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第27話 倉庫のぬし

 ローディスが仲間に加わって、三日目の朝。

「ナオトさん、いい依頼が、ありましたよ」

 冒険者ギルドの掲示板の前で、ローディスが、一枚の依頼書を指さした。

『商人ギルド直轄の穀物倉庫にて、巨大ネズミの駆除。数は不明。報酬:銀貨五枚と、倉庫の穀物など現物支給。※倉庫の穀物は、傷つけないこと』

「巨大ネズミ、ですか」

「はい。倉庫に住み着いて、半月ほど、被害が続いているようです。依頼を出しているのは、商人ギルドですから、報酬の支払いは、確実です」

「ふむふむ。穀物を、傷つけないこと、って注意書きが、ついてますね」

「そこが、肝心です。この種の依頼は、倉庫の中身を壊してしまって、報酬から弁償金を引かれるケースが、よくあります」

「それは、困りますね」

「ですから、この依頼を、確実にこなせる人は、限られます。ナオトさんの、あの、光る剣なら、狙ったところだけを、斬れますよね?」

「あ、なるほど」

 ローディスは、にやりと笑った。

「私は、あなたの能力を、最大限に、お金に変えたいのです」

「言い方」

「商人ですから」

 隣で聞いていたミルカが、ぴょんと跳ねた。

「穀物、もらえるの? 現物支給って、何?」

「お金の代わりに、品物で、報酬を払ってもらうことです」

「じゃあ、食べ物が、いっぱい、もらえるんだ!」

「ミルカさん、全部、食べないでくださいね」

「えへへ」

 ミルカの尻尾が、ぶんぶんと、風を切った。


 穀物倉庫は、バルネリオの西のはずれにあった。

 高い石造りの建物で、入口は、馬車が三台並んで入れるほど大きい。中には、麻袋に詰められた小麦やライ麦が、天井近くまで、積み上げられているという。

 依頼主の倉庫番、グスタフは、がっしりした体の、五十代の男だった。疲れ切った顔で、直人たちを出迎えた。

「いやあ、来てくれて、助かった。ここ半月、夜になると、ごそごそ、がりがり、すごい音がしてな。朝になると、袋が、何十個も、噛みちぎられてるんだ」

「大変ですね」

「しかも、どこから湧いてくるのか、毎晩、数が増えてる気がする。冒険者を二組、雇ったんだが、どちらも、逃げ帰ってきた」

「逃げ帰った?」

「ああ。『ネズミが、でかすぎる』ってな」

 グスタフは、頭を抱えた。

「頼む。穀物を傷つけずに、なんとか、駆除してくれ」

「任せてください」

 直人は、倉庫の入口に立って、スマホを、こっそり確認した。

 マップに、赤い点が、びっしりと表示されている。倉庫の中に、十五個ほど。それから、倉庫の地下に、さらに多くの点が、密集していた。

『オオドブネズミ(危険度:低)』

『オオドブネズミ(危険度:低)』

『……』

 そして、一番奥の、地下の隅。

『ネズミの王(危険度:中)』

「……ネズミの王」

「どうしたの、ナオト?」

「いえ、ちょっと、勘が」

「また、勘ね」

 エルネアが、じとっとした目で見てくる。もう、すっかり、慣れているらしい。

「ミルカさん、地下の匂い、わかりますか?」

「うん! あっちの、床の隅に、秘密の入口があるよ。鼻が、むずむずするもん」

 ミルカが、指さしたのは、倉庫の奥の、麻袋の山の後ろだった。

「そこから、地下に、通じてるのかな」

「たぶん。ネズミの巣も、地下のずっと奥だと思う」

 直人は、グスタフに向き直った。

「グスタフさん。倉庫の中は、俺たちで、片づけます。袋は、傷つけませんので、安心してください」

「ほ、本当か?」

「はい。ただ、念のため、袋は、動かさないでください。ちょっと、集中が、必要なので」

「わ、わかった」

 グスタフは、緊張した顔で、うなずいた。


 倉庫の中は、薄暗かった。

 ずらりと積み上げられた麻袋の山の間に、細い通路が走っている。ところどころで、ごそごそ、かさかさ、と何かが動く音がした。

「……いるわね」

 エルネアが、静かに弓を構えた。

「エルネアさんは、矢で、通路の入口を、塞いでください。ネズミを、袋に近づけないように」

「わかったわ」

「ミルカさんは、ローディスさんと一緒に、入口で待機を」

「うん!」

「私は、念のため、帳簿を、守っておきます」

「ローディスさん、戦う気は、ないんですね」

「適材適所です」

 ローディスは、樽の後ろに、きりっとした顔で隠れた。

 直人は、光の刃を出した。

 ブゥン。

 通路の先から、きいきいという鳴き声と共に、猫ほどの大きさの、灰色のネズミが、十数匹、飛び出してきた。

「来た!」

 マップの扇形が、一斉に、直人の方へ伸びてくる。

 一匹目が、跳びかかってくる。直人は、半身をずらして、光の刃を、すっと走らせる。

 すぱん。

 ネズミは、空中で、真っ二つになって、床に落ちた。

 二匹目。三匹目。四匹目。

 直人は、通路の真ん中に立って、次々と、斬り伏せていく。

 ただし、剣先は、絶対に、麻袋に触れさせない。マップで、袋の位置を確認しながら、袋との間に、ぎりぎり、一寸の余裕を保って、刃を振るう。

「ナオトさん、すごい……!」

 ミルカが、入口から、目を輝かせて見ていた。

「あの人、全然、袋に、触ってない」

