第18話 服を変えたら、別人扱いされた
夕暮れの森で、直人は、すべてを話した。
自分が、この世界の人間ではないこと。三ヶ月前、気がついたら、見知らぬ森の中にいたこと。持っていたのは、このスマートフォンだけだったこと。
魔力の測定で水晶を光らせたものの、魔法は一つも使えなかったこと。そして、つい数日前、止まっていたはずのスマホが、突然、動き出したこと。
話し終えるまで、エルネアは、一度も口を挟まなかった。
「……というわけで、俺も、この板のことは、ほとんどわからないんです」
「…………」
「信じられない、ですよね。やっぱり」
「いいえ」
エルネアは、首を横に振った。
「むしろ、全部、腑に落ちたわ」
「え?」
「魔物の習性を知らないのも、ヨルベニの実を食べようとしたのも、精霊の領域に入りかけたのも。この世界の常識が、まるでないのは、そもそも、この世界の人じゃなかったからなのね」
「あ、そういうことになります」
「なら、納得だわ」
エルネアは、ふう、と息を吐いて、にっこり笑った。
「正直に、話してくれて、ありがとう」
「……怒らないんですか? ずっと、ごまかしてたのに」
「怒らないわよ。あなた、ごまかすのが、致命的に下手だったもの。『実家の袋』なんて、聞いた瞬間、嘘だとわかったわ」
「ぐっ」
「でも、問い詰めなかったのは、あなたが、悪い人じゃないってわかっていたから。何か、事情があるんだろうって」
直人は、胸の奥が、じんわりと温かくなるのを感じた。
「それにね」
エルネアは、ちょっと、いたずらっぽく笑った。
「魔法のない世界から来た、と考えたら、あなたが魔法を使えないのも、当たり前じゃない? 蛇口のない世界から、水がなみなみ入ったバケツが、やってきたんだもの」
「……そうなのかな」
「わからないけど。でも、そう考えたほうが、少し、気が楽でしょう?」
直人は、目をぱちくりさせた。
三ヶ月間、「なんで魔法が使えないんだ」と悩み続けてきた。その問いに、初めて、一つの答えが、そっと差し出された気がした。
「……ありがとうございます、エルネアさん」
「どういたしまして。それから」
エルネアは、人差し指を立てた。
「このことは、誰にも話さない。約束するわ」
「いいんですか?」
「当然でしょう。あなたの秘密を守るのは、仲間の務めよ」
エルネアは、ふん、と胸を張った。
直人は、思わず、笑ってしまった。
「仲間、ですか」
「ええ。仲間よ。いやなの?」
「いえ、うれしいです」
「そう」
エルネアは、ぷいと顔をそらした。耳の先が、ちょっとだけ、赤かった。
それから二人は、焚き火のそばで、フォルダの検証を始めた。
「まず、生き物は、入るのかしら」
「やってみます」
足元を歩いていた、小さなバッタを、そっと画面に近づけてみる。
ぴしっ。
画面に、赤い文字が浮かんだ。
『生き物は収納できません』
「ダメみたいですね」
「安心したわ。そこまで便利だと、さすがに怖いもの」
次に、焚き火で焼いた肉を、フォルダに入れてみた。熱々のまま、少し待ってから、取り出す。
ぽん。
手のひらの上に、湯気の立つ肉が、現れた。
「熱いまま!」
「時間が、止まっているのね」
「みたいです。これ、食料の保存に、最強じゃないですか?」
「……ナオト。あなた、とんでもないものを手に入れたわね」
「ですよね」
容量は、『???』のままだった。巨大オークを入れても、数字は、ほとんど動いていない。
「たぶん、俺の魔力量に、関係があるんだと思います」
「だとしたら、事実上、無限ね」
「あはは……」
直人は、乾いた笑いを浮かべた。
チート、というやつだ。自分で言うのも、なんだけれど。
翌日。
ミルヴァの町に戻った二人は、まず、ギルドの裏手にある、解体場へ向かった。
「えーと、討伐したオークの、上位個体なんですが」
「ほう、見せてもらおうか」
解体場の責任者が、腕を組んで言った。
「どこだ? 荷車は?」
「えっと、ここに、出してもいいですか?」
「ここ? そこの、空き地にか?」
「はい」
直人は、スマホを取り出して、フォルダを開いた。
エルネアが、さりげなく、周りの視線を遮るように、立ち位置をずらしてくれた。
「はい、じゃあ、出します」
ぽん。
どすううううん。
空き地いっぱいに、巨大オークの死体が、現れた。
解体場が、しん、と静まり返った。
「……」
「……」
「……お、おい、今、どこから」
「魔道具です」
エルネアが、ぴしゃりと言った。
「希少な、収納の魔道具よ。持ち主の事情は、聞かないでちょうだい」
「そ、そうか……」
責任者は、顔を引きつらせながら、深くうなずいた。エルフの威厳が、いい仕事をしていた。
