(4)試作機としてはまあまあ
帝都星オルデアの帝都大学、宇宙科学の教授室で、ピアは次の講座の準備と、自分の研究を並行して進めていた。突然、誰かと通信で会話したあと、教授の机の前に来て言った。
「教授。三日間だけ、ボクの代わりをお願いします」
ピアの指導教授は、自分の仕事を代わりに、猛スピードでこなしてくれるピアに、かなりの業務を任せてしまっていた。
「ああ、わ、分かった。どこかへ行くのかね?」
「ミラード航路というところへ。調停者の要請です。その航路周辺にはブラックホール連星があって、非常に興味深い観測ができそうです」
教授は白髪交じりの眉を開いた。
「そうか。それは我々の研究にも大いに役立つ要請だね。大学のことは気にせず、気をつけて行っておいで」
「ありがとうございます。行ってきます」
ピアは軽く頭を下げてから、優雅な白鳥が湖を滑るように進むのに似た足取りで、教授の前を去った。
そもそも代わりをお願いされるとは、立場があべこべだよ、と教授は思いつつ、帝都大学で最も優秀な、ということは銀河で最も優秀な教え子の、後ろ姿を見送った。
*
ライラは帝都大学から次期教授となる人物を呼び寄せるとトウマたちに説明した。三時間後に次期教授が来ることを見越して、トウマたちはできるだけ情報収集を行うことにした。
約三時間後、ブリッジのキャプテンシートで通商組合の開示データを調べていたトウマは、リッカが上げた素っ頓狂な声に振り向いた。
「どうしてこんな小さいソロシップが、こんなに早く!?」
リッカは目の前の立体モニターに周辺の宙域図を表示させていた。トウマが視線を向けると、リッカはこの宙域ステーションに向かってくる小さな点を指さした。
「どうした?」
「これ、ソロシップなの。でも小さい船ではありえない速度で高次元を進んでくるのを高次元管制が捉えた!」
トウマはリッカの席に歩み寄った。彼のデータ検索を手伝っていたライラも自分の席を立って近づいてきた。
「ライラのお友達って帝都星オルデアから来るんだよね?」
ライラは心配そうな顔をして頷いた。
「こんな小さな船で三時間でここまで来るなんてありえない」
「……ただ、速いってだけ?」
「ただって、——。オルデアからなら、かなり脚の速い軍艦でもないと三時間でここまでくるなんておかしいのに」
「そういうことなら。ピアならありえるわ。あの子の頭脳は規格外なんだから」
しばらくすると、ピアが乗った小さなソロシップは、スピカ号のすぐ横に係留された。係留というよりも、小さすぎて、港の壁に立てかけられたように見えた。
そんなわけで、スピカ号のブリッジに招き入れられたピア・ノットを、紹介し合うよりも先に、リッカの質問が飛んだのである。
「どうしてあんなに小さな船で、オルデアからここまで三時間で来れたの?」
「三時間……。試作機としてはまあまあ」
「まあまあで小型船の記録を壊さないで!」
リッカは頬を赤くしてソロシップがどんな船なのか追求しようとした。
「ボクが研究開発した、超小型高次元ドライブを積んでいて、大型ドライブよりも出力は小さいけど、一人乗りの船なら、高い加速力を出せるし、細かな高次元制御もできるよ」
トウマはリッカの驚いた目を見て、これは少し期待してもよいのかなと思った。
ピアはエルフの少女だった。銀髪を短めのボブカットにしていて、赤橙色の瞳を動かして船内を確認していた。
次の教授になることが決まっているとライラに聞かされていたので、年配の女性を思い描いていたのだが、眼の前のピアはあどけなさの残る顔立ちだった。ライラの同級生と教えられて、なるほど、それなら若いのも道理だとトウマは思った。ところが、飛び級で帝都大学に入り、すぐに次期教授に抜擢されたと聞いて、トウマたちは二重に驚かされた。
エルフだからか、かなり背が高い。トウマと同じくらいだ。短丈研究外套の下からすらりと伸びた長い脚でブリッジを歩き、操作卓のある空いている席に座った。
「ここいい? 早速詳しい情報を見たい」
「もちろんだ。——リッカ。彼女に集めた情報を見せてあげてくれ」
トウマが指示を出すと、リッカは操作卓を指ではじいた。ピアの前に立体モニターが表示され、救難信号に関するさまざまなデータが映し出された。
ピアはコンピューターのUIを動かして、さまざまなデータをモニターに表示させていく。無造作に、無頓着に、複数の情報を赤橙色の瞳がパラパラと追っていく。
「まだデータ化できていない情報もあったら教えて」
ピアは手と目を止めずに言った。
リッカは「ある」と言ったが続けなかった。
「聞けるから、教えて」
ピアは手を止めずに念押しした。
「……家族会が持っていた救難信号の本文もすべて記録されていたの。今それがどんな関連があるのか総当たりで調べさせているところ」
「既存のパターンと照合?」
「そ、そうだよ」
「それは、……続けてもいいけど、ボクが見れる場所にそのデータも置いてほしいな」
「わ、分かった」
ダグとシオンがブリッジに戻ってきた。二人ともピアの姿を見て少し驚いた。
「ダグ。高感度観測機での受信はどうだった?」
トウマはこれを期待していた。信号の細部に何か隠されているのではないかと疑っているからだ。