「当たり前でしょう。私たちの、リーダーなんだから」

 エルネアが、得意げに言った。矢が、ひゅんひゅんと飛んで、直人の死角から迫るネズミを、正確に撃ち抜いていく。

 数分後、倉庫の中のネズミは、全滅した。

「ふう。地上は、これで、終わりですね」

「あなた、袋に、傷、ひとつも、つけてないわよ」

「はい。そこは、集中しました」

 樽の陰から、ローディスが、そろそろと顔を出した。

「……素晴らしい。ここまで、完璧に、袋を守るとは。もし、この倉庫の袋が、一個でも、傷ついていたら、報酬が、銀貨一枚は、減っていたところです」

「そ、そこまで、見てるんですか」

「当然です」

 ローディスは、帳簿に、さらさらと、何かを書き込んだ。


 麻袋の山の裏に、小さな扉があった。

 扉を開けると、急な階段が、地下へ続いている。

 ミルカが、鼻をひくひくさせた。

「……すごい数。たぶん、二十匹以上。それから、一番奥に、大きな匂いが、一つ」

「ネズミの王、ですね」

「えっ、ナオトさん、知ってるの?」

「あ、いや、勘で」

「便利な勘ね」

 エルネアが、ため息をつく。

 地下の通路は、湿っぽくて、じめじめしていた。天井は低く、壁は、ところどころ、ネズミの歯で、削られている。

 直人は、先頭に立って、慎重に進んだ。

 十数匹のネズミが、次々と襲ってきたが、地上と同じ要領で、片づけた。

 そして、一番奥の、大きな空間に、辿り着いた。

 そこに、そいつは、いた。

 馬ほどの大きさの、巨大な灰色のネズミ。目は、赤く光っていて、前歯は、剣のように、長く、鋭かった。

『ネズミの王』

『弱点:鼻先(敏感)、尾の付け根(神経が集中)』

 ステータスで、弱点を確認する。

「エルネアさん、鼻先を、狙ってください」

「了解」

 エルネアの矢が、まっすぐ、ネズミの王の鼻先に、突き刺さった。

「ギイイイイイイッ!」

 悲鳴を上げて、のけぞる。

 その隙に、直人は、巨体の背後に回り込んだ。

 尻尾の付け根。

 光の刃を、そっと、そこに、差し込む。

 ずぶり。

 ネズミの王の巨体が、びくん、と痙攣して、ぐらりと倒れた。

 地下に、静寂が戻った。

「……終わり、かな」

「お疲れさま、ナオト」

 エルネアが、にっこり笑って、近づいてきた。

 その時、背後から、ローディスの、がたがたと震える声が聞こえた。

「あ、あの、ナオトさん」

「どうしました?」

「地下の、壁の向こうに、穀物の、備蓄庫が」

「え?」

 ローディスが、指さした先の壁に、大きな穴が空いていた。その向こうに、麻袋が、びっしりと積まれた、別の部屋がある。

「ここは、商人ギルドの、貴重な、備蓄庫なんです。ネズミの王が、掘り進んで、ここまで、穴を開けていたのです」

「……つまり?」

「放っておけば、備蓄庫が、全滅していました。大手柄です!」

 ローディスの声が、一オクターブ、高くなった。

「ナオトさん、これは、追加報酬が、見込めますよ!」

「あはは……」

 直人は、乾いた笑いを浮かべた。


 その夜。

 倉庫の前には、荷車が三台、並んでいた。

 荷台には、小麦の大袋が二十袋、干し肉の樽が五つ、塩漬けの魚の樽が四つ、乾燥果物の籠が、山ほど。

「これが、現物支給の分だ」

 グスタフが、満面の笑みで、言った。

「いやあ、本当に助かった。ありがとう。商人ギルドからは、追加で、銀貨十枚の謝礼も出る。備蓄庫を、救ってくれたからな」

「ありがとうございます」

 ローディスが、満足げに、うなずいた。報酬の交渉は、すべて、彼がまとめてくれた。

「ナオトさん、これで、今月の、食料費は、ほぼ、まかなえます」

「そ、そんなに」

「ええ。ミルカさんの、胃袋にも、耐えられるはずです」

 荷車の前で、ミルカが、ぽかんと口を開けて、立ち尽くしていた。

「…………」

「ミルカさん?」

「…………夢じゃ、ないよね?」

「夢じゃないですよ」

「ほんとに、これ、全部、食べても、いいの?」

「全部は、だめです」

「えー!」

「でも、一日分、ミルカさんの好きなものを、選んでもいいですよ」

「…………!」

 ミルカは、感極まって、直人に抱きついた。

「ナオトさん、大好きー!」

「ちょ、ミルカさん、苦しいです」

「きゅい!」

 頭の上のモチも、嬉しそうに鳴いた。

 エルネアは、その様子を、ちょっと複雑そうな顔で、見つめていた。

「……何よ。私だって、がんばったのに」

「エルネアさんにも、ごほうびを、用意してますよ」

「えっ」

 直人は、こっそり、通販で買っておいた、小さな包みを、取り出した。

「はい、どうぞ。チョコレート、新作です」

「…………!」

 エルネアの顔が、ぱあっと、輝いた。

「ありがとう、ナオト!」

 満足そうに、包みを大切に抱えて、ほくほく顔になった。

 ローディスが、横で、そっと、帳簿に書き込んだ。

「……チョコレート、銅貨十枚。個人の予算内、ですね」

「見てたんですか!」

「はい。管理人ですから」

 夜の倉庫の前に、仲間たちの笑い声が、ゆっくりと広がっていった。


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