア!?」

 痛みに叫ぶオークの隙を、直人は逃さなかった。そのまま光の刃を、横一閃に振り抜く。

 すぱん。

 巨大な体が、ゆっくりと傾き、どすん、と倒れた。

 静寂。

 直人は、肩で息をしながら、その場に座り込んだ。

「……勝った」

 自分で言っておいて、信じられなかった。

「俺、オークを倒したのか……!?」

 震える手で、スマホを見る。

 画面には、新しい表示は出ていない。レベルは、まだ3のままだ。

「ま、そんなに都合よくは上がらないか」

 それでも、光の刃を握った手の感触は、はっきりと残っていた。

 これは、本物だ。

 直人は牙を二本、苦労して折り取った。素材としてギルドに売れるはずだ。それから、光の刃をそっと消して、スマホをポケットにしまう。

 そのとき、何気なく開いたマップに、直人は目を奪われた。

 森の南の方角に、緑色の点が三つ。人間だ。

 そして、その周囲を、赤い点がぐるりと取り囲んでいる。

 数は、八つ。

「…………あ、これ、まずいやつだ」

 緑色の点は、動いていない。

 囲まれているのだと、直人は直感した。


お読みいただき、ありがとうございました。


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