#3
カフェテリアのゴミ箱でマルメンの空き箱を捨てる。
わたしは中卒だ。中2の夏休みに金髪にしてから、学校にも行かなくなった。そんな中でヤニとアルコールが命をつないでくれていた。悪いことはさんざんしたけれど、まさか警察官が実の兄の彼氏になるなんて。しかも、今では戸籍上は「夫」だ。
26歳で大学の門をくぐったのは、誰のためでもない、自分自身を正しく扱うためだ。
六法全書に並ぶ難解な条文の数々は、いつかとっくに手放した「社会」という構造が、どのようにわたしたちを縛り、あるいは、守るのかを教えてくれる。
「やっちゃん、ここわかった?」
隣で聖子が声をかけてくる。彼女の白く細い指が、わたしの教科書の上で止まっている。
聖子とは入学して比較的すぐ、つき合うようになった。5月のわたしの誕生日、水族館とプラネタリウムに誘ってくれたのだ。現役の1年生と、社会人枠のわたしは世代が違うのに…対等に接してくれたことが、すごく、嬉しかった。
帰りに愛を告白されて交際が始まった。18歳とつき合うのは犯罪だろうか?法を学んでいるがいまだに境界線が曖昧だ。選挙権を持ち、成人として扱われる一方で、コンビニでお酒もタバコも買えない。そんな子と手をつないでいる26歳のわたしは、おかしくないだろうか?来年、男の人を好きになるかもしれない。就職して、もっと素敵な人に出会うかもしれない。
その可能性を奪うのは嫌だ。聖子が別れたい素振りを見せたら、すぐに離れようと思っているけれど…
「やっちゃん、また考えすぎてる。」
「え」
突然の聖子の声に、はっとする。
「…顔に書いてある。」
聖子はまっすぐにわたしを見る。
「わたしは、やっちゃんが好きだから一緒にいるの。それじゃダメかな?」
この半年、いろいろあった。正直、すこし参った。気づけばわたしは、「小林康子」ではなく「鈴木康子」になっていた。しかも相手は…
…事情を知らない人には、意味がわからないだろう。でも、その話はもう少し先だ。
婚姻届を出して「鈴木」になってハイ終了、ではない。マイナンバーカード、運転免許証、銀行印、預金口座、クレジットカード…それだけではなく大学でも「小林康子」から「鈴木康子」になるための手続きが山積。さまざまな手続きがようやく落ち着いたが、まだ何かに追われている気もしている。選択的夫婦別姓の議論も進まないこの国で同性婚なんて、夢のまた夢かなあと途方に暮れる。だが、すごいのは、わたしという不良ムスメが「結婚した」という事実だけで親戚中のわたしを見る目が激変したことだ。
もともと大学には聖子以外ほぼ深く関わっている友達がいなかったし、詳しい説明は不要だったが、中学からの友達がスワロフスキーのオブジェを贈ってくれた。向かい合った2羽の睦まじいフラミンゴがハートの形になる。
結婚祝いをくれた友達は、「ほんと美男美女だよね」と笑った。自分のセクシュアリティを話せる友達がいなかったんだなあ、と実感する日々でもあった。
大学の帰りに、聖子のアパートに寄る。
カーテンもうすい桜色で、ぬいぐるみがたくさんある。インテリアも、小物もなにもかもがかわいらしい。清楚なおかっぱの聖子に似合うお部屋だ。その空間には異質な、ガラスの灰皿がひとつ。
「初めてのひとりぐらしで気合が入ってるだけだよ。仙台から出てきたしさ」
ベッドに並んで座ると、聖子がわたしの手をやさしく握って、離さない。
「ムリ!だめ!インコーはハタチになってから!」
「インコーって何なの?」
聖子がわたしの肩に頭を乗せる。
「わかんないけど、わたしが捕まったら嫌でしょ?」
ふしぎそうな聖子の顔に、なんだか安心してわたしは、あはは、と笑ってそのまま立ち上がる。
「タバコ吸ってくるね」
ベランダに出てマルメンに火を点ける。寒さに一瞬、震える。白い煙をそっと細く吐く。願いごとなんてガラじゃないけど、その煙は祈りのように空へ昇っていった。




