第13話 小さな村と、大きな鍋
翌日の昼過ぎ。
街道に戻った直人たちは、道沿いにある小さな村に立ち寄った。
コモレビ村。
木造の家が二十軒ほど。畑と、小さな井戸と、のんびり草を食べている山羊が数頭。人口は、ざっと見て百人もいないだろう。
「のどかな村ね」
「ですね。ちょっと、休ませてもらいましょうか」
村の入口で、一人の老人が、杖をついて出迎えてくれた。
「おや、旅の方かな。ようこそ、コモレビ村へ。わしは、村長のホルンじゃ」
「冒険者の久瀬直人です。こちらは、エルフのエルネアさん」
「ほう、エルフ殿とは、珍しい。こんな小さな村に、よくおいでくだされた」
エルネアが、すっと一礼した。さっきまで、直人に向かって、「遅いわよ!」と怒鳴っていたとは思えない、凛とした所作だった。
(外面いいなあ、この人)
「今夜は、泊まっていかれるかな?」
「はい、できれば」
「それなら、空いている家を、貸してあげよう。晩飯は、村の者と一緒に食べていきなされ。……ただ、その、あまり、立派なものは出せんのじゃが」
ホルンが、申し訳なさそうに頭をかいた。
「いえいえ、お構いなく」
「ありがとうございます」
直人とエルネアは、顔を見合わせて、うなずいた。
この時点では、二人とも、あまり気にしていなかった。
夕方。
村の広場に、大きな鍋が出された。
中身は、水に、塩と、ちょっとの野菜をぶち込んだスープ。それから、固い黒パンが、一人二切れずつ。
「…………」
「…………」
直人とエルネアは、無言で、目の前のスープを見下ろした。
一口、すする。
しょっぱい。ただ、しょっぱい。具の味も、ほとんどしない。
「……ごめんなさいね、お客様。うちの村は、とにかく、保存のきく食べ物しか、備蓄できなくて」
隣で、村の女性が、申し訳なさそうに言った。
「この辺りは、冬が長いから。肉や野菜は、塩漬けにして、冬に備えるんです。普段の食事は、どうしても、質素になってしまって」
「いえ、とんでもないです。ありがたくいただきます」
直人は、笑顔でスープを飲み干した。
ただ、頭の中では、すでに、別のことを考えていた。
(……これ、俺の通販、使えるんじゃないか?)
隣を見ると、エルネアも、なんとも言えない顔で、黒パンをかじっている。
直人は、そっとエルネアの耳元に顔を近づけた。
「エルネアさん。ちょっと、お願いがあるんですけど」
「何?」
「今から、ちょっと、俺が料理をしてもいいですか? 村の人に、断りを入れてもらえると助かるんですが」
「料理? あなたが?」
「はい。ちょっとだけ、腕に覚えがありまして」
嘘ではなかった。一人暮らしが長かったから、簡単な料理なら、一通りできる。
エルネアは、しばらく直人を見つめた。それから、小さくうなずいた。
「いいわ。私から、村長に話してみる」
「ありがとうございます」
エルネアは、村長のところへ行って、何事か話し込んだ。やがて、ホルンが、目を丸くしながら、こちらを見た。
「ほう、旅の方が、料理を?」
「はい。食材を少しいただければ、お礼に、皆さんの分も作ります」
「それは、ありがたい話じゃが……よいのかの?」
「もちろんです」
直人は、にっと笑った。
村の台所を借りて、直人は腕まくりをした。
用意されたのは、にんじんに似た根菜、じゃがいもに似たいも、ねぎのような野菜、それから、塩漬けの豚肉の塊。
「これだけあれば、いける」
直人は、台所の隅で、こっそりスマホを開いた。
ショッピングのアプリで、必要なものを選ぶ。
『固形コンソメ(20個入り) 銅貨15枚』
『しょうゆ(小瓶) 銅貨8枚』
『こしょう(ミル付き) 銅貨10枚』
『砂糖(小袋) 銅貨5枚』
ぽん、ぽん、ぽん、ぽん。
調理台の影に、商品が次々と現れる。
「よし。誰にも見られてない」
念のため、周りを確認する。台所には、誰もいない。エルネアが、外で見張りをしてくれている。
直人は、鍋に水を張り、野菜を大きめに切って放り込んだ。塩漬け豚は、塩抜きのために、いったん湯通しする。
火が通ってきたところで、コンソメを、ぽとんと二つ。
じわあああ、と、鍋の中に、黄金色の旨味が広がっていく。
「おお……」
湯気から立ちのぼる香りに、直人自身が、思わず息を呑んだ。
さらに、しょうゆを少し。こしょうをひと挽き。砂糖をほんの少し。
味見をする。
「……うん。ばっちり」
一人暮らしで培った、適当な煮込み料理の、完成形だった。
台所の外から、ざわざわと、人の声が聞こえてきた。
「なんだか、いい匂いがするな」
