第19話 手柄は、誰のもの?
巨大オークの報酬は、銀貨十五枚になった。
直人は、袋の中の銀貨を見て、にまにましていた。ただし、その半分は、すでに通販のチャージに消える予定だった。
「次の依頼を、探しましょうか」
「そうね。体を動かしたいわ」
二人が選んだのは、ミルヴァから半日ほど離れた、ハナノキ村からの依頼だった。
『畑を荒らすツノイノシシの駆除。数頭。報酬:銀貨二枚と、収穫の野菜』
「ツノイノシシなら、懐かしいですね」
「あなたが、初めて追いかけ回された魔物ね」
「言わないでください」
実際のところ、今の直人にとって、ツノイノシシは、もはや相手にならなかった。
マップで場所を確認して、エルネアの矢で動きを止めて、光の刃でとどめを刺す。この流れで、半日もかからずに、五頭すべてを仕留めた。
「こんなに楽な依頼で、銀貨二枚と野菜なんて、もらいすぎな気がしてきたわ」
「村の人が、困ってたんですから、いいんじゃないですか」
仕留めたイノシシは、フォルダに収納して、そのまま村へ向かった。
ハナノキ村の入口に着くと、様子が、おかしかった。
村の広場に、人だかりができている。その中心で、見慣れない四人組の男たちが、偉そうに腕を組んで、立っていた。
全員、ごつい装備を身につけている。先頭の大男は、背中に両手持ちの大剣。後ろの三人は、斧、槍、短弓と、それぞれ武器を携えていた。
「だから、言ってるだろう。ツノイノシシは、俺たち『赤牙団』が、すでに片付けたんだ」
大男が、でかい声で言った。
「で、ですが、まだ、畑の被害は」
「それは、討伐前の被害だ。もう、安全になった。さあ、約束の報酬を、出してもらおうか」
村長らしい白髪の老婆が、震える手で、小さな袋を握りしめていた。
「で、でも、依頼は、ギルドを通して」
「ギルドへの報告は、俺たちがやっておく。報酬は、今、ここで現金払いだ」
「そ、そんな……」
(……あれ、完全に、横取りだな)
直人は、遠くから様子を見て、すぐに察した。
「ナオト」
「はい」
「行く?」
「……穏便に、話してみます」
直人は、人だかりの後ろから、声をかけた。
「あのー、すみません。そのイノシシの討伐、俺たちが引き受けた依頼なんですけど」
四人の男たちが、いっせいに、振り向いた。
「あぁ?」
大男が、直人を、頭のてっぺんから爪先まで、じろじろと眺めた。
「何だ、お前は」
「冒険者の、久瀬直人です。こっちは、エルネア。ギルドでこの依頼を受けて、ついさっき、五頭、仕留めてきたところです」
「五頭? お前らが?」
大男は、ぷっと吹き出した。
「はは、笑わせるな。お前、見た感じ、ただのひょろい兄ちゃんじゃねえか」
「ひょろい……」
「おい、あいつ、聞いたことあるぜ。魔力だけは馬鹿でかいが、魔法は使えねえっていう、アンバの町の、お飾り大魔導師だろう」
後ろの槍使いが、にやにやしながら言った。
「ああ、あの、無能のか」
「そりゃあ、傑作だ」
四人が、どっと笑った。
直人は、小さく息を吐いた。
(ダグロさんの時と、同じ流れだな)
「確認させてください。皆さんが、仕留めたイノシシは、どこにありますか?」
「あぁ? そんなの、もう、森に埋めたよ」
「埋めた?」
「面倒だからな」
直人は、横にいたエルネアと、目を合わせた。
エルネアの目が、すっと冷たくなった。
「ナオト。この人たち、嘘をついているわ。仕留めた魔物を、素材にもせず、埋めるなんて、ありえない」
「ですよね」
「何をごちゃごちゃ言ってやがる」
大男が、苛立った顔で、直人に詰め寄った。
「いいか、お前ら。ここは、俺たちが先に来て、仕事を済ませたんだ。邪魔をするなら、痛い目を見るぞ」
「痛い目、ですか」
「そうだ。弱いやつは、黙って引っ込んでろ」
その時、大男の足が、村長の足元に置いてあった、野菜かごを、どかっと蹴り飛ばした。
かごが転がって、中のにんじんや、かぶが、地面に散らばった。
「あっ」
「何だ、これは。報酬の、野菜か? 貰っていくぜ」
大男が、散らばった野菜を、無造作に、ブーツで踏みつけた。
近くにいた、小さな男の子が、泣きそうな顔で、それを見ていた。
直人の中で、何かが、すっと冷えた。
「…………やめてください」
「あぁ?」
「その野菜は、村の人たちが、一生懸命、育てたものです」
「だから、何だ」
「踏まないでください」
直人の声は、静かだった。静かだったが、いつもの、のんびりした調子とは違っていた。
エルネアが、横で、小さく息を呑んだ。
「ほう、やる気か?」
大男が、背中の大剣を、すらりと抜いた。
周りの三人も、それぞれ、武器を構える。
