第15話 新人試験は、模擬戦つき
ミルヴァの冒険者ギルドは、アンバのそれとは、まるで別物だった。
建物は三階建てで、入口の扉は、馬車が二台並んで通れるほど大きい。中に入ると、天井は高く、壁一面に、びっしりと依頼書が貼られていた。受付カウンターは五つもあって、それぞれに行列ができている。
「うわあ……」
「人が、すごいわね」
直人とエルネアは、入口で、ぽかんと口を開けていた。
「次の方、どうぞー!」
行列に並んで十五分。ようやく、順番が回ってきた。
カウンターの向こうで、短い茶髪の若い女性が、にっこり笑った。
「いらっしゃいませ。受付のフェルナです。ご用件は?」
「えーと、冒険者の登録を、こっちに移したくて。あと、依頼を受けたいんですけど」
直人は、アンバのギルドで発行された、ギルドカードを差し出した。
フェルナが、カードを確認して、目を通していく。
「久瀬直人さん。ランクはE。登録は、アンバの町……。あ、ヴァスコ様の署名がありますね。すごい」
「そうなんですか?」
「ええ。あの方、めったに推薦状なんて書かないんですよ」
そういえば、出発前に、ヴァスコが「これを持っていけ」と、封書を渡してくれた気がする。
「で、どんな依頼をご希望ですか?」
「えーと、これです」
直人は、掲示板から、事前にはがしてきた依頼書を差し出した。
『【Cランク以上】古い砦に巣くうゴーストウルフの群れの掃討。報酬:銀貨二十枚』
報酬の欄を見て、直人は、ごくりと唾を飲んだ。銀貨二十枚。アンバの町の、一年分の稼ぎに近い。
フェルナの笑顔が、ぴきっと固まった。
「……こちら、Cランク以上の依頼です」
「はい」
「直人さんは、Eランクですよね?」
「はい」
「規則上、二ランク以上、上の依頼は、お受けいただけません」
「えっ」
直人は、思わず声が出た。
「実績がないと、危険ですから」
「でも、実績なら、オークとか、イワセグマとか」
「それは、アンバの町での話ですよね。こちらでは、まだ記録がありません」
「そ、そうですか……」
がくり、と肩を落とす。
(そうか。ヴァスコさんの推薦状だけじゃ、足りないのか)
隣で、エルネアが、腕を組んで言った。
「融通のきかない組織ね」
「規則ですから」
フェルナが、申し訳なさそうに頭を下げた。
しかし、すぐに、にこっと笑って、続けた。
「ただ、一つ、方法があります。新人向けの実力試験を、受けてみませんか?」
「実力試験?」
「はい。試験官との模擬戦に合格すれば、実績があるとみなされて、ランクを暫定的に引き上げることができます」
「それは、ぜひ!」
「では、午後の試験枠に、お申し込みしておきますね」
ギルドの裏手には、広い訓練場があった。
土が踏み固められた、円形の闘技場のような場所。周りには、見学用の石の段が、ぐるりと設けられている。
午後の試験を受けるのは、直人一人だけだった。
階段席には、冒険者たちが、ぱらぱらと座っている。暇つぶしに見物に来た連中だ。その中には、エルネアの姿もあった。足を組んで、すました顔で座っている。
「それでは、久瀬直人さんの、実力試験を始めます。試験官は、ハドリー教官です」
進行役の職員が、声を張り上げた。
訓練場の反対側から、一人の男が、のっしのっしと歩いてきた。
四十歳前後。短く刈った黒髪に、岩のような肩。腕は、直人の太ももくらいの太さがある。手には、木製の剣を二本、ぶら下げていた。
「お前が、久瀬直人か」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「ふむ」
ハドリーが、直人をじろじろと眺めた。
「報告書は、読んだ。魔力測定の数値が、えらいことになっているな」
「あ、はい。一応」
「ならば、期待させてもらおうか。魔法使いの試験は、普段、魔法の威力を見るんだが、お前ほどの魔力量なら、どんな大魔法が飛び出すか、楽しみだ」
「あ、いや、その」
直人は、頭をかいた。
「俺、魔法、使えないんです」
「…………は?」
ハドリーの動きが、ぴたりと止まった。
「今、何と言った?」
「魔法、使えないです」
「魔力は、あるのだろう?」
「はい」
「それなのに」
「使えません」
「…………」
訓練場が、しんと静まり返った。
見物の冒険者たちが、ざわざわと顔を見合わせている。
「おい、魔力だけなのか?」
「宝の持ち腐れってやつか」
「ああ、それは、がっかりだな」
ハドリーは、深いため息をついた。
「期待して、損をしたな。では、お前は、剣士か?」
「えーと、一応、剣みたいなものは、使えます」
「ふむ。では、確認させてもらおう。その、剣みたいなものを、持ってこい」
「あ、これです」
直人は、胸ポケットから、スマホを取り出した。
ハドリーが、眉をひそめた。
「……何だ、その、薄い板は」
「魔道具です。実家に伝わる」
「魔道具……?」
ハドリーは、疑わしそうな顔のまま、木剣を一本、構えた。
