第4話 森のゴブリンは多すぎる
翌朝のギルドは、いつもより騒がしかった。
掲示板の前に、冒険者たちが群がっている。直人は背伸びして、人垣の隙間から貼り紙を覗き込んだ。
『【緊急】街道沿いの森にて、ゴブリンの群れを確認。商隊や旅人は注意。討伐依頼(Eランク以上・複数人推奨)』
「ゴブリン……」
直人は昨日の夜、スマホで見ていた地図を思い出した。森の街道寄りに、赤い点がやけに固まっている場所があったのだ。数えたら、十個以上。
(あれ、ゴブリンの巣だったのか)
「お飾り大魔導師! お前には関係ない依頼だぜ。最下位ランクは対象外だからな!」
後ろからダグロが肩を叩いてきた。声がでかい。
「わかってますよ。見てただけです」
「へっ、ゴブリンに出くわしたら、全力で逃げるんだな。あいつらは群れで来る。魔法も使えねえお前じゃ、あっという間に袋叩きだ」
ダグロの言うことは、いちいちもっともだった。事実、直人は魔法が使えない。
でも、気になる。
隣町へ続く街道は、明日、商隊が通る予定らしい。ティルフィが依頼書の横に、「出発は延期の方向で調整中です」と書き足している。
「……どうしよう」
直人はひとりごちた。
関係ない。ランクも足りない。目立ちたくもない。
でも、もし商隊が襲われたら、あとで気分が悪い。
「助けられるのに見捨てたら、寝覚めが悪いんだよなあ」
それが、直人の理由のすべてだった。
結局、直人は昨日の棘の売上をスマホにチャージして、唐辛子スプレーを買った。二本。
ついでに、こっそりおにぎりも一つ買った。決戦前の腹ごしらえは大事だ。
森に入る前に、地図で状況を確認する。
街道から少し外れたところに、赤い点が十四個。タップすると、全部ゴブリン。見張りらしき個体が四つ、巣穴の中に十個ほど。
『ゴブリン(危険度:低〜中)』
一匹だけなら、そこまで怖くはない。でも、この数は違う。
(正面からは絶対に無理だ。でも、全部が同時に来るわけじゃない)
地図を眺めながら、直人は作戦を立てる。昔やったゲームの知識が、こんなところで役に立つとは思わなかった。
作戦はこうだ。
まず、見張りを一匹ずつ、背後から静かに倒す。次に、巣穴の入口付近で待ち伏せして、出てきたところをスプレーで撃退。最後に、混乱したところを棍棒で……。
「……穴だらけの作戦だな」
でも、やるしかない。
直人は気配を殺して、茂みの中を進んだ。見張りのゴブリンは、地図の通りの場所にいた。緑色の肌、尖った耳、黄色い目。ボロ布を腰に巻いて、手には棍棒。
茂みの陰から、背後に回る。
ごん。
一匹目。
ごん。
二匹目。
三匹目も、四匹目も、拍子抜けするほど簡単に倒せた。
「地図、本当に最強すぎる」
棍棒を握る手が震えている。怖いけれど、不思議と体は動いた。
巣穴の入口に近づく。
洞窟のような穴から、ぎゃあぎゃあと賑やかな声が聞こえてきた。昼飯の時間なのだろうか。
「よし、このまま……」
その時、足元の枝が、ぱきっと折れた。
しん、と声が止んだ。
「……やべ」
穴から、ゴブリンたちが顔を出す。
一匹、二匹、三匹、四匹……
「多い多い多い!」
十個の黄色い目が、いっせいに直人を見た。
「ギャアアア!」
「うわあああ!」
直人は回れ右して、全力で走った。
ゴブリンたちが、棍棒を振り回して追ってくる。
地図を見る余裕はなかったが、近くに狭い谷があったことは覚えていた。昨日の夜、何度も眺めたからだ。
谷の細い道に駆け込む。ゴブリンたちが、縦一列になって追ってくる。
「ここだ!」
直人は振り向きざまに、唐辛子スプレーを構えた。
しゅううううっ!
「ギャッ!?」
「ギャアアアア!」
先頭の三匹が、目を押さえて転げ回る。後続がその体につまずいて、将棋倒しになった。
「効いた! すごい! 効いたぞ!」
直人はさらに追撃のスプレーをお見舞いする。二本目。
両方使い切ったとき、倒れたゴブリンは七匹。だが、まだ三匹が残っていた。しかも後ろから、ひときわ大きな個体が、ゆっくりと姿を現した。
他のゴブリンの倍はある体格。手には、石を括りつけた巨大な棍棒。
「……ボス?」
地図には、そこに『ゴブリンリーダー(危険度:中)』と表示されていた。
「ですよねえ! やっぱりそうなりますよねえ!」
リーダーが、棍棒を振り上げる。
直人は慌てて、木の棍棒で受けた。
ばきっ。
木の棍棒が、真っ二つに折れた。
「ですよねえええ!」
武器がなくなった。スプレーもない。残っているのは、手に持ったスマホだけ。
ゴブリンリーダーが、にたりと笑う。
(もうダメだ。せめて、もう一個おにぎりを食べておけばよかった……)
その時、スマホの画面が、まばゆい光を放った。
【Lv.3】
画面が切り替わる。
見たことのない、小さな電球のアイコンが一つ、新しく表示された。
【ライト】
「え、ライト? 今、懐中電灯なんて役に立つか!?」
とはいえ、他にできることもない。直人は藁にもすがる思いで、そのアイコンをタップした。
ブゥン。
スマホの背面から、細長い光がまっすぐ伸びた。
長さは、ちょうど剣ほど。白く、青く、静かに脈打つように輝いている。
「…………」
直人は固まった。
ゴブリンリーダーも固まった。
「…………ライトって、こういうライト?」
疑問に答える者は、誰もいない。
リーダーが、気を取り直したように棍棒を振り下ろす。
直人は、反射的に光の棒をかざした。
すぱっ。
石を括った巨大な棍棒が、音もなく、斜めに切れ落ちた。
「…………え」
リーダーの手に残ったのは、短くなった棒切れだけだった。
直人も、呆然と光の刃を見つめた。
「すご……え、これ、どういう仕組みで……いやいや、考えるのは後だ」
リーダーが、棒切れを投げ捨てて、素手で飛びかかってくる。
直人は、とっさに光の刃を横に振った。
ひゅん。
手応えは、ほとんどなかった。
リーダーの体が、ぴたりと止まり、そのままぐらりと崩れ落ちた。
残った三匹のゴブリンが、顔を見合わせた。
それから、いっせいに逃げ出した。
谷間に静寂が戻る。
直人は、しばらく動けなかった。光の刃が、ブゥン、ブゥン、と静かにうなっている。
「……すげえ」
やっと出てきた感想は、それだけだった。
アイコンをもう一度タップすると、光の刃は音もなく消えた。スマホは、ただの板に戻る。
直人は、板の背面をまじまじと見た。普通のスマホだった。ライトの穴が、ちょっと光っていただけで。
「……お前、そんな力持ってたの?」
返事はない。当たり前だ。
それでも、直人は思わず笑ってしまった。
「魔法は使えないけど、光る剣は使えるのか。なんだよそれ。最高じゃん」
谷の向こうの空は、よく晴れていた。
魔法が使えない無能冒険者の手に、魔法使いでも出せない光の刃が、ひっそりと収まっていた。




