(3)あんたじゃないと解けない謎
航路管制所の一室に関係者が集められた。遭難船乗組員家族会が調停依頼を出したことで、ミサイル発射は十八時間停止されることになっていた。調停者ライラは、時間がないので、最初から双方の出席を要請した。
通商組合の組合長ロルガンは、壮年の人族の男で、がっちりした体型と、がっちりした顎を持っていた。彼から発せられる声は重くて太かった。
「あの船を撃ちたくて撃つんじゃないんだ。撃ちたかったら百年も待たない。待っている間に、生きている人のほうが倒れ始めたのだ」
ロルガンは会議室の中央にある大きな立体モニターに、百年間の航路封鎖回数と、それによる損害、さらには救急船が遅れたことによる人的被害の記録まで見せた。
家族会副会長のネリカは、若い女性だった。遭難したアステラ号の船長が残した家族の末裔なのだそうだ。彼女と、家族会の五名の表情は憂いを帯びていた。通商組合の強硬な手段によって、僅かな可能性とはいえ、生存しているかもしれない家族が失われようとしているのだ。
「絶対に生きているとは言いません。でも、コールドスリープして難を逃れようとした可能性もあります」
この堂々巡りで百年だ。
通商組合は長い時間をかけて、関係各所への根回しを経て、ミサイルを発射しての決着について許可を得ていた。ミラード自治政府、航路管制、周辺宙域の各採掘組合。帝国政府の高等弁務官の支持も取り付けてあった。
ライラにも、今回の家族会の訴えが、最後のあがきだという構図が見えてきた。
「救難信号に意味のあるメッセージはなかったのね?」
ライラの問いにロルガンは明確に答えた。
「ない。救難信号であることはコードから読み取れるのだが、本文はいつも意味のない雑音だ」
「でも、救難信号を発するということは船は無事ということよ」
ネリカは訴えた。
ライラが首をかしげる。
「救難信号が出たら、助けに行くわよね? そこで船を見た者はいないの?」
「もちろん行く」
ロルガンは落ち着いた声で答えた。
「実際、今回も向かっている。救難隊の船が、発信地点に行くと、そこにはいつも何もない。信号を受信してから、我々の船がそこに向かっても間に合わないのだ。——高次元ドライブを生物保護せずにぶっ飛ばせば、間に合うはずだがな」
「それがミサイルってわけか」
トウマはため息まじりの声を出した。
「同じ方法で調査をするって手もあると思うんだけど」
シオンが冷ややかな声で言ったがロルガンは首を振った。
「これにいくらかかると思っているのだ。今後、救難信号に悩まされなく済むという確証がある方法で、十年かける返済計画で行うものなのだ」
シオンは反論しなかった。トウマはすこしの間続いた沈黙を破るように顔を上げた。
「通商組合のほうでも手は尽くしてきたということだな」
ロルガンは深く頷く。
「百年だ。普通ならそんなに待たない。——しかし、組合員の祖先にも、アルヴァン船長に助けられた者がいてな」
「アルヴァン船長?」
ライラが聞き返す。
「ああ。遭難した医療輸送船アステラ号の船長だよ。そこにいるネリカさんの、ひいひいひい、ひいおじいさんでしたか? とにかく、高次元ドライブの損傷でまともに動かなくなった船体で、アルヴァン船長は一人でブリッジに残り、手動で避難艇を切り離して、他の乗員乗客を救ったのだ」
ネリカの頬を涙が流れ落ちた。彼女は手でそれを拭い、ライラに向き直る。
「調停者さま。なんとかなりませんか? アルヴァン船長は多くの人の命を救った英雄なんです。——救難信号が続いているということは、船長がまだ生きているかもしれないのです」
ライラは指を顎に当てて少し考え込んだ。そして何かに意を決したように顔を上げる。
「念のためにきくけれど、あなたは人間よね? アルヴァン船長も人間?」
「は、はい……」
この質問への答えは重要な意味を持っていた。エルフ族やキュバス族なら長命のため、百年は十分に生きながらえる。オーク族やドワーフ族でも相当歳を取るが可能性はあるだろう。しかし、人族には、百年以上生きることは種族としての寿命の面からみて難しいことだった。かつ、食料がもつのか、コールドスリープ機材があったのかなど、他にも考慮しなければならない要素はあるが。
ライラは続いて、ロルガンに視線を向けた。
「残り十八時間と言ったわね?」
ロルガンは軽く頷いた。
「ああ。救難信号が発せられてから、三、四日間ほどは発信場所を変えながらこれが続くのだ。十八時間後には最終決定をし、対処を講じなければ、また数週間後なのか、数カ月後まで、本当ではない救難信号が発せられることへの備えを続けなければならなくなる。——分かってくれ」
