↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
14/31

第14話 初めての二人旅

 コモレビ村を出て、三日目の朝。

 直人とエルネアは、街道沿いの小さな宿場町に着いた。

 大きな町ミルヴァまでは、あと半日ほど。今夜は、ここで一泊して、明日の朝に出発する予定だ。

「よし、まずは宿を探しましょう」

「宿ね。わかったわ」

 エルネアは、胸を張って答えた。

 森の中を歩いているときの彼女は、本当に頼もしい。足跡を読み、風の向きで魔物の気配を察し、ぬかるみも茂みも、猫のように軽やかに抜けていく。

 しかし、町に入った瞬間、その頼もしさは、どこかへ消えた。

「ナオト。宿って、どうやって探すの?」

「え、看板を見て、空いてるか聞くんですよ」

「空いている? 宿は、いつも空いているものじゃないの?」

「いや、埋まってることもありますよ。予約とかも」

「予約?」

 エルネアが、きょとんとした顔で首をかしげた。

「森の宿は、予約なんてしないわ。木の下で寝るだけだもの」

「それは、宿じゃなくて、野宿です」

「そうなの?」

 直人は、小さくため息をついた。

(この人、森の外の常識が、ほとんどないんだな)

 さっきは、自分が常識を知らないと散々言われたのに、立場が完全に逆転していた。


 最初の宿は、満室だった。

 二軒目も、満室だった。

 三軒目で、ようやく、二部屋空いている宿を見つけた。

「お二人様ですか? ちょうど、最後の二部屋ですよ」

「やった。じゃあ、それで」

「……ナオト」

 エルネアが、直人の袖を、くいっと引っ張った。

「何ですか?」

「私、先に、宿の入口で待っていてもいい? 少し、見たいものがあるの」

「いいですけど、遠くへ行かないでくださいね」

「わかってるわ」

 エルネアは、ぱたぱたと走っていった。

 直人が、宿の主人と手続きをしている間、五分、十分と時間が過ぎた。

「……遅いな」

 宿の外に出て、周りを見回す。

 すると、通りの向こうの露店の前で、エルネアが、何かを抱えて、うきうきした顔で立っていた。

「あ、ナオト! 見て、これ!」

「何ですか、それ」

 エルネアが、両手で大事そうに抱えていたのは、灰色の、ただの丸い石だった。

「幸運の守り石、ですって! 持っていると、一生、運に恵まれるらしいの!」

「へえ。いくらでした?」

「銀貨、三枚!」

「ぎ、銀貨三枚!?」

 直人は、思わず声が裏返った。

 銀貨三枚といえば、銅貨三百枚。ツノイノシシの肉がまるごと買えるくらいの値段だ。

「それ、ただの河原の石ですよ!」

「そんなことないわ! 店の人が、特別な石だって言ってたもの! ほら、ここに、ちょっと光る筋が入っているでしょう?」

「そんなの、どこの河原にもありますよ!」

「でも、とても綺麗なのよ。それに、店の人が、すごく親切だったの」

「親切な人は、普通、石に銀貨三枚つけませんよ」

「…………」

 エルネアの顔が、みるみる曇っていった。

「……やっぱり、騙されたのかしら」

「たぶん」

「…………」

 エルフの戦士は、しょんぼりと肩を落とした。灰色の石を、そっと抱きしめている。

(あ、これは、落ち込んでるな)

 直人は、ちょっとだけ迷ってから、言った。

「まあ、綺麗な石ではありますから。部屋に飾るのも、悪くないんじゃないですか」

「……そうかしら」

「それと、お金は、俺が代わりに管理しますよ。町での買い物は、俺が担当ってことで」

「でも、それだと、あなたに迷惑が」

「迷惑じゃないです。その代わり、森では、全部エルネアさんに頼りますから」

 エルネアは、しばらく黙っていた。それから、小さくうなずいた。

「……わかったわ。町のことは、あなたに任せる」

「はい、任されました」

 直人は、にっこり笑った。

(この人、ほっとけないな)

