↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
31/31

第31話 ダンジョン入口で記念撮影

 バルネリオを出て、五日後。

 一行は、ノクターナ大迷宮の、玄関口の町に、到着した。

 山あいの谷に、びっしりと、家々が並んでいる。通りには、剣や盾を背負った冒険者たち。呼び込みの声。串焼きの煙。武具屋、道具屋、回復薬の屋台。

「うわあ、冒険者だらけ」

「町全体が、ダンジョンのためにある、という感じですね」

 ローディスが、感心した様子で、辺りを見回した。

「宿代も、物価も、バルネリオより、二割ほど高い。ここで稼ぐ人も、多いのでしょう」

「ダンジョン饅頭、だって!」

 ミルカが、屋台の看板を指さして、目を輝かせた。

「ミルカさん、まずは、宿を取ってから」

「はーい。でも、饅頭、買っていい?」

「……一個だけです」

「やった!」

 ミルカは、そのまま、屋台に吸い込まれていった。モチが、頭の上で、きゅい、と鳴いている。


 宿を取って、荷物を置いて、翌朝。

 四人と一匹は、ダンジョンの入口へ、向かった。

 町の北のはずれ。切り立った岩壁の、ふもとに、それは、あった。

「…………」

「…………」

 直人は、思わず、言葉を失った。

 巨大な、石造りの、アーチ状の門。高さは、ゆうに、十階建ての建物ほどもある。その奥に、ぽっかりと、黒い口を開けた、洞窟の入口が見える。入口の左右には、古びた、巨人の像が、二体、立っていた。風雨にさらされて、顔は、ほとんど、削れている。

 門の周りには、すでに、多くの冒険者たちが、集まっていた。入場の受付をする者、仲間と最後の確認をする者、祈りを捧げる者。

「……すごい」

「でしょう?」

 エルネアが、静かな声で、言った。

「この門、人間が作ったものじゃ、ないわ。もっと、ずっと、昔の。古い気配が、する」

「古い気配……」

 ミルカが、鼻をひくひくさせた。

「うん。すごく、古い匂い。石と、土と、水と……あと、ちょっとだけ、鉄の匂い」

「鉄?」

「うん。血の、匂いかも」

 ひやり、と空気が冷えた。

 ローディスが、咳払いをして、話を変えた。

「では、入場の手続きを、済ませてまいります」

「お願いします」

 直人は、門を見上げたまま、ふと、あることを思いついた。

(……これ、写真、撮っておきたいな)

