第29話 偉そうな商会長の、大きな誤算
ドルジア商会の応接室は、金ぴかだった。
壁には、金糸で縁取られた絵画。床には、分厚い赤い絨毯。テーブルの上には、宝石をちりばめた置物。どれも、「私は金持ちです」と、大声で叫んでいるような調度ばかりだった。
「……目が、痛い」
直人は、小声でつぶやいた。
「ここの会頭は、とにかく、見栄っ張りで有名です」
ローディスが、ひそひそ声で、返した。
「ただ、バルネリオでも、三本の指に入る大商会です。商売の腕自体は、確かですので」
「そうなんですか」
「ええ。ですから、こちらも、礼を尽くしましょう。相手が、たとえ、どんな態度でも」
「どんな態度でも、って」
その時、奥の扉が、どん、と音を立てて開いた。
入ってきたのは、太鼓腹の中年男だった。毛皮の襟のついた上着に、指という指に、ごつい宝石の指輪。口髭を、くるりと、ねじり上げている。
「待たせたな。ガルバ・ドルジアだ」
どっかりと、向かいのソファに腰を下ろす。
「で、お前たちが、噂の、素材を売りたいという連中か」
「はい。ローディスと申します。ヴェント商会の、見習いを務めております」
「ヴェントの、見習いだと? ふん」
ガルバは、鼻を鳴らした。
「で、こちらが、持ち主というわけか」
ガルバの視線が、直人、エルネア、ミルカの順に、ゆっくり、動いた。
直人のところで、止まる。
「……ほう。噂は、聞いているぞ。魔力だけは、馬鹿でかいが、魔法は一つも使えん、お飾り大魔導師、だったか」
「あ、はい。そう呼ばれてました」
「くはは! 本当に、いたのか。そんな、愉快な男が」
ガルバは、膝を叩いて、笑った。
「で、こっちの、エルフは、まあ、珍しい。獣人の小娘は、どうせ、食い扶持稼ぎの、鑑定屋だろう」
「…………」
ミルカの耳が、ぺたんと、伏せた。
エルネアの眉が、すっと、吊り上がった。
「失礼ね。この子は、私たちの、大切な仲間よ」
「おお、怖い怖い。エルフ殿は、気が強いな」
ガルバは、にやにや笑っている。
(……ああ、これは、なるほど)
直人は、ローディスが言っていた意味が、わかった。
(ほんとに、偉そうだ)
しかし、直人は、顔に出さずに、穏やかな声で言った。
「素材を、見ていただけますか?」
「ふん。出してみろ」
直人は、テーブルの上に、素材を並べていった。
岩トカゲの角が、二本。虹茸が、八本。雷蜘蛛の糸が、三巻き。銀鱗魚の抜け殻が、六枚。そして、月苔が、小さな箱に、ぎっしり。
ミルカが、仕分けと保存をした素材だ。どれも、最高の状態で、丁寧に処理されている。
ガルバは、鷹揚に、一つ一つを、手に取って眺めた。
「ふむ。ふむふむ」
それから、鑑定士らしき男を、呼びつけた。
「おい、鑑定しろ」
「はっ」
鑑定士は、素材を一通り見てから、小声で、ガルバに耳打ちした。
ガルバは、満足そうに、うなずいた。
「待たせたな。査定が、出たぞ」
「はい」
「全部まとめて、銀貨三十枚だ」
部屋が、しん、と静まった。
直人は、数字の意味を、すぐには、理解できなかった。
「……銀貨、三十枚、ですか?」
「そうだ。駆け出しの冒険者にしては、よい金額だろう。ありがたく、思え」
ガルバは、ふんぞり返った。
ローディスの顔が、すっと、青ざめた。それから、じわじわと、赤くなっていった。
「……お言葉ですが、会頭」
「何だ」
「月苔だけでも、金貨一枚半の価値が、あるはずです」
「ふん。それは、状態が良ければ、の話だ」
ガルバは、箱の中の月苔を、指でつまんだ。
「見ろ、この、色。少し、青みが、薄い。劣化している」
「…………」
「それに、岩トカゲの角も、切り口が荒い。使い物にならん」
「会頭、お言葉ですが、その角の切り口は」
「黙れ、見習い。わしが、見たのだ。わしの目に、間違いは、ない」
ガルバは、にやりと笑った。
「どうする? 銀貨三十枚。嫌なら、帰ってもいいぞ。ただし、他の商会が、これ以上の値をつけるとは、思えんがな」
直人は、ふう、と息を吐いた。
ローディスは、拳を、ぐっと握りしめている。
エルネアの手が、そっと、弓の弦に、触れた。
(エルネアさん、落ち着いて!)