(エルネアさん、頼もしい……)
直人は、心の底から、そう思った。
査定を待つ間、直人とエルネアは、町の中心にある広場へ向かった。
報酬が出たら、必要なものを買い足す予定だ。その前に、ちょっとだけ、ぶらぶらしようという話になった。
「そういえばナオト。あなた、さっきから、その革の上着で、ずっと過ごしているけれど」
「あ、はい。丈夫で、動きやすいので」
「冒険者らしくはあるけど、ちょっと、地味じゃない?」
「地味ですか?」
「せっかく、服を、自由に変えられるのでしょう? 何か、試してみたら?」
「あー」
直人は、少し考えて、スマホを取り出した。
「じゃあ、ちょっと、遊んでみますか」
人通りの少ない路地の陰に入り、カメラで、自分を一枚撮る。
AI加工のアプリを開いて、入力する。
『落ち着いた雰囲気の、旅の魔術師』
送信。
ぱああああっ。
光が収まると、直人の体は、深い藍色のローブに包まれていた。肩には、銀の刺繍の入った短いマント。腰には、革のベルト。足元は、艶のある黒いブーツ。
「どうですか?」
路地から出て、エルネアの前でくるりと回る。
「…………」
エルネアは、目をぱちぱちさせた。
「……ちょっと、驚いたわ。別人みたい」
「そうですか?」
「ええ。ちゃんと、賢そうに見える」
「それは、元が賢く見えないってことですか?」
「ふふ」
笑ってごまかされた。
そのとき、広場の向こうから、見覚えのある顔が、歩いてきた。
「あ、フェルナさん」
ギルド受付の、フェルナだった。両手に、書類の束を抱えている。
「こんにちは、フェルナさん」
「あ、はい、こんにちは。……えっと、失礼ですが、どちら様でしたでしょうか?」
「え?」
「申し訳ありません。ギルドの登録をされた、新しい魔術師の方でしたか? あいにく、お名前が」
「いや、俺ですよ、直人ですよ、久瀬直人」
「……」
フェルナが、じっと、直人の顔を見つめた。
三秒。
「…………ええええええ!?」
書類が、ばさあっと、地面に散らばった。
「ナ、ナ、ナオトさん!? その格好、どうしたんですか!? 全然、気づきませんでした!」
「あ、すみません。ちょっと、着替えただけで」
「着替えただけで、そんなに、変わります!? 雰囲気が、全然、違いますよ!」
「そうですか」
直人は、頭をかいた。
その様子を見ていたエルネアが、小さく、ため息をついた。
「……あなた、これ、危険ね」
「何がですか?」
「顔見知りの受付嬢に、顔を覚えられていないのよ。普通の人が見たら、本当に、完全な別人でしょう」
「たしかに」
直人は、ふと、思いついた。
(これ、敵の目を、ごまかすのに、使えるんじゃないか?)
悪人に追われているときや、どこかに潜入するときには、役に立つかもしれない。
「面白いですね。遊びで始めたんですけど、結構、実用的かも」
「ええ。でも、ナオト」
「はい」
「あなた、今、どんな顔をしているか、わかる?」
「え?」
「にやにやしてるわよ」
言われて、頬に手を当てた。確かに、緩んでいる。
「いや、これは、その」
「ちょっと、遊んでみたいって、思ってるでしょう」
「……少しだけ」
「遊びすぎは、だめよ」
「はーい」
しかし、その五分後。
直人は、路地裏で、貴族の若様風、商人風、旅芸人風、果ては、全身黒ずくめの怪しい暗殺者風まで、次々と試していた。
「おお、これ、似合う! あ、こっちも、かっこいい!」
「ナオト!」
「は、はい!」
「遊びすぎって、言ったでしょう!」
「すみません!」
エルネアが、腰に手を当てて、仁王立ちしていた。
「あなた、さっきから、衣装を替えるたびに、通りがかりの人が、振り返ってるのよ。目立ってるじゃない」
「えっ」
見回すと、路地の入口に、ちょっとした人だかりができていた。
「あの兄ちゃん、さっきまで魔術師だったのに、今度は、暗殺者みたいな格好してるぞ」
「どうなってるんだ?」
「……すみません、すぐ、元に戻します」
直人は、慌てて、いつもの革の上着に、戻した。
ぱああああっ。
人だかりが、どよめいた。
「え、また変わった!」
「何だ、今の!」
「早くここを離れるわよ!」
エルネアが、直人の腕を引っ張って、路地を駆け出した。
「待ってください、エルネアさん、ちょっと、笑いが止まらなくて!」
「笑ってる場合じゃないでしょう!」
二人は、ミルヴァの町の路地を、全力で走り抜けた。
なんだか、子どもの頃の、悪戯みたいだった。
直人は、走りながら、思った。
(この世界に来て、よかった)
三ヶ月前は、そんなこと、まったく思えなかったのに。
隣を走るエルフの、銀色の髪が、陽の光できらきらと輝いていた。




