↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
16/31

第16話 食堂の看板料理を救え

 翌朝。

 Cランクに暫定昇格した直人は、浮かれていた。

「ふふふ。見てくださいよ、エルネアさん。このギルドカード。Cですよ、C」

「昨日から、もう十回は聞いたわ」

「何回聞いても、いいものですね」

「そうかしら」

 二人が向かったのは、ギルド一階の奥にある食堂だった。依頼を受ける前に、腹ごしらえをするのだ。

 広い食堂には、長いテーブルがずらりと並んでいる。朝から、冒険者たちが、がやがやと朝食をとっていた。

 壁の看板には、大きな文字で、こう書かれていた。

『ミルヴァギルド食堂 本日の看板料理:ゴロゴロ肉の煮込み』

「看板料理があるのね」

「おすすめってことですね。せっかくだから、それ、二つ」

 直人は、カウンターで注文した。

 数分後、運ばれてきた料理を見て、二人は、同時に首をかしげた。

 大きめに切った肉と野菜が、茶色いスープに浮かんでいる。見た目は、確かに、ゴロゴロしている。ただ、湯気が、妙に、弱々しい。

 一口、食べる。

「…………」

「…………」

 味が、薄い。そして、肉が、ちょっと固い。

「……なんか、元気がないですね、この煮込み」

「料理にも、元気とか、あるのかしら」

「あると思います」

 そのとき、厨房の奥から、大柄な男が、のっそりと出てきた。

 白いエプロンに、むきむきの腕。顔には、立派な口髭。しかし、眉は、へにゃりと垂れ下がっている。

「……お客さん、すまねえ。味、イマイチだったろう」

「あ、いえ、その」

「いいんだ。自分でもわかってる」

 男は、ため息をついて、テーブルの空いた席に、どさっと腰を下ろした。

「俺は、この食堂の料理長のガスパルだ。昔は、もっと、旨いものを出せてたんだがな」

「何か、あったんですか?」

 直人が聞くと、ガスパルは、ぽつぽつと話し始めた。

 ここ一ヶ月ほど、ミルヴァの町に、食材が、あまり入ってこなくなったのだという。

「街道の途中の森で、魔物の目撃が増えてな。商隊が、危ないからって、遠回りするようになった。そのせいで、肉も、香辛料も、届くのが遅れる。届いても、数が少ない。古くなった食材を、なんとか工夫して出してるんだが……限界でな」

「そうだったんですね」

「冒険者たちは、うちの料理を、楽しみにしてくれてる。命がけで戦ってきた連中が、帰ってきて、旨い飯を食べて、また明日、頑張る。それが、俺の誇りだったのに」

 ガスパルは、顔を伏せた。

「このままじゃ、看板を下ろすしかねえ」

 直人は、そっとエルネアと目を合わせた。

 エルネアは、何も言わず、うなずいた。

(……これは、放っておけないな)