 なんとなく、そう思った。


 宿の部屋は、小さいけれど、清潔だった。

 直人が荷物を置いて一息ついていると、隣の部屋から、エルネアの声が聞こえた。

「ナオトー、ちょっといいかしらー」

「はーい、今行きます」

 隣の部屋の扉を開けると、エルネアが、ベッドの上に、荷物をぶちまけて座っていた。

「どうしたんですか」

「困ったことがあるの。髪が、ばさばさなのよ。森の水で洗っても、どうにもならなくて」

「あー」

 見ると、確かに、毛先が少し絡まっていた。それでも、銀色の髪は、十分に綺麗なのだが、本人には不満らしい。

「ちょっと、待っててください」

 直人は、部屋の隅に行って、こっそりスマホを開いた。

 ショッピングで、必要なものを探す。

『櫛(木製) 銅貨3枚』

『ヘアオイル(小瓶) 銅貨12枚』

『シャンプー&トリートメント(小袋) 銅貨10枚』

『タオル(大判) 銅貨6枚』

 ぽちぽちぽち、と、まとめて購入する。

 ぽん、ぽん、ぽん、ぽん。

「お待たせしました。これ、使ってみてください」

 直人は、エルネアの前に、商品を並べた。

「これは?」

「髪を洗って、整えるものです。使い方は、俺が説明します」

 それから、歯ブラシと歯磨き粉も、おまけで買っておいた。

「これは?」

 エルネアが、小さなブラシを、不思議そうに眺めた。

「歯を磨くんです」

「歯を? こんな、小さな箒で?」

「はい。この、白いのをちょっとつけて」

 エルネアは、おそるおそる、歯ブラシに歯磨き粉をつけて、口に入れた。

 しゃかしゃかしゃか。

 数十秒後、水で口をすすいだエルネアが、目を丸くして言った。

「…………森みたい」

「え?」

「口の中が、すっとして、森の朝みたいな気分になるわ。何、これ」

「ミントですね。爽やかでしょう?」

「ミント……。すごいわ、ナオト。あなた、どうして、こんなに便利なものばかり、持っているの?」

「えーと。実家の、袋で」

「その袋、そろそろ、ちゃんと見せてもらいたいんだけど」

「そのうち」

 エルネアは、じとっと直人を睨んだが、結局、それ以上は聞かなかった。

 その代わり、シャンプーの使い方を、真剣な顔で聞いてきた。


 翌朝。

 直人は、昨日の夜、森で遭遇したヒノトカゲの煤で、上着が少し汚れていることに気づいた。

「うーん、洗濯する時間はないしなあ」

 少し考えて、ひらめく。

 直人は、スマホのカメラで、自分を一枚、撮影した。それから、AI加工アプリを開く。

『汚れを消して、新品同様に』

 送信。

 ぱああああっ。

 柔らかい光が、直人の体を包んだ。

 光が消えたとき、上着はすっかり綺麗になっていた。汚れも、ほつれも、ひとつもない。まるで、店から買ってきたばかりのようだ。

「うん、便利」

 ちょうどそのとき、部屋の扉が開いて、エルネアが入ってきた。

「ナオト、そろそろ出発の時間……」

 エルネアが、固まった。

「……え?」

「あ、おはようございます」

「今、あなたの上着が、光ったように見えたんだけど」

「気のせいですよ」

「気のせいじゃないわ。確かに、光った。そして、上着の汚れが、消えている」

 エルネアが、つかつかと歩み寄ってきて、直人の上着の袖を、ぐいっとつまんだ。

「……これ、本当に、服なの?」

「服ですよ。たぶん」

「たぶん、って何よ」

「いや、服ですって」

「普通の服は、光ったりしないのよ!」

「あ、はい」

 エルネアは、直人の上着を、あちこち、ひっくり返して調べた。縫い目も、素材も、どう見ても、ごく普通の革の上着だった。

「……不思議ね」

「でしょう?」

「あなた、やっぱり、普通の人間じゃないわ」

「いや、普通ですよ。魔力が多いだけで」

「それが、普通じゃないのよ」

 ぴしゃりと言われた。

 それから、エルネアは、ちょっとだけ、もじもじしながら言った。

「……ねえ、ナオト。その、光るやつ。私の服にも、できる?」

「え?」

「森を歩くたびに、汚れるの、気になっていたの。もし、できるなら」

「あー、それは、まだ試したことがなくて」

「試してみましょう」

「え、でも、人にやるのは、何が起こるかわからなくて」

「何が起こるか、わからないの?」

「はい」

「…………」

「…………」

「……やっぱり、結構よ」

「ですよね」

 二人は、顔を見合わせて、ふふっと笑った。


 昼過ぎ。

 街道の先に、大きな城壁が見えてきた。

 高い石の壁が、遠くまで続いている。その向こうに、無数の屋根と、煙突と、鐘楼が、重なり合っていた。

「あれが、ミルヴァ……」

 アンバの町の、何倍もの規模だった。

「大きいわね」

 エルネアも、さすがに目を丸くしている。

「森の外に、こんな場所があるなんて」

「楽しみですね」

「ええ」

 並んで立つ二人の間を、風が通り抜けていった。

 直人は、ふと思った。

 三ヶ月前、一人でこの世界に放り出されたときは、街道を歩くことすら、怖かった。

 それが、今は、隣に、並んで歩く人がいる。

(悪くないな、二人旅も)

「ナオト、何、ぼんやりしてるの。行くわよ」

「はいはい。今行きます」

 直人は、小走りにエルネアの背中を追った。

 その腕には、「幸運の守り石」が、しっかりと、握られていた。

(……あ、結局、持ってきたんだ、それ)

 銀貨三枚の石は、エルネアの宝物になったらしい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。