第31話 ダンジョン入口で記念撮影
バルネリオを出て、五日後。
一行は、ノクターナ大迷宮の、玄関口の町に、到着した。
山あいの谷に、びっしりと、家々が並んでいる。通りには、剣や盾を背負った冒険者たち。呼び込みの声。串焼きの煙。武具屋、道具屋、回復薬の屋台。
「うわあ、冒険者だらけ」
「町全体が、ダンジョンのためにある、という感じですね」
ローディスが、感心した様子で、辺りを見回した。
「宿代も、物価も、バルネリオより、二割ほど高い。ここで稼ぐ人も、多いのでしょう」
「ダンジョン饅頭、だって!」
ミルカが、屋台の看板を指さして、目を輝かせた。
「ミルカさん、まずは、宿を取ってから」
「はーい。でも、饅頭、買っていい?」
「……一個だけです」
「やった!」
ミルカは、そのまま、屋台に吸い込まれていった。モチが、頭の上で、きゅい、と鳴いている。
宿を取って、荷物を置いて、翌朝。
四人と一匹は、ダンジョンの入口へ、向かった。
町の北のはずれ。切り立った岩壁の、ふもとに、それは、あった。
「…………」
「…………」
直人は、思わず、言葉を失った。
巨大な、石造りの、アーチ状の門。高さは、ゆうに、十階建ての建物ほどもある。その奥に、ぽっかりと、黒い口を開けた、洞窟の入口が見える。入口の左右には、古びた、巨人の像が、二体、立っていた。風雨にさらされて、顔は、ほとんど、削れている。
門の周りには、すでに、多くの冒険者たちが、集まっていた。入場の受付をする者、仲間と最後の確認をする者、祈りを捧げる者。
「……すごい」
「でしょう?」
エルネアが、静かな声で、言った。
「この門、人間が作ったものじゃ、ないわ。もっと、ずっと、昔の。古い気配が、する」
「古い気配……」
ミルカが、鼻をひくひくさせた。
「うん。すごく、古い匂い。石と、土と、水と……あと、ちょっとだけ、鉄の匂い」
「鉄?」
「うん。血の、匂いかも」
ひやり、と空気が冷えた。
ローディスが、咳払いをして、話を変えた。
「では、入場の手続きを、済ませてまいります」
「お願いします」
直人は、門を見上げたまま、ふと、あることを思いついた。
(……これ、写真、撮っておきたいな)
こんなに、立派な、ダンジョンの入口だ。記念に、一枚くらい、撮っておいても、いいだろう。
直人は、こっそり、スマホを取り出した。
「エルネアさん、ミルカさん。ちょっと、いいですか?」
「何?」
「記念に、写真を、撮りたいんです」
「しゃしん……?」
エルネアが、首をかしげた。
「ええと、絵、みたいなものです。見たままの姿を、そっくり、そのまま、この板に、残すんです」
「絵……」
「はい。瞬間を、切り取って、保存するというか」
「…………」
エルネアは、じと、と直人を見た。
「……ナオト。あなた、ダンジョンの入口まで来て、まず、そんなことを、考えていたの?」
「記念ですよ、記念。大事ですよ」
「呆れた」
「いいじゃないですか。ほら、ミルカさんも、こっち」
「わーい! なんだか、わかんないけど、楽しそう!」
ミルカは、嬉しそうに、駆け寄ってきた。
直人は、少し離れたところに、スマホを立てかけて、画面を操作した。
『セルフタイマー:10秒』
「じゃあ、みなさん、門の前に、並んでください。ローディスさんも、早く!」
「えっ、私も、ですか?」
入場手続きから戻ってきたばかりの、ローディスが、目を丸くした。
「はい。四人と一匹で、記念写真です」
「……何の、ことやら、さっぱり」
「いいから、いいから」
直人は、ローディスの腕を、ぐいっと引っ張って、列に加えた。
左から、エルネア、ミルカ、直人、ローディス。ミルカの頭の上に、モチ。
