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月下の狩人  作者: 岡崎佳凪
月の調停者たち
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第四話 音は導く


第四話です。

よろしくお願いします。

 その日の晩、不思議と目が冴えてしまいファルスはまったく眠ることができなかった。ただ目が冴えたとしても部屋は暗闇で何も見えないままだ。

 しかしおかしい。ここまで眠気が訪れないことは今までなかった。霧の中に例の殺人者が潜んでいることと関係があるのだろうか?そう考えると嫌な気持ちになる。



 どのくらい時間が経ったのか。周囲が暗すぎて何が何だかわからなくなってくる。本当に嫌な気分だ。



「母さんは無事だろうか?」


 不意に万が一恐ろしい殺人者がうちに忍び込み、母をその手にかけてしまったらという思いが頭を過ぎると、気が気ではなくなってしまい様子を見に行くことにした。





 ベッドから下りて立ち上がると居間へのドアがあるはずの方向へ目を懲らす。相変わらず物音がしない。静か過ぎて耳が痛くなってくる。

 加えて先ほどから落ち着かない。早く母の無事を確かめようと暗い自室をゆっくり歩き取っ手を探しだしドアを開け居間に出る。


 居間も真っ暗で視覚で確認はできないが間取りはしっかり覚えている。母の部屋はすぐ隣だ。


 扉の前まで行き起きている人にしかわからない程度の強さでノックをしてみるが、返事がない。どうやら眠ることができているようだ。外には殺人鬼がいるというのに呑気なものだなと思いながらいったん自室に戻る。




 部屋の扉を閉め、嫌な感覚の正体を考えてみるが何もわからない。ただただ嫌な予感がする。


「うっ! なんだ? これは……!」


 しばらくすると急に頭痛がしてきた。頭が割れるほどでもないが、それでも立っていられなくなりベッドに腰掛ける。

 と思ったらすぐに痛みは引いた。相変わらず気味の悪い感覚はあるが痛いところはない。


 だがやはりおかしい。今日は絶対におかしい。

 先ほどから身体を走り抜ける不快感はなんだ?さっきの頭痛は何だったのだ?それがわからないのがまたいっそうファルスを不安にする。


 

 自分の手を見つめ、開いては閉じてを何回か繰り返す。しかしそんなことをしても落ち着かないので別のことをしようと思い立ち上がる。

 そういえば喉が渇いていた。水を飲みに行こうとドアを開け居間に出ると棚へ向かう。普段使っている自分のコップを手に取って少し眺めてみると随分古臭くなっているようでひび割れている。これは父がファルスの3歳の誕生日に買ってくれたものらしいがその記憶はない。しかし父が買ってくれたという事実が嬉しくて長く使っているのだ。


 近くの共用井戸から汲んで溜めてあった水をコップに注ぎ喉を潤すと、幾分か気分が和らいだ気がする。だがまだ悪いことに変わりはない。



 そう思い次はどうしようかと立ちすくんでいたら、何か物音が聞こえた。体感で数日ほど聞いていなかった物音が急に聞こえたことに驚き、どこからだろうかと耳を澄ます。


 どうやら物音は外からするようだ。


 さっきまで異様な静けさだったのに何事だろうか?気になってしまい様子を見に行くことにした。母を起こさないようにゆっくり動きながら外に出る。



 相変わらず霧が深いが、今夜は月の光が頼りなさげだが届いているらしく周りが見えなくはない。空を見上げると月なのかすら判別がつかないものがおぼろげに浮かんでいるのが見えた。

 これなら歩ける。そう判断したファルスは自分の家をスルスルと登り屋根へと上がった。


「物音がしたのはあっちだな」


 今も微かに音が聞こえる方へ屋根を伝って歩いていく。今日は自分の足音を完全に消せているようだ。誰にも見付かる気がしない。あの犯罪に敏感な警備隊の懐から財布を盗める気さえしてくる。



 と場違いなことを考えていたが足が止まる。物音がハッキリ聞こえるようになってきたのだが妙だ。何をしているのかわからないが派手に木箱や樽を叩き壊してるような音だと思う。