「あの、ガスパルさん」

「ん?」

「ちょっと、厨房を、貸してもらえませんか? お手伝い、させてください」

「手伝い? 冒険者さんが?」

「はい。実は、ちょっとした調味料と、保存食を、持ってまして」

 直人は、荷物を探るふりをして、こっそり、スマホを開いた。

 ショッピングで、材料を選ぶ。

『カレールー(中辛・20皿分) 銅貨25枚』

『玉ねぎ(3個入り) 銅貨6枚』

『にんにくチューブ 銅貨4枚』

『無洗米(1kg) 銅貨8枚』

『はちみつ(小瓶) 銅貨7枚』

 ぽちぽちぽち。

 厨房の奥の、人目につかない棚の影で、商品が、ぽん、ぽん、と現れた。

「よし。これで、いける」

 直人は、ガスパルに、材料を見せた。

「これを、使って、新しい煮込みを、作ってみませんか?」

「……何だ、この茶色い、四角い塊は」

「カレールーといいます。香辛料と、旨味を、ぎゅっと固めたものです」

「カレー……聞いたことのねえ名前だな」

「まずは、試しに。作ってみましょう」

 直人とガスパルは、並んで、厨房に立った。

 鍋で、玉ねぎを、じっくり炒める。ガスパルの手つきは、さすがプロで、見事だった。あめ色になるまで、焦がさず、丁寧に。

 古い肉も、一度、はちみつを少し加えた湯で下茹でして、柔らかくした。

「ほう、そうすると、肉が、柔らかくなるのか」

「はい。昔、教わったんです」

 肉と野菜を入れて、煮込む。火が通ったところで、いったん火を止めて、カレールーを割り入れる。

 ふわり、と、複雑なスパイスの香りが、厨房いっぱいに広がった。

「……おお」

 ガスパルが、目を丸くして、鼻をひくひくさせた。

「何だ、この香りは。食欲を、がつんと、揺さぶってくるじゃねえか」

「でしょう?」

「いや、待て。香辛料の配合が、見事だ。これ、いくつの香辛料を使ってるんだ?」

「えーと、たくさん」

「当たり前だ!」

 ガスパルが、真剣な顔で、鍋をのぞき込んだ。

 もう一方のコンロでは、直人が、鍋に無洗米を入れて、炊き始めていた。

「それは、何だ?」

「米です。この、白い粒を、水で炊くと、ご飯になります」

「ほう、穀物か」

「カレーと、ご飯を、一緒に食べるんです」

 ガスパルは、半信半疑の顔だった。


 厨房の入口から、エルネアの声が聞こえた。

「ナオトー、まだなの? いい匂いが、食堂まで、ただよってきてるのよー」

「もうすぐです。味見、お願いしてもいいですか?」

「喜んで!」

 エルネアが、足取り軽く、厨房に入ってきた。

 出来たてのご飯に、カレーをたっぷりかけて、小さな皿に盛る。

「どうぞ」

 エルネアが、スプーンを、口に運んだ。

 ぴたり、と動きが止まる。

 三秒後。

「…………!」

 エルネアの長い耳が、ぴんっ、と立った。

「これは、何……辛い、でも、甘い、でも、深い……! それに、このお米という白い粒が、すごく、合うわ!」

「気に入りました?」

「気に入ったどころじゃないわ。もう一杯、ちょうだい!」

「早っ」

 エルネアは、あっという間に、皿を空にした。

 ガスパルも、一口、味見をした。

 彼の動きも、ぴたりと止まった。

「…………」

「ガスパルさん?」

「…………俺は、四十年、料理を作ってきた」

「はい」

「こんな味を、食べたのは、初めてだ」

 ガスパルの目が、うるうると潤んでいる。

「これは、世界が変わる。これを、うちの食堂の、新しい看板にしたい」

「ぜひ、お願いします」

「ただ、問題がある。この、カレールーってやつは、どれくらい、数があるんだ?」

「えーと、今は、二十皿分だけです」

「二十皿か……」

 ガスパルは、腕を組んで、考え込んだ。

「それなら、俺が、この香辛料の味を、研究して、ミルヴァで手に入る香辛料で、近い味を再現してみせる。ルーが尽きても、俺の腕で、同じ味を出せるようにする」

「すごい!」

「職人を、舐めるなよ」

 ガスパルは、にやりと笑った。

(さすがプロだな。頼もしい)

 直人は、心の底から、そう思った。


 その日の昼。

 ギルド食堂の、新メニュー、『冒険者カレー』の初日が始まった。

 最初は、様子見をしていた冒険者たちが、匂いにつられて、一人、また一人と、席についた。

「何だ、この匂いは」

「新しいメニューか?」

「とりあえず、一つ、くれ」

 運ばれてきた皿を、おそるおそる、口に運んだ冒険者が、目を見開いた。

「うめええええ!」

「何だこれ! ご飯に、よく合う!」

「おかわり!」

「俺も!」

 あっという間に、食堂は、満席になった。入口の外まで、行列ができた。

 ガスパルが、汗だくで、鍋をかき混ぜている。その顔は、ここ一ヶ月で、いちばん、生き生きとしていた。

「直人! お前も、手伝え!」

「は、はい!」

 直人は、エプロンを着けて、配膳に走り回った。

 エルネアは、味見役の名目で、すでに、五皿目を食べている。

「エルネアさん、食べすぎじゃないですか?」

「味見よ、これは。大事な仕事なの」

「五皿は、味見じゃないです」

「六皿目、ちょうだい」

「聞いてないし」

 直人は、苦笑いを浮かべながら、おかわりを持ってきた。

 忙しい一日が、あっという間に過ぎていった。


 夕方。

 食堂は、ようやく落ち着きを取り戻した。

 ガスパルが、どっかりと、椅子に座り込んだ。

「……疲れた。でも、いい疲れだ」

「お疲れさまです」

 直人が、冷たい水を差し出すと、ガスパルは、一気に飲み干した。

「直人。礼を言う。お前のおかげで、この食堂は、救われた」

「いえ、俺は、ただ、材料を提供しただけです。作ったのは、ガスパルさんですよ」

「馬鹿言え。お前がいなけりゃ、このカレーは、この世に存在しなかった」

 ガスパルは、がしっと、直人の手を握った。

「何かあったら、遠慮なく、言え。いつでも、うまい飯を、食わせてやる」

「ありがとうございます」

 直人は、少し照れくさくなって、頭をかいた。

 戦闘で、魔物を倒すだけが、役に立つということではない。自分が持っているもので、誰かの笑顔を取り戻せる。それが、こんなにうれしいことだとは、思わなかった。

(……悪くないな、こういうのも)

 その時、食堂の入口から、一人の冒険者が、慌てた様子で駆け込んできた。

「ギルド長に、報告だ! 森の街道沿いで、巨大な魔物が、目撃された!」

 食堂が、ざわめいた。

「巨大な魔物?」

「オークだ。ただのオークじゃない。通常の三倍はある」

「三倍だと……?」

 直人とエルネアは、顔を見合わせた。

「……食材不足の原因、これかもしれませんね」

「ええ。街道の商隊が避けていたのは、きっと、それね」

 直人は、ぐっと拳を握った。

「討伐依頼、出てますよね」

「ナオト、もしかして」

「はい。受けます」

 にやりと笑った直人に、エルネアも、不敵に微笑み返した。

「いいわ。私も、行く」

 カレーの恩は、カレーで返す。

 それが、冒険者の流儀だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。