第28話 便利な道具の、出どころは
倉庫の依頼から、二日後。
商人ギルドから、直人たちに、一通の招待状が届いた。
『先日の備蓄庫救出の功績を称え、ささやかな感謝の席を設けたく存じます』
「ささやかな、というのは、だいたい、ささやかではない、という意味です」
ローディスが、招待状を読みながら、苦笑した。
「商人ギルドの、感謝の席ですからね。有力な商会の会頭や、役員の方々が、顔をそろえるでしょう。つまり」
「つまり?」
「顔を売る、絶好の機会です。同時に、あなたがたの素性を探られる、危険な機会でもあります」
「うへえ」
直人は、顔をしかめた。
「行かなきゃ、だめですかね」
「断ることも、可能ですが、後々の、付き合いに響きます。ここは、無難に、一度だけ顔を出して、さっさと帰るのが、賢明かと」
「じゃあ、そうしましょう。ただし、ご飯は、ちゃんと、食べて帰りましょうね」
「ナオトさん、そこだけは、ぶれませんね」
「食は、大事です」
こうして、一行は、商人ギルドの大広間へ、足を運ぶことになった。
大広間は、豪華だった。
高い天井、きらめくシャンデリア、長いテーブルの上には、色とりどりの料理がずらりと並んでいる。壁際には、楽団が、優雅な音楽を奏でていた。
集まった人々は、みな、身なりのよい商人たちだった。毛皮の襟のついた上着、宝石の指輪、磨き上げられた革靴。
(……場違い感が、すごい)
直人は、念のため、AI加工で、きちんとした、藍色のジャケットに着替えていた。エルネアも、ローディスの強い勧めで、淡い緑のドレス姿になっている。ミルカは、普段のままだが、頭の上のモチは、お留守番だ。
「みんな、見てるわね」
エルネアが、小声でつぶやいた。
「エルフが珍しいんですよ。しかも、エルネアさん、ドレス、似合ってるので」
「……お世辞は、いらないわ」
「本心です」
「…………」
エルネアは、頬を、ほんのり染めて、そっぽを向いた。
その時、大広間の奥から、一人の女性が、優雅な足取りで、近づいてきた。
四十代前半。結い上げた黒髪に、深い紫色のドレス。眼差しは、知的で、鋭い。
「ようこそ、いらっしゃいました。商人ギルド副長の、ヴィオラと申します」
「あ、はじめまして。久瀬直人です」
「存じておりますよ、ナオト殿。先日の倉庫の件、まことに、ありがとうございました。おかげで、貴重な備蓄庫が、守られました」
「いえ、たまたまです」
「謙遜を」
ヴィオラは、にこりと微笑んだ。しかし、その目は、笑っていない。
(……この人、できる人だ)
直人は、背筋を、ぴんと伸ばした。
歓談の中、料理を食べて、飲み物を飲んで、直人は、少しずつ、場に慣れていった。
ただ、一つだけ、油断があった。
喉が渇いたので、荷物から、つい、ペットボトルのお茶を取り出して、ごくごくと飲んでしまったのだ。
「…………あ」
周りの空気が、ぴたりと止まった。
近くにいた商人たちが、一斉に、直人の手元を、凝視していた。
「……その、透明な容器は、何ですか?」
「え、えーと、お茶です」
「いえ、容器です。軽くて、透き通っていて、継ぎ目が、ない。ガラスのようで、ガラスではない」
「ちょっと、見せていただけませんか?」
「あ、いや、これは、その」
直人が、おろおろしているうちに、商人の一人が、そっと、ペットボトルを、つまみ上げた。
「軽い……。ほとんど、重さがない。こんな素材は、見たことがない」
「それに、このふた。ねじって、開け閉めできる。しかも、ぴったりと、密閉されている」
「ラベルも、鮮やかだ。この色は、どう出しているのだ?」
商人たちの声が、どんどん大きくなっていく。
ミルカが、直人の袖を引っ張って、ささやいた。
「ナオトさん、大丈夫?」
「……たぶん、大丈夫じゃない」
エルネアが、ふう、と、ため息をついた。
ローディスが、すっと、前に出た。
「失礼いたします。そちらは、ナオトさんの、私物でございます。お返し願えますか」
「しかし、ローディス殿、これは」
「商人ギルドの、感謝の席で、客人の私物を、取り上げるのは、礼を欠くのでは?」
ローディスの声は、穏やかだったが、芯が通っていた。
商人は、はっとして、慌てて、ペットボトルを直人に返した。
「す、すまない。つい、興味が」
「いえ、とんでもないです」
直人は、ぺこりと頭を下げて、ペットボトルを、すぐさま、フォルダに収納した。
その様子も、ばっちり、見られていた。
「…………収納の、魔道具?」
「今、手の中の、板に、吸い込まれたぞ」
「あれは、何だ」
ざわめきが、さらに広がる。
直人は、冷や汗を、だらだらとかいた。
「ナオト殿」
静かに、しかし、はっきりと、ヴィオラが声をかけてきた。