ロルガンは家族会の面々にも視線を投げた。
「ミラード宙域の経済は破綻寸前なのだ」
ライラは席を蹴って立ち上がった。
「十八時間だけ捜査するわ」
ネリカは驚いた顔をした。
「調停者には事実関係を確認するための捜査権限があるのよ。わたくしのクルーたちを調停者権限で緊急捜査官に任命するわ。ロルガン。あなたと組合は捜査に協力しなければならない」
ロルガンは奥歯を噛み締めたようだった。
「協力しよう。——百年、分からなかったものが、十八時間の捜査で何か分かるとも思えんが」
「約束よ」
ロルガンが付け足した言葉をライラは無視した。
「行きましょう。時間がないわ」
ライラが急ぎ足で会議室を出ていくのを、トウマたちは追いかけるしかなかった。
スピカ号船内に戻り、食堂兼作戦室の一番良い席に、真っ先に座ったライラは、思い詰めた顔をしていた。
「ライラ……」
トウマは隣の席に座る前に声をかけた。
「仕方がないでしょう! アルヴァン船長の行いは立派だわ。なかなかできないことだもの。家族会の気持ちは分かる。でも、通商組合が破綻寸前まで追い詰められて、これを終わらせようとしていることも……分かるわ。どっちに寄る調停案も今は出てこないのよ」
ライラはテーブルに視線を落として吐き出すように言った。
トウマは席に座りながら落ち着いたトーンで言う。
「分かるよ。俺も同じ思いだ」
「僕もだよ。ライラ」
シオンも声をかけた。
「ロルガンが言うように、難しいかもしれないが、残り十八時間、やるだけやってみようじゃないか」
小型の情報端末を手に、リッカとダグが部屋に入ってきた。
「よく分からないけど、あたしはライラの味方だよ」
「俺もだ。皇女、何でも言ってくれ」
トウマは視線の端にモリー大佐を捉えたが、モリーは無表情でいつものようにライラの後ろへ歩み寄り、無言で立った。しかし、頬に垣間見える回路が少し瞬いたようだ。
ライラはまっすぐ前を見据えたままだ。
「よし。まずは報告を聞こう」
トウマはテーブルに身を乗り出した。
「リッカ、ダグ。何か分かったか?」
リッカが端末を操作すると、テーブルの上に立体モニターが現れ、記録データが全員に向けて表示された。
「救難信号は帝国の整理済み記録として残っていた。家族会も保存しているものがあって、そっちのほうが生波形を確かめられそうなの。正式記録と照合しながら、あの雑音のように聞こえる通信データに、年代別に差異がないか、特徴的な何かがないか調べているところ」
続いて、ダグも端末を操作して、立体モニターにミラード航路の宙域図を表示させた。
「リッカが改造した特製の高感度観測機をミラード航路の奥に展開中だ。発信源が、次にどこへ移動するか、分からないが、観測範囲で次の発信があれば、これまでよりも高精度で位置やデータが取れるかもしれない」
「いいぞ。二人とも引き続き、頼む」
「僕は家族会の面々に接触してみよう。百年間も経っているんだ。なにか埋もれた情報があるかもしれない」
「シオン。お願いね」
「気になるのは、この航路の特異性だな」
トウマがそう言うとシオンが即座に「というと?」と反応した。
「付近にあるブラックホールの影響を避けるために整備された航路ということだったな。高次元での事故も、そのブラックホールの影響があるからだろう。詳細なデータが出揃っても、俺たちだけでそれを解析できるかは……難しいかもしれないな」
「謎の多い天体だからね」
そのやり取りを聞いていたライラは何かを思い出したような顔をした。テーブルに備え付けてある簡易操作卓を引っ張り出して指で弾く。どうやら高次元通信で通話回線を開こうとしているようだ。
立体モニターに回線が開いたことが表示された。
「ピア・ノット」
女性の声が聞こえた。落ち着いてはいるが、小鳥がさえずるような軽い声色だった。
「来て。あんたじゃないと解けない謎があるの」
ライラが前置きなしでそう言ったから、トウマはもう少し前提を話すべきだと忠告するために口を開きかけた、が——。
「ライラ? ……分かった。座標を送って」
相手は即座にそう返答してきたので、トウマは意外に思った。
ライラは操作卓を指ではじいた。
「送ったわ。ピア。時間がないの。急いで来て」
相手は少し沈黙した。送られた座標を確認しているらしかった。
「——いいよ。三時間で行く」
そう言って通信が切れた。




