第30話 次の目的地は、地下の大迷宮
バルネリオに来て、そろそろ、二週間になる。
直人たちは、宿の食堂で、地図を広げて、作戦会議をしていた。
「さて、そろそろ、次の町へ、行きましょうか」
ローディスが、羊皮紙の地図を、指でなぞりながら言った。
「素材の売却で、資金も、十分に貯まりました。ミルカさんの食費を、差し引いても、半年は、旅を続けられます」
「半年! やったー!」
「喜ぶところじゃ、ありません」
「えへへ」
ミルカの頭の上で、モチが、きゅい、と鳴いた。
「次は、どこへ行くの?」
エルネアが、紅茶のカップを、そっと置いた。
「候補は、三つあります。まず、北の、港町。海産物が、豊富で、交易も盛んです」
「海の幸!」
ミルカの耳が、ぴんと立った。
「次に、東の、温泉街。大規模な湯治場で、観光客も、多い」
「温泉!」
直人の目が、輝いた。
「最後に、南の、ノクターナ大迷宮の、街です」
「大迷宮……」
エルネアが、ぴくりと、反応した。
「ええ。大陸でも屈指の、巨大ダンジョンだそうです。地下に、何十階層もの、迷路が広がり、強力な魔物や、貴重な素材が、手に入る反面、挑んだ冒険者の、半数以上が、戻らないとも」
「半数以上……」
空気が、少し、重くなった。
ローディスが、慎重な顔で、続けた。
「正直、あまり、おすすめは、しません。危険が大きすぎますし、収支も、読みにくい」
「でも」
直人が、口を開いた。
「ちょっと、気になりますね」
「やっぱり」
ローディスが、がくりと肩を落とした。
「ナオトさんが、そう言うだろうと、思っていました」
「えへへ」
「笑ってる場合じゃありません!」
直人は、頭をかいた。
「いや、危ないのは、わかってるんですけど。でも、これまで、倒してきた魔物は、どれも、ある程度、想像のつく相手でした。ダンジョンの魔物は、きっと、桁が違う。そういう相手と、戦ってみたいんです」
「戦って、どうするのですか?」
「えーと……強くなる?」
「それ、さっき、『楽しく暮らしたいだけ』と、言っていた人の、台詞ですか」
「あれ?」
エルネアが、くすっと笑った。
「いいじゃない。私も、行ってみたいわ」
「エルネアさん」
「私も、強くなりたいの。あの、巨大オークのときのような、悔しい思いは、もう、したくない」
エルネアの目は、まっすぐだった。
「それに、ダンジョンの奥には、精霊の、古い気配が、残っているはず。エルフとして、一度は、確かめてみたいの」
「私も、行くー!」
ミルカが、元気よく、手を挙げた。
「ダンジョンの素材、見てみたい! 鼻が、むずむずするもん!」
「ミルカさんまで」
ローディスは、頭を抱えた。
それから、しばらく、うなっていた。
「……わかりました」
「えっ」
「ただし、条件があります」
ローディスは、顔を上げた。丸眼鏡の奥の目は、すっかり、商人の目に戻っていた。
「一つ。準備は、徹底的に、行います。食料、水、回復薬、予備の武器、全部です」
「はい」
「二つ。深入りは、しません。危ないと、私が判断したら、すぐに、撤退します」
「はい」
「三つ。ダンジョンで得た素材は、すべて、私が、管理します。買取の、交渉も、私が」
「はい、お願いします」
「四つ。ナオトさんの、個人の予算は、変わらず、一日、銀貨二枚です」
「えええええ!」
「ダンジョンでも、変わりません」
「そ、そんなあ!」
食堂に、笑い声が、広がった。
出発の前日。
直人たちは、お世話になった人々に、あいさつをして回った。
商人ギルドの副長ヴィオラは、小さな、封蝋つきの手紙を、ローディスに手渡した。
「これは、ノクターナの町の、商人ギルドへの、推薦状です。向こうでも、少しは、融通がきくでしょう」
「ありがとうございます、副長」
「ナオト殿」
ヴィオラが、直人に、目を向けた。
「あなたとは、また、お会いしたいものね。次は、あなたの、秘密の一つくらい、教えてもらいたいわ」
「あはは……考えておきます」
「期待しています」
ヴィオラは、にっこり微笑んだ。
ヴェント商会のエルマーは、ローディスの肩を、杖でぽんと叩いた。
「しっかり、学んでこい。帰ってきた時には、一人前の商人に、なっているのを、楽しみにしている」
「はい。必ず」
ローディスは、深々と、頭を下げた。目が、少しだけ、潤んでいた。
宿の主人、オットーは、大きな包みを、直人に、押しつけてきた。
「ほら、弁当だ。道中で、食え」
「えっ、そんな、悪いです」
「いいんだよ。あんたらが泊まってくれたおかげで、うちの食堂は、あの、からあげ目当てのお客で、毎晩、大繁盛なんだ。感謝してるんだぜ」
「それは、よかったです」
「また、泊まりにこいよ。今度は、あの、からあげの、作り方を、教えてくれ」
「……考えておきます」
直人は、苦笑いして、包みを受け取った。包みの中には、ずっしりと、パンと肉と果物が、詰まっていた。
そして、朝。
バルネリオの南門の前に、四人と一匹が、並んで立った。
「忘れ物は、ありませんか?」
「ありません」
「財布は?」
「ローディスさんが、持ってます」
「お弁当は?」
「ミルカさんが、すでに、一つ、食べました」
「えっ」
「えへへ」
ローディスが、がっくりと、うなだれた。
エルネアが、笑いながら、直人の袖を、そっと引いた。
「ナオト。見て」
指さす先、門のところに、人が、集まっていた。
ミルカの鑑定を手伝ってもらった、素材屋の店主たち。ギルド鑑定士の、中年の男。倉庫番のグスタフ。そして、ヴィオラまで、手を振っている。
「みんな、見送りに、来てくれたのね」
「……はい」
直人は、胸の奥が、じんと熱くなった。
大きく、手を振り返す。
「ありがとうございましたー! また、来ますー!」
歓声が、返ってきた。
四人と一匹は、南へ向かう街道へ、一歩、踏み出した。
朝日が、背中を、押してくれていた。
「ねえ、ナオト」
「はい」
「楽しみね」
「ですね」
まだ見ぬ、巨大な地下迷宮。
その入口で、彼らを待つものが何なのか。
今は、誰も、知らなかった。




