↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
28/31

第28話 便利な道具の、出どころは

 倉庫の依頼から、二日後。

 商人ギルドから、直人たちに、一通の招待状が届いた。

『先日の備蓄庫救出の功績を称え、ささやかな感謝の席を設けたく存じます』

「ささやかな、というのは、だいたい、ささやかではない、という意味です」

 ローディスが、招待状を読みながら、苦笑した。

「商人ギルドの、感謝の席ですからね。有力な商会の会頭や、役員の方々が、顔をそろえるでしょう。つまり」

「つまり?」

「顔を売る、絶好の機会です。同時に、あなたがたの素性を探られる、危険な機会でもあります」

「うへえ」

 直人は、顔をしかめた。

「行かなきゃ、だめですかね」

「断ることも、可能ですが、後々の、付き合いに響きます。ここは、無難に、一度だけ顔を出して、さっさと帰るのが、賢明かと」

「じゃあ、そうしましょう。ただし、ご飯は、ちゃんと、食べて帰りましょうね」

「ナオトさん、そこだけは、ぶれませんね」

「食は、大事です」

 こうして、一行は、商人ギルドの大広間へ、足を運ぶことになった。


 大広間は、豪華だった。

 高い天井、きらめくシャンデリア、長いテーブルの上には、色とりどりの料理がずらりと並んでいる。壁際には、楽団が、優雅な音楽を奏でていた。

 集まった人々は、みな、身なりのよい商人たちだった。毛皮の襟のついた上着、宝石の指輪、磨き上げられた革靴。

(……場違い感が、すごい)

 直人は、念のため、AI加工で、きちんとした、藍色のジャケットに着替えていた。エルネアも、ローディスの強い勧めで、淡い緑のドレス姿になっている。ミルカは、普段のままだが、頭の上のモチは、お留守番だ。

「みんな、見てるわね」

 エルネアが、小声でつぶやいた。

「エルフが珍しいんですよ。しかも、エルネアさん、ドレス、似合ってるので」

「……お世辞は、いらないわ」

「本心です」

「…………」

 エルネアは、頬を、ほんのり染めて、そっぽを向いた。

 その時、大広間の奥から、一人の女性が、優雅な足取りで、近づいてきた。

 四十代前半。結い上げた黒髪に、深い紫色のドレス。眼差しは、知的で、鋭い。

「ようこそ、いらっしゃいました。商人ギルド副長の、ヴィオラと申します」

「あ、はじめまして。久瀬直人です」

「存じておりますよ、ナオト殿。先日の倉庫の件、まことに、ありがとうございました。おかげで、貴重な備蓄庫が、守られました」

「いえ、たまたまです」

「謙遜を」

 ヴィオラは、にこりと微笑んだ。しかし、その目は、笑っていない。

(……この人、できる人だ)

