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第22話 異世界のお買い物は、終わらない

 翌朝。

 バルネリオの宿で目を覚ました直人は、窓を開けて、思い切り伸びをした。

 窓の外には、朝から、人の波が絶えない大通り。パンを焼く匂い、馬のいななき、荷車の軋む音。

「よし。今日は、買い物だ」

「商売の調査じゃなかったの?」

 隣の部屋から出てきたエルネアが、あくびをかみ殺しながら言った。

「調査も兼ねています。つまり、買い物です」

「ずいぶん、都合のいい言い方ね」

「楽しいほうがいいじゃないですか」

 エルネアは、ふっと笑って、髪留めの位置を直した。

「いいわ。付き合ってあげる」


 直人は、市場を歩きながら、ふと、あることに気づいた。

(俺、通販に頼りすぎてたな)

 通販は、確かに便利だ。食料も、日用品も、ほぼ何でも手に入る。でも、そこにあるのは、あくまで、「元の世界の品物」だ。

 この世界には、この世界にしかない品物が、山ほどあった。

「ナオト、これ、何かしら」

 エルネアが、一つの屋台の前で足を止めた。並んでいるのは、薄い青色の、小さな乾燥した花だった。

「風鈴草のお茶だよ、お嬢さん。この辺りで、よく飲まれているんだ。香りがよくて、気持ちが落ち着く」

 店主のおばあさんが、小さな包みを、鼻の前に差し出した。

 すうっと、爽やかな花の香りがした。

「いい匂い……」

「ほんとだ。これ、買いましょう」

 直人は、迷わず、銅貨を払った。お茶は、通販でも買える。でも、この、ここだけの香りは、ここでしか買えない。

 次の屋台は、手作りの石鹸を売っていた。オリーブの香りのもの、蜂蜜の入ったもの、薔薇の花びらを練り込んだもの。

「これ、全部、いい匂いね」

「ですね。お土産に、一個ずつ買おうかな」

「誰への、お土産?」

「えーと、そうですね。バルバラさんと、ティルフィさんと、ミュゼと」

 指を折って数えていくうちに、買う数が、どんどん増えていった。

 それから二人は、鍛冶屋の屋台で、丈夫な鉄鍋を買い、雑貨屋で、かわいらしい木のカップを買い、織物屋で、手触りのいい布を買った。

 直人が、買ったものを、次々とフォルダに収納していくのを見て、エルネアが、目を細めた。

「……あなた、収納がある、と思って、遠慮なく買いすぎてない?」

「えっ。いや、そんなことは」

「その手に持ってる、巨大な壺は、何?」

「……香辛料入れに、いいかなって」

「必要なの?」

「……かっこよかったので」

「…………」

 エルネアは、深いため息をついた。

 でも、その顔は、少しだけ、笑っていた。


 昼過ぎ。

 二人は、市場の奥にある、変わった店の前で、足を止めた。

 看板には、「魔道具・古道具 なんでも屋」とある。

 扉を開けると、薄暗い店内に、奇妙な品物が、ぎっしりと積まれていた。光る玉、動く人形、ひとりでに回る風車、しゃべる貝殻。

「いらっしゃい」

 奥から、眠そうな顔の老人が、ぬっと現れた。

「何か、お探しかね」

「いえ、ちょっと、見学を」

「ほほう。冒険者かね。それなら、これは、どうじゃ」

 老人が、棚から取り出したのは、手のひらサイズの、金属製の円盤だった。表面に、針が一本ついている。

「これは?」

「方位磁針じゃ。魔力を込めると、近くにある、魔物の方角を指す」

「魔物の、方角を」

 直人は、ちらりと、胸ポケットのスマホを見た。

(俺のマップ、もっと正確なんだけどな)

 しかし、そのことは、口には出さない。

「いくらですか?」

「金貨二枚じゃ」

「たっか!」

 金貨一枚は、銀貨十枚分。つまり、銅貨千枚だ。

 直人は、素早く首を振った。

「いや、大丈夫です。ありがとうございました」

「そうかい。残念じゃな」

 老人は、あっさり引き下がった。

 店を出たあと、エルネアが、小声で言った。

「買わないの? 便利そうだったけど」

「いや、俺のスマホのほうが、ずっと上なので」

「…………そうね」

 エルネアは、苦笑いを浮かべた。

 それから二人は、広場の道具屋で、地図を一枚、買ってみた。バルネリオの周辺地域を描いた、羊皮紙の地図だ。

 宿に戻って、スマホのマップと、見比べてみる。

「……やっぱり、うちのマップのほうが、正確ですね」

「当たり前でしょう。羊皮紙の地図と、同じにしないでちょうだい」

「でも、この地図の、手描きの味は、いいですよ。この、魔物の絵とか」

「ナオト、それは、ただの落書きよ」

「あ、本当だ。ドラゴンのしっぽが、ネギみたいになってる」

 二人は、顔を見合わせて、笑った。


 夕方、ふたたび、市場の食べ物の通りに戻ってきた。

 屋台の呼び込みが、一段と、威勢を増している。炭火の煙と、肉の焼ける匂いが、あたりを包んでいた。

「お腹、すいたわね」

「俺もです。今日は、いっぱい歩いたので」

 通りの一番奥に、ひときわ大きな食堂があった。看板には、大きな文字で、こう書かれている。

『満腹亭 食べ放題とは言ってない、でも安い』

「……何、この看板」

「面白い店ですね。入ってみましょうか」

 扉を開けると、中は、がやがやと賑わっていた。広い店内に、長いテーブルが、何列も並んでいる。冒険者、商人、旅人。みんな、大皿の料理を、わいわい囲んでいた。

「いらっしゃい! 空いてる席に、座っとくれ!」

 威勢のいい女将が、大声で叫んだ。

 直人とエルネアは、店の奥の、空いたテーブルに向かった。

 その途中で、直人は、あるものに、目を奪われた。

 隣のテーブルに、皿が、積み上がっていた。

 一枚や二枚ではない。二十枚近い皿が、見事な塔になって、そびえている。

 その向こう側に、小柄な少女が、一人。

 ふさふさした、灰色の耳が、頭の上でぴくぴくと動いている。背中には、ふわふわの尻尾。両手に、骨付き肉を一本ずつ握って、もぐもぐと、一心不乱に、食べていた。

「…………」

「…………」

 直人とエルネアは、顔を見合わせた。

 次の瞬間、少女が、最後の肉を、ごくんと飲み込んだ。

「……ふぅ。おいしかったぁ」

 満足そうに、お腹をぽんぽんと叩く。

 そこへ、女将が、のしのしと、近づいてきた。

「お嬢ちゃん。食べ終わったかい?」

「うん! 全部、おいしかった!」

「そりゃあ、よかった。じゃあ、お勘定、銀貨十二枚だよ」

「…………ぎ、ぎんか、じゅうに……?」

 少女の顔から、すうっと、血の気が引いていった。

「……あ、あの」

「ん?」

「……お金、ないの」

 ぴたり、と店の中が、静まり返った。


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