第24話 鼻で稼ぐ、大金のゆくえ
翌日。
三人は、バルネリオの北にある、霧の森へ向かった。
ミルカいわく、「素材の宝庫」らしい。
「この森はね、朝と夜で、採れるものが、全然違うの。だから、まず、朝の分を、採りに行こう!」
ミルカは、朝食に、パンを八個食べたというのに、元気いっぱいだった。足取りが、ぴょんぴょんと弾んでいる。尻尾が、左右に、ぶんぶんと揺れていた。
「ミルカさん、すごい食欲でしたね」
「ナオトさんが、朝ご飯も、ごちそうしてくれるから!」
「八個は、想定外でしたけど」
「えへへ」
エルネアが、横で、小声で言った。
「私は、六個で、我慢したわ」
「張り合ってる……」
霧の森は、その名の通り、薄い白い霧が、ふわふわと漂っていた。足元の苔が、しっとりと濡れている。木々の間から、鳥の声が、静かに響いた。
直人は、念のため、スマホでマップを確認した。赤い点が、少し先に、いくつか散らばっている。
『岩トカゲ(危険度:低〜中)』
「ミルカさん。この先に、岩トカゲがいます」
「えっ、わかるの?」
「勘です」
「ナオトさん、勘が鋭いんだね」
ミルカは、あっさり納得してくれた。
(この子、素直だな……)
直人は、ちょっとだけ、罪悪感を覚えた。
「いた!」
ミルカが、茂みの陰に、そっと身を伏せた。
視線の先に、体長二メートルほどの、岩のようなごつごつした肌のトカゲが、日向ぼっこをしていた。頭の上には、太くて長い、灰色の角が、一本生えている。
「あの角、上物だよ。根元の色が、濃い灰色でしょ? あれは、ここ数年で、一番いい個体かも」
「どうして、わかるんですか?」
「匂いが、全然、違うの。あのトカゲ、周りの鉱石の匂いを、ずいぶん吸ってる。だから、角に、魔力が、たくさん溜まってるの」
「なるほど」
直人は、スマホを取り出して、ステータスを開いた。
『岩トカゲ(成体)』
『危険度:中』
『弱点:喉元(鱗が薄い)、腹部』
「喉元か。じゃあ、そこを狙いますか」
「あ、待って、ナオトさん」
ミルカが、直人の袖を、そっと引いた。
「角は、根元から、まっすぐ、斬り落とすと、傷が少なくて、高く売れるの。でも、斜めに斬ったり、割ったりすると、値段が、ぐんと下がっちゃう」
「そうなんですか」
「うん。だから、お願い。角は、絶対に、真っ直ぐ、一回で」
「……わかりました。やってみます」
直人は、光の刃を出した。
ブゥン。
岩トカゲが、気配に気づいて、顔を上げた。
「エルネアさん、足止め、お願いします」
「任せて」
エルネアの矢が、ひゅんと飛んで、トカゲの前足を、地面に縫い止めた。
「ギャアッ!」
動けなくなった、岩トカゲの正面に、直人は、駆け込んだ。
まず、喉元を、一閃。トカゲの動きが、止まる。
それから、頭の上の角に、光の刃を、そっと当てた。
(根元から、真っ直ぐ。一回で)
すっ。
音もなく、角が、すっぱりと外れた。
切り口は、鏡のように、滑らかだった。
「…………!」
ミルカが、駆け寄って、角を拾い上げた。鼻を近づけて、くんくんと嗅ぐ。それから、うっとりした顔で、ため息をついた。
「……すごい。完璧。この切り口、職人の技でも、なかなか出せないよ」
「いや、道具が、良くて」
「その、光る棒?」
「はい。実家の」
「実家のすごいね!」
ミルカは、疑うことなく、納得した。
(この子の信頼が、ちょっとだけ、胸に痛い)
それから、三人は、一日かけて、森を歩き回った。
ミルカの鼻は、本物だった。
「ここ、虹茸が生えてる! 三本! でも、一本は、まだ小さいから、あと三日待ってから!」
「この木の洞の中に、雷蜘蛛の糸が、たまってるよ。ふつうは、見つからない場所だけど」
「あの川底に、銀鱗魚の抜け殻があるね。薬の材料になるの」
次々と、貴重な素材を、見つけていく。しかも、採り方まで、細かく指示してくれた。どれも、傷つけずに、最高の状態で、手に入る。
直人とエルネアは、ミルカの指示に従って、素材を丁寧に採集して、フォルダに収納していった。
夜になって、森が、青白い月明かりに包まれた頃。
ミルカが、ぴくっと、鼻を上げた。
「……あった」
「何がですか?」
「月苔。夜に、月の光を浴びたときだけ、芽を出すの。この匂い、間違いない」
