第17話 森の奥の、ばかでかい豚
ミルヴァの町から街道を半日。
直人とエルネアは、巨大な魔物が目撃されたという、森の入口に立っていた。
背中には、ずっしり重い荷物。パンと干し肉と水袋と、予備の縄と、ギルドで支給された回復薬。それから、カレー二十皿分の残りのルーと、念のための通販食材が、あれやこれや。
「ナオト、荷物、多すぎない?」
「いや、つい、あれもこれもって詰めてたら」
「歩くたびに、がちゃがちゃ鳴ってるわよ」
「すみません……」
エルネアは、呆れた顔をしながらも、さっさと先頭を歩き出した。腰の矢筒には、ミルヴァの町で買い足した矢が、ぎっしり詰まっている。
「森では、静かにね。魔物に気づかれるわ」
「はい」
直人は、そっとスマホを取り出して、マップを開いた。
地図の中に、いくつもの赤い点が散らばっている。その奥のほうに、一つだけ、明らかに大きな点があった。
『オーク(上位個体)(危険度:高)』
その周りに、普通の大きさの赤い点が、三つ、守るように並んでいる。
「いました。この先、二百歩くらい。取り巻きが、三匹」
「どうして、そんなに正確にわかるの?」
「勘です」
「……勘、ね」
エルネアが、じろりと睨んだが、それ以上は、何も言わなかった。
森の奥の、開けた場所。
そこに、そいつはいた。
普通のオークの、軽く三倍はあるだろう。身長は、直人の三人分近い。全身が、岩のように盛り上がった筋肉に覆われていて、その手には、大木をそのまま引き抜いたような、巨大な棍棒を握っている。
周りには、普通サイズのオークが、三匹。主君を護る家来のように、ぐるりと立っていた。
「……あれが、上位個体」
エルネアが、息を呑んだ。
「ナオト。あれは、危険よ。ここは、一度、町に戻って、人を集めたほうが」
「いえ、行きます」
「え?」
「取り巻きは、俺が引き受けます。エルネアさんは、援護をお願いできますか?」
「…………」
エルネアは、直人の顔を、じっと見つめた。
それから、小さくうなずいた。
「わかったわ。信じる」
「ありがとうございます」
直人は、スマホを握った。
ブゥン。
光の刃が、まっすぐに伸びる。
「行きます!」
木の陰から飛び出す。
取り巻きのオークが、いっせいにこちらを向いた。
「ブオオオッ!」
一匹目が、棍棒を振り上げて突進してくる。
扇形が、前に集まる。直人は、前に出て、懐に潜り込んだ。
すぱん。
一匹目が、崩れ落ちた。
二匹目が、背後から迫る。
「風の精霊よ!」
エルネアの声が響いた。次の瞬間、ひゅんひゅんと、三本の矢が風を切って飛んだ。二匹目の肩、足、腕に、矢が突き刺さる。
「ブギャッ!」
動きが止まった隙に、直人が、光の刃を振るう。
二匹目も、倒れた。
残る三匹目が、遠くから、石を投げつけてきた。
地図に、石の軌道が、細い線で表示されている。直人は、軽く身をひねって、かわした。それから、一気に距離を詰めて。
すぱん。
三匹目も、倒れた。
「よし、取り巻き、全滅!」
ほっとしたのも、つかの間。
どすん、どすん、と、地面が揺れた。
巨大なオークが、ゆっくりと、こちらに歩いてきていた。
「ブゴオオオオオオ!」
咆哮が、森中に響き渡った。木の葉が、ばさばさと落ちてくる。
「うわっ、うるさ!」
巨大な棍棒が、頭上から振り下ろされた。
直人は、地図の扇形を見て、後ろに跳んだ。
どごおおおん!
さっきまで直人のいた地面が、大きくえぐれて、土煙が舞い上がった。
「速っ! しかも、重っ!」
二撃目。三撃目。巨大な棍棒が、次々と、降り注いでくる。
直人は、必死でかわしながら、隙を探った。
光の刃で、足を斬りつける。手応えは、あった。しかし、傷は、浅い。オークの皮膚は、通常個体よりも、はるかに分厚かった。
「くそ、硬い!」
「ナオト、離れて!」
エルネアの矢が、巨大オークの顔面に向かって、まっすぐ飛んだ。
しかし、オークは、手で、無造作に矢を払いのけた。
「効かない……!」
エルネアの顔が、青ざめた。
巨大オークの、横薙ぎの一撃。
直人は、避けきれず、棍棒の端に、肩をかすめられた。
「ぐあっ!」
体が、ぶんと吹き飛んで、背中から木に叩きつけられる。
「ナオト!」
エルネアの悲鳴が、聞こえた。
直人は、咳き込みながら、なんとか立ち上がった。肩が、じんじんと痛む。骨は、折れていない。ぎりぎり、助かった。
(これは、本当にまずい。何か、突破口が……)
そのとき、胸ポケットのスマホが、ぶるっ、と震えた。
取り出すと、画面が、眩しく光っていた。
【Lv.5】
「……来た!」
画面が切り替わる。新しいアイコンが、二つ、現れていた。
【ステータス】
【フォルダ】
「ステータス……!」
直人は、迷わず、巨大オークに画面を向けて、アイコンをタップした。
ぴぴっ、と電子音が鳴って、画面に、文字が浮かんでいく。
『オーク・ジャイアント』
『危険度:高』
『状態:興奮』
『弱点:左膝(古傷あり)、首の後ろ(皮膚が薄い)』
「……解析、してる」
弱点が、はっきり、表示されていた。
巨大オークの左膝を見る。確かに、よく見ると、古い切り傷のような痕が、膝の外側に残っていた。
「左膝だ!」
直人は、スマホを握りしめ、叫んだ。
「エルネアさん! 左膝を、狙ってください!」