「ほんと。お腹が、鳴りそう」
「どんな料理かしら」
台所の戸口に、村人たちが、続々と集まってきていた。小さな子どもたちが、先頭で、鼻をひくひくさせている。
「お兄ちゃん、それ、なあに?」
一番前の男の子が、目をきらきらさせて聞いてきた。
「肉と野菜の、煮込みスープだよ。もうすぐできるから、待っててね」
「やったー!」
男の子が、ぴょんぴょんと跳ねた。
広場に並べられた長いテーブルの上に、湯気の立つ木の椀が、ずらりと並んだ。
村人たちは、おそるおそる、スープに口をつけた。
その瞬間。
「…………!」
「な、何これ!」
「おいしい!」
「すごい、野菜が甘い! 肉が、柔らかい!」
「こんな味、生まれて初めてだ!」
ざわめきが、一気に広がった。
子どもたちは、夢中で椀をかき込んでいる。大人たちは、一口ごとに、目を丸くして、顔を見合わせている。
ホルンも、スープを一口飲んで、目を見開いた。
「こ、これは、いったい、何を入れたのじゃ。塩でも、香草でもない、この、深い味は……」
「えーと。ちょっとした、調味料です」
「調味料……?」
「はい。実家から持ってきた、特別なものでして」
直人は、笑ってごまかした。
エルネアも、椀を持ったまま、ぽかんとしている。
「……ナオト、あなた、本当に料理が上手なのね」
「いえ、材料が良かっただけです。村の野菜と肉が、おいしいから」
「それだけじゃないわ。この味付けは、尋常じゃない」
エルネアは、もう一口、ゆっくりと味わった。
「…………おいしい」
ぽつり、とつぶやく。その顔が、少しだけ、ほころんでいた。
直人は、なんとなく、うれしくなった。
(こういうの、悪くないな)
戦って、魔物を倒して、お金を稼ぐのも楽しい。でも、自分が作った料理で、誰かが笑顔になるのは、また、違う種類の楽しさだった。
食事が終わると、村人たちが、直人の周りに集まってきた。
「あの、旅のお方」
一人の中年の女性が、真剣な顔で切り出した。村の料理自慢のドレッタさんだという。
「さっきの、あの調味料。もしよければ、少しだけ、分けていただけませんか? お金は、お支払いしますから」
「俺も、欲しい!」
「うちにも、売ってくれ!」
「これがあれば、冬の保存食も、もっとおいしくなるかもしれん!」
あっという間に、直人は、村人たちに取り囲まれた。
「えっ、いや、その」
直人は、慌てて両手を上げた。
「あれは、そんなに、たくさんは持ってなくて。それに、商売にするつもりも、なくて」
「でも、少しでいいんです。一つまみでも」
「お金なら、払う!」
「どうか、お願いします!」
村人たちの目は、真剣そのものだった。
(……困ったな)
直人は、頭をかいた。
売ることは、簡単だ。ショッピングアプリで買って、少しずつ小分けにして渡せば、それで終わる。
でも、いったん売ってしまえば、他の村や町にも、噂が広がるだろう。そうなったら、次から次へと、需要が出てくるはずだ。そのたびに、断るのも、大変だ。
ふと、横を見ると、エルネアが、じっとこちらを見つめていた。その目は、「どうするの」と問いかけているようだった。
直人は、小さく息を吐いた。
「……わかりました」
周りが、ぱっと明るくなる。
「ただし、今夜は、少しだけです。これ以上は、持ち合わせがなくて」
直人は、荷物の中から、コンソメ五つと、しょうゆの小瓶を取り出して、ドレッタさんに手渡した。
「これで、今夜のスープと、あと数回は使えると思います。お代は、いりません」
「そ、そんな、悪いわ!」
「いえ、いいんです。材料を分けてもらったお礼ですから」
ドレッタさんが、涙ぐみながら、何度も頭を下げた。
その様子を見ながら、直人は、ふと、頭の中で、別のことを考えていた。
(……これ、ちゃんと商売にしたら、結構、需要があるんじゃないか?)
通販で、銅貨数枚で買えるものが、この世界では、驚くほどの価値を持っている。
それは、直人にとって、新しい発見だった。
(まあ、今すぐ、どうこうってわけじゃないけど)
その夜、村の貸家で、直人はぼんやりと天井を見つめていた。
隣の部屋から、エルネアの声が聞こえてきた。
「ナオト、起きてる?」
「はい、起きてます」
「さっきの料理、本当に、おいしかったわ」
「それは、どうも」
「……また、作ってくれる?」
壁の向こうから聞こえる声は、昼間よりも、少しだけ、素直だった。
「いいですよ。いつでも」
「約束よ」
「はい、約束です」
静かな夜の中で、直人は、にやにやと笑った。
明日も、いい日になりそうだった。




