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第3話 画面の中の新しい扉

 木の根元に座り込んで、直人はスマホを両手で持った。

 画面には、マップのアイコンの隣に、新しいアイコンが増えている。

 カゴの形をしたマーク。その下に、小さく【ショッピング】と書かれていた。

「……ショッピング?」

 恐る恐るタップする。

 画面いっぱいに、商品の写真がずらりと並んだ。

 水。お茶。パン。おにぎり。カップ麺。ロープ。ナイフ。ライター。懐中電灯。タオル。靴下。

 直人は一度、スマホを下ろして、空を見上げた。

 それから、もう一度スマホを見た。

 やっぱり、全部ある。

「……通販じゃん」

 声が震えた。

「通販だ! これ、完全に通販だ! うそだろ!」

 森に、直人の絶叫が響いた。近くの木から、鳥がばさばさと飛び立っていく。

 深呼吸をして、画面を下へスクロールする。

 値段は、数字のあとに『銅貨』と書かれていた。

『ペットボトルのお茶(500ml) 銅貨2枚』

『梅おにぎり 銅貨3枚』

『レトルトカレー 銅貨5枚』

「安い。ちょっと待って、安すぎない? この世界の屋台より安いじゃん」

 しかし、購入ボタンは灰色のままだった。画面の隅に『残高:0』と表示されている。

「……そうか。お金がいるのか」

 どう入れるんだ、と首をひねった時、画面の下に小さな表示が出た。

『チャージ:コインを画面にかざしてください』

 直人は、背負いかごの底から、昨日の稼ぎの入った小袋を取り出した。銅貨が三十枚ほど入っている。そのうちの一枚をつまんで、おそるおそる画面に近づける。

 しゅっ。

 銅貨が、光の粒になって消えた。

「うわ、吸われた!?」

 画面の残高が『1』になっている。

「そういうシステムか……」

 直人は残りの銅貨を、一枚、二枚と画面にかざしていった。しゅっ、しゅっ、と気持ちのいい音が続く。途中から面白くなってきて、やめどきがわからなくなった。

『残高:30』

「……つい、全額いれちゃった」

 気づいた時には、もう遅かった。

 でも、後悔はなかった。

「よし。まずはおにぎりだ」

 梅おにぎり。ペットボトルのお茶。

 購入ボタンを、ぽちっ。

 ぽん、ぽん。

 目の前の地面に、小さな光が二つ弾けた。次の瞬間には、そこにおにぎりとペットボトルが、ころんと転がっていた。

「……来た」

 恐る恐る拾い上げる。ビニールのフィルム。きちんと三角に折られた海苔。ひんやりとしたペットボトル。

 日本のものだった。

 直人はフィルムをはがし、おにぎりを一口かじった。

 塩気。ご飯の甘み。そして、酸っぱい梅。

「…………」

 黙って咀嚼して、お茶を一口飲んで、そしてなぜか涙が出てきた。

「うまい……。うますぎる……三ヶ月ぶりの米……」

 異世界の黒パンと豆スープに、文句があるわけではなかった。ただ、米はやっぱり別格だった。

 泣きながらおにぎりを食べる成人男性が、森の中に一人。傍から見たら完全に不審者だったが、幸い見ている者はいなかった。

 食べ終わってひと息ついた頃、直人はスマホを見て、あることに気づいた。

「……そういえば、電池」

 残量は1%のまま。ずっと変わらない。これだけ使っていれば、普通ならとっくに電源が落ちているはずだ。

「謎だよなあ。でも、これ、もしかして」

 直人は何気なく、スマホを握った手に意識を集中してみた。

 魔力を流す感覚なら、よく知っている。魔法の訓練で、何百回も「流して」きたのだ。流した魔力は、結局どこにも出口がなく、ただ体の中へ戻ってくるだけだったのだが。

 その魔力が、手のひらからスマホに吸い込まれていく。

 ぐんぐん、ぐんぐん。

 画面の電池マークが、1%から、10%、30%、70%、そして、100%。

 一瞬で満タンになった。

「…………」

 直人は黙ってスマホを見つめた。

 それから、ゆっくりと自分の手のひらを見た。

「俺の魔力、役に立ったの?」

 誰も返事をしてくれなかったが、ふと胸の奥がぎゅっとなった。

 魔力があっても魔法が使えない。三ヶ月間、「宝の持ち腐れ」と言われ続けてきた。それが、初めて、何かの役に立った。

「……そっか。蛇口がなかったんじゃなくて、つなぐ先が違っただけなのかも」

 口に出してから、ちょっと恥ずかしくなる。

「いやいや、何をカッコつけてるんだ俺は」

 照れ隠しに、残りのお茶を一気に飲み干した。

 電池は100%。しかも、画面を触っても、地図を広げても、まったく減らない。

「これ、実質バッテリー切れなしじゃないか?」

 にやり、と口元が緩む。

 にやにや。

 にやにやにやにや。

「ふ、ふふ、ふはは、ふはははは!」

 森の中で、直人は一人、妙な笑い声を上げた。

 近くの木に止まっていた鳥が、そそくさと飛び去った。


 帰り道、直人は地図を見ながら、安全なルートを選んで歩いた。

 その間も、頭の中はショッピング画面のことでいっぱいだった。

(あれも買える。これも買える。いや、でも銅貨が……)

 ギルドでトゲネズミの棘を換金し、宿に戻った頃には、すっかり日が暮れていた。

 夕食は、バルバラさんが作った豆のスープとパン。もちろんおいしくいただいた。ただ、そのあと部屋でこっそり、梅おにぎりをもう一つ買ってしまった。

「だって、おいしかったんだもん……」

 ベッドに寝転んで、スマホを眺める。

 商品の一覧には、ロープ、ナイフ、懐中電灯、そして『防犯用スプレー(唐辛子)』なんてものもあった。

「……ん? これ、使えるんじゃね?」

 値段は銅貨二十枚。残高は二十四枚。買える。買えるが、買ったら明日の稼ぎがないと、おにぎりが買えなくなる。

 直人は三十分ほど真剣に悩んで、結局、悩んだ末に決めた。

「……明日、ちゃんと稼いでから考えよう」

 大きなあくびをして、ようやく目を閉じる。

 翌朝、ギルドの掲示板に、ある依頼の紙が貼り出されることなど、まだ知らずに。


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