「少し、お話を、よろしいかしら」
「は、はい」
ヴィオラは、直人を、広間の隅の、静かなバルコニーへ、案内した。ローディスたちも、後からついてきた。
「単刀直入に伺います。あの、透明な容器、そして、手の中の板。どちらも、私の知る限り、この大陸には、存在しない道具です」
「…………」
「どこで、手に入れましたか?」
「えーと……」
直人は、言葉に詰まった。
全部、正直に話すわけには、いかない。かといって、下手な嘘をつけば、すぐに、見破られそうだ。
ちらりと、エルネアたちを、見る。
三人とも、何も言わずに、直人を、見守っていた。
直人は、小さく、息を吐いた。
「……ヴィオラさん。すみません。詳しいことは、お話しできません」
「理由を、聞いても?」
「俺も、全部は、わからないんです。ただ、便利な道具を、持っている。それだけは、確かです」
「便利な道具」
「はい。それを、悪いことには、絶対に、使いません。誰かを、傷つけるために、使うことも、ありません。でも、どこから来たのか、どうやって動くのかは、話せません」
ヴィオラは、じっと、直人の目を、見つめた。
長い、沈黙が、流れた。
「……ふふ」
やがて、ヴィオラが、小さく笑った。
「正直な方ね」
「え?」
「嘘をつかなかった。下手な嘘で、ごまかそうともしなかった。それだけでも、信用に値します」
「ありがとうございます」
「商人というのは、誰もが、何か、秘密を持っているものです。仕入れ先、取引先、利益の仕組み。それを、無理に、聞き出そうとするのは、野暮というもの」
ヴィオラは、扇子を、ぱちんと閉じた。
「いいでしょう。あなたの事情は、これ以上、詮索しません。ただし」
「はい」
「他の者が、どう動くかは、わかりません。あなたの品に、興味を持つ者は、きっと、現れるでしょう。その時は、慎重に、お考えなさい」
「はい。肝に銘じます」
「ローディス、あなたも、ですよ」
「はっ、はい!」
ローディスが、びしっと、背筋を伸ばした。
「この方を、しっかり、支えなさい。ヴェント商会の名に、恥じないように」
「心得ております」
ヴィオラは、満足そうに、うなずいて、バルコニーを、後にした。
宴が終わって、宿に戻る道すがら。
夜の街は、静かだった。街灯の明かりが、石畳を、柔らかく照らしている。
直人は、うつむいたまま、黙って歩いていた。
そんな直人の背中に、ミルカが、そっと、声をかけた。
「ナオトさん」
「……はい」
「さっき、ヴィオラさんに、お話しできませんって、言ったでしょ?」
「はい」
「かっこよかった」
「え?」
「正直に、言えないことは、言えないって、ちゃんと言ったの。すごく、誠実だと、思った」
ミルカは、にっこりと笑った。
「私ね、あんまり、むずかしいことは、わかんないけど。ナオトさんの、秘密のこと、無理に、聞かないよ」
「ミルカさん」
「ナオトさんが、話したくなるまで、待つよ。だって、ご飯を、くれる人は、いい人だもん」
「それ、基準、そこなんですか」
「えへへ」
ローディスも、眼鏡を、くいっと直して、口を開いた。
「僕も、同じです。証拠のない推測で、人を問い詰めるのは、商人の、悪い癖ですから。あなたが、話してもいいと思う時が来たら、その時に、聞かせてください」
「……ありがとうございます」
直人は、声が、少し、震えた。
エルネアは、何も言わなかった。ただ、直人の隣を、静かに歩いていた。
しばらくして、ぽつりと、口を開いた。
「ナオト」
「はい」
「あなたの周りの、仲間は、みんな、あなたの味方よ」
「……はい」
「だから、安心して、いなさい」
エルネアは、ちらりと、直人の顔を見て、小さく微笑んだ。
直人は、鼻の奥が、つんと、痛くなるのを、ごまかすように、空を見上げた。
満天の星が、静かに、瞬いていた。
元の世界を、離れて、独りぼっちで、迷い込んだ、この異世界で。
いつの間にか、こんなにも、温かい仲間に、囲まれていた。
「……みなさん」
「はい?」
「ありがとう」
小さな声で、そう言うと、三人は、それぞれの、やり方で、笑ってくれた。
ローディスは、少し照れくさそうに、咳払いをして、話題を変えた。
「さて、ところで、ナオトさん。次の話ですが」
「はい?」
「先日の素材を、そろそろ、まとめて売却する時期です。いくつかの商会に、声をかけておきましたが、中に、少々、厄介な方が」
「厄介な方?」
「ええ。偉そうな、商会長です。お気をつけください。きっと、あなたがたを、見下してきます」
「うへえ」
直人は、顔をしかめたが、少し、笑いもした。
仲間がいれば、きっと、大丈夫だ。
そんな気がした。