その時、ミルカが、すっと、前に出た。
「あの」
「何だ、小娘」
「その、月苔のことなんですけど」
ミルカは、じっと、ガルバを見上げた。耳は、ぴんと立っている。尻尾は、ゆっくりと揺れていた。
「私の鼻には、劣化した匂いは、まったく、しません」
「何だと?」
「むしろ、この月苔は、今朝まで、日陰で、湿らせておいたから、最高の状態のはずです。色が薄く見えるのは、部屋が、明るすぎるせいだと思います」
「小娘が、何を」
「それに、会頭さん」
ミルカは、すんすん、と鼻を動かした。
「この部屋の、棚の奥に、同じ、月苔が、しまってありますよね?」
「…………!」
ガルバの顔が、ぴくりと、引きつった。
「奥から、三番目の、引き出し。そこに、月苔が、十束くらい。でも、あれは、かなり、乾燥しすぎてる。ここの月苔のほうが、ずっと、質が良いです」
「な、何を、言って」
「それに」
ミルカは、鑑定士のほうを、向いた。
「あなたの、さっきの耳打ち。この素材を、安く言うように、指示された、匂いがしました」
「な、ななな」
鑑定士の顔が、真っ青になった。
部屋に、重い沈黙が、落ちた。
「…………」
「…………」
ガルバは、ふん、と鼻を鳴らして、ごまかそうとした。
「で、出任せだ! 獣人の、小娘の、でたらめだ!」
「でたらめかどうかは、棚を開ければ、すぐに、わかります」
ローディスが、静かに、言った。
「会頭。ここで、お願いがあります。三番目の引き出しを、開けて、中身を、見せていただけますか?」
「断る!」
ガルバが、怒鳴った。
「断る、ということは、中身が、図星なのですね?」
「な、なんだと!」
「……もう、結構です」
ローディスは、すっと立ち上がった。丸眼鏡の奥の目は、静かな怒りに、燃えていた。
「ナオトさん、行きましょう。この商会とは、取引できません」
「ですね」
直人も、立ち上がった。
エルネアも、ミルカも、素材を、さっさと回収して、フォルダに収納した。
「ま、待て、お前たち! 勝手に帰るな!」
「お世話になりました、ガルバ会頭。商人は、信用が、すべてだと思っておりましたが」
ローディスは、深々と、一礼した。
「ご自身の、お店を、大切になさってください」
「き、貴様……!」
ガルバの顔が、みるみる、真っ赤になった。
直人たちは、背を向けて、堂々と、部屋を出ていった。
その後、ローディスは、ヴェント商会に、足を運んだ。
会頭は、六十代の、白髪の老人だった。名は、エルマー。杖をついて、ゆっくりと、直人たちを迎えた。
「話は、聞いた。ガルバの、馬鹿が」
エルマーは、渋い顔で、首を振った。
「あいつは、昔から、他人を見下す癖があってな。だから、いつか、足を、すくわれると、思っていた」
「申し訳ありません、会頭。私が、もっと、慎重に、取引先を選ぶべきでした」
「いや、お前は、悪くない。むしろ、よくやった。堂々と、断ってきたのだろう?」
「はい」
「それでいい」
エルマーは、直人たちに向き直って、にこりと笑った。
「久瀬殿。うちのローディスが、世話になっておる。素材の、買い取りを、させていただけるかな?」
「ぜひ、お願いします」
エルマーが、自ら、素材を一つ一つ、じっくりと確かめた。そして、鑑定士に、きびきびと、指示を出した。
数十分後。
「合計、金貨十二枚と、銀貨三枚。これでどうかな?」
「十二……!」
直人は、目を丸くした。ガルバの提示した額の、実に、四倍近かった。
「おお、高いな、という顔だな。何も、驚くことはない。これが、正当な価格だ」
「いえ、あの、ありがとうございます!」
「商人というのは、信用で、成り立つ商売じゃ。いい取引をすれば、次も、また、いい取引ができる。覚えておきなさい」
「はい!」
直人は、深々と、頭を下げた。
それから、数日後。
バルネリオの商人たちの間で、噂が、広まった。
ドルジア商会の会頭が、駆け出しの冒険者たちから、素材を、不当に買い叩こうとして、失敗した。しかも、獣人の少女に、嘘を見破られて、恥をかいた、と。
噂を広めたのは、おそらく、副長ヴィオラだろうと、ローディスは、にやにやしながら、言っていた。
結果、ドルジア商会の信用は、一気に、傾いた。他の商会が、次々と、取引を、見直し始めたのだ。
ある日、直人たちが、市場を歩いていると、ガルバが、人混みの向こうから、ふらふらと、現れた。
「……お、おい、お前ら」
「あ、ガルバ会頭」
「す、すまなかった。わしが、悪かった。どうか、もう一度、取引を」
ガルバは、すっかり、しょぼくれた顔で、頭を下げた。
直人は、少し迷った。
でも、ローディスが、静かに、首を横に振った。
「お断りいたします、ガルバ会頭」
「な、なぜだ」
「商人の、信用は、一度失うと、取り戻すのに、長い時間が、かかるのです。ご自身で、よくお考えください」
ローディスは、にっこりと、微笑んだ。
直人は、小さく、頭を下げた。
「お大事に」
背を向けて、歩き出す。
ミルカが、直人の袖を、そっと、引っ張った。
「ナオトさん、ありがとう」
「え?」
「さっき、あの、会頭さんに、馬鹿にされた時、ナオトさん、私の鼻を、ちゃんと信じてくれたでしょ」
「あ、いや、そんな」
「うれしかった」
ミルカは、ぷいと、前を向いた。耳の先が、ほんのり、赤くなっていた。
直人は、頬をかいて、空を見上げた。
バルネリオの空は、よく晴れていた。
その空の下を、四人と一匹は、並んで、歩いていった。
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