第25話 商人ローディスの計算
翌朝。
直人たちが宿の食堂で朝ご飯を食べていると、入口の扉が、控えめにノックされた。
「失礼します。久瀬直人さんは、いらっしゃいますか」
現れたのは、丸眼鏡の青年だった。腕には、分厚い帳簿を抱えている。
「あ、ローディスさん」
「おはようございます、ナオトさん。突然お邪魔して、申し訳ありません。少し、お話ししたいことがありまして」
「どうぞ、座ってください。朝ご飯、食べます?」
「いえ、結構です。もう、食べてきましたので」
ローディスは、直人の向かいの席に座ると、帳簿をテーブルの上に、どん、と置いた。
「単刀直入に申し上げます。ナオトさん、あなたは、お金の使い方が、危なっかしすぎます」
「…………え?」
直人は、パンをくわえたまま、固まった。
「昨日の夕方、宿の窓から、あなたが、市場から戻ってくる姿を拝見しました。荷物の量が、尋常ではありませんでした」
「あ、見てたんですか」
「はい。実は、昨日から、ずっと、遠くから観察していました」
「ストーカーですか」
「違います。商人の、職業病です」
ローディスは、真顔で、眼鏡の位置を直した。
「ナオトさん。あなたたちが、昨日の素材売却で得た金額は、金貨四枚と銀貨三枚。これは、一般の冒険者の、数ヶ月分の稼ぎに当たります」
「はい。すごい額でした」
「その、ほとんどを、一日で、使い切りましたよね?」
「……えーと、使い切ったというか、ちょっと、買い物をしただけで」
「何を、買いましたか?」
「食料とか、日用品とか」
「具体的には?」
「えーと、その、米とか、お菓子とか」
「それらは、どこで、買ったのですか?」
「…………」
直人は、目を泳がせた。
隣で、エルネアが、お茶をすすりながら、ひそかに肩を震わせている。笑いをこらえているらしい。
(エルネアさん、助けてくれ)
しかし、エルネアは、知らん顔で、パンをちぎっていた。
「……まあ、いいでしょう。出所は、聞きません。以前も、そう申し上げましたから」
ローディスは、ふう、と息をついた。
「ただ、一点だけ。収支の問題です」
彼は、帳簿を開いて、細かい数字がびっしり書かれたページを、直人に見せた。
「私なりに、あなたがたの食費を、試算してみました。ミルカさんが、一日に食べる量。エルネアさんが、一日に食べる量。そして、ナオトさんの、通常の食事量。これを、バルネリオの物価で換算すると」
ローディスは、ペンで、一番下の数字を、とんとんと叩いた。
「月に、金貨二十枚です」
「に、にじゅう……」
「しかも、ミルカさんの食欲が、安定しているという保証は、ありません。さらに、彼女が、おかわりをする頻度が、季節ごとに変動する可能性も」
「いや、そこまで、真剣に計算しなくても」
「計算しますとも!」
ローディスが、身を乗り出した。丸眼鏡が、きらりと光る。
「あなたは、稼ぐ能力が、とんでもなく高い。今回の素材売却だけでも、一般的な商会が、半年かけて稼ぐ額です。それなのに、支出の管理が、まるで、できていない。これは、才能の浪費です!」
「ひえっ」
「商人として、許せません」
「は、はい……」
直人は、素直に、うなだれた。
ミルカが、パンを三つ同時に頬張りながら、首をかしげた。
「ほうひたの、ひゃおと?」
「ミルカさん、食べながら喋らないでください」
「ふぁい」
ローディスは、ひとつ、深呼吸をしてから、真剣な顔で切り出した。
「そこで、提案があります」
「提案?」
「私に、あなたがたの、金銭管理を、任せていただけませんか」
食堂が、しん、と静まった。
直人は、ぽかんと、ローディスの顔を見つめた。
「……金銭管理?」
「はい。収入の記録、支出の管理、毎月の予算の設定、必要経費の算出。ついでに、素材売却の交渉も、お引き受けします。報酬は、成果の一割で結構です」
「えっ、そんなことまで」
「素材の相場は、私が、頭に入れています。ギルドの鑑定士と、価格交渉をするのも得意です。あなたがたが、より多くの利益を得られるよう、全力で支援します」
ローディスの目は、本気だった。
「……でも、ローディスさんは、ヴェント商会の、見習いなんですよね? そっちの仕事は?」
「それなんですが」
ローディスは、ちょっと、照れくさそうに、頭をかいた。
「実は、先日、会頭に、相談しました。外の世界で、実際に商売を学びたい、と。そうしたら、一年間の修行を、認めていただけたのです」
「一年間?」
「はい。会頭いわく、『机の上の計算だけでは、本物の商人にはなれん。現場を見てこい』と」
「いい会頭さんですね」
「はい。厳しい方ですが、尊敬しています」
ローディスは、にこっと笑った。
「それに、正直に申し上げますと」
「はい」
「あなたの周りには、とんでもない面白いことが、次々と起きそうな気がするのです。商人の勘が、そう言っています」
「…………」
直人は、エルネアと、顔を見合わせた。
エルネアは、肩をすくめた。
「いいんじゃない? ナオトが、お金を使いすぎるのは、事実だし」
「いや、それは、そうなんですけど」
「私は、賛成よ。ローディスは、信頼できそうだわ」
「私も、賛成だよ!」
ミルカが、元気よく、手を挙げた。
「ローディスさん、お金のことに、詳しそうだし。それに、ご飯代の管理を、ちゃんとしてくれるなら、安心だもん」
「ミルカさん、あなたの食費が、一番の問題なんですが」
「えへへ」
ミルカは、まったく悪びれない顔で、笑った。
直人は、しばらく悩んだ。それから、にっと笑って、手を差し出した。
「わかりました。お願いします、ローディスさん」
「ありがとうございます!」
ローディスは、直人の手を、がっしりと握り返した。
「では、まず最初に、一つだけ、ルールを決めさせてください」
「はい」
「あなたの、個人の買い物の予算は、一日、銀貨二枚までです」
「えええ!? 少なっ!」
「少なくありません。それでも、一ヶ月で、金貨六枚です。十分に、贅沢です」
「で、でも、通販が」
「通販?」
「あ、いや、その、なんでもないです!」
直人は、慌てて口をふさいだ。
ローディスは、にっこりと笑った。
「何か、おっしゃいましたか?」
「いえ、何も」
こうして、一行に、新しい仲間が、加わった。
お金に厳しい、丸眼鏡の、頼れる金庫番だ。
直人は、これから先の財布の紐が、きゅっと締まる予感を、じんわりと覚えていた。
お読みいただき、ありがとうございました。
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