 こんなに、立派な、ダンジョンの入口だ。記念に、一枚くらい、撮っておいても、いいだろう。

 直人は、こっそり、スマホを取り出した。


「エルネアさん、ミルカさん。ちょっと、いいですか?」

「何?」

「記念に、写真を、撮りたいんです」

「しゃしん……?」

 エルネアが、首をかしげた。

「ええと、絵、みたいなものです。見たままの姿を、そっくり、そのまま、この板に、残すんです」

「絵……」

「はい。瞬間を、切り取って、保存するというか」

「…………」

 エルネアは、じと、と直人を見た。

「……ナオト。あなた、ダンジョンの入口まで来て、まず、そんなことを、考えていたの?」

「記念ですよ、記念。大事ですよ」

「呆れた」

「いいじゃないですか。ほら、ミルカさんも、こっち」

「わーい! なんだか、わかんないけど、楽しそう!」

 ミルカは、嬉しそうに、駆け寄ってきた。

 直人は、少し離れたところに、スマホを立てかけて、画面を操作した。

『セルフタイマー:10秒』

「じゃあ、みなさん、門の前に、並んでください。ローディスさんも、早く!」

「えっ、私も、ですか?」

 入場手続きから戻ってきたばかりの、ローディスが、目を丸くした。

「はい。四人と一匹で、記念写真です」

「……何の、ことやら、さっぱり」

「いいから、いいから」

 直人は、ローディスの腕を、ぐいっと引っ張って、列に加えた。

 左から、エルネア、ミルカ、直人、ローディス。ミルカの頭の上に、モチ。

「はい、じゃあ、押しますね。十、九、八」

「何を、数えているの?」

「あとで、説明します」

「七、六」

「あ、モチが、ずれちゃう」

「五、四」

「ナオトさん、ちょっと、前髪が」

「三、二、一」

 ぱしゃ。

 小さな音が、鳴った。

「……できました」

 直人は、スマホを取り上げて、画面を、みんなに、見せた。

 そこには、ダンジョンの巨大な門を背景に、四人と一匹が、微妙に、ぎこちなく、並んで写っていた。エルネアは、むすっとした顔。ミルカは、満面の笑み。ローディスは、ぽかんと口を開けている。直人自身は、ちょっと、目が半開きだった。

「……っ」

「わあ! 私たちが、いる!」

 ミルカが、画面を、のぞき込んで、飛び跳ねた。

「すごい! ほんとに、そっくりだ! 絵より、ずっと、本物みたい!」

「これは……」

 ローディスは、言葉を失っていた。

「どういう、仕組みで……いえ、聞かない、約束でした」

「あ、はい。ありがとうございます」

 エルネアは、画面の中の、自分を見つめて、しばらく、黙っていた。

「…………私、こんな、むすっとした顔を、しているの?」

「いつも、そんな顔ですよ」

「言ったわね」

「あ、いや」

「もう一枚、撮り直しなさい。今度は、ちゃんと、笑うから」

「はい!」

 直人は、慌てて、もう一度、タイマーをセットした。

 撮り直した写真には、四人と一匹が、全員、いい笑顔で、写っていた。


 門の左右の、巨人の像の足元には、石碑が、立っていた。

 一枚の、平らな石に、びっしりと、文字が、刻まれている。長年の風雨で、ほとんど、読めなくなっていた。

「何て書いてあるのかしら」

「古代語、ですね。ところどころ、欠けています」

 ローディスが、眼鏡を、くいっと上げて、石碑を、じっと見つめた。

「ええと……『ここを入る者、――を捨てよ』……」

「何を、捨てるのですか?」

「欠けていて、読めません」

「物騒ねえ」

 直人は、せっかくだから、と、石碑も、写真に撮った。

 ぱしゃ。

 画面を拡大して、見てみる。

「……あれ?」

「どうしたの?」

「写真だと、ちょっと、見やすいかもしれません」

 拡大した画像では、肉眼では、かすんでいた文字の溝が、くっきりと、浮かび上がっている。陰影が、強調されて、刻まれた線が、はっきり、読み取れる。

「ローディスさん、これ、読めますか?」

 ローディスが、画面を、食い入るように見つめた。

「…………!」

「どうですか?」

「……ナオトさん。この、写真という技術」

「はい」

「古代遺跡の研究に、革命が、起きますよ」

「え、そんなに」

「ええ。これを、写しておけば、風化した碑文も、細部まで、記録できる。ダンジョンの攻略記録にも、使える」

 ローディスの目が、きらきらと、輝いていた。

「あ、でも、聞かない約束、聞かない約束……」

 自分に、言い聞かせている。

 エルネアが、横から、画面を、のぞき込んだ。

「……読めるわ、私にも」

「本当ですか?」

「ええ。『ここを入る者、驕りを捨てよ。この先、力は、仲間なくしては、無力なり』」

 エルネアが、静かに、読み上げた。

「……仲間なくしては」

「ええ。ダンジョンに、挑む者への、警告、のようなものね」

「いい言葉じゃないですか」

 直人は、画面を、そっと、保存した。

 きっと、この碑文は、あとで、何かの役に立つだろう。そんな気が、した。

 その時、門の向こうから、風が、ひゅう、と吹いてきた。冷たくて、湿った、地下の風。

「……行きましょう」

 エルネアが、弓を、握りしめた。

「はい」

 四人と一匹は、並んで、ダンジョンの、黒い口へ、一歩、踏み出した。

 記念写真の中で、笑っていた彼らが、今、本物の迷宮に、挑もうとしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。