「はい、じゃあ、押しますね。十、九、八」
「何を、数えているの?」
「あとで、説明します」
「七、六」
「あ、モチが、ずれちゃう」
「五、四」
「ナオトさん、ちょっと、前髪が」
「三、二、一」
ぱしゃ。
小さな音が、鳴った。
「……できました」
直人は、スマホを取り上げて、画面を、みんなに、見せた。
そこには、ダンジョンの巨大な門を背景に、四人と一匹が、微妙に、ぎこちなく、並んで写っていた。エルネアは、むすっとした顔。ミルカは、満面の笑み。ローディスは、ぽかんと口を開けている。直人自身は、ちょっと、目が半開きだった。
「……っ」
「わあ! 私たちが、いる!」
ミルカが、画面を、のぞき込んで、飛び跳ねた。
「すごい! ほんとに、そっくりだ! 絵より、ずっと、本物みたい!」
「これは……」
ローディスは、言葉を失っていた。
「どういう、仕組みで……いえ、聞かない、約束でした」
「あ、はい。ありがとうございます」
エルネアは、画面の中の、自分を見つめて、しばらく、黙っていた。
「…………私、こんな、むすっとした顔を、しているの?」
「いつも、そんな顔ですよ」
「言ったわね」
「あ、いや」
「もう一枚、撮り直しなさい。今度は、ちゃんと、笑うから」
「はい!」
直人は、慌てて、もう一度、タイマーをセットした。
撮り直した写真には、四人と一匹が、全員、いい笑顔で、写っていた。
門の左右の、巨人の像の足元には、石碑が、立っていた。
一枚の、平らな石に、びっしりと、文字が、刻まれている。長年の風雨で、ほとんど、読めなくなっていた。
「何て書いてあるのかしら」
「古代語、ですね。ところどころ、欠けています」
ローディスが、眼鏡を、くいっと上げて、石碑を、じっと見つめた。
「ええと……『ここを入る者、――を捨てよ』……」
「何を、捨てるのですか?」
「欠けていて、読めません」
「物騒ねえ」
直人は、せっかくだから、と、石碑も、写真に撮った。
ぱしゃ。
画面を拡大して、見てみる。
「……あれ?」
「どうしたの?」
「写真だと、ちょっと、見やすいかもしれません」
拡大した画像では、肉眼では、かすんでいた文字の溝が、くっきりと、浮かび上がっている。陰影が、強調されて、刻まれた線が、はっきり、読み取れる。
「ローディスさん、これ、読めますか?」
ローディスが、画面を、食い入るように見つめた。
「…………!」
「どうですか?」
「……ナオトさん。この、写真という技術」
「はい」
「古代遺跡の研究に、革命が、起きますよ」
「え、そんなに」
「ええ。これを、写しておけば、風化した碑文も、細部まで、記録できる。ダンジョンの攻略記録にも、使える」
ローディスの目が、きらきらと、輝いていた。
「あ、でも、聞かない約束、聞かない約束……」
自分に、言い聞かせている。
エルネアが、横から、画面を、のぞき込んだ。
「……読めるわ、私にも」
「本当ですか?」
「ええ。『ここを入る者、驕りを捨てよ。この先、力は、仲間なくしては、無力なり』」
エルネアが、静かに、読み上げた。
「……仲間なくしては」
「ええ。ダンジョンに、挑む者への、警告、のようなものね」
「いい言葉じゃないですか」
直人は、画面を、そっと、保存した。
きっと、この碑文は、あとで、何かの役に立つだろう。そんな気が、した。
その時、門の向こうから、風が、ひゅう、と吹いてきた。冷たくて、湿った、地下の風。
「……行きましょう」
エルネアが、弓を、握りしめた。
「はい」
四人と一匹は、並んで、ダンジョンの、黒い口へ、一歩、踏み出した。
記念写真の中で、笑っていた彼らが、今、本物の迷宮に、挑もうとしていた。




