第21話 商人の町は、金の匂いがする
ミルヴァを出て、馬車で三日。
街道の先に、これまでで一番大きな城壁が見えてきた。
商業都市バルネリオ。
大陸中の品物が集まるといわれる、巨大な交易の街だ。
「…………でかい」
「ミルヴァが、小さく見えるわね」
直人とエルネアは、乗合馬車の窓から、並んで身を乗り出していた。
城門の前には、荷車と馬車と旅人の、長い長い行列ができている。門番たちが、手慣れた様子で、荷物を検めていた。
「次の方、どうぞー! 荷物の申告をお願いします!」
直人たちの順番が来た。
「冒険者の、久瀬直人です。こっちは連れの、エルネア。荷物は、背負っているこれだけです」
「ふむ。ギルドカードを、拝見」
門番は、カードを見て、目を丸くした。
「Cランク……暫定、ですか。珍しいですね。いやあ、冒険者の方は、大歓迎ですよ。ようこそ、バルネリオへ!」
あっさり通された。フォルダの中身は、検められなかった。
(さすがに、スマホの中までは、調べようがないよな)
直人は、こっそり、胸をなでおろした。
一歩、町に入った瞬間、直人は、圧倒された。
まず、人の数が、桁違いだった。石畳の大通りは、人、人、人。商人、旅人、冒険者、見たことのない異国の服を着た人々。荷を積んだ馬車が、ひっきりなしに行き交っている。
両側には、巨大な商館が、ずらりと立ち並んでいた。看板には、大きな紋章。扉の前では、番頭風の男たちが、せわしなく指示を飛ばしている。
あちこちから、威勢のいい声が聞こえた。
「南方産の、とびきりの香辛料だ! 今日だけの特価だよ!」
「東の絹織物、入荷したよ!」
「魔道具の修理、承ります!」
空気そのものが、お金の匂いをさせている気がした。
「……すごい熱気ね」
「ですね」
「私、ちょっと、目が回りそう」
「俺もです」
二人は、大通りの隅に寄って、ひとまず息を整えた。
その時、直人の頭に、ふと、ある考えが浮かんだ。
(ここなら、通販の商品も、売れるんじゃないか?)
コモレビ村で、調味料が喜ばれた。ギルド食堂の、カレーも大成功だった。この町の規模なら、もっと、大きな需要があるはずだ。
「エルネアさん、ちょっと、市場を見てきてもいいですか? 相場を、調べたくて」
「相場?」
「ええ。通販の品物を、ここで売ったら、いくらになるのかなって」
「…………」
エルネアは、少し眉をひそめた。
「商売にするつもり?」
「いや、まだ、決めたわけじゃないです。ただ、どれくらいの価値があるのかは、知っておきたくて」
「……そう。なら、あんまり、無茶はしないでね。お金の話は、私は、さっぱりだから」
「はい、気をつけます」
直人は、うなずいた。
市場の、香辛料と調味料を扱う一角に、直人は、足を踏み入れた。
色とりどりの香辛料が、麻袋に入って、ずらりと並んでいる。鼻をくすぐる、複雑な香り。
一つの屋台の前で、直人は、足を止めた。
店番をしているのは、直人と同じくらいの年の、若い青年だった。きちんと整えた茶色の髪に、丸い眼鏡。袖には、何やら、細かい数字を書いた紙が、びっしりと挟まっている。
「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
「あの、ちょっと、見せてもらってもいいですか?」
直人は、屋台の上に並んだ、塩の袋を指さした。
「岩塩ですね。この辺りでは、北の岩塩坑のものが、主流です。一袋で、銅貨十五枚」
「へえ。あ、こっちの、黒い粒は?」
「黒胡椒です。南方からの輸入品なので、こちらは、小袋で銀貨二枚になります」
「銀貨二枚……!」
直人は、目を見開いた。
(コモレビ村で、俺、通販のこしょうを、お代なしで配ってたのか……)
通販では、ミル付きの瓶が、銅貨十枚だった。この世界の価格の、二十分の一だ。
直人は、そっと、荷物から、一つ、取り出した。
