鬼火 第4話
拓哉は警察手帳を取り出し、工場から出てきた中年の男へ静かに差し出した。
「警視庁Mファイルです。」
「先ほど、『またお前たちか』と言いましたね。」
「どういう意味です?」
男は一瞬だけ表情を強張らせた。
しかし、すぐに苦笑いを浮かべる。
「ああ……いや、勘違いですよ。」
「また近所の悪ガキどもが忍び込んできたのかと思いましてね。」
男は頭を掻きながら、不自然なほど大きな声で笑った。
「ははは……歳を取ると、思い込みが激しくなって困ります。」
そう言うと、逃げるように工場の中へ戻ろうとする。
綾乃はその背中を見つめ、小さく呟いた。
「……嘘ですね。」
拓哉も黙ったまま男の後ろ姿を見送る。
「ああ。」
その視線は男ではなく、工場の敷地全体へ向いていた。
積み上げられた資材。
監視カメラ。
消火設備。
そして、地面に残された小さな焦げ跡。
「この工場……妙だ。」
拓哉は独り言のように呟いた。
綾乃が隣へ来る。
「何がですか?」
「火災事故を起こした工場にしては、防火設備が完璧すぎる。」
「それなのに、一人だけが焼けている。」
「誰かが嘘をついている。」
綾乃も工場を見回した。
確かに、工場内には可燃物の管理表まで掲示され、安全管理は徹底されているように見える。
それだけに、この不可解な焼死事件は異様だった。
拓哉はゆっくり歩き出した。
「綾乃。」
「はい。」
「あの工場長から話を聞き出してくれ。」
「俺は現場をもう少し見る。」
「何かが残っている気がする。」
綾乃は少し不安そうな顔をした。
「一人で大丈夫ですか?」
拓哉は振り返らずに答える。
「現場は嘘をつかない。」
「人間は嘘をつくけどな。」
そう言い残し、拓哉は工場の裏手へ向かって歩き始めた。
綾乃は小さく息をつく。
「……相変わらず説明が足りないんだから。」
苦笑しながらも気持ちを切り替え、福夫の後を追って工場の事務所へ向かった。
二人の捜査は、ここから別々の方向へ動き始める。
そして、それぞれが掴んだ"違和感"は、やがて一つの真実へと繋がっていくことになる。