 直人は、背筋を、ぴんと伸ばした。


 歓談の中、料理を食べて、飲み物を飲んで、直人は、少しずつ、場に慣れていった。

 ただ、一つだけ、油断があった。

 喉が渇いたので、荷物から、つい、ペットボトルのお茶を取り出して、ごくごくと飲んでしまったのだ。

「…………あ」

 周りの空気が、ぴたりと止まった。

 近くにいた商人たちが、一斉に、直人の手元を、凝視していた。

「……その、透明な容器は、何ですか?」

「え、えーと、お茶です」

「いえ、容器です。軽くて、透き通っていて、継ぎ目が、ない。ガラスのようで、ガラスではない」

「ちょっと、見せていただけませんか?」

「あ、いや、これは、その」

 直人が、おろおろしているうちに、商人の一人が、そっと、ペットボトルを、つまみ上げた。

「軽い……。ほとんど、重さがない。こんな素材は、見たことがない」

「それに、このふた。ねじって、開け閉めできる。しかも、ぴったりと、密閉されている」

「ラベルも、鮮やかだ。この色は、どう出しているのだ?」

 商人たちの声が、どんどん大きくなっていく。

 ミルカが、直人の袖を引っ張って、ささやいた。

「ナオトさん、大丈夫?」

「……たぶん、大丈夫じゃない」

 エルネアが、ふう、と、ため息をついた。

 ローディスが、すっと、前に出た。

「失礼いたします。そちらは、ナオトさんの、私物でございます。お返し願えますか」

「しかし、ローディス殿、これは」

「商人ギルドの、感謝の席で、客人の私物を、取り上げるのは、礼を欠くのでは?」

 ローディスの声は、穏やかだったが、芯が通っていた。

 商人は、はっとして、慌てて、ペットボトルを直人に返した。

「す、すまない。つい、興味が」

「いえ、とんでもないです」

 直人は、ぺこりと頭を下げて、ペットボトルを、すぐさま、フォルダに収納した。

 その様子も、ばっちり、見られていた。

「…………収納の、魔道具?」

「今、手の中の、板に、吸い込まれたぞ」

「あれは、何だ」

 ざわめきが、さらに広がる。

 直人は、冷や汗を、だらだらとかいた。


「ナオト殿」

 静かに、しかし、はっきりと、ヴィオラが声をかけてきた。

「少し、お話を、よろしいかしら」

「は、はい」

 ヴィオラは、直人を、広間の隅の、静かなバルコニーへ、案内した。ローディスたちも、後からついてきた。

「単刀直入に伺います。あの、透明な容器、そして、手の中の板。どちらも、私の知る限り、この大陸には、存在しない道具です」

「…………」

「どこで、手に入れましたか?」

「えーと……」

 直人は、言葉に詰まった。

 全部、正直に話すわけには、いかない。かといって、下手な嘘をつけば、すぐに、見破られそうだ。

 ちらりと、エルネアたちを、見る。

 三人とも、何も言わずに、直人を、見守っていた。

 直人は、小さく、息を吐いた。

「……ヴィオラさん。すみません。詳しいことは、お話しできません」

「理由を、聞いても?」

「俺も、全部は、わからないんです。ただ、便利な道具を、持っている。それだけは、確かです」

「便利な道具」

「はい。それを、悪いことには、絶対に、使いません。誰かを、傷つけるために、使うことも、ありません。でも、どこから来たのか、どうやって動くのかは、話せません」

 ヴィオラは、じっと、直人の目を、見つめた。

 長い、沈黙が、流れた。

「……ふふ」

 やがて、ヴィオラが、小さく笑った。

「正直な方ね」

「え?」

「嘘をつかなかった。下手な嘘で、ごまかそうともしなかった。それだけでも、信用に値します」

「ありがとうございます」

「商人というのは、誰もが、何か、秘密を持っているものです。仕入れ先、取引先、利益の仕組み。それを、無理に、聞き出そうとするのは、野暮というもの」

 ヴィオラは、扇子を、ぱちんと閉じた。

「いいでしょう。あなたの事情は、これ以上、詮索しません。ただし」

「はい」

「他の者が、どう動くかは、わかりません。あなたの品に、興味を持つ者は、きっと、現れるでしょう。その時は、慎重に、お考えなさい」

「はい。肝に銘じます」

「ローディス、あなたも、ですよ」

「はっ、はい!」

 ローディスが、びしっと、背筋を伸ばした。

「この方を、しっかり、支えなさい。ヴェント商会の名に、恥じないように」

「心得ております」

 ヴィオラは、満足そうに、うなずいて、バルコニーを、後にした。


 宴が終わって、宿に戻る道すがら。

 夜の街は、静かだった。街灯の明かりが、石畳を、柔らかく照らしている。

 直人は、うつむいたまま、黙って歩いていた。

 そんな直人の背中に、ミルカが、そっと、声をかけた。

「ナオトさん」

「……はい」

「さっき、ヴィオラさんに、お話しできませんって、言ったでしょ?」

「はい」

「かっこよかった」

「え?」

「正直に、言えないことは、言えないって、ちゃんと言ったの。すごく、誠実だと、思った」

 ミルカは、にっこりと笑った。

「私ね、あんまり、むずかしいことは、わかんないけど。ナオトさんの、秘密のこと、無理に、聞かないよ」

「ミルカさん」

「ナオトさんが、話したくなるまで、待つよ。だって、ご飯を、くれる人は、いい人だもん」

「それ、基準、そこなんですか」

「えへへ」

 ローディスも、眼鏡を、くいっと直して、口を開いた。

「僕も、同じです。証拠のない推測で、人を問い詰めるのは、商人の、悪い癖ですから。あなたが、話してもいいと思う時が来たら、その時に、聞かせてください」

「……ありがとうございます」

 直人は、声が、少し、震えた。

 エルネアは、何も言わなかった。ただ、直人の隣を、静かに歩いていた。

 しばらくして、ぽつりと、口を開いた。

「ナオト」

「はい」

「あなたの周りの、仲間は、みんな、あなたの味方よ」

「……はい」

「だから、安心して、いなさい」

 エルネアは、ちらりと、直人の顔を見て、小さく微笑んだ。

 直人は、鼻の奥が、つんと、痛くなるのを、ごまかすように、空を見上げた。

 満天の星が、静かに、瞬いていた。

 元の世界を、離れて、独りぼっちで、迷い込んだ、この異世界で。

 いつの間にか、こんなにも、温かい仲間に、囲まれていた。

「……みなさん」

「はい?」

「ありがとう」

 小さな声で、そう言うと、三人は、それぞれの、やり方で、笑ってくれた。

 ローディスは、少し照れくさそうに、咳払いをして、話題を変えた。

「さて、ところで、ナオトさん。次の話ですが」

「はい?」

「先日の素材を、そろそろ、まとめて売却する時期です。いくつかの商会に、声をかけておきましたが、中に、少々、厄介な方が」

「厄介な方?」

「ええ。偉そうな、商会長です。お気をつけください。きっと、あなたがたを、見下してきます」

「うへえ」

 直人は、顔をしかめたが、少し、笑いもした。

 仲間がいれば、きっと、大丈夫だ。

 そんな気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。