鬼火 第29話
綾乃は、自分の担当である旧校舎の電気室へとたどり着いた。
薄暗い室内には、古びた配電盤が並び、機械の低いうなりだけが静かに響いている。
綾乃は深く息を吸った。
「……大丈夫。」
自分に言い聞かせるようにつぶやく。
「きっと、うまくいく……。」
その時――。
ブルルルル……。
携帯電話が鳴った。
画面には**「拓哉」**の名前が表示されている。
綾乃はすぐに電話へ出た。
「はい!」
受話器の向こうから、少し息を切らした拓哉の声が聞こえる。
「綾乃、準備はできたか?」
「は、はい。いつでも――」
その瞬間だった。
ザザッ……。
突然、激しいノイズが混じる。
「拓哉さん? 聞こえますか?」
ザザザザ……。
雑音はさらに大きくなり、拓哉の声は完全に途切れた。
「もしもし! 拓哉さん!」
返事はない。
携帯電話のスピーカーからは、不気味な雑音だけが流れ続けていた。
綾乃は不安そうに携帯電話を見つめる。
「ど、どうしよう……。」
その時だった。
背後から、穏やかな男性の声が聞こえた。
「……大丈夫だよ。」
綾乃はハッと振り返る。
そこには、二十代半ばほどの青年が静かに立っていた。
白いシャツ姿のその青年は、どこか儚げな笑みを浮かべている。
「そんなに心配しなくても、大丈夫。」
青年は優しく微笑んだ。
「ぼ、僕の名前は剛志。」
「君を手伝いに来たんだ。」
だが――
綾乃には、その青年がいつからそこに立っていたのか、まったく思い出せなかった。