固形コンソメだ。包み紙に包まれた、小さな四角い塊。
「すみません。これ、ちょっと、見てもらっていいですか?」
「はい?」
青年は、包みを手に取って、首をかしげた。
「これは、何ですか?」
「えーと、スープの素、みたいなものです。お湯に溶かすと、旨味のあるスープになって」
「ほう」
青年は、包みを開けて、中の固形物を、じっくり観察した。鼻に近づけて、においをかぐ。それから、爪の先でちょっとだけ削って、舌に乗せた。
その瞬間、彼の目が、かっと見開かれた。
「…………!」
「ど、どうですか?」
「……これは、驚いた。肉と野菜の旨味が、塩と、香草と、見事に調和している。しかも、この均一な形、一つ一つの重さの正確さ。手作りの職人技とは、思えない」
青年は、眼鏡の位置を、くいっと直した。
「お客さん。これを、どこで手に入れました?」
「あー、それは、その、ちょっと、遠い国で」
「どこの国ですか」
「えーと、遠いところ」
直人の嘘は、相変わらず、下手だった。
青年は、じっと直人を見つめた。それから、小さく、ため息をついた。
「……訳あり、ですね」
「あ、はい」
「わかりました。ここでは、詳しくは聞きません。ただ、一つだけ、アドバイスをさせてください」
青年は、屋台の奥から、小さな椅子を持ってきて、直人に勧めた。
「僕は、ローディスといいます。ヴェント商会の、見習いです」
「久瀬直人です。冒険者です」
「ナオトさん。その商品、売ろうと思っているなら、絶対に、いきなり、市場に出さないでください」
「え?」
「理由は、三つあります」
ローディスは、指を三本、立てた。
「一つ目。この品質の調味料は、この町の市場では、前例がありません。価格を、どう設定するのか、誰にもわからない。安すぎれば、既存の調味料商人が、全員、仕事を失います。恨みを買って、最悪、命を狙われる」
「い、命……」
「二つ目。出所を、必ず、聞かれます。商売では、仕入れ先を、隠し通すことは、ほぼ不可能です。商人ギルドも、税務官も、貴族も、あなたの背後を、探りに来ます」
「うっ」
「三つ目。量です。あなたが、どれだけの数を、持っているのか。それが、供給の限界を決めます。少なければ、希少品として、高く売れる。多ければ、値崩れを起こして、誰も得をしません」
直人は、ごくりと唾を飲んだ。
商売というのは、思っていたより、ずっと、複雑で、危険なものらしい。
「…………勉強に、なります」
「いえいえ。僕は、ただ、見習いとして、当たり前のことを言っているだけです」
ローディスは、にこっと笑った。
「でも、もし、本気で商売を考えているなら、いつでも、相談してください。僕でよければ、力になります」
「いいんですか?」
「はい。なぜか、あなたの商品に、とても、興味があるので」
眼鏡の奥で、彼の目が、きらりと光った。
直人は、その光を見て、ちょっとだけ、嫌な予感と、いい予感の、両方を覚えた。
(この人、絶対、有能だ)
そして、たぶん、厄介な人だ。
屋台を離れたあと、直人は、通りで待っていたエルネアに、状況を報告した。
「……というわけで、売るのは、慎重にしたほうがいいらしいです」
「ふうん。危険な商売なのね」
「みたいです。でも、あの、ローディスさんは、いい人でした。親切に、教えてくれて」
「ナオトは、すぐ、人を信用するから、心配だわ」
「えっ」
「でも、悪い人では、なさそうね」
エルネアは、ふっと、微笑んだ。
そのとき、直人の腹が、ぐう、と鳴った。
「……あ」
「ふふ。何か、食べましょうか」
「そうですね」
二人は、市場の奥のほうへ向かって、歩き出した。
この町には、まだまだ、知らないことが、たくさんありそうだ。
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