「まあいい。どれだけやれるか、見せてもらおう。始め」
試験官ハドリーの動きは、速かった。
体に、淡い赤色のオーラをまとっている。身体強化の魔法だ。踏み込みの速度も、剣の振りの鋭さも、普通の人間の域を超えている。
一撃目。木剣が、ひゅっと風を切って、直人の肩口に迫ってきた。
直人は、スマホの画面を、ちらりと見た。
地図の中の、赤い点。その周りに、扇形の線が伸びている。
ハドリーを示す点の扇形が、右肩に向かって、ぐっと絞られた。
(右肩に来る)
直人は、一歩、半身をずらした。
ひゅっ、と、木剣が、直人の胸元をかすめて、空を切る。
「……ほう」
ハドリーの眉が、ぴくっと動いた。
二撃目。三撃目。四撃目。
次々と繰り出される斬撃を、直人は、ぎりぎりのところで、かわし続けた。
扇形が、右に伸びれば、左へ。左に伸びれば、後ろへ。上に集まれば、しゃがむ。まるで、ダンスでも踊っているようだ。
「なっ……全部、避けているだと……?」
ハドリーが、目を見開いた。
階段席が、ざわめいた。
「おい、あの新人、ハドリー教官の剣を、全部避けてるぞ」
「本気で振ってるのか、あれ」
「見えてるのか? それとも、勘か?」
エルネアは、足を組んだまま、小さく鼻で笑った。
(当然でしょう)
ハドリーの顔に、はっきりと、焦りが浮かんだ。
「ならば、これでどうだ!」
ハドリーが、さらに踏み込んだ。赤いオーラが、ぎらりと濃くなる。
渾身の、袈裟懸けの一撃。
扇形が、前方にぎゅっと集まった。
(今だ)
直人は、スマホを握りしめた。
ブゥン。
光の刃が、まっすぐに伸びた。
「なっ!?」
ハドリーの目が、驚愕に見開かれる。
直人は、振り下ろされる木剣に、光の刃を、すっと合わせた。
すぱっ。
木剣が、真ん中から、きれいに両断された。
ハドリーの手に残ったのは、短くなった柄だけ。
直人は、そのまま、一歩踏み込んで、光の刃を、ハドリーの首元で、ぴたりと止めた。
「…………」
「…………」
静寂が、訓練場を支配した。
ハドリーは、動けなかった。喉元に、淡い光が、触れるか触れないかのところで、ゆらめいている。
「……あの、これで、合格ですか?」
直人が、おそるおそる聞いた。
「…………」
ハドリーは、しばらく、口を開けたまま固まっていた。それから、ゆっくりと、柄を地面に落とした。
「……参った」
かすれた声で、そう言った。
その瞬間、階段席から、どっと歓声が上がった。
「うおおおお!」
「何だ、今の!」
「ハドリー教官が、負けた!」
「あの光る剣は、何だ!?」
直人は、光の刃を消して、ほっと息をついた。
「ありがとうございました」
深々と頭を下げる。
ハドリーは、しばらく、呆然としていたが、やがて、苦笑いを浮かべた。
「……魔法が使えないから、期待外れだと思ったが。前言撤回する。お前は、規格外だ」
「いえ、そんな」
「実力は、十分に証明された。合格だ。いや、合格どころの話じゃないな」
ハドリーは、直人の肩を、ばしっと叩いた。
「これからは、胸を張って、冒険者を名乗れ」
「は、はい。ありがとうございます」
試験が終わると、ギルドの会議室に通された。
そこには、ギルドの幹部らしき人物が三人、難しい顔をして座っていた。
「久瀬直人殿。試験の結果、拝見した」
一番年長の男が、口を開いた。
「正直に申し上げよう。我々は、貴殿の扱いに、困っている」
「困っている、ですか」
「ええ。実力は、明らかにBランク相当。しかし、実績は、Eランクのまま。魔法は使えないのに、魔力測定は規格外。さらには、出自の不明な、魔道具をお持ち」
「…………」
「規則上は、二階級の昇格が限度だ。よって、とりあえず、Cランクに暫定昇格としたい。それでよろしいか?」
「えっ、Cランク!?」
直人は、目を丸くした。
「それなら、さっきの依頼も」
「受けられる。ただし、これはあくまで暫定だ。実績を積めば、正式な昇格とする」
「ありがとうございます!」
直人は、思わず、立ち上がって頭を下げた。
部屋を出ると、廊下で、エルネアが待っていた。
「お疲れさま。見事だったわ」
「ありがとうございます。エルネアさんが見てくれてたと思うと、ちょっと緊張しました」
「あら、そう? 全然、そうは見えなかったけれど」
「いや、内心、すごくドキドキしてましたよ」
「ふふ」
エルネアが、にっこり笑った。
「でも、ナオト。一つだけ、気になったことがあるの」
「何ですか?」
「あなた、あの試験官の攻撃を、まるで、先読みしているように避けていたわね」
「あ、えーと」
直人は、冷や汗をかいた。
「ま、まあ、勘と、反射神経で」
「……ふうん」
エルネアの目が、じっとりと細くなった。
「そういうことに、しておいてあげるわ」
「ありがとうございます……」
廊下の窓から、夕日が差し込んでいた。
直人の新しい冒険は、まだまだ、始まったばかりだった。