「ついさっき、また救難信号が発信されて、うまく観測範囲の中だった。これからそのデータを取り出してみる」
ピアが一瞬、トウマに視線を向けた。
「ライラの友達で、ピアだ。帝都大学の次期教授だそうだ。ピアもそのデータを見たがっている。彼女が見れるようにしてやってくれ」
「了解」
「シオンは家族会と通商組合の関係者を当たってくれたんだったな」
シオンは壁に寄りかかったまま、小さく頷いた。
「あまり芳しい情報は得られなかったよ。ただ、宙域の公式情報には掲載されていないデータを手に入れた。アステラ号の遭難時の通信データや、生還者の事情聴取録だ。でも、これらは以前も調べられたはずだけどね」
トウマがピアを見る。
「それも見たい」
トウマは頷き、シオンに手振りで指示を出した。
「誰から入手したのかは聞かないでおこう」
「僕はかまわないんだけどね」
シオンがそう言ったのをトウマは苦笑で返した。
「それで? ……ライラ。急いでいると言っていたけど」
ピアはモニターに目を向けながら言った。
「突き詰めれば、百年前に遭難したアステラ号が、今どうなっているのかを知りたいわけだね。一人、船に残った船長のことを、とくに」
「そうよ」
ライラはピアの側に歩み寄った。
「救難信号を出しているアステラ号で、船長はもう生きていないと、通商組合は断定しているの。船長は人間族よ。えーと、残り十五時間ね。十五時間後には、ミサイル艇を使って船を黙らせるつもりなの」
ピアは指でコンピューターの操作を続ける。流れるようにデータがモニター上に表示されては消え、消えては別のものが表示された。
「アステラ号にコールドスリープ機器が搭載されているという記録は見当たらない」
「高次元ドライブができてからは」
トウマが口を挟むと、ピアは視線を向けた。少し値踏みされているような気がした。
「それを積んでいる船はほとんどない。——だが、アステラ号は医療輸送船だ。絶対積んでいなかったとは断言できない」
「船の情報を見ると」
ピアは淡々とした口調だ。
「定員は百人。食料は百日分の搭載と記録がある。船長一人が半量に切り詰めても、五十年分しかないね」
「そうでなくとも船長は人族だ」
シオンにしては暗い声だった。
「遭難事故当時で三十代。百三十歳で生きているとは思えないね」
「コールドスリープ機器があるかどうかなのね……」
リッカがしぼんだ声で言った。
「ボクはコールドスリープ機器があった可能性には否定的。救難信号の本体部分のデータを見て。これが生波形」
ピアは立体モニターに信号の波を視覚化したものを表示させた。数回分を選んだのだろうが、それぞれの波形は全く異なって見えた。
「コールドスリープする場合、救難信号は録音したものを本体部分に使うと思う。バリエーションをもたせようと思っても、せいぜい数パターンじゃないかな」
クルーたちは頷いた。
「でもこの救難信号の生波形は、一つも同じ物がない。なのに、でたらめに違うわけでもない」
「……どういうことだ。ますます理由がわからなくなってきたぞ」
トウマは額を手で掴んだ。
「高次元ドライブからの干渉のせいでノイズになってしまったとは考えられない?」
リッカが自分の操作卓に戻ってデータを並べる。
「でもそれについては研究データがあったはず。解析すれば分かる」
「もうやった」
ピアは事もなげに言った。リッカは手を止め、驚いた顔でピアを見た。
「高次元ノイズの影響を除去しても、全データが全く違う波形を示した」
「船の残骸が信号を反射しているだけ、という線はどうだい?」
シオンが壁から背を離して言った。
「通商組合の救難隊が、百年かけて確かめてる。ダグの観測機も同じ。発信点には船体も残骸もない。反射する物がない」
ダグは無言で頷いた。
「……謎だな」
「百年解けないわけね……」
シオンとリッカがぼやき、ダグはゆっくりと頭を振った。
「ピア。この謎が解ける?」
ライラは息を詰めて言った。
「やってみる。ボクの仮説を立てる。——残り十四時間とちょっとだね。まず、集中したいから静かな部屋がほしい。そこにボクが持ってきたコンピューター機材を置く」
「この船の分析用コンピューターも最新機材だよ」
リッカが自慢気に言ったがピアは首を振った。
「ボクがオルデン・アンドロニクス社に言って作らせたチップが乗った特製マシンなんだ」
ピアはさらりと返した。
「わたくしの部屋を使っていいわよ。調度品も飾りも居心地良くしてあるから」
「ライラの部屋? ヒラヒラのフリルが付いたカーテンとかは好みじゃないけど、……まあ、そこ借りる」
ライラは少しむすっとした顔になった。
ライラがピアを連れてブリッジを出ていった。トウマはクルーの面々に目を向けた。
「リッカ。俺と一緒に引き続き分析を続けよう。何か分かったらピアに知らせるんだ」
「了解」
「船長。私も手伝おう」
モリーが片手を軽く上げて言った。
「頼む。——シオンとダグは何か情報がないか、続けて探ってみてくれ」
「OK」
「分かった」
あと十四時間と少し。ネリカの悲しそうな顔を思い出しながら、トウマは諦めないぞ、と拳を握った。