ミルカに導かれて、森の奥へ。
大きな岩の裏に、淡く、青白く光る苔が、びっしりと生えていた。
「うわあ……」
「綺麗……」
直人とエルネアは、思わず、息を呑んだ。
ミルカは、慎重に、その苔を、小さな刃物で、一束ずつ、すくい取っていった。
「これ、本当に、貴重なんだよ。薬師さんたちが、喉から手が出るほど欲しがるの」
「いくらくらい、なるんですか?」
「えーとね。この量だと」
ミルカは、指を折って、ちょっと考えた。
「……金貨、たぶん、一枚半くらい?」
「き、金貨……!」
直人は、思わず、声が裏返った。
翌日。
バルネリオの冒険者ギルドの、素材買取所。
鑑定士の中年の男が、直人たちが持ち込んだ、素材の山を前に、完全に固まっていた。
「…………これを、すべて、あなた方が?」
「はい」
「岩トカゲの角が、三本。虹茸が、十二本。雷蜘蛛の糸が、五巻き。銀鱗魚の抜け殻が、八枚。そして、月苔が……この量……」
鑑定士は、眼鏡を、外して、ごしごしと拭いて、もう一度かけ直した。
「……こんなに、状態のいい素材は、三年ぶりに見ました。特に、この角の切り口は、誰がやったんですか?」
「えーと、俺です」
「……なるほど。ただの、冒険者ではありませんね」
鑑定士は、ごくりと唾を飲んだ。
「査定を、いたします。少々、お待ちください」
三十分後。
カウンターの上に、ずっしりと重そうな袋が、置かれた。
「合計で、金貨四枚と、銀貨三枚になります」
「き、金貨、四枚……!」
直人は、袋を受け取った。ずっしりした金貨の重みが、手のひらに伝わってきた。
生まれて初めて、手にする、大金だった。
「す、すごい……」
「やったああ!」
ミルカが、飛び跳ねて、直人に抱きついた。
「ナオトさん、ありがとう! こんなに、大きな仕事、初めて!」
「いえ、ミルカさんのおかげですよ」
「えへへへへ」
エルネアも、嬉しそうに、にこにこしている。
「三人で、分けましょう」
「え? 私も、もらっていいの?」
「もちろんです。見つけたのは、ミルカさんですから。半分は、受け取ってください」
「は、半分!?」
ミルカは、目を丸くして、固まった。
数秒後、ぼろぼろと、涙を流して、わんわん泣き出した。
「うええええん、ありがとおおお!」
「ちょ、ちょっと、ミルカさん、ここ、ギルドの中ですよ!」
周りの冒険者たちが、何事かと、ちらちら見ている。
直人は、慌てて、ミルカを、なだめた。
その後、直人は、自分の取り分を、ミルカとエルネアと、それぞれ分けた。残ったのは、金貨二枚と、銀貨三枚ほど。
宿に戻る途中、直人は、スマホを取り出して、ショッピングを開いた。
(せっかくだから、ちょっと、補充しておくか)
金貨を一枚、画面にかざす。
しゅっ。
残高が、『1000』と、表示された。
「うお」
直人は、ごくりと唾を飲んだ。
(これだけあれば、何でも、買えるぞ……)
それからの、直人の買い物は、止まらなかった。
米、味噌、醤油、缶詰、お菓子、ジュース、レトルト食品、インスタント麺、毛布、タオル、洗剤、歯磨き粉、懐中電灯、予備の電池、保存用の容器、調理道具のセット。
ぽちぽちぽちぽち。
宿の部屋のすみで、こっそり商品を購入しては、フォルダに収納していく。
「……よし。これで、当分、食料の心配は、ないな」
満足して、残高を確認した。
『残高:87』
「…………え?」
もう一度、見た。
『残高:87』
「……あれ?」
千あったはずの残高が、八十七まで、減っていた。
「ナオトー? 何、ぼんやり、してるのー?」
ミルカの声が、部屋の外から聞こえた。
「あ、はい! 今、行きます!」
直人は、慌てて、スマホを、しまった。
冷や汗が、つうっと、背中を伝った。
(……いや、まだ、大丈夫。たぶん。金貨は、あと、もう一枚、残ってるし)
しかし、その金貨も、翌日には、ほとんど消える運命だった。
そのことを、直人は、まだ、知らない。
宿の部屋の窓の外、遠くの人混みの中で。
丸眼鏡の青年が、直人の姿を、じっと見つめていた。
「…………あの人、お金の使い方が、あまりにも、危なっかしい」
ローディスは、手元の計算盤を、ぱちぱちと弾いて、深いため息をついた。