 再び嫌な予感に襲われるが見に行くことにした。どうやらこの家の中かららしいと一軒の家に当たりをつけた。その家の扉は大きく破壊されており、そこから中が覗ける。


 ファルスは物音をたてないように屋根から降りると壊れた扉に忍び寄り、中を覗き込んでみた。





 中にいたのは男性が1人と、得体の知れないナニカだった。



 ソレは一見すると白く巨大な狼のように見えた。腹周りなどはファルスと同じぐらいの細さなのだが、胸の部分は熊よりも大きくひどくバランスが悪く見える。全長は4メートルほどか。2本足で立ってるように見えるが猫背気味で、さらに前に倒れ込みそうなほどの前傾姿勢なため異様に長い前足で身体を支えるようにして立っている。

 見方によっては四足歩行の生物に見えなくはない。一体どちらなのだろうか。しかしそれを深く考える余裕など今のファルスにはない。


 狼のような顔は大きな身体に見合う大きさで、子供なら軽く飲み込めそうなほど大きな口をのぞかせている。その口とそこに綺麗に並ぶナイフのような大きさの牙にはおびただしい量の血と肉が付着しており、体毛が白いので赤い血が非常に目立つ。


 頭部には、出来の悪い木の枝の様にねじ曲がったゴツゴツした角が何本か生えていた。

 見方によっては何本もの山羊の角を色んな方向から無理矢理突き刺したようにも見える。その中から2本だけ綺麗にまっすぐ伸びた角が存在感を放っている。それらの角を見るだけで今までに見たことのない禍々しい生物だと認識できた。

 長い両手の先には指が7本あり、指の1本1本に長さ30cmはあろうかという巨大な爪がある。それも当然のように真っ赤に濡れている。



 いま気付いたことだが化け物の足元には人のバラバラ死体が散らばっていた。男の家族かもしれないがあまりにも細かくなっているため詳しくはわからない。

 化け物の身体も返り血であろう、所々が赤く染まっていた。



 そんな異次元の化け物の視線の先にいる男は腰が抜けているようだが、手足をばたつかせて必死に逃げようとしていた。




 しかしファルスの目にはその構図が奇妙に映った。



 音が一切聞こえないのである。

 男の表情を見ると絶望一色で染まり、口元を見るに何らかの声を発しようとしているのは想像がつく。恐怖のあまり大声が出せないのかと思ったがあまりにも静か過ぎる。

 何より先ほどから必死に逃げようと動いているのに物音ひとつ聞こえないのだ。




 奇妙と言わざるを得ない状況だった。視界にあの化け物さえ映っていなければファルスも笑い出してしまっていただろう。


 その化け物はうなり声をあげながら男に近付く。一歩踏み出すたびに、床板が抜けるのではないかと思うほど重そうな大きな音をあげる。化け物は大きな音を立てながら静かに歩み寄り、男は無音で暴れ回る。まったく訳がわからない。



 そうして眺めているうちに角に追いやられた男に向かって化け物が素早く手を伸ばした。男の顔数箇所に鋭い爪が突き刺さり男の身体が大きく跳ねた。


 痙攣する男の身体を爪を刺したまま引き寄せ、鼻をひくつかせる。臭いを嗅いでいるのだろう。そしておもむろに口を大きく開くと腹の部分を勢いよく噛みちぎった。



 壁に血が飛び散り、床に内臓物がぶちまけられる。一部始終を見ていたファルスは吐き気をもよおしてしまい口を手で抑えた。


 この町にあんな化け物がいたのかと言葉を失っていたファルスだが、吐き気を感じた際に知らず声がもれていたようで、化け物の大きな目がこちらを向いた。奴にはこちらの物音が聞こえるようだ。

 化け物の眼球は黄金のように輝いており、その中心には真っ赤な瞳が爛々ときらめいている。



 息が止まりそうになったファルスだが、このままではマズイと判断しすぐさま建物を登る。

 

 あの白い化け物は壁を勢いよく破壊しながら飛び出してきた。だがファルスが地上を走って逃げていると思ったのかその場で立ち止まり周囲を見渡している。幸い屋内からではファルスがどこに逃げたかまではわからないようだった。






 その様子を上から見ていたファルスには混乱しながらも1つの確かな想いがあった。




 --あの化け物を母さんのところへ向かわせるわけにはいかない




 父親が居ない現在、母の身を守れるのは自分だけだ。ファルスの頭の中には眼下にいる化け物を出来るだけ家から遠ざけることしかなかった。





 ファルスは月を見上げる。


 月は未だ姿をみせず、そこにあることが不確かに感じるほどの存在感しかない。


 彼は薄ぼんやりと輝く月に願う。

 家族の無事とその平穏を。

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