「左膝? わかったわ!」
エルネアの弓が、ぴんと張られた。
風を切る音とともに、矢が、巨大オークの左膝へ。
ざしゅっ。
「ブギイイイイ!」
巨大オークが、悲鳴を上げた。膝の古傷に、矢が深々と刺さっている。
巨体が、ぐらりと傾いた。
「今だ!」
直人は、地面を蹴って、駆け出した。
崩れかけた巨体の、足元をすり抜け、背後へ回り込む。
首の後ろ。皮膚が、薄い場所。
光の刃を、両手で握りしめ、全身の力を込めて、突き出した。
ずぶり。
光の刃が、首の後ろに、深々と突き刺さった。
「ブ……ゴ……」
巨大オークの動きが、ぴたりと止まる。
ゆっくりと、その巨体が、前のめりに倒れていった。
どおおおおん。
地響きが、森全体に広がった。
静寂。
直人は、肩で息をしながら、光の刃を消した。
「…………勝った」
「ナオト!」
エルネアが、駆け寄ってきた。
「怪我は!? さっき、吹き飛ばされて」
「あ、大丈夫です。ちょっと、肩が痛いくらいで」
「見せなさい!」
エルネアが、直人の肩を、そっとつかんだ。そして、小さな声で、何かを唱えた。
「癒しの風よ」
やわらかな風が、直人の肩を包み込む。じんじんした痛みが、すうっと、消えていった。
「治癒の魔法……! エルネアさん、使えたんですか?」
「簡単なものだけよ。あなたと違って、私は、ちゃんと魔法が使えるの」
「ぐっ」
痛いところを、突かれた。
エルネアは、くすっと笑ったあと、ふと、真剣な顔になった。
「……でも、私の矢は、あの巨大オークには、まったく通じなかった。あなたが、膝を教えてくれなかったら」
「いや、それは」
「私、もっと、強くならなきゃ」
ぽつりと、そう言った。
エルネアの目は、まっすぐで、真剣だった。
「ナオトは、どんどん、強くなっていく。私も、置いていかれないように、頑張る」
「エルネアさん……」
「だから、その、お願い。これからも、一緒に、戦わせて」
「もちろんです」
直人は、迷わず、うなずいた。
「俺のほうこそ、よろしくお願いします。エルネアさんがいないと、困りますし」
「……そ、そう?」
エルネアの頬が、ほんのり赤くなった。
戦いが終わったあと、直人は、倒れた巨大オークを見上げて、うなっていた。
「これ、どうやって運ぼう」
全長は、直人の三倍以上。体重は、おそらく、数トンはある。荷車を使っても、とても運べない。
「ギルドの人に、運んでもらう? でも、半日かかるわよね」
「肉が、傷みますよね……」
せっかくの、上位オークの肉だ。ガスパルが、きっと喜ぶだろうに。
ふと、直人は、さっき解放された、もう一つのアイコンを思い出した。
【フォルダ】
「……これ、使えるのかな」
スマホを開いて、タップする。
画面に、からっぽの白い枠が、表示された。上のほうに、数字が出ている。
『容量:0/???』
「容量が、わからない……?」
試しに、足元に落ちていた、小さな木の枝を、画面に近づけてみた。
しゅっ。
枝が、光の粒になって、消えた。
画面の枠の中に、『木の枝』という文字が、ぽつんと、表示される。
「おお……!」
もう一度、画面の枝をタップする。
ぽん。
手のひらの上に、さっきの枝が、現れた。
「入った。出た。……これ、空間収納だ!」
直人の目が、きらきらと輝いた。
「え、ちょっと、今、何をしたの!? 枝が、消えたわよね!? それで、また、出てきた!」
エルネアが、目を丸くして、叫んだ。
「あ、いや、その」
「説明しなさい!」
「えーと、あとで、ちゃんと説明しますから、先に、これを試させてください」
直人は、倒れた巨大オークの前に立ち、スマホを向けた。
画面の枠に、オークの巨体が、収まりきるイメージを持って、そっと、触れる。
しゅううううっ。
巨大なオークの体が、光の粒になって、ふわあっと、スマホの中へ吸い込まれていった。
十秒後。
そこには、何も残っていなかった。
ただ、スマホの画面に、『オーク・ジャイアント(解体前)』という文字が、一行、表示されていた。
『容量:1/???』
「…………入った」
直人は、ぽつりとつぶやいた。
「…………」
エルネアは、完全に、固まっていた。
「…………エルネアさん?」
「…………」
「大丈夫ですか?」
「…………だめ」
「え?」
「もう、我慢できないわ。ナオト、全部、説明しなさい。今、ここで」
エルネアが、詰め寄ってきた。
銀色の髪が、ふわりと揺れる。碧い瞳が、まっすぐ、直人を射抜いていた。
「その板は、何? どうして、地図が見えるの? どうして、光の剣が出るの? どうして、お菓子や、調味料や、あんなにたくさんの便利なものが、出てくるの?」
「えーと」
「全部、教えなさい」
「……全部、ですか」
直人は、頭をかいた。
それから、小さく、ため息をついた。
(まあ、ここまで来たら、隠すのも限界か)
「わかりました。ただ、俺にも、わからないことだらけなんです。それでも、いいですか?」
「構わないわ」
「じゃあ、話します。長くなりますけど」
直人は、スマホを、エルネアの前に差し出した。
「これは、スマートフォン、っていうんです。俺の故郷の、道具なんですけど……」
森の中で、夕日が、木々の間から、斜めに差し込んでいた。
二人の影が、長く、地面に伸びていた。