村人たちが、悲鳴を上げて、後ずさった。
「ナオトさん、危ない!」
小さな男の子が、叫んだ。
「大丈夫。ちょっと、下がっててね」
直人は、男の子に、にっこり笑いかけた。それから、スマホを取り出した。
マップを開く。四つの赤い点が、直人を取り囲むように、じわじわと動いている。
扇形の線が、それぞれ、別々の方向に伸びていた。大剣は、正面。斧は、右。槍は、左。弓は、後方。
直人は、画面を、ちらりと確認して、小さくうなずいた。
「武器だけで、勘弁してあげますね」
「何だと?」
「怪我は、させたくないので」
「ふざけるな!」
大男が、大剣を振りかぶって、突進してきた。
ブゥン。
光の刃が、すっと伸びる。
直人は、半歩だけ、横にずれた。大剣が、すれすれのところを、すり抜けていく。
そして、光の刃を、ひゅっと、一閃。
すぱん。
大剣の刀身が、根元から、きれいに両断された。
「…………は?」
大男が、柄だけになった剣を、呆然と見つめた。
次の瞬間、右から、斧が振り下ろされる。
直人は、扇形に従って、左へ。そのまま、光の刃を、斜めに、すっと走らせた。
ぱきん。
斧の頭が、柄から、すっぱりと切り離されて、地面に落ちた。
左から、槍が突き出される。
直人は、そっと、身をかがめて、槍の穂先を、光の刃で、ちょん、と払った。
ちん。
鋭い穂先が、ころんと、転がった。
最後に、後方の弓使いが、慌てて、矢をつがえようとする。
「風よ」
エルネアが、静かに、つぶやいた。
ひゅん。
弓使いの手元で、弓の弦が、ぷつんと切れた。
「え?」
それどころか、その弓使いの帽子が、エルネアの放った矢に、ひょいと撃ち抜かれて、近くの木に、ぱしんと、縫い止められた。
「うわあああ!?」
一瞬の出来事だった。
四人の武器は、すべて、使い物にならなくなっていた。
「…………」
「…………」
赤牙団の四人は、口を半開きにして、固まっていた。
「ま、まだやりますか? 次は、武器じゃなくて、防具の紐を切りますけど」
直人が、光の刃を、ゆらりと向けた。
「ひ、ひいいいい!」
大男が、悲鳴を上げて、尻餅をついた。
「な、なんだ、その剣は! ば、化け物か、お前は!」
「ただの、お飾り大魔導師です」
「ひぃぃぃぃ!」
四人は、折れた武器を放り出して、転がるように、森のほうへ逃げていった。
村人たちが、呆気にとられた顔で、それを見送っていた。
一拍あって。
「うおおおおお!」
「すごい!」
「ありがとう、冒険者さん!」
歓声が、わっと、広場に広がった。
その後、直人は、フォルダから、五頭のツノイノシシを、順番に取り出して、村の広場に並べた。
「五頭、仕留めてきました。これで、討伐完了です」
ぽん、ぽん、ぽん。
現れたイノシシの大きさに、村人たちが、もう一度、目を丸くした。
「こ、これ、全部、二人で?」
「はい。肉は、村の皆さんで、分けてください。毛皮と牙だけ、いただきます」
「そ、そんな、悪いわ!」
「いいんです。冬の備えに、なるでしょう?」
村長の老婆が、直人の手を、ぎゅっと握りしめた。目には、涙が浮かんでいた。
「ありがとう……本当に、ありがとう。あんた方が来てくれなかったら、あの連中に、全部、奪われるところじゃった」
「お力になれて、よかったです」
直人は、にこりと笑った。
その後、村長は、ギルドへ宛てた手紙を書いてくれた。赤牙団が、依頼の成果を横取りしようとしたこと、村人を脅したこと、野菜を踏みつけたこと。すべてが、そこに、詳しく記されていた。
数日後、ミルヴァのギルドで、赤牙団に、正式な調査が入った。
村人たちの証言と、武器の断面の鑑定結果が、決め手になった。鑑定士は、切断面を見て、「これは、ただの魔道具の斬撃ではない」と首をひねったが、赤牙団の主張が嘘であることは、はっきりした。
赤牙団は、不正行為により、冒険者資格を、半年間、停止された。
「おめでとうございます、ナオトさん、エルネアさん。報酬は、満額、お支払いします」
フェルナが、にっこり笑って、袋を差し出してくれた。
「ありがとうございます」
直人は、袋を受け取りながら、ふと、考えた。
(これまでの自分なら、ああいうとき、何もできなかったんだよな)
魔力だけの無能と、笑われて、悔しい思いをしても、言い返すことすらできなかった。
でも、今は、違う。
守りたいものを、守れる。
「ナオト」
「はい?」
「あの時の、あなたの顔、ちょっと、かっこよかったわよ」
エルネアが、さらりと言った。
「えっ」
「ほんのちょっとだけ、ね」
「あ、ありがとうございます……」
直人は、ほんのり、頬が熱くなるのを感じた。




